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映画『ブラックパンサー』サントラ徹底解説:監督がケンドリックに託したアルバム

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日本時間2025年2月10日に開催されるアメリカ最大の視聴率を誇る第59回NFLスーパーボウルのハーフタイムショーへの出演が決定しているケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)。

彼の個々の作品について、ケンドリックのアルバム『good kid, m.A.A.d city』から『Mr. Morale & the Big Steppers』までの日本盤ライナーノーツのリリック対訳を担当し、『バタフライ・エフェクト:ケンドリック・ラマー伝』(河出書房新社、2021年)の翻訳を担当したヒップホップジャーナリストの塚田桂子さんに連載として徹底解説いただきます。

第5回は、2018年に発売された映画『ブラックパンサー』のサウンドトラックについて。

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2018年に公開された映画『ブラックパンサー』は、マーベル・コミックの作品に登場するスーパーヒーロー“ブラックパンサー”を、ライアン・クーグラー監督が原作に比較的忠実に描きながら、現代版にアレンジした作品だ。

黒人、有色人種の文化やルーツに光をあてたこの映画は、大自然と超先進技術が同居する迫力ある映像、戦士たちの超越したアクション、黒人であることの誇りを高らかに掲げながら、深い社会的なメッセージを伝えたストーリーが、世界中で人気を呼んだ。

監督はもちろん、チャドウィック・ボーズマン、ルピタ・ニョンゴ、マイケル・B・ジョーダンなどの主人公を始めとした俳優や、制作スタッフも大半が黒人である映画として、全世界で13億4992万ドル(約2,095億円)という途方もない興行成績を記録した。

また、有色人種の俳優が出演した映画としては史上最高の興行収入を記録し、同年3月に、2012年公開の映画『アベンジャーズ』(※)を超えて、北米で史上最高の興行成績を記録したスーパーヒーロー映画となった。

※『アベンジャーズ』:マーヴェ・コミックの同名のスーパーヒーローチームをベースにした、2012年のアメリカのスーパーヒーロー映画

 

映画のあらすじ

映画をまだ観ていない方のために、サントラを理解する上で助けとなる、簡単なあらすじを紹介しておこう。アフリカの架空の国、ワカンダの国王である父ティ・チャカの死後、国王の座に就くため、アフリカの秘境でありながら文明や技術の超絶先進国であるワカンダに戻った若き国王ティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)。

しかし国王としての表の顔に加え、ティ・チャラには「ブラックパンサー」としてのもうひとつの顔があった。ワカンダにだけ存在するハート形の神秘のハーブを食すことによって、戦闘モードになると超金属ヴィブラニウム製の漆黒のスーツが自動装着されて、ワカンダで神の象徴とされる黒豹のような出で立ちとなり、超人的な身体能力を発揮する戦士「ブラックパンサー」に変身するのだ。

キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)という宿敵の出現によってその地位が脅かされたティ・チャラは、ワカンダと世界が危機に瀕していることに気づく。ティ・チャラはドーラ・ミラージュ(ワカンダ国王に忠誠を尽くす親衛隊)、妹のシュリ、そしてCIAの盟友エベレット・K・ロスと手を組み、ブラックパンサーの超人的な力を駆使して敵と戦い、ワカンダを破滅から救わねばならない。

 

コミック、政治組織、映画をめぐる歴史背景と影響

1966年7月、マーベル・コミックは、アメリカのメインストリーム・コミックに初めて黒人のスーパーヒーロー『ブラックパンサー』を登場させた。創案者のひとりであるスタン・リーは、黒豹を連れていた大衆向け雑誌の冒険小説の主人公にインスパイアされており、政治的な意図は一切ないと語っている。

同年10月、カリフォルニア州オークランドで黒人のための民族主義運動、解放闘争を展開していた革命的政治組織『ブラックパンサー党』(日本語で『黒豹党』)が設立された。その名は、アラバマ州の独立系黒人政党であるラウンズ郡自由機構が使用していたシンボルとしての黒豹にヒントを得ている。

公民権運動時代の深南部アラバマ州は識字率が非常に低く、政党は視覚的なシンボルを持つことが州法で義務づけられていた。白い雄鶏をシンボルにしていた民主党は、度々その上に「右派の白人至上主義」と掲げていたため、地元の黒人市民と学生非暴力調整委員会の主催者が1965年に独立政党であるラウンズ郡自由機構を結成した際に、そのシンボルに唸り声を上げる黒豹を選んだ。

