コナン・グレイの歌詞世界:類稀なる作詞能力の魅力を解説
2022年6月24日にセカンド・アルバム『Superache』を発売したコナン・グレイ(Conan Gray)。先日自身初のプロモーション来日も行った彼の新作の歌詞について、ライター/翻訳家の池城美菜子さんによる解説を掲載。
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コナン・グレイは、だいたい1日に1曲を作るという。セカンド・アルバム『Superache』のために作った曲は約250曲。そのすべてがどこまで完成されていたかはわからないが、音楽性から推し測っても弾き語りでつくったひな形はかなり完成形に近いだろう。ということは、収録された12曲は20倍以上の倍率を勝ち残った曲になる。
YouTube出身のインフルエンサー。Z世代代表。She/He(彼女/彼)を使わず、they(彼ら)と呼ぶのが正解の世代でもある。まだ聴いていない人に、コナン・グレイの音楽性を説明するためにもっともわかりやすいのは「テイラー・スウィフトの弟格」や「男性版テイラー・スウィフト」だと思うのだが、どちらも性別を特定する言葉が入っているため、本人に喜ばれないかもしない。
代表曲「Heather」は外見に恵まれ、性格もいいヘザーという女子が恋敵の設定だが、ヘザーを好きなコナンの想い人の性別は特定されていない。生まれながらの性別がどちらであっても成立する曲なのだ。
そこに新しさを見出しつつ、この文章を書くにあたって「気をつけるべきポイント」がほかのアーティストより多く、筆者は若干の煩わしさを感じている。日本人の母親をもち、幼少の頃は広島で過ごした生い立ちには親近感をもつ人は多いだろう。「コナン」は本名であり、『名探偵コナン』とアメリカのヒロイック・ファンタジー『コナン・ザ・バーバリアン』の両方から取ったという。
テイラー・スウィフトの手法
だが、そういったフックはさておき「この人、すごいかも」と私が感じたのは、コナン・グレイの類稀な作詞能力だ。筋金入りのスウィフティー(テイラー・スウィフト・ファンのニックネーム)を公言するだけあり、テイラーの出来事を正確に描写したなかに本音を織り交ぜる写実的なアプローチを受け継ぐ。
テイラーの出現以降、このアプローチをとるアーティストが増えた。ギター一本、もしくはピアノなどの鍵盤楽器と一緒に始められる、古典的とも基本ともいえる音楽作りであるため、敷居は低い。だが、ストレートで誤魔化しが効かないぶん、よほど曲が光っていない限りストリーミングの波では目立てない。ロードやオリヴィア・ロドリゴは、その波をくぐり抜けた人たちだ。ちなみに、オリヴィアとは友だちで、メイン・プロデューサーをダン・ニグロに据えている点が同じ。
出世作「Maniac」を例にとってみよう。以前にデートした相手が友だちに自分の悪口を言っているくせに、家まで来て言い寄ってくる状況だ。有名なのは、コーラス部分。
‘Cause people like you always want back what they can’t have
But I’m past that and you know that
だって 君みたいな人はいつも取り戻せないものだからこそ欲しがって
でもこっちにしてみたら終わったことだから わかってるでしょ
1行目の「people like you always want back what they can’t have」はテイラー・スウィフトの「All You Had To Was Stay」の歌い出し、「People like you always want back the love they gave away(あなたみたいな人はいつだって与えた分の愛を取り返したがる)」の言い直し、オマージュだ。さらに秀逸な一文は、その前のヴァースに出てくる。
So, you showed up at my home, all alone
With a shovel and a rose
Do you think I’m a joke?
そのくせ一人でうちまで来るんだ
スコップとバラ一輪を手に
からかってるの?
