レディー・ガガ『Chromatica』:ポップに回帰した理由とそこに至る闘争、そして辿り着いた進化

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2020年5月29日に発売されたレディー・ガガ(Lady Gaga)の6枚目となるオリジナル・アルバム『Chromatica(クロマティカ)』。前作『Joanne』でのカントリー調なサウンドへの変化、そして主演映画『アリー/ スター誕生』はサントラも大ヒット記録しましたが、今回の新作アルバムでは、それらの作品とは一転してダンス・ポップ・サウンドに戻っています。そんな彼女のサウンドの変遷や、今回のアルバムについて、様々なメディアに寄稿される辰巳JUNKさんに解説いただきました。

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みんなも私も進化を求めてる
だけど私にはムリなの
また“レディー・ガガ”になるのは
『レディー・ガガ: Five Foot Two』より

2016年、レディー・ガガは「レディー・ガガ」を封印した。具体的に言えば、デビューシングル「Just Dance」の頃よりおなじみだった奇抜な衣装やウィッグをクローゼットの奥底に閉まったのだ。その後リリースされたアルバムのユニフォームは、Tシャツとジーンズ。サウンドにしても、ポップから離れてカントリーやロックのテイストが目立っていった。だから、2020年にリリースされた6thアルバム『Chromatica』のリードシングル「Stupid Love」は人々を驚かせた。踊るために作られたと言うべきダンスサウンド、『美少女戦士セーラームーン』のような額の紋章、まるでスーパー戦隊シリーズなメタリックでピンクなユニフォーム……ポップでゴージャスなガガが帰ってきたのだ!

なぜ、彼女は「ポップ回帰」したのだろう。そこには果てしない闘争があった。まず、ここ5年の活躍を追ってみよう。

カントリー・ロックな5thアルバム『Joanne』にてナチュラルな装いに切り替えた理由は、Netflix配信ドキュメンタリー『レディー・ガガ: Five Foot Two』で詳しく語られている。ゴージャスでエキセントリックな作風を3rdアルバム『Artpop』にて極めた彼女だが、元々、そうした演出は自信のなさを補うもの、そして性差別的な音楽産業に対抗する手段でもあったようだ。女性をモノ扱いする男性権力者がはびこる業界において、セクシーさやポップネスを求められるものなら強烈な個性とコンセプトを足していったのだという。ドキュメンタリーでは、成功を手にして自分の価値を認められるようになり、成熟した女性としての表現が可能になった旨が語られている。

ガガのオーガニック路線は、主演に挑戦した映画『アリー/スター誕生』にて大きく花開く。映画とともに大ヒットを記録したロックバラード「Shallow」がアカデミー賞歌曲賞に輝いたのだ。まさしくレディー・ガガ第二の最盛期となったわけだが、彼女の心は、すべて晴れやか、というわけでもなかったようだ。栄誉あるアカデミー賞授与式にて「何が見えますか?」と問われたガガは、こう答えたという。「たくさんの痛みが見えます」。

代表曲「Born This Way」を聴けば明らかなように、レディー・ガガは不平等な立場に晒される人々のために闘いつづけたアーティストだ。同時に、彼女自身もたくさんの苦しみと闘ってきた。若き頃から患ってきたうつ病、ある男性プロデューサーから性暴力を受けたことによるPTSD、そして、コンサートでの負傷によって深刻化したという、激しい痛みをもたらす線維筋痛症。大切な友人も失っている。感動を呼んだ『アリー/スター誕生』における「I’ll Never Love Again」歌唱シークエンスは、親友ソーニャ・ダーハムが癌によって亡くなった直後に撮影されたものだった。こののち、ガガは映画プロジェクトと同時進行させていた6thアルバム『Chromatica』の制作に専念していく。

 

じつは、『Chromatica』のポップなサウンドは、レディー・ガガすら驚かせるものだった。スタジオ入りしたころ、彼女は心身ともに激しい痛みを抱え、ひどくダークな場所にいたのだという。しかしながら、いざ歌い始めて生まれたのは、幸福な音色だった。驚愕しながら「私の中にまだハッピーな何かが残ってる」と確信したガガは、人々に踊る喜びをもたらす志向のもと大作を完成させ、それを色彩、半音階、型にはまりきらない個性を表す「クロマティカ」と名づけた。