コミック『ブラックパンサー』と政治組織『ブラックパンサー党』は、表立って影響を与え合ったわけではない。しかし、黒人初のコミックヒーローである『ブラックパンサー』のキャラクターが公民権運動中に誕生したこと、コミックの黒人スーパーヒーローと政治組織との関連性をよく認識していたコミックの白人オーナーと編集チームは、その時代に政治的なテーマには極力抵抗していたことを考えると、両者の歴史は間接的に絡み合っていたことも考えられる。

同名のコミック誕生から52年後、2018年に公開された映画『ブラックパンサー』の監督、ライアン・クーグラー(自身もオークランド出身)は、ブラックパンサー党の国際主義的な姿勢からインスピレーションを受け、1992年という設定で党が設立されたオークランドを映画の主要舞台とした。また、植民地主義と国際主義という映画のテーマは、ブラックパンサー党の政治的スタンスから着想を得ており、黒人の地位向上、警察による暴力、アフリカ系アメリカ人とアフリカ人の関係といったテーマを探求している。

 

ケンドリック・ラマーが企画するサウンドトラック

まず、この映画のサウンドトラックは2つ存在する。1つ目は、それまでのライアン・クーグラー監督の映画(『フルートベール駅で』と『クリード チャンプを継ぐ男』)の音楽を手掛けてきた、スウェーデン出身の映画作曲家ルドウィグ・ゴランソンが作曲した、28曲から成るオリジナルスコア(映画音楽)だ。映画の脚本を読んだゴランソンは、映画のためにアフリカの伝統音楽をリサーチすべく、アフリカに渡った。

ゴランソンは、セネガルのミュージシャン、バアバ・マールとツアーをして演奏を録音したアフリカの伝統音楽と、スーパーヒーロー映画でよく使われるクラシックのオーケストラを組み合わせて、壮大な景観やテーマに相応しいサウンドトラックを制作した。

マサンバ・ディオプというセネガルのトーキング・ドラム奏者(アフロポップのスーパースター、バアバ・マールのリード・ドラマーでもある)の演奏も映画の中でも大きく取り上げられており、ワカンダのシグニチャーサウンドを作り出した。

Wolof Talking Drum.mov

トーキング・ドラムは、西アフリカに伝わるタマと呼ばれる砂時計型のドラムで、人間の言葉を模倣して遠距離にかなり長いメッセージを送ることができるそうだ。元々口承文化が盛んなアフリカでは、口承による歴史や文学が受け継がれているという。彼らの祖先が400年前にアメリカに奴隷として連れて来られてからは、奴隷同士がコミュニケーションを取って逃亡や反乱を企てることを避けるために、このようなドラムの使用は禁止された歴史がある。

サントラに話を戻して、『ブラックパンサー』サントラの2つ目が、今回解説をしていく、ケンドリック・ラマーとTDEのアンソニー“トップ・ドッグ”ティフィスがキュレーション、制作を手掛けた、『Black Panther: The Album』だ。そもそも、このサントラの制作はどのように実現したのだろうか?

ライアン・クーグラーは、初期ミックステープの頃からケンドリックの熱狂的なファンであり、『ブラックパンサー』の数年前にアンソニーとミーティングをした後に、念願叶って初めてケンドリックと会うことができた。

クーグラーは、いかにケンドリックの音楽に影響を与えられたかを伝え、ケンドリックは彼が観たクーグラーの映画について語り、ふたりは機会があればいつか一緒に仕事をしたいと話をしていた。その後『ブラックパンサー』の監督を手掛けたクーグラーが、ケンドリックに初期ヴァージョンの映画を見せて、この映画のために数曲パフォーマンスして欲しいと依頼した。

しかし、そこは完璧主義者のケンドリック。この映画の重要なテーマを扱うには、それに相応しい音楽を作りたいと考え、クーグラーから依頼された数曲ではなく、彼が完全にキュレーションを手掛けるサウンドトラックを「アルバム」として制作することになった。

映画の公開スケジュールが決まっていたため、アルバムの制作期間に厳しい制限があり、ケンドリックとプロデューサーのサウンウェイヴは、2017年8月、『DAMN.』のツアー中に、パフォーマンスの合間を縫って移動するスタジオ・バスの中でサウンドトラックの制作、編集を開始した。

