『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』第2幕レビュー:今も変わらない己の才能を信じる不屈の精神
約21年間に渡ってカニエ・ウェストを撮影した3部構成となるドキュメンタリー映画『jeen-yuhs: A Kanye Trilogy(邦題:jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作)』がNETFLIXにて2022年2月16日から3週にわたって公開となっている(視聴はこちらから)。
この3部作の第2幕「使命」について、ライター/翻訳家であり、当時のニューヨークに在住されていた池城美菜子さんにレビュー寄稿いただきました。
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カニエの“使命”
才能がぶつかり合う音がこぼれてくる。『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』の第2幕「使命(Mission)」を観ながら、そう思った。第1幕「ビジョン」では、プロデューサーとして高く評価されても飽き足らず、ラッパーとしての契約までを勝ち取るまでの苦戦が映し出された。第2幕では、2002年10月に契約を取りつけてから2004年2月に『The College Dropout』でデビューするまでを追う。地元シカゴから追いかけてきた映像ディレクターのクーディーとその仲間が捉える映像は20年経ったいまでも生々しい。
実際、2002年の秋に遭った車の事故で負った怪我の治療の過程は、少し見せすぎである。顎が3つに砕けたため、矯正器具(ワイヤー)を外す手術まで映るのだ。冒頭に1990年、12才の元カニエ少年がてっぺんを斜めにカットするガンビー・ヘアーでラップする場面が出てくる。くりくりした瞳のカニエ少年が可愛すぎて、成長を見守る親戚のような錯覚に陥った。そして、大人になった彼が、顎の痛みに耐えながら曲作りも売り込みもやめない姿をつい応援してしまうのだ。至近距離で写された映像はそのまま観客の心理的な距離をも縮め、このドキュメンタリーを特別な作品にしている。
カニエのラップを聴く者たちの反応
『Blueprint 2』収録の「The Bounce」でのレコーディング中のジェイ・Zの前で、カニエがラップを聞かせる場面も貴重だ。「徐々にではなく、頭から感情を込めろ」とアドバイスするジェイ・Z。また、ジェイミー・フォックスのホーム・スタジオはハリウッド俳優の趣味とは思えないほど本格的で驚いた。ここでジェイミーに聴かせた「Slow Jamz」は早口ラップでギネス記録を持つトゥイスタのシングルになり、R&Bアーティストの名前を入れ込んだ歌詞がうけて大ヒットを記録。プロデュースをした特権で自らフィーチャリング・アーティストとなったカニエの知名度はますます上がった。ジェイミーは翌年、レイ・チャールズのバイオピック『Ray/レイ』で黒人男性として史上3人目のアカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞している。
最初のハイライトは30分過ぎにくる。事故のせいでワイヤーをつけたままラップし、チャカ・カーンの名曲「Through the Fire」をもじった「Through the Wire」ができ上がる。それをレコーディング作業をしていたファレル・ウィリアムスに聴かせる場面だ。「ラッパーとしてもすごいんだな!」と興奮気味にファレルが絶賛し、成功を見越したかのように「売れてもいまの視点、ハングリー精神を忘れないで」と忠告するのだ。プロデューサー・チーム、ザ・ネプチューンズとして飛ぶ鳥を落とす勢いだったファレルと、前述のジェイ・Zはスタジオ内の立ち振る舞いがカッコ良すぎて、主役を食ってしまっている。
私は「Through the Wire」をプロモーション盤(リリース前に関係者に配るレコード。12インチが多い)でもらい、早いうちから夢中になった記憶がある。雑誌bmrの2004年度の年間ベストに、ほかのアルバムを押さえてダントツの1位に選んでもいる。先見の明があったと言っているのではない。まったく新しいトラックと、口内を怪我しているため液体しか摂取できないと冒頭からラップするおもしろいリリックに反応した人は多かったのだ。それでも、ロッカフェラはカニエのデビューを優先させなかった。プロモーション・ビデオを自腹で作り、デフ・ポエトリー・ジャムにオーディション映像を送るカニエ。
デフ・ポエトリー・ジャムは2002〜2007年まで続いたテレビ番組だ。デフ・ジャムのトップ、ラッセル・シモンズ肝入りで、スポークン・ワードを全身を使ってパフォーマンスする「スラム」に焦点を当てていた。『セックス・アンド・ザ・シティ』など尖ったドラマを多く放映していた有料ケーブル局のHBOが放映し、アミリ・バラカやリントン・クウェシ・ジョンソン、マリク・ヨセフなど本物の詩人も出演した。元モス・デフ現ヤシーン・ベイが司会を務めていたこの番組に、カニエは2004年から3年続けて出演している。
今も変わらない己の才能を信じる不屈の精神
第2幕「使命」回では、カニエの己の才能を信じる不屈の精神に圧倒される。カニエ・ウェストはデビュー前から変わっていないのだ。「Through the Wire」のコーラスに起用するクワイヤーはいまのサンデー・サーヴィス・クワイヤーのひな形だし、プロモーションのためにビデオの制作費用3万3千ドル(約350万円)を自腹で出し、パーティーを開く作戦も変わらない。規模こそ、何百倍にもなっているが。また、デビュー前のジョン・レジェンドを起用し、新しい才能の目の付けどころの確かさも伝わってくる。一方、バスケや野球のユニフォーム、2003年頃に流行ったジャマイカ・カラーの服、ジーンズの幅など出てくるファッションには時代を感じる。ジェイ・Zが手にしているT-Mobleのサイドキックはメッセージのやり取りが楽になるだけなのに300ドルくらいしたなぁ、とぼんやり思い出した。
