デイヴィッド・クシュナー『The Dichotomy』:“ゴシックポップ”と評されるUK2位の新人デビューAL
2023年にリリースした「Daylight」がSpotifyのグローバルチャートのTop10入り、そして全英シングルチャートで2位まで到達した米シカゴ生まれ、現在はLAで活動する23歳のシンガー・ソングライター、デイヴィッド・クシュナー(David Kushner)。
2024年8月30日に発売となったデビュー・アルバム『The Dichotomy』について、音楽ライターの村上ひさしさんによる解説を掲載。
<関連記事>
・サーシャ・アレックス・スローン、初来日公演レポート
・d4vdとは:フォートナイトから生まれ、スマホで作り上げた“孤独”なサウンドの魅力
突然、どこからともなく現れたデイヴィッド・クシュナー。美しい低音ボイスを響き渡らせる「Daylight」で、人々の耳と心をギュギュッと鷲掴みにすると、世界中の音楽チャートを席巻した。中でもイギリスでは最高2位を記録し、2カ月以上にわたってトップ5内に君臨。新人ながら、その確立された世界観で人々を虜に。もちろん黒縁メガネを掛けたルックスにも注目が集まっている。
その彼が遂にデビュー・アルバム『The Dichotomy』をリリース。ミステリアスなシンガー・ソングライターの全貌が、今ここに明かされる。
デビューからの経歴
まずこれまでの道のりを軽くおさらいしておくと、デイヴィッド・クシュナーはアメリカのシカゴ郊外で育った23歳(2000年生まれ)。2022年に発表した「Miserable Man」と「Mr. Forgettable」がTikTokでバズって人気者に。そのせいか、今でもTikTokから火のついた〜という説明をよくされているが、シンガー・ソングライターとして彼の名前を広く知らしめたのは、2023年4月にリリースされた前述の「Daylight」というヒット曲だ。この曲が決定打となり、一気に最前線へと躍り出た。
豊かなバリトンボイスを響かせ、祈るように歌われるこのナンバー。「Take Me To Church」のヒットや最近では「Too Sweet」が話題のアイルランド人のシンガー・ソングライター、ホージアを思い出した人も少なくないだろう。教会を思わせる厳かな雰囲気の中、ピアノのみをバックに歌い始め、次第にさまざまな楽器が重ねられ、パワフルな歌声が魂を迸らせる。まるで祈りを捧げるかのように歌われるのだが、実際、敬虔なキリスト教の信者である彼は、この曲が発表された直後にこんなふうに語っている。
「今まで作った曲の中で最も意義深く、個人的な曲だと思っています。聖書からの引用が多いのは、僕が歌詞に取り入れるのが好きだから。僕にとって最も大切なのが、信仰心だからです。この曲は聖書の中に出てくる、パウロという弟子の言葉から思いついたものです。彼は世の中にある悪の力について多く語っていました。光と闇があり、闇は基本的に僕たちの最悪の状態です。かなり普遍的ではあるけれど、僕にとってとても重要なことなのです」
キリスト教や聖書と聞くと、思わず身構えてしまう人もいるかもしれない。だが、彼が取り上げるテーマはキリスト教徒でなくとも、一般人にも広く共感できる内容だ。「Daylight」で歌われるのは、正しいことをすべきなのは分かっているけれど、つい誘惑に負けてしまいがちな人間の弱みについて。普遍的とも言える人間の性(さが)を炙り出す。だからこそ、これほど多くの人々の心に訴えかけるのだ。
ホージアやノア・カーンからの影響と共通点
宗教観が背景にあるという点でも、先に挙げたホージアの「Take Me To Church」とは似ているが、実は両曲ともに、同じプロデューサーであるロブ・カーワンが手掛けている。アイルランドのベテランプロデューサーのロブは、PJハーヴェイやザ・ホラーズ、エディターズなどとの仕事で知られ、デイヴィッドのシングル「Skin And Bones」なども手掛けている。
アルバム『The Dichotomy』には彼の他に、以前から繋がりのあるスティーヴ・ラッシュ(クリントン・ケイン、ロジック)をはじめ、エヴァン・ブレア(ダヴ・キャメロン、ベンソン・ブーン)、TMS(ルイス・キャパルディ、リトル・ミックス)、ワン・ラヴ(メラニー・マルティネス、マディソン・ビアー)といった先鋭スタッフも関わっている。とはいえ、あれこれ異なるサウンドに手を伸ばすというよりも、アルバム全体は一貫したムードと統一感に包まれている。