2014年に『good kid, m.A.A.d city』のツアーで南アフリカを訪問したことから、ケンドリックとTDEのメンバーは南アフリカの音楽を数多く聴いていた。しかしサウンウェイヴとケンドリックは、その4年後に『ブラックパンサー』サントラ・アルバムの制作準備をするために、南アフリカ音楽のプレイリストを何ヶ月もかけて聴き込んだ。

その結果、ケンドリックは大物アーティストを選ぶ代わりに、あえてアップカミングなミュージシャンである、ラッパーのユーゲン・ブラックロック、ダンスミュージック・アーティストのベイブス・ウドゥモ、ラッパーのサウディ、シンガーのジャヴァを抜擢し、アメリカの有名なアーティストと共演させることで、アルバムに多様性も生み出した。

また、このアルバムに参加したトラヴィス・スコットやザ・ウィークエンドなどのメジャーアーティストに加え、当時TDEに所属していたケンドリックがCEOのトップ・ドッグと組んで、TDEのSZA、スクールボーイ・Q、ジェイ・ロック、アブ・ソウル、リーズン(2024年に脱退)、ザカリ(2019年に契約)をアルバムに加えたことも話題を呼んだ。その選択は、TDEファンを喜ばせただけでなく、映画を引き立てるサントラ以上の魅力も生み出した。結果的にグラミーで最優秀アルバム賞にもノミネートされている。

クーグラー監督はケンドリック制作のサントラについて、「アーティストが映画のテーマを取り上げ、そのテーマにインスパイアされた音楽を作る」ことを期待した。マーベルはこのサントラ・アルバムに関してTDEにクリエイティブ・コントロールを与え、クーグラーが、できあがった音楽を『ブラックパンサー』のキャラクターと組み合わせるという手法を取ったという。

最終的に「Black Panther The Album Music From And Inspired By(ブラックパンサー ザ・アルバム:映画に収録され、インスピレーションを受けた音楽)」と名づけられたこのアルバムの曲は、この映画全体に織り込まれている。クーグラー監督が、マーベルの原作を尊重しつつ映画を現代的にアレンジしたように、ケンドリックを始めとしたアーティストたちも、映画のテーマを軸に置きつつ、自分たちの解釈をヒップホップやR&Bに投影しながら、このサントラを完成させた。その内容を曲ごとにチェックしてみよう。

 

1. 「Black Panther」 Kendrick Lamar

オープニングトラックとなるこの曲で、ケンドリックは、映画の主人公である若き国王ティ・チャラと、ワカンダの秘密を守るために闘うスーパーヒーロー、ブラックパンサーの視点から、その英雄的な資質、孤独や責任などについて語りながら、覚悟のほどを敵に問い質して挑戦し、キング・ケンドリックとしての自分の経験との類似性を描いていく。

Black Panther

 

2. 「All the Stars」Kendrick Lamar and SZA

このアルバムのリードシングルである「All the Stars」は、ケンドリックとSZAの共演/客演3曲目にして、ケンドリックとアンソニー“トップ・ドッグ”ティフィスが制作、キュレーションを担当する映画『ブラックパンサー』サントラの最初の曲として、映画公開の直前である2018年1月4日に発表された。さらにその直前の2017年12月22日に発表された『DAMN.』収録の「LOVE.」のMVの途中で、ほんの1秒、『ブラックパンサー』のサントラ制作に関わっていることを明かすという、心憎い演出も行っている。

アルバムの中でも最もヒットした曲として、グラミー賞で優秀オリジナル曲賞を始めとして、あらゆる賞にノミネートされ、受賞したほか、この曲のMVもMTVビデオミュージックアウォーズで最優秀ヴィジュアルエフェクト賞を受賞した。

「愛について話そう」と始まるこの曲は、単に男女間の恋愛について語っているわけではなさそうだ。映画の中で、父の死後、ワカンダの国王に即位したばかりのティ・チャラは、新しい地位だけでなく、家族や友人、恋人、そして民衆との複雑な「愛」の関係を前に苦悩を感じている。

続くSZAは、夢を実現するために成功を追い求め、星に願いをかけるように手を伸ばす様子を歌っている。これは前述のティ・チャラ(ワカンダの国王/ブラックパンサー)の苦悩を感じ、1万年も続いてきたというワカンダの歴代ブラックパンサーたちの魂と通信をして、彼らの叡智を授かろうと手を伸ばしているようにも感じられる。

この曲のもうひとつのハイライトは、『DAMN.』収録の「HUMBLE.」と同様、デイヴ・メイヤーズとザ・リトル・ホーミーズ(ケンドリックとビジネスパートナーのデイヴ・フリーの創作ユニット)が共同監督を務めたMVだ。これが視覚的にもテーマ的にも、とても魅惑的な作りになっている。