ニックネームのデーム・ダッシュと表記される、ロッカフェラ・レコーズのデーモン・ダッシュがなぜカニエを契約後、しばらく塩漬けにしたのか不思議に思う人もいるだろう。契約してからデビューまで時間がかかるケースは少なくなかった、という単純な理由がひとつ。ふたつめは、当時から彼の音楽的なセンスを疑う声があったから。ジェイ・Zの元マネージャーであり、2001年に飛行機の墜落事故で亡くなったR&Bシンガー、アリーヤのボーイフレンドでもあったデームは、非常に力を持っていた。『不倫の報酬(原題:Paid in Full)』などヒップホップ色の強い映画をプロデュースして野心も大きかったが、送り出す音楽の出来にはバラつきがあった。結局、2004年にジェイ・Zがデフ・ジャムの社長に就任してロッカフェラ・レコーズを完全吸収させ、さらにクロージング・ラインのロッカウェアも買い取って袂を分っている。この出来事は、カニエのキャリアにはプラスに働いたはずだ。
このドキュメンタリー・シリーズではカニエの軌跡、00年代頭のヒップホップ・シーンを捉えているだけではなく、姿勢の柔軟さ、人をほめたり励ましたりといった人柄の大切さが垣間見られるのが興味深い。カメラの前というのもあるだろうが、本気でアドバイスするジェイ・Z、ほめまくるリュダクリスに元モス・デフ、曲の出来に感激を隠さないファレル、カニエのグラミー賞の大量ノミネートを素直に喜ぶ元パフ・ダディたちが温かいのだ。パフがカニエの母親、ドンダさんにていねいに挨拶する何げないシーンもいい。あと出しジャンケンをあえて出すと、成功する人ほど他の人の努力や功績を評価するし、態度も公平だ。これは、大物はインタビューの答えが真摯であることが多かったという、個人的な体験からも書いている。
一方、売り出すまで必死なカニエの姿勢は清々しいものの、『The College Dropout』がリリースされ、予算が取れるようになった途端にクーディーに向かって「ハイプ・ウィリアムスとビデオを作る!」とはしゃぐ姿は、無邪気な分だけ残酷だ。ハイプは1998年にDMCとナズを主演にした映画『BELLY 血の銃弾』も監督した売れっ子の映像クリエイターで、彼と組みたかった気持ちは理解できる。だが、それを無名時代からともに行動してきた撮影隊の前で、この表情で言うのか、と驚いた。そして、至近距離でカニエを映してきたこのドキュメンタリーの転換点はここだろうと察した。
DONDA 2
2022年2月22日、このエピソードが公開された数時間前に『DONDA 2』の大掛かりなリスニング・セッションがマイアミのローンデポ・パーク・スタジアムで開催された。予定時間より(しかし予想通り)1時間半以上遅れ、とりあえずイェの鼓動は正常に脈打っていると全世界に知らしめたあと、冥王星と子どもの頃に住んでいた家を燃やすセットで主人公が登場。エグゼクティヴ・プロデューサーのフューチャー、ミーゴス、ベイビー・キーム、ジャック・ハーロウ、ソルジャー・ボーイ、フィヴィオ・フォーリン、アリシア・キーズ、ダベイビー、マリリン・マンソン、プレイボーイ・カーティなど大勢のフィーチャリング・アーティストが出て華やかではあったが、芸術性の高いセッティングとは裏腹にライヴパフォーマンスのクオリティは低かった。おそらく、準備が間に合わなかったのだろう。
『DONDA 2』は既存のストリーミング・サーヴィスを使わず、200ドルのステム・プレーヤーでしか聴けないと発表された。これまでもプリンスなど既存の売り方では損をしていると反旗を翻したアーティストは存在したし、反骨精神をともなった商売上手とはいえる。『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』の第2幕は、最優秀ラップ・アルバムと最優秀ラップ・ソングを受賞した第47回グラミー賞でのスピーチで終わる。とことん勝ち気なスピーチと、真っ白い衣装のパフォーマンスでこの夜、カニエ・ウェストはヒップホップに疎いアメリカ人にもその名を轟かせた。
翌年はジェイミー・フォックスとマーチング・バンドを率いて「Gold Digger」のパフォーマンスでグラミー賞を沸かせるのだが、カニエのイノセント時代はその辺りで終わる。来週の最終回は、辛い1時間半になりそうな予感がしてきた。そして、その予感を胸にしかたなくステム・プレーヤーをポチった。
Written By 池城美菜子(ブログはこちら)
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カニエ・ウェスト『The College Dropout』
2004年2月10日発売
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music
カニエ・ウェスト『DONDA (Deluxe)』
2021年11月14日発売
国内盤CD 2022年3月25日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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- カニエ・ウェスト『The College Dropout』解説
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