エル・ファニング主演映画『ティーンスピリット』は“80年代角川アイドル映画”である! BTSファンの監督が作り上げた映画と音楽の魅力とは

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2020年1月10日に日本で公開された映画『ティーンスピリット』。この映画と劇中の音楽について、映画や音楽関連だけではなく、2019年3月には2作目となる小説『インナー・シティ・ブルース』も発売、大和田俊之さんとの人気シリーズ最新刊『文化系のためのヒップホップ入門3』が昨年末に刊行されるなど幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに寄稿いただきました。


 

エル・ファニングが主演したアイドル映画である。以上!

そんな文章だけで終わらせてしまいたくなるほど、『ティーンスピリット』はパーフェクトなアイドル映画である。

物語は、英国沖に浮かぶワイト島から始まる。1970年に開催された伝説的なロックフェスで知られるこの島は英国では有名なリゾート地。ようするに苗場みたいなところだ。

エル・ファニング扮する主人公ヴァイオレットはポーランドから渡ってきた移民の子で母子家庭育ち。家計を支えるため毎日バイトに追われ、性格も内気なことから友達も少ない。そんな彼女の唯一の心の救いは歌うことだった。ある晩、閉店間際のバイト先のバーで歌っていたヴァイオレットは酔っぱらいの老人に話しかけられる。

「お前、いい喉をしているな」

まるで「明日のジョー」における丹下段平のような登場をした彼こそは、かつてはクロアチアの至宝として世界的に活躍していたオペラ歌手、ヴラドだった。おりしもワイト島では人気スター発掘番組「ティーン・スピリット」の出演者オーディションの開催が決定したばかり。ヴァイオレットは「自分がスターになれば幼い頃に家を出て行った父と再会できるかも」と考え、ヴラドに弟子入りを志願するのだが……。このストーリーをパーフェクトと言わずして何と言うのだろうか?

そんな『ティーンスピリット』だが、実は類似のティーンムービーは英米には存在しない。本作は英米のアイドル映画よりも遥かに日本のそれに近い。もっと限定して言うなら、1980年代に角川映画が製作していたアイドル映画そっくりだ。

薬師丸ひろ子、原田知世、そして渡辺典子から成る通称「角川三人娘」の初期主演作の多くで、彼女たちはファンである同年代の男子に配慮して、はっきりした意味での“恋”をしなかった。但し恋をして輝く姿を見せないとアイドル映画として成り立たない。そこでこの矛盾を解消するためかなり年上の男を擬似的な父親として慕うストーリーが描かれた。

『ティーンスピリット』も、メインに据えられているのはヴラドとヴァイオレットの擬似親娘愛である。クライマックスが、スターを目指す主人公のパフォーマンスという構成は、渡瀬恒彦を擬似父親として慕う原田知世が、ダンス・オーディションに挑戦して延々踊り続ける『愛情物語』(1984)のそれを彷彿とさせる。同作のキャッチコピー「お父さんって呼んでもいいですか。」は『ティーンスピリット』にもそのまま使用可能だ。

 

こうしたベタなストーリーに、相米慎二や大林宣彦といった作家性の強い映画監督が場違いにシャープなカット割やジャンプカットを駆使した演出を施すのも角川アイドル映画の特徴だった。おそらく「こんなベタな話でもこれだけ格好良く撮れるんだぜ」という監督たちの心意気のあらわれだったのだろう。『ティーンスピリット』もまさにこうした作りの映画なのだが、面白いことには本作の場合、本来相反する関係にあるはずの脚本家と監督が同一人物なのだ。

その脚本家兼監督こそが、テレビシリーズ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(2017〜)への出演で知られる俳優マックス・ミンゲラ。『イングリッシュ・ペイシェント』(1996)でアカデミー作品賞と監督賞の二冠を獲得した故アンソニー・ミンゲラの息子でもある。

アンソニーは、上流階級出身者が多い英国映画界の中にあってイタリアからワイト島に渡ってきた移民の息子だった。観光客にジェラートを売る家業に満足できなかった彼は本土の大学へと進学し、そこで演出家への道を歩み始める。そんな時ダンサーになるために故郷の香港から単身ロンドンに渡ってきていたカロリン・チョアとめぐり合って結婚、マックスが生まれたのだ。つまり『ティーンスピリット』のヴァイオレットのモデルはマックスの両親なのである。どうりで彼女の「ここから何とかして出ていきたい」という気持ちに真心がこもっているわけだ。