映画にも取り入れられたアフロフューチャリズム(西洋の視点で構築されたものではなく、アフリカ系の人々が自分たちの視点でテクノロジーや宇宙、生活や文化を結びつけて未来を捉え直す宇宙思想)の表現がちりばめられている。アフリカの生地を取り入れたファッションなどには、ヒップホップ初期にも取り入れられたアフロセントリック(アフリカの歴史をアフリカ人の視点で捉え直す)の要素がうかがえて、アフリカ人とアフリカ系の人々の繋がり、懐かしさと新しさ、歴史と未来が1本の線に繋がった作品になっている。

Kendrick Lamar, SZA – All The Stars

 

3. 「X」Schoolboy Q, 2 Chainz, and Saudi

『ブラックパンサー』では、主人公のティ・チャラがワカンダの正統な王位継承者だが、彼が故郷に戻ると、他の派閥がその継承に異議を申し立てていた。ブラックパンサー(ティ・チャラ)は1日中王冠をかぶっているはずなのに、それに共感できない者、宿敵のキルモンガーが挑戦しているのだ。

この曲全体で聴かれる「On ten」とは、スラングで「本当に良いこと、10点満点中10点、10のつま先で戦闘的に動くこと、気合を入れて行動する準備ができている」という意味を持つ。「X」という綴りはローマ数字で10を表すため、曲中では「Ten」と発音されている。

ケンドリックが、「気合を入れて行動する準備ができているのか?」と問いかけると、先頭に立って登場するのが、南アフリカのラッパー、サウディだ。ズールー語を交えながら、リーン(咳止めシロップと炭酸を混ぜた高揚感を及ぼすドリンク)やカネ、銃、白人の金持ちの彼女、性的な描写などを挙げて強気な態度で、準備OKな覚悟を見せつける。

お次はスクールボーイ・Qが登場し、ヘネシーや宝石、ロレックス、マイバッハ、ベンツもあるし、勝てる気しかしない、大金があることを自慢して、「HUMBLE.」(謙虚)で知られるケンドリックさえ俺を「謙虚」にはできやしないと悪ぶりながら、TDEファミリーを巨大なマフィアになぞらえる。

最後に登場するのは、アトランタ近郊出身のヴェテラン、2チェインズだ。俺の斬新さはかなりの死亡事故を引き起こすほどで、豪華な車の装飾には誰も叶いやしない。影響力が重すぎてF12ベルリネッタ(フェラーリの高級スポーツカー)並み。ムショにも入ったが、出所したら大好きなベニハナ(高級日本食鉄板レストラン)へ直行。ケンドリックよ、コーラスおつ!ストリップクラブでライブした時代もあったが、今やスタジアム級の俺、と締める。

まあ、ラッパーというのは、真実もちょっぴり入った大ボラ吹きと、自慢大会がお好きなこと。リスナーもスポーツ感覚で楽しませていただこう。

X

 

4.「The Ways」 Khalid and Swae Lee

トロントのインストゥルメンタル・バンド、BADBADNOTGOODが制作に加わった「The Ways」は、R&Bシンガーのカリードと、ラッパー/シンガーのスウェイ・リー(レイ・シュリマーのひとり)が、ケンドリックと登場するメロウな曲だ。

主人公ティ・チャラには、幼馴染で恋人のナキア(ルピタ・ニョンゴ)という女性がいたが、ワカンダの秘密を狙うスパイの情報を入手するために、またワカンダの秘密が国外に漏れないように、国王を支えるため、弱者を救うため、スパイとして世界中で活動している。

しかしそんな彼女のことが忘れられないティ・チャラは、彼女のことを「パワーガール」と呼んで、彼女の行方を気にかけ、彼女のことを1日中考えている。そしていかに彼女が素晴らしい人であるか、どれだけの活躍をしているかを語り尽くし、思いを馳せる。

The Ways

 

5.「Opps」Vince Staples and Yugen Blakrok

ロングビーチ育ちのラッパー、ヴィンス・ステイプルズと、南アフリカの女性ラッパー、ユーゲン・ブラックロックを迎えた「Opps」は、敵対する相手について語る曲だ。サウンウェイヴと映画音楽を担当するルドウィグ・ゴランソンが制作するビートは、2018年の『FM!』のようなアップビートと非常に相性のよいヴィンスのラップを引き立てる。

