カニエ・ウェストと宗教、そして神:ゴスペル・アルバム『JESUS IS KING』へ至る道
2019年10月に“ゴスペル・アルバム”『JESUS IS KING』を発表したラッパー/プロデューサーのカニエ・ウェスト。アルバムは全米チャート初登場1位を記録し、同名タイトルのドキュメンタリー映画の公開や、アメリカ人の生活と密接にかかわりのあるキリスト教を題材にしたことで、音楽界だけではなく大きな話題を呼んでいる。では、カニエはいつから“神”を歌い、“神”を敬い、“神”になろうとしてきたのか? 様々なメディアに寄稿される辰巳JUNKさんに解説いただきました。
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天才音楽家、大言壮語なゴシップ・スター、ファッション・シーンの革命家……幾多もの顔を持つカニエ・ウェストが、2019年秋、本格的なゴスペル・アルバム『JESUS IS KING』をリリースした。その宗教的な濃度は世界を驚かしたわけだが、実のところ、彼はキャリアの始まりからキリスト教と近しいラップ・アーティストだった。本記事では、カニエのクリスチャンな軌跡を7章にわけて紹介する。
1. 『The Collage Dropout』(2004) すべての始まりとなった“生還”
1977年アトランタ生まれ、シカゴ育ちのカニエ・ウェストは、25歳ごろには人気プロデューサーになっていたが、ソロ・ラッパーとしての契約には難航していた。そんな苦難の日々を送るなか、2002年に交通事故を起こしてしまう。顔にワイヤーを張り巡らせるほどの大怪我を負った彼は、生還できたことは「神の啓示」だと受け止め、病床にてデビュー曲「Through The Wire」を製作。2004年のデビュー・アルバム『The Collage Dropout』リリースに見事こぎつけた。
社会問題を扱いながら神との対話を語るスマッシュ・ヒット「Jesus Walks」はゴスペルとラップ・ミュージックにまつわる会話を再燃させ、ケンドリック・ラマーやチャンス・ザ・ラッパーなど、スピリチュアリティーを表現する後続ラッパーに多大な影響を与えたとされる。翌年にはイエス・キリストの格好をしたRolling Stone誌カバーも衝撃を呼び、ビッグな議論を巻き起こしつづけるスターとしてのキャリアが華々しく幕明けた。
All of this talk of the Kanye West Christian album reminds me of this Rolling Stone cover, which is also the issue that featured my grandparents (yes, I’m serious). pic.twitter.com/7KN6LqQCyp
— Eric Hazard (@EricHazard) October 26, 2019
2. 『Yeezus』(2013)まさかの神宣言 ツアーにキリストも降臨
デビューから約10年の間、アーティストとしては順風満帆だったカニエだが、母親の急死や婚約者との破局、大バッシングに見舞われたMTVビデオ・ミュージック・アワードにおけるテイラー・スウィフト受賞スピーチ乱入事件などを通して深い心の傷を負っていった。2013年には、自分自身を表す「Yeezy」と神「Jesus」を組み合わせた造語『Yeezus』と題したアルバムでまたもや宗教的な衝撃をもたらす。本人いわく、姓名の「West」は奴隷名、「Yeezus」は神名(“God Name”)という扱いらしい。
神を名乗る「I Am A God」では「レストランよ、さっさとクロワッサンを持ってこい、俺は神」と要求するリリックが笑いと顰蹙を買う。『Yeezus』ツアーには、舞台に降臨したイエス・キリストその人がカニエと邂逅する演出が登場。「みんなイエスとつながれる」メッセージが込められた表現のようで、当時カニエは「キリスト教の素晴らしいところは神の描写が許されていること」だと明かしている。
3. 『The Life of Pablo』(2016) 現代の聖パウロこそカニエ・ウェスト?