未練がましく家まで来た元デート相手は、実際にはスコップは持っていない。これは「墓穴を掘りに来た」と「さらに傷を深めるために来た」の比喩だ。バラ1輪を持っている可能性はもちろんあるし、「甘い言葉」の例えかもしれない。いずれにしても、スコップとバラ1輪を持たせるだけで二人の間にある溝が伝わってくる。
同様の観点から、セカンド・アルバム『Superache』の目立った歌詞を解説してみよう。“Superache(スーパーエイク)”は造語である。“Ache”は痛みのことだから「超痛い」「大激痛」といった意味だ。23才で恋愛経験がない、と公言してそれをテーマにしているコナン・グレイだが、それは両思いの経験、もしくは交際経験がないだけで、片思いはもちろん、デートもしているらしい。ちなみに、日本とアメリカではデートの定義が少しちがう。日本では両思いが確定している人同士で行くのがデートだが、アメリカではその前の段階も含まれ、その時期であれば複数の相手と出かけても問題はない。
「People Watching」
人々がコナンを見ているのかと思ったが、逆だった。愛を育んでいる人々をコナンが延々と観察している曲だ。どのような状況か、よく似合っているカフェの店員に扮したビデオを見るのがわかりやすい。
I’m only looking just to live through you vicariously
I’ve never really been in love, not seriously
I had a dream about a house behind a picket fence
Next one I choose to trust, I hope I use some common sense
But I cut people out like tags on my clothing
I end up all alone, but I still keep hoping
じっと見ている ほかの人の生活に自分を重ねるために
恋をしたことがないんだ 本気のはね
フェンスに囲まれた家を夢見ていた
次は信用できる人を選ぶつもり 今度は常識が働くといいけど
服についているタグのように人を切ってしまうんだよね
結局一人ぼっちだけれど 望みは捨てていないよ
「フェンスに囲まれた家」は多くの人が憧れる「ふつうの」生活の直喩であり、コナンの幼少期に住んでいた家の象徴でもある。過去形にすることで、幸せだった時期への憧憬と、自分の将来のライフスタイルではないだろうとの示唆を同時にしているのだ。周りの人間を「服のタグのように切ってしまう」というラインは、繊細さと非情ぶりが同居していて凄みがある。コーラス部分はこう来る。
Someday I’ll be falling without caution
But for now, I’m only people watchin’
そのうち自分も無防備に恋に落ちるだろうけど
いまは こうしてほかの人を観察しているだけ
妄想癖と鋭い観察眼が、ソングライターとしてのコナンの強みだ。恋愛への期待と恐れを鮮やかに切り取った曲だが、過去の反省を活かそうとするあたり、リスナーの年代を選ばない普遍性が宿っている。
「Yours」
筆者がセカンドでもっとも気に入っているのが、このピアノを基調にしたバラード。コナン・グレイを聴いていると、果たして片思いは恋愛ではないのか、という命題に突き当たる。3年続いた片思いより、花火のように3週間だけ続いた恋愛のほうが「本物」なのか。二人がインタラクティブなぶん、後者のほうがリアルではあるけれど、数年後には相手の名前さえ思い出せない可能性もある。片思いの微妙な人間関係を語るとき、コナンの筆は冴えわたる。
I’m somebody you call when you’re alone
I’m somebody you use, but never own
I’m somebody you touch, but never hold
And you’re somebody I’ll never really know
I know I’m not the one you really love
I guess that’s why I’ve never given up
自分は君が一人きりのときに電話する相手で
君にとって便利な相手 でも欲しくはない
君が気軽に触れていい相手 でも抱き締めたりしない
君はけっして本当の姿を知り得ない人
君が本当に愛するのは自分ではないのはわかってる
だから諦めきれないんだろうね
相手はコナンの好意をわかっていて、自分の都合で構ってくる。だれもが一人か二人、思い当たる節がある人気者らしい振る舞いだ。「君は自分の想い人だけど 自分は君にとってそういう存在ではない」との絶望的なコーラスの歌声が美しく、残酷な状況に拍車をかける。曲の最後に、この嘆きが怒りを含んだ反省に変わる。
All the things that I’ve done for you not to notice
Can’t believe I chose you over all my best friends
What the fuck did I do
君のためにしたことは全然気づいてもらえなくて
信じられない 親友たちより君を優先したなんて
何をやっていたんだか