この曲は、ティ・チャラ、ナキア(愛す国王を支える女スパイ)、オコエ(国王を守る誇り高き女戦士)が、ワカンダの秘宝を狙うユリシーズ・クラウエ(武器商人)とその部下たちを韓国、釜山の街頭で追いかける、爽快なカーチェイス・シーンで使われている。

カーチェイスが思い浮かぶようなケンドリックのヴァースから、レイダーに敵が映っても余裕な態度を見せ、誰を味方に付けようと関係ない、俺の動きを見てろ、とすごむケンドリックに、ユーゲン・ブラックロックの「お前なんて死んだも同然」と力強く繰り返すコーラスが映える。

次にヴィンスが取って代わると、厳しい環境での暮らしを何とかチャンスに変えてきたが、地元ではまだ仲間同士が殺し合い、ヴィンスの成功を妬んでいる。しかしどんなに成功しても警察からの攻撃を避けられない現実も語っていく。

そこでユーゲンのソロ・ヴァースだ。超絶ヘヴィーなベースに一体化するかのような彼女の低い声、韻を踏みながらハイスピードで進む強度200%の攻撃的なライムには、思わずしびれてしまう。

水面下で潜水艦(サブマリーン)のように動く
わたしは半分機械(ハーフマシーン)、光の剣(ライト・スワード)を持つ常識外れ
脳みその中を見てみな、精神病棟(サイキ・ワード)で大暴れ
何のために横に(サイド・フォー)立ってんの?
雌ライオンのように吼え、サイボーグのように殴る

Opps (Busan Car Chase Film Version) – Vince Staples, Yugen Blakrok & Ludwig Göransson

 

6.「I Am」Jorja Smith

けだるいヴォーカルが印象的で、世界中から注目を浴びたイギリスのシンガー、ジョルジャ・スミスは、このスロウなバラードで、ケンドリックが得意とする「変化」をテーマにしながら、「わたしたちは変化を求めている/恐れを恥じることはない」、「自分が得たものを知れば/犠牲になるのもそんなに難しいことじゃない」と語りながら、「わたしらしくいることが誰かの気に障ったとしても、謝る必要はない」と、芯を持って強くいることの大切さを伝えている。

ジョルジャはこの曲を録音するためにケンドリックと初めて会った際に、ケンドリックがOKを出すまで、ケンドリックがサウンウェイヴと一緒に作ったビートの上で歌わされる。その後、ケンドリックはジョルジャと一緒にさらに4時間セッションを続けて「I Am」を書きあげたという。期待値も高かったのだろうが、かなりのスパルタ・セッションだったようだ。

I Am

 

7.「Paramedic!」SOB X RBE, Kendrick Lamar, and Zacari

クーグラー監督がこのサントラにぜひ参加させたいとこだわっていたのが、同郷ベイエリア出身のヒップホップ・グループ、SOB X RBEだ。「救急医療隊員」を意味する「Paramedic!」は、ケンドリックが「俺はキルモンガーだ」というラインで始まり、ティ・チャラの敵である王位継承に挑戦する者の視点でイントロを始める。

カリードが「完璧、無価値な人間などいない、自分たちには天と地のすべてを手に入れる資格はないが、言葉にはその価値がある」と深いメッセージを歌うと、ケンドリックが「北カリフォルニア」と締めて、キルモンガーとSOB X RBEの生誕地を告げる。

「ストリートで救急医療隊員を呼んだ方がいいぜ/俺には影響力がある/俺はカリフォルニアの男、危険なストリートにいるのさ」というケンドリックのバーを筆頭に、SOB X RBEのメンバーたちは、冷酷無情なキルモンガーを思わせるような攻撃的なフロウで、ストリートでの危険な暮らしを語っていく。するとケンドリックがコーラスで、敵があえて自分を見下すような態度を取ることを願いながら、実際にそれをしようものなら「救急医療隊員を呼んだ方がいいぜ」とすごんでやる覚悟を示す。

イントロ以外は、おそらくこのサントラでは映画との直接的な関係が薄いと思われる「Paramedic!」だが、この曲のタイトルは、『ブラックパンサー』でキルモンガーが美術館で強盗を働き、美術館のキュレイターに毒を盛った後、救急隊員を呼ぶシーンにちなんでいるという。

Paramedic!

