ポップ・パンクは新たな命を吹き込まれた:ラッパーのマシン・ガン・ケリーが果たした偉業とは
2021年は新人オリヴィア・ロドリゴのポップ・パンク曲「good 4 u」が大ヒットを記録、ウィル・スミスを父に持つウィローも音楽性をポップ・パンクに転向したアルバム『lately I Feel Everything』を発売、ベテラン・バンドのオール・タイム・ローの「Monsters」が過去最大のヒットを記録するなど、様々なメディアで2021年は“ポップ・パンクのリバイバル・イヤー”だったと定義しています。
そんな中、このリバイバルは、ラッパーとして活躍していたマシン・ガン・ケリーが2020年9月に発売した自身初のポップ・パンク・アルバム『Tickets to My Downfall』がロック・アルバムとして約1年ぶりの全米1位となったことによって牽引されたと言われています。
ではなぜラッパーのマシン・ガン・ケリーがポップ・パンクのアルバムを作り、そして彼のポップ・パンクはなぜ2020年代に受け入れられたのか? 1月28日に単著『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』を発売するつやちゃんさんに解説いただきました。
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ラッパーによる全米1位のポップ・アルバム
ジャンルの壁を超えて、巨大な議論を巻き起こしたその作品がリリースされたのは2020年9月のことだった。ロックとして実に1年ぶりに全米1位を獲得したアルバム『Tickets to My Downfall』は、話題を呼び、メディアもリスナーもこぞって劇的なストーリーを与えようと試みた。ポップ・パンクをきっかけとしたロックの復権、ヒップホップの衰退。マシン・ガン・ケリーの大胆な音楽性の転向はそれらを裏付けるファクトとして格好の材料になり、シーンの潮流と紐づけられ様々に消費されていった。
オリヴィア・ロドリゴやアヴリル・ラヴィーン、ウィロー、はたまたリルハディに至るまで、多くのスターがポップ・パンクとともに躍進することで状況は加速していく。同時に、ヒップホップコミュニティからはマシン・ガン・ケリーへの批判も生まれた。曰く、「彼はもうラップをしないのか?」と。
興味深い発言がある。
ヒップホップからポップ・パンクに転向したと言われるマシン・ガン・ケリーは、その分水嶺となった前作(4thアルバム『Hotel Diablo』)のリリースを振り返り次のような想いを語っている。
「俺はあのビーフでやるべきことをやったけど、あのプロジェクト自体が歓迎されていなかったんだ。次のアルバムを制作するとき、俺は既に期待されていないように感じていたから、世の中からどう思われるかすら俺はどうでもよかった」(*参照)
エミネムに「Not Alike」でディスられ、そのアンサーとして「Rap Devil」で応酬、しかし「Killshot」でさらに強烈なディスを浴びるという、注目を集めた一連のビーフと絡めた発言である。
お蔵入りにしたアルバムと『Hotel Diablo』
実は、マシン・ガン・ケリーはその4thアルバムを一度お蔵入りにしている。それまでの自身を指して“本当の自分を偽りハッピーなように振舞っていた”と言う彼は、完成していた作品を葬ると同時に自らの弱みをさらけ出し鬱屈としたサウンドで表現した『Hotel Diablo』を新たに作り上げることで、“本当の”4thアルバムとして世に放ったのだ。
「世の中からどう思われるかすら俺はどうでもよかった」という発言は、『Hotel Diablo』を聴くことでどこか信ぴょう性を増す。ビーフでの風向きの悪さもあってあまり積極的に評価されていない印象がある本作だが、マシン・ガン・ケリーのキャリアを振り返る上で大きなターニングポイントとなった重要なアルバムに違いない。むき出しのエモーションを伝える術がホラー・タッチにまで接近し、最終的には次作『Tickets to My Downfall』を予感させるポップ・パンク調の曲まで現れる“混乱した”音楽性は、感情のメーターが振り切れたポスト・エモラップとしての立ち位置を(密かに)示した傑作である。
『Hotel Diablo』で吹っ切れたマシン・ガン・ケリーは、自らの内なる声と衝動に対し正直になることで『Tickets to My Downfall』にたどり着いた。この境地を見事に捉えている、素晴らしい評を引用しよう。
「ヘッドラインに君臨し続けるラッパーがポップ・パンクを鳴らしたこと自体が重要なのではなく、自身の凄惨な人生に対するセラピーのようにラップと痛切な叫びを欲してきた過去を超えていこうとする解放の表明である点が、このアルバムの感動的なポイントのひとつになっている」(*参照)
