丸屋九兵衛 連載第1回『丸屋九兵衛は常に借りを返す』
音楽情報サイト『bmr』の編集長を務めながら音楽評論家/編集者/ラジオDJなど幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第1回です。コラムの過去回はこちら。
時おり四天王について考える。
人知れずアジア文化に親和性が高い丸屋九兵衛なのでアジア芸能の話から。この東アジアには、90年代に開花した香港発・広東語ポップス(Canto-Pop)がある。そのスジで「四天王」と呼ばれるのは、アンディ・ラウ/アーロン・クォック/ジャッキー・チュン/レオン・ライだ(正確には「四大天王」)。
かつてアジアの経済も四天王的ランキングで語られていた。その名も「アジア四小龍(亞洲四小龍)」。1960年初頭から90年代まで驚異的な高度成長を維持した4国(地域)……つまり、韓国、台湾(中華民国)、香港、シンガポールを総称するもの。英語ではドラゴンではなくFour Asian Tigersだが、そのあたり『グリーン・デスティニー』ということで……(Crouching Tiger, Hidden Dragon)[*編註:上記映画『グリーン・デスティニー』の英語タイトル]。
閑話休題。
スラッシュメタルの世界では、四天王といえばメタリカ/メガデス/スレイヤー/アンスラックスだ。英語圏でも「ビッグ4」で通じるし、”Big Four” thrash bandsとして Wikipediaにも記載がある。
ここで、我らがソウル界を見てみよう……。
少年時代にわたしが聞かされていた「四天王」。それは、こんなメンバーだった。
- マーヴィン・ゲイ(1939年4月2日~1984年4月1日)
- カーティス・メイフィールド(1942年6月3日~1999年12月26日)
- ダニー・ハザウェイ(1945年10月1日~1979年1月13日)
- スティーヴィー・ワンダー(1950年5月13日~)
人呼んで、「ニュー・ソウルの四天王」である。
80年代後半のわたしは、同時代の音楽を楽しみつつも、過ぎ去りし時代への敬意に満ち溢れた音楽人生をおくっていたと思ってくれたまえ。
同時代的にはプリンス以降のミネアポリス・サウンドの蔓延(わははは)やら、キャミオの時ならぬ大ヒットやら、RUN DMCによるヒップホップのメジャー化やら、ニュー・ジャック・スウィングの胎動やら……を感じながら、常に70年代を仰ぎ見ていた。わたしにとって、70年代とは非常に眩しい時代だったのだ。
特にスティーヴィー・ワンダーだ。わたしの場合、ブラック・ミュージックへの入門が彼だったから。その「入門」自体は80年代だが、そこから、彼が70年代前半に残した偉業を掘り返したわたしは、特に『Innervisions』に心酔することになる。だから当時のわたしにとって音楽の中心点は1973年だった。
やがて、この偉人を含む70年代前半のムーヴメントを「ニュー・ソウル」と呼ぶことを知る。このニュー・ソウルなるものの定義は――ありとあらゆる音楽ジャンル&サブジャンル分類同様に――曖昧だが、だいたいこんなところだ。
●アルバム主義:60年代までのソウル界のコマーシャリズム、つまり「シングル中心主義」や「3分間フォーマット」を脱し、コンセプトを持ったアルバム作りを志向する。
●独立独歩の作家主義:レーベルお抱えのソングライターやプロデューサーなぞに頼らず、アーティストが自分で作詞作曲&プロデュース。自身で楽器を演奏できるとなお良し。
●コンシャスな歌詞:ラヴソングだけではなく、問題意識に満ちた社会的なリリックが多数。
……とまあ見ての通り、「自分は賢い!」と思っている少年の心に訴えるものがあったのは当然だ。そして、マーヴィン/カーティス/ダニー/スティーヴィーが「ニュー・ソウルの四天王」と呼ばれるのも頷けよう。
しかし!
「ニュー・ソウル」という言葉は、本国アメリカに存在しないのである!
つまりこの言葉は――さらに重要なことに、このカテゴリー自体――ソウル愛に任せて暴走する70年代日本の洋楽評論界が生み出した和製英語にして独自コンセプトだったのだ!
ということは、当然ながらアメリカには「ニュー・ソウルの四天王」などという呼び名もないし、それに似たランキングも存在しない。
それを知った時の、わたしの衝撃と言ったら……。
もっとも、日本にしか存在しないからといって、それが黒人音楽を語る上で無効な概念とは思わない。強いて喩えるなら、外国人研究者によって提唱された「藤原道長と紫式部の肉体関係」説。当初こそ笑われたが、その後は定説となったではないか(未確認)。
こうして、東アジアの片隅で音楽について重箱の隅をつつき続ける……そんな侏儒の徒然書きでございます。
■著者プロフィール
丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)
音楽情報サイト『bmr』の編集長を務める音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2017年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズをサンキュータツオと共にレッドブル・スタジオ東京で展開中。
Twitter :https://twitter.com/qb_maruya
手作りサイト :https://www.qbmaruya.com/
☆下記日程で初の関西/中部でのトークライブが決定!
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