 

8.「Bloody Waters」 Ab-Soul, Anderson Paak & James Blake

前曲「Paramedic!」の「こいつがマスクを被った男だ(=ブラックパンサー)」と終えたヤングT.O.の最後のラインを、おそらく「血は水よりも濃い(Blood is thicker than water)」をもじったと思われる、「血まみれの水」を意味するこの曲の最初に忍ばせて曲が始まる。ジェイムス・ブレイクが、ワカンダの支配者が敵対勢力によって失脚させられる危険性と、国民と国家の未来を見るまで長生きはできないかもしれないことを示唆する不穏な雰囲気でイントロが幕を開ける。

そしてアンダーソン・パークが参上し、ノーウォーリーズの名作『Yes Lawd (Lord)!』という言葉をうまく利用して、神と聖母マリアが登場する聖書のストーリーに触れ、この曲で頻繁に言及される水にまつわるリリックをちりばめていく。

そしてこの曲の主役は間違いなく、アブ・ソウルだ。「誰かを血祭りにあげた手を洗うために熱いお湯をくれ」というお題に合わせたバーから始まり、KRS One並みのリリカルな猛者であることを主張すべく、かつて自らを「KRS Two」と呼んだアブ・ソウルは、ひとつの言葉にいくつもの意味合いを持たせたり、巧みなライミングをこれでもかと仕込み、耳と脳に刺激的なフロウを次から次へとキメていく。そしてコンプトンの隣町、カーソン出身の彼は、犯罪や窃盗、ドラッグが蔓延るこの街の大手通り「デル・アモ」でのクレイジーな日々を語っていく。

Bloody Waters

 

9.「King’s Dead」 Jay Rock, Kendrick Lamar, Future, and James Blake

この曲のタイトルは、映画の中で敵のキルモンガーによってティ・チャラ王が殺されたとされる出来事を指している。サントラ版の「King’s Dead」にパート2として追加されたケンドリックのヴァースでは、ケンドリックがキルモンガーの視点からラップし、自分が王であることを宣言している。

豪華なコラボレーションが実現した「King’s Dead」は、サントラ・アルバムのセカンドシングルとなっている。この曲の主役であるジェイ・ロックのアルバム『Redemption』にも収録され、ファーストシングルとしてリリースされたが、サントラ用の同曲に収録された後半は省略されている。またこの曲は、第61回グラミー賞で、最優秀ラップ・パフォーマンス賞を受賞した。

ザ・リトル・ホーミーズのデイヴ・フリーがメインで監督を務めたこのMVがまた、非常におもしろい。「お前なんかワイルドじゃない、ツーリストだ」と言うシーンでは、典型的なLAを象徴するヤシの木に登ったケンドリックが、いかにもツーリストが買いそうな焼きもろこしを食べている。

そして「大金を倍にしてやった(Freaked it)」というシーンでは、ネクタイを頭に巻いているようなケンドリックは、まるで宴会中の日本のサラリーマンみたい、と日本で話題になった記憶があるが、忙しい株式市場でジェイやフューチャーと一緒に狂ったようにカネを稼ぎ出す様子を描き出す。(その直後にまたストリートのハスリングに戻るわけだが)その後のフューチャーのヴァースでは、「ペントハウスに行って彼女(人のベイビーママ[子供の母親])とマニアックなプレイ(Freaked it)」と言うあたり、どちらの「Freak」もフューチャーにぴったりなストーリーを語っていく。

Jay Rock, Kendrick Lamar, Future, James Blake – King's Dead (Official Music Video)

 

10.「Redemption Interlude」Zacari

ケンドリックとベイビー・キームが制作を担当し、「罪の贖い」を意味する「Redemption Interlude」で、ザカリが力強く歌い上げる。

キルモンガーが、ティ・チャラの王位継承に挑戦するためにワカンダにやってきた。仲裁に入ったティ・チャラのメンター、ズリは、キルモンガーによって殺されて、戦いの後、ティ・チャラはキルモンガーに滝から投げ落とされてしまう。ティ・チャラは本当に死んでしまったのだろうか。

Redemption Interlude

 

11.「Redemption」Zacari and Babes Wodumo

南アフリカのクワイト・アーティストであるベイブス・ウドゥモが、「Redemption」でシンガーのザカリと共演する。クワイトとは、南アフリカの黒人居住区から生まれた、アフリカのサウンドやサンプルを取り入れたハウス・ミュージックの一種であり、南アフリカの現代ヒップホップの起源がそこにあると言われている。