リアリティ番組スターのキム・カーダシアンと結婚して子どもにも恵まれたカニエ。2016年には「汚い言葉だらけのゴスペル・アルバム」とされる『The Life of Pablo』をリリースした。“パブロ”とは、キリスト教の使徒パウロのスペイン語読みでもある。使徒パウロは、キリスト教徒を迫害する立場だったものの、神の光に打たれたことでキリストの福音を広める伝道師となり、最終的には(迫害者という)悪評を覆す評価を得た人物。
さまざまな悪評を浴びてきたカニエはこの人物に共振したようで、開幕トラックの「Ultralight Beam」は使徒パウロが神より受けた光と推測される。また、インスピレーションを受けた「3人のパブロ」として、使徒パウロと芸術家ピカソのほか、コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルの名も挙げられている。富の創造を重んじるカニエは、このエスコバルを「ブツの最大の立役者」だと賞賛。のちのち9thアルバム『JESUS IS KING』期にてクリスチャンなマーチャンを高額販売するビジネスを行なっているため、福音と芸術と製品の三位一体“パブロ魂”を有言実行している。
4. 『ye』『KIDS SEE GHOSTS』(2018) 盟友との“生まれ変わり”
2016年末、『Saint Pablo』ツアー中に(ヒップホップおよびアフリカン・アメリカンのコミュニティで批判されがちな)ドナルド・トランプへの支持表明といった爆弾発言を投下したカニエは、そのまま緊急入院する危機に陥る。退院後も「奴隷制度は黒人たちの選択のように思える」発言でバッシングされるなど激動を経た2018年、躁うつ病や希死念慮を示唆する8thアルバム『ye』をリリース。
タイトルは聖書において“you”を意味する言葉で、カニエを含む我々みなを指すようだ。同年「後輩チャンス・ザ・ラッパーの存在もあって信仰心を取り戻せた」旨をツイートしていただけあり、盟友キッド・カディと「生まれ変わり(reborn)」を表明したコラボ・アルバム『KIDS SEE THE GHOST』は、神に救いを乞うモノローグで幕を閉じている。
5. サンデーサービス開始 ブラピも訪問
前出『Saint Pablo』ツアー中に運ばれた病院において教会を始める着想を得たカニエは、2019年、合唱団とゴスペルを奏でるイベント「サンデーサービス(日曜礼拝)」巡回を開始。最初こそ限定的な集まりだったものの、1年足らずで活動の場をコーチェラ・フェスティバルや大学、そして刑務所にまで拡大させていった。
妻キムによると、伝統的な礼拝とは異なる「祈祷も説教も言葉も無い、ただ音楽、ただフィーリング」といった主旨で行われているよう。ゴスペル風にリミックスされたヒップホップやR&Bのほか、ロック・バンド、ニルヴァーナのクリスチャンな替え歌もパフォーマンスされているため、礼拝文化に親しくない音楽ファンも接しやすいゴスペル体験かもしれない。ブラッド・ピットやケイティ・ペリーなど、スター参加者も話題になっている。
6. ラップ卒業? 婚前交渉禁止令? 福音主義者への本格転換
いざこざのあったテイラー・スウィフトとの性行為の可能性を豪語する「Famous」など、エロティックな過激リリックを武器としていたカニエだが、音楽性もライフ・スタイルも敬虔なエヴァンジェリスト(福音主義者)な方向へ改めていく。
9thアルバム製作期間はスタッフに婚前交渉を控えさせ、幼い娘にも化粧禁止令を引いた。それどころか、ラップも「悪魔の音楽だから」やめようとしていたと語られている。結果、「世俗的な音楽はもう作らない」宣言が下され、全編ゴスペル・アルバム『JESUS IS KING』からはいわゆる汚い言葉づかいを指す“カース・ワード”が消滅。「カース・ワードは沢山あるけどゴスペル・アルバム」と語られていた『Life of Pablo』からの信仰深化が見られる。また、地元シカゴで行われたリスニング・パーティーでは、「Yeezus」と名乗った後悔を明かし、数年間「神の言葉と切り離された不健康な状態」にあったと告白した。
7. 『JESUS IS KING』(2019) クリスチャンも賛否両論のゴスペル・アルバム
「福音を広めるエヴァンジェリスト」宣言を繰り出したカニエは、信仰心に満ちたゴスペル・アルバム『JESUS IS KING』をリリース。Billboardチャートのクリスチャン・ミュージック部門にも君臨してみせた。「On God」では、ソロデビューのきっかけとなった「交通事故を生還させてくれた神のみわざ」についてラップされている。サンデーサービスの元となる着想が生まれたのも同じく入院中の病床だ。「神のための創造」を掲げてきたカニエ・ウェストの運命を感じさせる一致ではないだろうか。
「Hands On」で本人が予想するように、同アルバムを含むカニエの宗教活動は米国クリスチャン・コミュニティでは賛否両論と報道されているが、「減少傾向にある若年層の信徒を惹きつけるモダンなキリスト教音楽」としての功績を認める声も出てきている。アメリカでは、教会が地域コミュニティ々のセーフティ・ネットとして機能する面があるようだ。それが減りつつある今の時代、音楽で人々をつどわせるカニエの活動は、偉大ななにかを成し遂げるかもしれない。
2024年選挙に向けて大統領を目指すカニエ・ウェストは、リベラルな社会正義運動によって「バイブル・ベルト」国家アメリカからキリスト教が退けられる危機感を抱いているようだ。政治の野望ふくむ今後の諸活動において、信仰心はますます大きな位置を占めていくかもしれない。予測不可能な行動をとりつづけるカニエではあるが、今はひとまず、キャリア中期のホーリーなクリスマス・ソング「Christmas In Harlem」を聴きながら、予告されるクリスマス・アルバム『JESUS IS BORN』(または『JESUS IS KING Part 2』?)に備えよう。
Written By 辰巳JUNK
2019年10月25日発売
配信視聴はこちら
https://umj.lnk.to/KanyeWest_JesusIsKing
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