ジェシー・レイエズ:自身が受けたセクハラを歌い、剥き出しで世界にたち向かう新人の魅力と主張
2020年3月27日にデビュー・アルバム『Before Love Came to Kill Us』が発売となるシンガーソングライターのジェシー・レイエズ(Jessie Reyez)。過去にはエミネムやカルヴィン・ハリスが自身の楽曲のゲストに迎え、ビリー・アイリッシュが彼女の曲に対して「この曲は私が今まで人生で聞いた中で一番素晴らしい曲」と絶賛して世界ツアーのオープニングアクトに招くほどの魅力を持つ彼女について、ライターの池城美菜子さんに寄稿いただきました。
ビリー・アイリッシュのワールドツアー「Where Do We Go?」が新型コロナウィルスの影響で延期になった。そのニュースにいちばんガッカリしているのは、ビリー本人はもちろん、熾烈なチケット争奪戦で勝ち抜いた観客、そして、オープニング・アクトとして大抜擢されていたカナダのシンガーソングライター、ジェシー・レイエズだろう。
ラテン系特有のアクセントと、鼻にかかった歌声が特徴のジェシーは、トロント出身のコロンビア系カナダ人。カナダのグラミー賞、ジュノー・アワーズを2つ受賞しているほか、本家グラミー賞でも最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム部門にノミネートされた。少し舌ったらずな、少女のように可愛らしい歌声で、ピリッとスパイスの効いたリリックを紡ぐギャップが魅力だ。彼女の音楽には28歳らしい世間を見渡す視点と、不正を許さない、自分に正直でありたいと願う無垢な精神が同居している。ジェシーは儚さと、強い意志を同時にかもし出せる、珍しいアーティストなのだ。
彼女は、業界内でもファンが多い。ビリー・アイリッシュは、自身がビッグになる前からジェシーのファンだったそう。カルヴィン・ハリスは、サム・スミスと初タッグだった2年前の「Promises」でジェシーの歌声と笑い声を効果的に使いUKでNo.1を獲得した。彼女のヴォーカルをメインに据えた「Hard to Love」も作っている。
エミネムはさらにがっちりとジェシーを起用し、2018年のアルバム『Kamikaze』では2部構成の「Nice Guy」と「Good Guy」の2曲に招いている。「Good Guy」のビデオでは、ふたりはカップルとして乱闘の末、なんと、ジェシーはエム先輩を殺害してしまう(ビデオを見る限り、彼女は女優の素養もありそうだ)。デビュー・アルバムをまだ出していない段階で、多くの大物アーティストを魅了しているジェシーは、北米の良質な音楽に敏感なファンもすでに惹きつけていて、ツアーで各地をソールドアウトにしている。
この記事では、3つの楽曲の歌詞やビデオを紐解きながら、ジェシーの主張と魅力を分析してみたい。まずは、2017年のEP『Kiddo』から「Figures」。おっと、その前に大事な情報があった。アメリカ最大の歌詞サイト、Geniusは、ファンがそれぞれの解釈を書き込む機能で人気なのだが、よりによってジェシー・レイエズは自分で書き込み、曲の解説をしているのだ。いままでなら、インタビューなどで曲の背景を語るところを、アーティスト自らダイレクトに歌詞サイトに書いているわけだ。
この、なんでも包み隠さず剥き出して世界に向かうあたりが、彼女の長所であり、場合によっては短所になり得る特徴だ。曲解説に戻ろう。
Figures – 自身の経験を反映した失恋ソング
タイトルに使われている言葉「フィギュア」は名詞だとはっきりしたもののを表し、動詞だと「明らかになった/よくわかった」という意味になる。ジェシーによると、ひどい失恋をしたタイミングでスウェーデンのライティング・キャンプに参加し、プロデュース・デュオのプリースト&ザ・ビーストやシャイ・カーターに励まされながら作ったという。クリエイターを集めたライティング・キャンプが存在することも興味深いが、夜中に電話で大げんかして、泣き腫らした顔でスタジオに入って出来上がった曲、と説明されると、彼女の存在がとても身近に感じられ、感情移入してしまう。
「はっきりしたね/私は運命をかけるつもりだったのに、そっちは遊びだったんだ」と冒頭からジェシーの泣いているような歌声で恨み節を全開させるが、音を絞ったトラックと可憐な歌声のおかげか、どこか癒しの響きがある。失恋ソングは、いつだってどこだって需要がある。ファンは、彼女が代わりに泣いてくれる「Figures」で癒されるのだ。
Far Away – 引き裂かれる移民の悲劇
次に、昨年単発でリリースされた「Far Away」。遠距離恋愛をテーマにしたラヴソングは多いが、この曲はジェシーの土台にあるカトリック教と南米からの移民である事実がしっかり織り込まれていて、深い。頭から「聖書に誓って、あなたが本命だと思う」と宣言するのだが、ふたりのあいだには物理的な距離だけでなく、移民を許可する書類(ペーパー)が横たわる。「最新のiPhoneとフェイスタイムが救い」というリリックが今時で、ビデオはさらに「いまの時代」を意識している。