思わず踊りたくなるクワイトを思わせるリズムに乗せた「Redemption」は、また君と上昇していきたいと、愛する人を求めるラブソングだが、この映画との関連性があるとすれば、ティ・チャラがスパイの仕事のために世界中を飛び回っている元恋人ナキアに、ふたりの関係を取り戻したいと伝えるメッセージのようにも感じられる。

Redemption

 

12.「Seasons」Mozzy, Sjava, and Reason

「季節は変わる、まだ逃げる時間はある」と始まる、非常に悲しげな「Seasons」は、ベイエリアはサクラメント出身シンガーのモジー、南アフリカ出身シンガーのジャヴァ、アブ・ソウルと同郷カーソン出身のMCリーズンが登場し、それぞれが極限まで追いつめられた、胸が締められほど切ない環境を語っていく。

ズールー語で歌うジャヴァは、何もしなくても死ねる社会の根底からやってきて、貧困、嫉妬と共にネガティヴな環境で生き抜く様を力強く歌い上げながらも、それでも「兄弟よ、希望は人を殺さない」と言う。

サクラメントのスラム街で犯罪に囲まれて同胞たちと生きてきたモジーは、正義も平和もない環境の中でも、母は子供を食べさせるために必死で働いてくれた。システムに囚われてドラッグを密売する生活を「現代の奴隷制度」と呼び、アフリカから受け継いだ血(ブラッズのギャング)が原因で戦争に行く悲しみを吐露していく。

カーソンで生まれ育ったリーズンは、生きていくために間違いを犯せば、その過去を咎められる。自分たちは苦闘を重ねて必死で必要なものを手に入れなければならず、涙も流した。おんぶするように地元デル・アモ(犯罪の多いカーソンの地域)を背負い、出口もないシステムに閉じ込められている。貧困の中でも神に感謝した。銃撃に倒れて病院で命を取り留めても、またいつ弾に当たって死ぬか分からない暮らし。そしてそれは、彼の地元ではあまりに多くの人たちに起こっているストーリーなのであった。

季節は流れても、逃げることなどできない暮らし。

最後にケンドリックが語る言葉が象徴的だ。ティ・チャラとキルモンガー(ティ・チャラとキルモンガーの父親は兄弟、よってふたりはイトコ)が和解する時がくるのだろうか。

わたしはティ・チャラ、わたしはキルモンガー
ひとつの世界、ひとつの神、ひとつの家族
セレブレーション

Seasons

 

13.「Big Shot」Kendrick Lamar and Travis Scott

「ワカンダへようこそ」と始まる「Big Shot」。

ワカンダは、マーベルの世界に創り出された、超人的な力を持つブラックパンサーの顔も持つ国王ティ・チャラが統治する、アフリカにある非常に高度な技術を持つ裕福な国である。ケンドリック・ラマーとトラヴィス・スコットは、ヒップホップ界で最も成功し、絶大な影響力を持つビッグネームのふたりであり、富と名声、名誉ある地位をほしいままにして、それぞれの帝国を築き上げたキングである。

この曲ではそれらを自慢し、それらに対して感情的に嫉妬する者たちをからかいながら、ワカンダの王への共感と賛同を示しているようだ。

「Big Shot」というかけ声で始まる最初のラインは、ラッパーのリッチ・ザ・キッドのデビューアルバム『The World Is Yours』で、ケンドリックを客演にリリースされた先行シングル「New Freezer」(2017年9月26日)の中でラップされたバーを、そのままこの「Big Shot」(2018年2月9日)でもラップしている。

高級車、ピーナッツバター色の内装
外装はコカインのように白い、ボディは(非ユダヤ人の)白人色

Big Shot

 

14.「Pray for Me」The Weeknd and Kendrick Lamar

ザ・ウィークエンドとケンドリックという豪華な共演の「俺のために祈ってくれ」というこの曲は、アルバム3枚目のシングルになった。アルバムの最後に相応しい「Pray for Me」では、ワカンダを救うために命を懸けて戦うティ・チャラになぞらえ、ラップの救世主という自分の運命を受け入れるケンドリックの覚悟を示す、壮大なメッセージを伝えている。

映画『ブラックパンサー』では、ワカンダが世界大戦に巻き込まれるのを防ぐため、ティ・チャラはCIAの盟友エベレット・K・ロスと手を組み、ブラックパンサーの超人的な力を駆使して命懸けで戦う。ティ・チャラには、どんな犠牲を払ってでも自分の国家と国民を守る覚悟があるのだ。

