ジャスティン・ビーバー『Changes』: ジャンルを超えて新時代を切り拓くミュージシャンの足跡
2020年2月14日に発売となったジャスティン・ビーバーの5枚目のアルバム『Changes』。2015年11月に発売となった前作『Purpose』から、なぜここまで時間が空いたのか? その間でのジャスティンのサウンドの変化、そして最新作について、田中宗一郎(編集者、DJ、音楽評論家)さんとのポップカルチャー論の著書『2010s』が話題の音楽・映画ジャーナリスト、宇野維正さんに解説していただきました。
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「R&BIEBER」。2019年10月28日、ジャスティン・ビーバーのインスタグラムにアップされた画像には、そんな文字が記されていた。実はその前日にはニューアルバムが2019年のクリスマスの前にリリースされることを告知するポストもしていた(その後削除)のだが、アルバム『Changes』が我々のもとに届いたのは2020年のバレンタインだった。
『Changes』に流れているのは、まるで五つ星ホテルのスイートルームにいるかのようなリッチでラグジュアリーな心地よい時間だ。完璧にコントロールされたエアコンディション。無菌室のように清潔で、雑音が完全にシャットアウトされた空間。最高級かつ必要最小限の調度品。そのミニマルで洗練されたサウンド・プロダクションは、ある意味、「スポイルされたセレブリティ」の環境を象徴しているとも言える。きっと批評家の中には、この作品全体が醸し出している「リアリティのなさ」に難癖をつける者もいるだろう。しかし、言うまでもなくジャスティンはこの「リアリティのなさ」を10年以上もリアルに生きてきた存在なのだ。
13歳の頃からジャスティンは世界で最も有名なティーンであり、15歳でデビューしてからここまでの10年は、そのことにどう折り合いをつけていくかの10年でもあった。現在25歳のジャスティンにとって、前作『Purpose』からの4年3ヶ月というインターバルは人生の5分の1にも等しい長さだ。『Changes』には、その人生の5分の1、デビューしてから数えるならキャリアの半分近くの時間を費やして、飲酒やドラッグなどの悪癖やその期間に発覚した難病を克服し(あるいは、まだ克服の過程にあるものもあるだろう)、自分の名声や資産からくる影響力を客観視し、家族や友人や信じるものと共に新たに歩み始めた、その足跡が記録されている。本稿では、前作『Purpose』からの4年3ヶ月が、ジャスティンにとって(プライベートではなく)音楽的にいかに充実した日々であったかを振り返りながら、今作『Changes』における「変化」を浮き彫りにしていきたい。
2015年11月にリリースされた前作『Purpose』は、ダンスミュージック系の外部のプロデューサーを大量に引き入れて、ジャスティンがシンガー、そしてシンガーソングライターとしてだけでなく、時代の先端を切り拓くミュージシャンとしての評価を確立した作品だった。中でも重要な役割を果たしていたのは、プロデューサーとして5曲(内、ミックスとして2曲、フィーチャリングアーティストとして1曲)に参加していたスクリレックスだ。2010年代の北米のダンスミュージックシーンを牽引し、当時のEDMブームも追い風にDJ/プロデューサーとして北米で最もビックな存在となっていたスクリレックスは、ディプロとのプロジェクト、Jack Üにジャスティンをフィーチャリング・ゲストとして招いたシングル「Where Are Ü Now」(『Purpose』にも収録)で、これまでのハードなサウンドから一転して耳当たりのいいトロピカルハウス、ダンスホール系のサウンドに急接近。その音楽的達成、商業的成功は当時ジャスティンが製作中だったアルバム『Purpose』の方向性を決定づけることとなった。
翌2016年は、フランク・オーシャン『Blonde』、ビヨンセ『Lemonade』、リアーナ『Anti』、チャンス・ザ・ラッパー『Coloring Book』、ソランジュ『A Seat at the Table』、チャイルディッシュ・ガンビーノ『Awaken, My Love!』といった2010年代を代表する傑作アルバムのリリースが相次いだ「特別な1年」だったが、それらの作品に共通していたのはR&B、ラップ、ポップ、インディー、ダンスミュージックといったこれまでのジャンルの壁を超えた、近年海外メディアでよく使われる言葉でいうならジャンル・ブレンディング(ジャンルを混ぜ合わせた)な音楽であったことだ。そして、今振り返ると、ジャスティンの『Purpose』はそのような新しい時代の到来をその前年に地均しした、ポップミュージック史的にも極めて重要な作品であったことに気づかされる。
空前のビンテージ・イヤーとなった2016年以降も、ジャスティンはいわばポップカルチャーの「ハブ」として、音楽シーン全体の活性化に大いに貢献してきた。メジャー・レイザー「Cold Water」、DJスネイク「Let Me Love You」、デヴィッド・ゲッタ「2U」、ブラッドポップとの連名での「FRIENDS」といったダンスチューンでは、『Purpose』の延長上でダンスフロアに最も求められている「声」としてその圧倒的な存在感を示した。また、ジャスティンが特異なのは、ファンからアイドル視されている白人シンガーでありながら、その破天荒で刹那的なライフスタイルからラップ・シーンにおいても一目置かれているところだ。もちろん、その背景には『Believe』でのリュダクリス、ドレイク、ニッキー・ミナージュ、『Journals』でのチャンス・ザ・ラッパー、リル・ウェイン、フューチャー、『Purpose』でのトラヴィス・スコット、そしてその3作すべてに参加しているビッグ・ショーンと、それぞれ当時のシーンを代表するラッパーたちとのコラボレーションを自作で積み重ねて築いてきた信頼がある。DJキャレドのヒットチューン、ジャスティンがリル・ウェイン、チャンス・ザ・ラッパー、クエヴォとマイクリレーを交わした「I’m the One」とその続編的な「No Brainer」は、ラップミュージックのシーンとジャスティンが交差した場所で生まれた最大の成果と言っていいだろう。
