2021年を代表する曲、英バンドのグラス・アニマルズによる「Heat Waves」の経緯とその理由
英出身の4人組バンド、グラス・アニマルズ(Glass Animals)が2020年6月に発売した楽曲「Heat Waves」は、史上最長記録の42週かけて全米シングルでTOP10入りという(2022/3/9 update:全米シングル1位となり、チャートイン59週で全米1位となり、1位到達までの歴代最長記録を更新)、UK初のロック・バンドとしては快挙を成し遂げ、現役グループとして最大の英国外売上曲となった。
そんな楽曲、そしてグラス・アニマルズについて音楽ライター/ジャーナリストとして活躍されている粉川しのさんに寄稿いただきました。
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2021年はUKロックの当たり年
「2021年は本当に大当たりの年だった」と、UKロックの大健闘を讃えたのはBPI(英国音楽協会)のスポークスマンだったが、実際2021年のUKギター・ミュージックの活躍は目を見張るものがあった。2021年UKシーンについてはこちらのコラムにも中間報告をまとめたが、UKロックの復活は実際の数字として明確に現れている。
特に勇気付けられるのがウルフ・アリスやブリング・ミー・ザ・ホライズン、ロイヤル・ブラッド、サム・フェンダーら現役ど真ん中のアーティストたちが次々に全英1位を獲得したことだ。ザ・ラザムスやスナッツのような新人ギター・バンドのデビュー・アルバムが並み居る大物を蹴散らして1位を奪取する、ジャイアント・キリングも続出したのも痛快だった。
もちろん、上記のコラムでも書いたように2021年のUKロックの復活はあくまで英国内限定のローカルな話であって、UKバンドたちがワールドワイドに大成功を収めているわけではない。2021年、グローバルな大成功を収めたUKアーティストと言えばアデルとエド・シーランという鉄板の二人だったわけで、ひとたび英国の外に目をやれば「いつもの」風景が広がっていたと言える。ただし、例外はあった。2021年にグローバルな大成功を収めることができたUKインディ・バンドという、唯一の例外だった。そう、それがグラス・アニマルズだ。
UKの枠を超えた「Heat Waves」規格外の大ヒット
仮にグラス・アニマルズを知らない人であっても、彼らのナンバー「Heat Waves」はきっと2021年のどこかで耳にしたことがあるはずだ。2020年6月にシングル・リリースされた「Heat Waves」は2021年に入ってから一気にブレイクし、世界中のストリーミング・サービスを文字通り席巻。12月末の現時点で、Spotifyでは10億回以上再生されている。同曲のヒットがいかに破格であったかについては、「イギリス国外で最も聴かれた現役UKアーティストの曲」なるキャッチフレーズに最も端的に示しているだろう。
2021年5月にはビルボード・ミュージック・アウォーズにもノミネート(「Best Rock Song」「Best Rock Album」の2部門)され、BTSやザ・ウィークエンドと共にパフォーマンスも披露して大きな話題を呼んだ。
グラス・アニマルズは2022年のグラミー賞にもノミネートされたが、「最優秀新人賞」部門でのノミネートだったためにファンの間では議論が巻き起こった。彼らはデビュー10年目の立派な中堅バンドであり、「新人扱いは流石に違うんじゃないか?」という声が上がったのも納得だろう。それだけ「Heat Waves」のもたらしたインパクトが大きかったということで、彼らはまさにこの1曲の力で世界に発見されるに至ったのだ。
ちなみに「Heat Wave」が収録されたグラス・アニマルズのサード・アルバム『Dreamland』は2020年の作品で、本国UKのチャートでは初登場2位と過去最高の記録を収めている。ただし、同作がリリースされた2020年8月時点で「Heat Waves」のアメリカでのリアクションはほぼ無風で、同曲の凄さはそこから1年以上かけてじわじわと売れ続け、2021年後半にピークを迎えた見事なスリーパー・ヒット曲となった点だ。
同曲がビルボードのシングル・チャートで初めてTOP10入りを果たしたのは2021年11月、リリースから実に42週目(!)のことだった。キャリー・アンダーウッドの「Before He Cheats」が持っていた記録(38週)を抜き、「Heat Waves」は現時点で「史上最も時間がかかった全米TOP10入りソング」となっている。
なお12月25日付のビルボードTOP100、マライア・キャリーの「All I Want for Christmas Is You」が何度目かの1位返り咲きを果たし、懐かしのクリスマス・ソング一色となった同週でも「Heat Waves」はTOP10をキープしている。「Heat Wave」の48週チャートインという記録は、同週のTOP10曲の中では「All I Want for Christmas Is You」(49週)に次ぐ驚異的な息の長さだ。この調子だと「Heat Waves」の勢いは2022年も衰えることがなさそうだ。
グラス・アニマルズの経歴
前述のように、グラス・アニマルズは「Heat Waves」でいきなり大きく当てたラッキーな新人バンドというわけではなく、彼らの結成は2010年に遡る。バンドのシンガー、ソングライターにしてフロントマン、プロデュースまで一手に手がけるデイヴ・ベイリーを中心にオックスフォードで結成された彼らがデビューEP『Leaflings』をリリースしたのは2012年のことで、当時のベイリーはまだロンドンの名門大学に通う医学生だった。
彼らが登場した2010年代前半のUKシーンは、アークティック・モンキーズが『AM』(2013年作)というUKロックンロールの記念碑的傑作を生んだ一方で、The 1975やトゥー・ドア・シネマ・クラブのような従来のUKギターの枠に収まらない、よりポップで折衷的なバンドが次々と登場していた時代だ。グラス・アニマルズも、まさに後者のタイプのバンドだった。アデルからポール・マッカートニーまで手がけ、飛ぶ鳥落とす勢だったプロデューサーのポール・エプワースが彼らに惚れ込み、自身のレーベルと契約した新人バンドとして、初めてグラス・アニマルズを知ったインディ・リスナーも多かったと思う。