ウィークエンドは、たとえ命絶えることがあろうとも、戦争が始まる覚悟を決めている。しかし同時に、誰が自分を地獄から、この魂を救ってくれるのか、誰が自分のために祈ってくれるのか、痛みを取ってくれるのかと問いかける。

そんな孤独と向き合いながらも、再び、それでもあなたのためなら死んでもかまわない、血を流してもかまわないという覚悟を見せる。この「誰が自分のために祈ってくれるのか」というラインは、ケンドリックが『DAMN.』で、「誰も自分のために祈ってくれない」と繰り返していた孤独感を思い起こさせる。

そしてケンドリックは、生まれてこの方、世界と、人と、自分と、神と、痛みと、ずっと闘い続けてきたことは、今までのアルバムでも語ってきた。しかし、あとどれくらいの重荷が残っているのかと問いかけ、人前では涙をこらえていることを打ち明ける。生き地獄のような人生、戦争に自然災害。ヒーローの必要性を問いながらも、実は鏡に映る自分こそが皆ヒーローなのだと聴き手を諭す。どんなに困難な時代がやってこようとも、苦しむ者たちにはきっと携挙(※)がやってくる。すべては予言であり、大義のために自分が犠牲になるのなら、そうなるしかないのだ、と運命を受け入れる。

そしてふたりは最後のコーラスで、「万が一自分の信仰が失われたとしても、自分の掟に従って生きていく」と宣言して曲を閉じる。

この時背後で流れているメロディ/ビートは、ティ・チャラのテーマとして、他の曲や映画の中でも流れている(この曲で使われているビートは、それをさらにシンプルにしているように聴こえるが)。これは、映画音楽のサントラを制作したゴランソンが、6つのトーキング・ドラムのユニゾン演奏の上に、ソロ演奏(このトーキング・ドラムが「ティ・チャラ」と伝えている)を加え、それをさらに強調するために808(ドラムマシーン)でトーキング・ドラムと同じリズムを下敷きに加えているという。このメロディ/ビート、そしてトーキング・ドラムそのものが、この映画『ブラックパンサー』の中でも非常に重要なシグニチャーサウンドになっている。

※ 携挙(けいきょ)/ Rapture:イエス・キリストの再臨の際に、地上の信徒が不死の体になり空中に持ち上げられてキリストに会うという出来事を指す。

The Weeknd, Kendrick Lamar – Pray For Me (Official Lyric Video)

 

黒人を主人公にした、初めてのスーパーパワーを持つスーパーヒーローの映画『ブラックパンサー』には、黒人を含めた世界中の人々が魅了された。その魅力は興行成績という形でも証明され、上映当初は、アメリカ黒人が、どれほどこのような作品を待ち望んでいたかが語られた。

しかし、子供の頃からコミックが好きで、特にスパイダーマンが大好きだった黒人男性の友人の、とまどいが混じったあるつぶやきには、かなり考えさせられた。

「エディ・マーフィーの有名なコメディに、『飢えた状態で誰かにクラッカーをもらったら、人生で最高のクラッカーだと思い込む』、っていうスケッチがあるんだけど、観たことある? 『ブラックパンサー』は間違いなく素晴らしい映画だ。でも、この映画を真に評価するためには、アメリカ文化において、黒人のスーパーヒーローが讃えられることがほとんどなかった、ということを理解しなければならない」

もちろんこれは、映画『ブラックパンサー』と、ケンドリック企画のサントラ・アルバムの素晴らしさを否定するものではない。しかし、今まで考えも及ばなかった、黒人スーパーヒーローの選択肢がほとんどない状態で育った黒人の複雑な気持ちに触れて、アメリカという特異な環境と歴史を持つ国について、あらためて考えさせられた。

深いため息をつきながら、皆のアイデンティティが尊重されて、とまどうことなく、自分らしく。

Written By 塚田桂子

参考資料:Black Panther (soundtrack) https://en.wikipedia.org/wiki/Black_Panther_(soundtrack)

Lowndes County Freedom Party (LCFP) https://snccdigital.org/inside-sncc/alliances-relationships/lcfp/

『バタフライ・エフェクト; ケンドリック・ラマー伝』(河出書房新社)マーカス・J・ムーア (著), 塚田桂子 (翻訳)

The Making Of “Wakanda” With Ludwig Göransson | Presented By Marvel Studio’s Black Panther
https://www.youtube.com/watch?v=fcO5klPyfX4&t=259s


ケンドリック・ラマ―『Black Panther: The Album』
2018年2月9日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / YouTube Music / Amazon Music


ケンドリック・ラマー特集一覧


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