まず、労働者階級っぽい白人の家族がテレビを見ている。画面にはトランプ大統領と、彼が公約したメキシコとの国境に立てた壁が映し出される。ニュースとラテン系移民たちのパーティーを流すテレビは炎上し、トランプの支持者層を示す家族たちの視線は冷たく、違う場所で画面を見つめるジェシーの瞳は憂いを湛えている。
次のシーンでは、パーティーには移民局であるICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)が銃を構え、犬を放ちながら踏み込み、国外追放しようと不法移民を捕まえている。ジェシー・レイエズはカナダ人だが、アメリカの現状は他人事ではないため、移民法が厳しくなったがために離れ離れになる家族や恋人たちの悲劇を端的に表現しているのだ。
彼女を含めたラティーノの女性たちが聖母マリアになぞらえたポーズを取っているのは、「自分たちは忌み嫌う対象ではなく、信心深い善良な市民だ」という訴えだろう。恋愛の曲が多いジェシーだが、ときに政治的、社会的な主張を音楽や映像で届けて、アーティストとして声を挙げている。彼女の音楽が具体的に役に立っているのは、この曲のYouTubeのコメント欄に「まだ母と離れ離れだ」「涙なくして見られない」といった実際にその状況にある人々のコメントが溢れているのを見れば、よくわかる。
Gatekeeper – 自分の弱さを認めて、もっと強くなろうというメッセージ
最後の「Gatekeeper」は、2017年にジェシーを新しい意味で有名にした。20代前半に自分の身に起きた事件を同名の12分ほどのショートフィルムにして、業界内のセクハラ、性的搾取を告発したのだ。
話の流れはこうだ。ジェシーは、音楽の学校を出てからバーテンダーをしつつ、音楽で身を立てる道を模索していた頃に、パーティーで有名プロデューサーと知り合う。自分の音楽を聴いてもらうチャンスが巡ってきたと喜ぶが、彼の車に乗り込んだあと、彼が興味をもったのは自分の音楽ではなく、体だということに気がつく。その際に彼が放った言葉が、そのまま歌詞になっている。少し、対訳してみよう。
この車には2,000万ドル積んでいる/ガール 髪をくくりなよ
スターになりたいなら/左、右、左、右、左、右、右、右
俺が門番だ/脚を広げな/その気になりなよ/有名になれるかもよ
自分を歓ばせば、有名人になることも夢じゃないよ、と誘いかけているのだ。ありふれた出来事のようだが、当事者にしてみれば一生のトラウマになり得る事件だ。ショートフィルムでは、プロデューサーの意図がわかったあとも、チャンスを掴みたくて部屋に行ってしまい、デモを渡そうとしてさらに喧嘩になった顛末が描かれる。この、諦めきれなかった自分を「若くてバカだった」とも反省する心情がリアルだ。
「トロントの有名プロデューサー」だとかなりの確率で特定できてしまうと思ったら、実はほかの女性たちが先にその人物を訴えていたため、ジェシーが「私も(Me Too)」と手を挙げた、という流れだった。要するに、2017年にハリウッドに吹き荒れたセクハラ告発運動「#MeToo」「#TimesUp」の一環だったわけだ。調べればすぐ出てくるので書くが、ジェシーが告発した相手は、ビヨンセの「Drunk in Love」を書き、ニッキ・ミナージュやリル・ウェインとも仕事をしているノエル“ディテイル”フィッシャーである。
彼に対しては、ビービー・レクサも声を挙げ、ドイツのシンガー、クリスティーナ・ブーフは訴えて有罪にしている。私は、ジェシーの曲が単なる個人的な告発に終わらず、若かったり、それまで華やかな世界に無縁だったりした人間が、力のある側に興味をもたれた場合、どれくらい無防備になるかまでを表現し、注意を喚起しているのがすばらしいと思う。男女問わず、自分の弱さをまず認めてもっと強くなろうというメッセージは、インターネットで良くも悪くもすべての垣根が低くなっている現代において、とても重要だ。
ジェシー・レイエズの音楽の魅力は、自分に正直なあまり、傷つきやすさまでさらけ出してしまうところにある。それが、若者や繊細な大人たち(実は、エミネムもそのタイプだ)を惹きつけてやまないのだが、実生活の彼女は傷つきながら強くなり、アクティヴィストとしての自覚も出てきている。
近々リリースされる、アルバムが楽しみでならない。
Written By 池城美菜子 (ブログはこちら)
ジェシー・レイエズ『Before Love Came to Kill Us』
2020年3月27日発売
iTunes / Apple Music
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