Photo : Norbert Schoerner

「ポップ回帰」と謳われた『Chromatica』だが、再生ボタンさえ押せば、これまでの道程を活かした「進化」だと実感できるだろう。その新しさは、ビジュアル面にも表出している。デビューソング「Just Dance」の衣装も手がけたファッションデザイナー、ニコラ・フォルミケッティが語ったところによると、ウィッグやサングラスを用いたキャリア初期の装いは、ガガを覆い隠して「ミステリー」な存在とするものだった。一方、『Chromatica』でのコスチュームは、顔や肌を見せるものになっていて、地に足がついており、ストロング。よりオープンで愛を強く打ち出したデザインになっているのだという。つまり、「回帰」に見えつつも『Joanne』シーズンでありのままな自己を見せていった過程をふくめての「進化」になっているのだ。

もちろん、サウンドも「進化」を遂げている。1990年代風ハウスミュージックを貫く『Chromatica』の洗練されたノスタルジーテイストはガガとしても新境地だ。バラード無きままダンサナブルを貫く構成に関しては、今日のポップスターという枠組みにおいても希少と言っていい。また、当人が「もっとも正直になれたアルバム」と語るだけあり、リリックでは痛ましい苦悩、そこから希望を見出していくさまが描かれていく。

降り注いでくるのは 苦しみの雨
降り注いでくる
覚悟はできてる どうぞ降って
できれば濡れたくないけれど 生きてはいるから
(「Rain on Me」より)

最大の注目作は、アリアナ・グランデが参加した「Rain on Me」だろう。この歌がリリースされたのは5月22日。偶然かもしれないが、3年前、アリアナのマンチェスター公演において爆発物事件が発生した日づけだ。今回が初コラボレーションとなる2人は、制作にあたって深く心を通じ合わせ、涙しながらサポートを示しあったという。流した涙を雨に例える「Rain on Me」は、苦難を生き抜いていく強さを祝福する歌だ。

不条理な苦難のなかで愛と前進を説きつづけたアーティスト、レディー・ガガとアリアナ・グランデだからこその、彼女たちにしか歌えない音楽と言える。新型コロナウイルス危機が世界を覆う今、この曲を大勢でめいっぱい踊れないことは残念だが、同時に、2人が体現してみせる勇気がこんなにも尊く響きわたるときも無かったかもしれない。

前出ニコラ・フォルミケッティは、こうも明かしている。「(今作で)ガガは、彼女の過去、ポップのルーツを自分のものにしたがったのです」。これこそ「ポップ回帰」アルバム『Chromatica』の裏テーマというべき闘争だったのかもしれない。

冒頭で述べたように、レディー・ガガはプロデューサーから性的暴行を受けたのちも、男性たちから不当に扱われながらキャリアを築いていった。抑圧された記憶とないまぜになっていたダンスポップをみずからの手に取り戻す、そんな意志を強く感じさせる楽曲が「Free Woman」だ。

ここでは、長きにわたる苦しみを表すように、葛藤と恐れが交差してゆく。「(解き放たれたい)抗わないで 逆らっても無駄」。彼女が一旦ポップから距離を置いたことは必然であり、必要なことだったのかもしれない、そう思わずにはいられない悲痛な表現だ。しかしながら、『Chromatica』はハピネスな、愛と幸福を希求するアルバムだ。「Free Woman」も例外ではない。サウンドはどんどん高揚していき、聴き手に解放とカタルシスを授ける。

確かな腕がなくなたって 取るに足らない存在じゃない
自分に自信がなくたって 私は無意味な存在じゃない
たとえ彼氏がいなくたって 私はかけがえない存在
私は自由な女 自由になろう
(「Free Woman」より)

本人をも驚かした「ポップ回帰」アルバム『Chromatica』の制作が後半に突入したとき、レディー・ガガはこう思えるようになったという。

「そろそろ敬意を表さないと。私をよみがえらせてくれたもの、つまり音楽そのものに」

このアルバムには、まだまだ魅力がたくさん詰まっている(ゲストだけとってもBLACKPINKとエルトン・ジョン!)。しかし、ポップを自らの手に取り戻すガガの闘いは無事完了したと思っていいかもしれない。まだアルバムの5曲目だというのに、「Free Woman」は熱烈な告白で終わるのだから。

闘いの末にたどり着いた、ここは私のダンスフロア
熱い心、そのために私は生きている
(「Free Woman」より)

Written By 辰巳JUNK


レディー・ガガ約3年半ぶりの最新アルバム

レディー・ガガ『Chromatica』
2020年5月29日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Prime



 

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