二つの魅力と“渋い”ポップ・パンク
彼の音楽は多くの魅力を備えているが、ここでは特に二点を指摘しておこう。一点目が、スピットする早口ラップの魅力を活かした攻撃的なスタイル。二点目が、それら泥臭さとも言うべきハードコアな部分に煌びやかな要素を掛け合わせることでドラマティックな“華”を演出する才能。
Bad Boyからリリースされた2012年の1stアルバム『Lace Up』の時点ですでにその二点は見事な形で披露されており、特に後者は、当時の王道サウスヒップホップに艶やかなバンドサウンドを導入した鋭いミクスチャー感覚に現れている。シンガー、特に女性の歌い手を多く客演に呼びドラマ性の高い曲を創り上げてきた点からも証明されるだろう。事実、2016年にカミラ・カベロと生んだヒット曲「Bad Things」は多くのリスナーを夢中にした。
最新アルバム『Tickets to My Downfall』も、一聴すると陽気なポップ・パンクとして華やかに鳴っている。「my ex’s best friend」といった曲では、勢いある歌唱にお得意の早口ラップをも織り交ぜ、彼でしか生み出せない起伏を創り出している。
しかし――前作で大胆な脱皮を果たしたマシン・ガン・ケリーが奏でる『Tickets to My Downfall』は、実は“渋い”ポップ・パンク・アルバムとも言えやしないだろうか。本作は2000年代のポップ・パンクと比較した際に、どっしりとした土台を有し、抑えの効いた形でタイトにまとまっている。過去記事「04 Limited SazabysのGENとTOTALFATのBuntaが語るマシン・ガン・ケリー新作『Tickets To My Downfall』」でも論じられている通り、本作では従来のポップ・パンクに頻出していた高音で畳みかけ歌い上げる歌唱が排され、ラップを披露してきたマシン・ガン・ケリーならではの低~中域で説得力ある歌をぐいぐい引っ張っていく“渋い”パフォーマンスが印象的だ。時折挿入されるトラップのビートもロウの域を絶妙に埋め、楽曲をタイトにぐぐっと引き締める。もちろんそれは、ポップ・パンクとヒップホップを行き来しながら20年以上に渡りあらゆるリズムや音色を試してきた、盟友トラヴィス・バーカーの手腕による成果も大きいだろう。
ゆえに、アルバム5曲目の「forget me too」で突如入る、ホールジーの澄んだ高らかな歌声が鮮烈な印象を残す。感情の高揚とともにひたすら上昇していくポップ・パンクの中心をロウへ下げ、ある種の“落ち着き”を与えたこと――ポップ・パンクをやることでマシン・ガン・ケリーは若返ったのではない。大人になったのだ。
転機となった「I Think I’m OKAY」と音楽以外の魅力
思い返せば、前作『Hotel Diablo』収録の「I Think I’m OKAY」で、彼は自らの行いが苦しい状況を招いた事実を認めながら、「俺はたぶん大丈夫だと思うよ」と歌った。マイ・ケミカル・ロマンスが2004年に「I’m Not Okay (I Promise)」とスクリームしてから約15年後、マシン・ガン・ケリーは当時のエモ/ポップ・パンクを落ち着き払った態度で解釈し直し、「I Think I’m OKAY」と告げたのである。あの時から、彼の視界は開けていたに違いない。『Tickets to My Downfall』は、生まれるべくして生まれたのだ。
当時のエモ/ポップ・パンクのミュージシャンと大きく異なるのは、マシン・ガン・ケリーが俳優業でも成功しているという点である。先日婚約を発表したミーガン・フォックスとの共演作『ミッドナイト・イン・ザ・スイッチグラス』をはじめ、モトリー・クルーの半生を描いた映画『ザ・ダート: モトリー・クルー自伝』でも好演を見せた。西部劇スリラー映画『The Last Son』(日本未公開)にも出演したばかり。セレブリティとしてマルチな才能を発揮する活動の数々は、彼の表現者としての幅をさらに推し広げている。
18歳からシングル・ファザーとして娘を育ててきた一面もあり、公の場にも親子で姿を見せるほどの子煩悩である。『Hotel Diablo』を境に「世の中からどう思われるかすら俺はどうでもよかった」と言った彼は、ただただ自らの内なる声に耳を傾け、全力でやりたいことをやり、着実に大人のマシン・ガン・ケリーとして成長してきたことで、音楽シーンを塗り替えるにまで至った。
ポップ・パンクは、焼き直されたのではない。マシン・ガン・ケリーという一人の偉大な大人――ミュージシャン/シンガー/ラッパー/俳優/父親――の手により、現代の音楽として新たな命を吹き込まれたのだ。
Written By つやちゃん
2020年9月25日発売
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