そして、ジャスティンが担うポップカルチャーの「ハブ」が決定的な役割を果たしたのは、2017年世界最大のヒット曲になっただけでなく、その後の音楽シーンの地図を大きく塗り変えることとなったルイス・フォンシ&ダディー・ヤンキー「Despacito」だ。(オリジナル・バージョンが)スペイン語の曲が世界中でここまで多くの人に愛された理由は、そのヒットを駄目押しするように追ってリリースされたジャスティンのリミックス・バージョン(そういえば、この曲以降、ゲスト・アーティストをフィーチャーしたバージョンをこれまでの「フィーチャリング」ではなく「リミックス」と呼ぶことが一般化した)が一役買ったことにあった。「Despacito」の空前の大ヒットは、それまでほぼ英語曲一色だった北米ヒットチャート全体のその後の景色を変えるほど、エポックメイキングな出来事だった。
『Changes』の製作に本格的に入っていた2019年になってからも、エド・シーランとの「I Don’t Care」、そして自分と同じく10代でデビューして世界中から期待を背負うことになったビリー・アイリッシュへの思いやりを込めたエールでもあった「bad guy」のリミックスと、ジャスティンは音楽シーンのキーパーソンとして要所要所に顔を出してきた。その中でもジャスティンの音楽的な新機軸として注目すべきなのは、ナッシュビルのカントリー・デュオ、ダン+シェイとの「10,000 Hours」だ。ミュージックビデオには、ゲストとしてジャスティンだけでなく妻のヘイリーも出演。リリース直前に二人が(二度目の)結婚式を挙げたことからも明らかなように、この曲はソングライターとしても参加しているジャスティンが妻への想いを歌った曲でもあるが、それがカントリーソングとして世に送り出されたことは、もしかしたら今後大きな意味を持つことになるかもしれない。
『Changes』と前作『Purpose』の違いは、そのプロデューサー陣の顔ぶれから明らかだ。『Purpose』ほどの数ではないものの、現代のポップミュージックの最前線で生まれた作品である『Changes』にも多くのプロデューサーが参加している。しかし、『Purpose』と重なっているのは『Journals』以来のパートナーであるプー・ベア(ジェイソン・ボイド)とジ・オウディブルスだけ。『Changes』では他にも、アダム・メッセンジャー、ハーブ(バーナード・ハーヴェイ)、ナスリといった活動初期から音楽制作を共にしてきた、いわば「ジャスティン・ビーバー・ファミリー」の名前が並ぶ。今回初参加となった大物プロデューサーは、「Get Me」を手がけた、ドレイクやリアーナやエミネムとの仕事でもお馴染みのBoi-1daが目立つくらいだ。
そんな、「バック・トゥ・ルーツ」なジャスティンのモードチェンジはフィーチャリング・アーティストにも表れている。クエイヴォ、トラヴィス・スコット、ポスト・マローンと今作にも大物ラッパーが参加しているが、(年上のリル・ディッキーやクレバーを含め)これまでのように先輩レジェンド・ラッパーの胸を借りる、あるいはラップパートを丸ごとお任せするのではなく、あくまでもプロデューサー的な視点から、主に自分と同世代のラッパーにバースを担ってもらうというスタンス。ここまで「場を持っていかない」クエイヴォやトラヴィス・スコットやポスト・マローンのフィーチャリング曲も逆に新鮮だ。一方、アルバム全体の流れの中で効果的に配置されたケラーニ、サマー・ウォーカーといった同世代のR&Bフィメールシンガーの歌声が、ジャスティンが名付けたところの「R&BIEBER」という本作のキャラクターをよりクリアなものにしている。
『Changes』リリース直後に発表されたフロリダ・ジョージア・ラインとの「Yummy」カントリー・リミックスは、『Changes』の制作中に参加した「10,000 Hours」におけるカントリーミュージックへのアプローチがジャスティンにとって継続的にホットなものであることを示している。また、YouTube Originals作品として発表されたドキュメンタリー作品『JUSTIN BIEBER: SEASONS』では、結局『Changes』には収録されなかった、スペイン語で歌われるアッパーなラテン・ダンスチューン「La Bomba」が披露されている。人種や国境はもちろんのこと、ジャンルも言語もすべてを超えて新しい時代を切り拓くミュージシャンとしてのジャスティン・ビーバーのピーク期は、まだ始まったばかりだ。
Written By 宇野維正
2020年2月14日発売
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- ビリー・アイリッシュ 憧れのジャスティン・ビーバーとのコラボが実現
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今回の記事を執筆いただいた宇野維正さんと
編集者、DJ、音楽評論家として活躍される田中宗一郎さんによる共著発売中
『2010s』
公式サイト / 試し読み
世界を制覇したラップミュージック、社会を映す鏡としてのマーベル映画、ネットフリックスの革命……政治や社会情勢とも呼応しながら、遥かな高みへと達した2010年代のポップ・カルチャー。その進化と変容、時代精神を総括する。日本の文化受容に警鐘を鳴らし、来る2020年代を展望する、過激で濃厚なポップ・カルチャー論。