真心という言葉は、本作における音楽の扱いにも当てはまる。『ティーンスピリット』の劇中で歌われるようなEDM風味のエレクトロポップのリスナーのほとんどはティーンエイジャー。このため音楽マニアからまともに語るに値しないとされているジャンルである。しかしマックスは近年もBTSのアーミーとしてライブ会場でしばしば目撃されているほどのティーンポップ・フリークなのだ。

 

当然マックスは選曲にも深く関わっており、ヴァイオレットが歌う挿入曲として、ティーガン&サラ「I Was A Fool」、ロビン「Dancing On My Own」、エリー・ゴールディング「Lights」、シグリッド「Don’t Kill My Vibe」 というグッド・チョイスを行っている。しかもトラックがオリジナルの完コピではなく、門外漢にも楽曲の良さが伝わる巧妙なアレンジが施されているのが憎い。

マックスから熱烈なオファーを受けて楽曲のプロデュースを担当したのはマリウス・デ・ヴリーズ。近年の代表的な仕事が『ラ・ラ・ランド』(2016)であるため、ジャズ畑出身と思われている人だが、もとは英国が誇るクラブ・ミュージック・ユニット、ソウルⅡソウルの創立メンバー、ネリー・フーパーの周辺でキーボードやプログラミングを担当していたミュージシャン。デ・ヴリーズがエレクトロポップを手がけるのは、オリジネイターがフォロワーの音楽をリメイクするようなものなのだ。

そんな彼とヴラドとヴァイオレットのごとく3ヶ月間の特訓を行なったというエル・ファニングのスモーキーな歌声も『ティーンスピリット』のチャームポイントである。エンディングに流れる「Wildflowers」はテイラー・スウィフトやロードのプロデューサーとして知られるジャック・アントノフとカーリー・レイ・ジェプセンの共作によるオリジナル曲。サビメロでエルは、映画の内容に則した<恋愛以前のラブソング>として、最高にキラーなフレーズを歌う。

あなたがわたしに贈ってくれた野生の花は散ってしまった
あなたがわたしに教えてくれた愛/それはわたしにはまだ理解できないけれど

 

考えてみればエル・ファニングもすでに21歳。純粋な少女役がそろそろ難しくなってきたところで『ティーンスピリット』のような映画に出演できたのは、本当にラッキーだった。そして本作で予想外の才能を覚醒させたマックス・ミンゲラにはこの調子でアイドル映画をバンバン撮ってほしいと思わずにはいられない。

Written By 長谷川町蔵



『ティーンスピリット(オリジナル・サウンドトラック)』
デジタル配信中
iTunes / Apple Music / Spotify



映画「ティーンスピリット」
2020年1月10日(金)日本公開
公式サイト

映画「ラ・ラ・ランド」のスタッフが再結集!
イギリスの田舎町で、内気な主人公ヴァイオレット(エル・ファニング)が、歌手になる夢を掴むためオーディションに挑む姿を描いた作品。
歌唱シーンについて監督は「劇中のパフォーマンスシーンは彼女の実際の歌声を収録しているんけど、
これがとてつもなく貴重な素材になった。きっとみんな彼女の歌声に驚愕すると思うよ」と述べています。
劇中には、ケイティ・ペリーやアリアナ・グランデ、カーリー・レイ・ジェプセン、エリー・ゴールディングらのヒットソングが「ラ・ラ・ランド」の音楽スタッフによるオリジナルアレンジで登場!




文化系のためのヒップホップ入門3
長谷川町蔵 × 大和田俊之
2019年12月発売

「ヒップホップは音楽ではない」という独自の視点を打ち出したシリーズ第1弾『文化系のためのヒップホップ入門』(2011)は、アメリカのヒップホップの歴史と聴き方を指南した画期的な入門書として、ロングセラーを続けています。その第3弾は2012年から14年までをとりあげた『文化系2』(2018)に続き2015年から18年までのシーンを振り返る。

 

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