遊び心を忘れていない巨匠たちの新たなマスターピース『ドクター・ストレンジ/MoM』の音楽
全米公開に先駆けて2022年5月4日に日本で劇場公開され、Disney+(ディズニープラス)にて2022年6月22日から見放題で配信されたマーベル・スタジオによる『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス(以下、MoM)』。
この作品の音楽、そして監督サム・ライミと作曲家ダニー・エルフマンの名タッグについて、ライターの長谷川町蔵さんに解説いただきました。
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日本のコミックが、原則としてひとり(もしくは一組)で創作されるのと異なり、キャラクターありきのアメコミは、ライターや画家が数年ごとに入れ替わりながら作られる。加えてキャラクターをその時々の常識にフィットさせる必要があるため、長い歴史を持つスーパーヒーローの場合、これまで何度も設定がリブート(それまでの話はなかったことになること)されてきた。しかしそれはそれで勿体無い。そこである時点から、リブート前の物語は多次元宇宙の別のユニバースのものということになった。こうした概念(=マルチバース)は、やがてそれ自体をテーマとした壮大なサーガへと発展し、アメコミ・ファンを魅了し続けてきたのだった。
そんなマルチバースに、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)が正面から取り組みはじめている。発端は『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)。同作で歴史を改変してしまったロキを主人公に据えたテレビドラマ『ロキ』(2021)では、マルチバースを監視する組織、時間変異取締局(TVA)が登場。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)では、正体をバラされたピーター・パーカーの懇願によって、ドクター・ストレンジが魔法を使った結果、別のユニバースのヴィランが出現する事態を引き起こした。そして『ドクター・ストレンジ/MoM』(2022)では、マルチバース間を移動する少女と偶然出会ったドクター・ストレンジの戦いが描かれている。
そのMoMの監督を務めたのは、サム・ライミ。トビー・マグワイアが主演を務めた『スパイダーマン』三部作(2002〜07)の監督だった人なので、別のユニバースから招かれたことになる。しかもライミは『死霊のはらわた』シリーズでホラー映画に革命をもたらしたレジェンド。スーパーヒーロー映画にホラームービーのテイストを大胆に導入した作品として企画されたMoMの監督を任せるとしたら、スーパーヒーロー映画とホラームービー両方の世界で傑作を残しているライミ以外、考えられなかったというわけだ。
サウンドトラックを手がけたのは、長年ライミとコラボレーションをおこなってきた盟友ダニー・エルフマンだ。ライミ版『スパイダーマン』の第一作と二作(2002、2004)はもちろん、ティム・バートン監督の『バットマン』(1990)と『バットマン・リターンズ』(1992)も手掛ける彼は、アメコミ・ヒーロー映画の経験は十分すぎるほど。MCUでもすでに『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015)で仕事をしているベテランである。
MoMでは、近年のヒーロー映画サントラの定番となっているパーカッシヴなフレーズに、教会の讃美歌を思わせるコーラスを乗せることで、映画の「スーパーヒーロー・ミーツ・ホラー」テイストを音響面から演出しており、流石の仕事ぶりを見せつけている。作品中、何度も主人公が尋ねられる言葉(そして本作のテーマでもある)「Are You Happy?」を冠したトラックにおける哀切感溢れるメロディも印象的だ。
そんなエルフマンが、実はキャリア当初はロック・ミュージシャンだったことを知っているだろうか。率いていたバンドは、米西海岸最初期のニューウェイヴ・バンドとして知られるオインゴ・ボインゴ。バンドとしてはジョン・ヒューズ監督作『ときめきサイエンス』(1985)に提供した主題歌「Weird Science」がスマッシュヒットしたことで知られている。
映画音楽を手掛けるようになったきっかけは、オインゴ・ボインゴのファンだったティム・バートン本人から直々に依頼されて引き受けた『ピーウィーの大冒険』(1985)。この時点ではあくまでサイドワークという認識だったようだが、バートンがメジャー化していき、大作『バットマン』(1989)を任されるにあたって、エルフマンも同作のサウンドトラックを担当することになった。ロックバンド出身のエルフマンが、オーケストラ編成のスコアを編曲するのは相当の苦労を要したようだが、試行錯誤の末にマスター。同作の大ヒットによって、ロック仕込みのダイナミズムとメロディの多彩さが評価されるようになり、バートン以外からの映画監督からのオファーも押し寄せるようになった。
サム・ライミとの最初のコラボレーションは、『バットマン』の翌年に公開された奇しくも同じヒーロー物の『ダークマン』。同作以降も『キャプテン・スーパーマーケット/死霊のはらわたIII』(1992)や『シンプル・プラン』(1998)、『オズ はじまりの戦い』(2013)など、ライミの作品には欠かせない音楽面のパートナーになっている。
ライミとエルフマンのコンビが長く続いている理由は、それぞれハリウッドの重鎮になっていても、どこか遊び心を忘れていないという共通点を持っているからだろう。そんなふたりの志向がMoMのサントラで端的に現れたのが、最大の見せ場「マルチバースのドクター・ストレンジ同士が戦う音楽バトル」シーンに流れる「Lethal Symphonies」。ここでの勇壮さとユーモラスさが絶妙にミックスされたテイストは、ライミ&エルフマンならではのものだと思う。
そんなエルフマンだが、2022年の巨大フェス、コーチェラのステージにオインゴ・ボインゴ時代からの僚友スティーブ・バーテックやリンプ・ビズキットのギタリスト、ウェス・ボーランドらを従えて登場。これまでのサントラ・ワークスの傑作選を披露して大喝采を浴びたらしい。オーディエンスの反応をフィードバックした彼が、我々に新しい音楽を届けてくれることを期待しようではないか。
Written By 長谷川町蔵
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス オリジナル・サウンドトラック』
好評配信中
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【映画情報】
映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』
2022年6月22日より:Disney+(ディズニープラス)で見放題配信中
2022年8月5日:MovieNEX発売、4K UHD MovieNEX発売
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