そもそもホージアの大ファンだったというデイヴィッド。他に影響を受けたアーティストとして、ザ・ルミニアーズ、ボン・イヴェール、マムフォード&サンズ、グレゴリー・アラン・イザコブらの名を挙げている。2022年に発表された前作のEP『Footprints I Found』では、アレクサンダー23にプロデュースしてほしいと思って作った「Mr. Forgettable」(認知症の祖父について)を実際に彼にプロデュースしてもらい、「Miserable Man」を聴いたノア・カーンから直接DMをもらって「Cannon Beach」を共作するなど、不思議な縁も少なくなかった。
今ではノア・カーンは大ブレイクを果たし、ホージアも再ブレイク中だ。フォーク系やオーガニック系のサウンドが盛り上がる昨今、デイヴィッドがその最前線に加わるのはごく自然な流れと言えそうだ。しかも、デイヴィッドには多数の若い女性ファンが付いている。
インテリ風の超イケメンで、ちょいマッチョなルックス。彼女もクリスチャンの人気インフルエンサー。という彼のTikTokのフォロワー数は、今や480万超え。TikTok使いの上手さにも目を見張らされる。新曲をリリースする前には、かなり以前から連日投稿を繰り返して、じらしにじらすのが彼の手法。自身の曲を使った動画も、つい真似をしたくなるので、あっという間に広まっていく。
例えば「Daylight」のサウンドを背景に、「幸せそうに見えるけど、どうしたの?」というキャプション付きの自身の幸せそうな動画が流れた後、場面が変わって「彼女のおかげ」というキャプションの付いた彼女の姿が映し出される。ほのぼのとした愛情溢れる投稿に、女子が熱狂。瞬く間にバイラルヒットとなった。
そんなフットワークの軽さや、気さくな人柄も、10代の女子やZ世代から多大な支持を受けている理由だろう。ライブでは、歌詞を丸暗記して一緒に歌おうとする女性が多いのだけれど、彼の低音ボイスとはキーがなかなか合わず四苦八苦…という動画がYouTube上には多数溢れていて、何だかそれも微笑ましい。
コンセプトアルバムのデビュー作
全17曲が収録されたアルバム『The Dichotomy』は、デイヴィッドによると4つのカテゴリーに分かれている。
1. 欲望、嫉妬、怒り
2. 葛藤、覚醒への欲求
3. 存在の実在的思考
4. 啓示、癒し、光への参入
の4つのパートが順に展開する。デビュー作で、これほど凝ったコンセプトアルバムというのにも驚かされる。
タイトルの“The Dichotomy“とは“二分”を意味し、アルバム全体のテーマについては「人類の光と闇の葛藤を描こうとしました。それは僕たちの誰もがそれぞれに感じていることであり、間違いなく僕も日々感じています。何事にも常に二つの側面があり、二つの力が働いていることを理解してほしいです」とプレスリリースの中で語っている。
深い闇の中に、時折キラリと光が差し込むかのような彼のサウンド。まさしく光と闇の葛藤が見えるかのようで、“ゴシックポップ”と括られることも多い。また、その厳かでダウナーなムード故に、サッドコアとの共通性も。ラナ・デル・レイとのコラボを聴きたいというファンの声が多いのも頷けよう。このアルバムに関しては、ゲストシンガーの参加はないけれど、代わりにデイヴィッドが震える低いバリトンボイスをたっぷり堪能させてくれることだろう。
Written By 村上ひさし
2024年8月30日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
- セイント・ヴィンセント『All Born Screaming』が4月26日発売
- セイント・ヴィンセントが語る、父が出所したという意味のアルバム
- オリヴィア・ロドリゴ、英米1位の2ndアルバム『GUTS』全曲歌詞解説
- オリヴィア・ロドリゴ、初の全米ツアーで見せた驚異的な表現力
- 【全曲試聴付】最高の女性ロック・シンガー・ベスト30
- ロック界のベスト・サイドマン10人:正当に評価されるべきミュージシャン達
- ミュージシャンの主宰によるレコード・レーベル11選
- ロック界最高のパワー・トリオ10選(ビデオ付き)
- 史上最高のプロテスト・ソング10曲:不朽の政治的アンセム