初期の彼らのサウンドは「サイケデリック・ポップ」と形容されることが多かったが、デビュー・アルバム『Zaba』(2014)を聴けば、彼らのサウンドはそれだけじゃないことが聴いて取れるはずだ。シンセの浮遊感は確かにドリーミーなサイケデリックだが、あやふやな足取りで先が読めないギターのフレージングはよりアンビエントで、かと思えば暗闇から突き上げてくるようなビートはトリップホップを感じさせるものでもあった。ちなみに同作収録の「Black Mambo」はアメリカでもカルト・ヒットしていて、当初からグラス・アニマルズにはUKローカルに留まらないポップのポテンシャルがあったことが伺える。
そんな彼らのポップのポテンシャルが一気に開花したのが2作目の『How to Be a Human Being』(2016)だ。『Zara』の成功を受けて世界中をツアーして回った経験、そこで得た人々との繋がりも生かされたのだろう。彼ら固有の内向性が薄らぎ、窓を大きく開け放ったような開放感と躍動を感じられるポップ・アルバムに仕上がっている。ダンサブルなナンバーも一気に増え、また本作で開花したR&Bやヒップホップは、次作『Dreamland』にも受け継がれている。
ちなみに同作収録の「Pork Soda」には「pineapples are in my head(パイナップルが僕の頭の中に)」なる一節があり、ライブではこの曲でファンが実際にパイナップルを持ち込むのが習慣になっている。グラス・アニマルズが出演した2017年のレディング/リーズ・フェスティバルで「パイナップルの持ち込み禁止」なるシュールすぎる規則が設けられていたのも、この曲のせいなのだ(当日、ファンはビニールのパイナップル・グッズを持ち込んで代用)。
パーソナルな視点から普遍的な物語を生み出す
「オアシスにとっては自分達がUKのどこの地域出身で、どの階級出身であるかということが、バンドのアイデンティティの重要な要素だった。でも、俺たちは違う。特定の国や人種にこだわらない。パーソナルな視点から、普遍的な出来事を描くようにしているから」
かつてこう語ったのはThe 1975のマシュー・ヒーリーだった。2020年にグラス・アニマルズの最新作『Dreamland』を聴いて、私が真っ先に連想したのがマッティのこの発言であり、同発言が象徴するThe 1975のメンタリティとグラス・アニマルズのリンクだった。『Dreamland』はバンドにとって最もパーソナルな作品であり、そしてまさにパーソナルな視点から普遍的な物語を編み上げたことで、世界中の人々に届く作品となったからだ。
2018年にドラマーのジョー・シーワードがトラックとの衝突事故で重傷を負い、グラス・アニマルズは活動の一時中断を呼び無くされた。仲間の身に起こった不幸に大きなショックを受け、自分の人生を否応なく見つめ直すことになった経験が、『Dreamland』の曲作りにも直接の影響を与えたことをベイリーは明らかにしている。
彼の自伝的要素を多分に含んだ歌詞はより具体性を増し、幼少期から現在に至るまでの楽しかった記憶、悲しかった思い出、自分の価値観を象った経験、今なお深いトラウマとして残る体験など、様々なシーンが綴られている。そしてそれら全てにうっすらと漂うのは喪失感であり、ペーソスをまぶしながらも抗えないメランコリーであり、そのメランコリーがプリセットされた2020年代の私たちの「体温」のようなものだ。
「Heat Waves」がこれほどの歴史的ヒット曲となった理由もまた、パーソナルな視点から普遍性を生み出していたからだと思う。「時々、君のことばかり考えてしまうんだ」「今はこれ以上君を幸せにすることはできない」と歌うこの曲は、2020年代の幕開けをパンデミックと共に迎えることになった、私たち一人一人の心情と期せずしてリンクするものだったからだ。
同曲のMVでは、ベイリーがロックダウンで無人と化したロンドンの街を荷車を引きながら一人歩いている。そんな彼を、通りに住む人々は家の窓辺で静かに見守っている。まさにソーシャル・ディスタンスが叫ばれていたあの時期の人々の距離感を象徴するMVだったと言っていい。
「Heat Waves」の大ヒットの要因の一つとして、Tik Tokの果たした役割の大きさも無視できないだろう。リリース以来、Tik Tokには「Heat Waves」のスローバージョンに合わせた無数のリップシンク映像がアップされ、同曲のパンチラインである「sometimes all I think about is you」はトレンドにもなった。ストリーミングサービスが普及し、SNSでのバズをきっかけにヒット曲が生まれるようになった現在、ヒットの要因として「新曲」か「旧曲」かの差は、あまり意味を持たなくなっており、「Heat Waves」の年を跨いだスリーパー・ヒットはまさにそうした時代性を踏まえた必然だったと言えるかもしれない。
各国で依然としてロックダウンが続き、気軽に旅行にも行けず、人々がマスクで互いの表情を隔てあっている現在。物理的なあらゆる繋がりが希薄にならざるを得ない時代にあって、「君のことばかりを考えている」と歌う「Heat Wave」がずっと私たちの傍で鳴り続けていたことは、きっと数年後には忘れがたい思い出となっているはずだ。
Written By 粉川しの
「Heat Waves」収録アルバム
グラス・アニマルズ『Dreamland』
2020年8月7日発売
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music
- グラス・アニマルズ アーティストページ
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