『Superache』の4曲目「Best Friend」からもわかるように、コナン・グレイは恋はしていなくても、友だちに恵まれている人だ。そういえば、社会人になる前のほうが友だちを作るのは簡単だったかもしれない。傷心と自虐に満ちたコナン・ワールドには、キラキラと輝く友情が存在する。それが救いであり、とくに同世代の共感を呼ぶのだろう。
「Family Line」
それほど長くはないコナンの音楽キャリアのなかで、もっともヘヴィな曲だ。3才のとき、アイルランド系アメリカ人の父親と日本人の母親が離婚。その後、両方の再婚や再再婚に伴い引っ越しや転向を重ねた経緯は、YouTubeにある15分の「Draw My Life (For 100,000)」で語られる。彼がミュージシャンになる前、YouTuberとして10万人登録を達成したときの映像で、幼いコナンが登場する。中学生のときからYouTubeに居場所を求めただけあり、ビデオ作りも絵も、話もとても上手だ。声変わりのする前からのビデオがそのまま公式チャンネルにたくさんあるので、興味がある方はぜひ。
「Draw My Life (For 100,000)」は日本語の自動字幕がつくかわからないのだが、コナンの生い立ちのすべてが語られており、ビデオを見る前とあとでは「Family Line」の響き方も変わってくる。
I was a kid, but I wasn’t clueless
Someone who loves you wouldn’t do this
All of my past, I tried to erase it
But now I see, would I even change it?
Might share a face and share a last name but
We are not the same, same
子どもなりに わかっていたこともある
愛してくれている人ならこんな仕打ちしないって
過去を全部消そうとしたけれど
いまならわかる 何も変えられなかったって
顔が似ていても 苗字が同じでも
まったく同じではないって
「Draw My Life (For 100,000)」では幸せな思い出も織り混ぜていたコナン。初来日のショーケースでは、客席にいた祖母をうれしそうにファンに紹介する一幕もあった。その一方、アーティストとして家族の傷を曲にすることで、似た傷を抱えたリスナーを癒す役割も背負った。デビュー作『Kid Crow』が10代の成長譚なら、本作は大人になりかけた人の心の軌跡だ。
「Footnote」
またしてもテーマは傷心。ウィスパー・ヴォイスで歌われる優しい曲で、文学をめぐる比喩が散りばめられている。
You taught me a lesson: that love isn’t precious
It’s not like the novels
No pride and prejudice at all
君が教えてくれた教訓:そんな愛情は大事でもないってこと
小説みたいにはいかないんだ
『高慢と偏見』とは全然ちがう
『高慢と偏見』はジェーン・オースティンが記した19世紀の恋愛小説。何度も映像化され、とくにキーラ・ナイトレイ主演『プライドと偏見』(2005年)が広く知られる。プライドが高いダーシーと、偏見が邪魔して自分の気持ちに気づけないジェーンのロマンスだが、コナンは自分たちの関係はほど遠いと歌うのだ。タイトルのフットノートは「脚注」を意味する。この比喩がまたしてもすばらしい。
So I’ll just take a footnote in your life
And you could take my body
Every line I would write for you
But a footnote will do
A footnote will do
君の人生の脚注に甘んじるよ
君はこちらの本文だけれど
すべての行が君のことだから
自分は脚注ひとつでいいけどね
脚注のひとつになるよ
一緒にレストランで食事をする仲ではあるが、コナンは恋愛対象になっていない。そのため、お互いの人生が1冊の本になったとしたら、コナンは本文の外に小さく補足される脚注の一つのような存在でいい、と言っているのだ。だが、自分の本はすべて相手で埋め尽くされている。なんという、不公平。コナン本人もインタビューでこの歌詞を気に入っていると発言していた。もう出尽くしたと思われたラヴソングで、まったく新しい視点を生み出したコナンの才能が恐ろしい。
「Memories」
現在、ヒット中のシングルだ。フラれた相手がなぜか家に押しかけてくるシチュエーションは「Maniac」と同じ。このコーラスは合唱になること必至のメロディー・ラインだ。
I wish that you would stay in my memories
But you show up today, just to ruin things
I wanna put you in the past ‘cause I’m traumatized
But you’re not lettin’ me do that, ‘cause tonight
You’re all drunk in my kitchen, curled in the fetal position
Too busy playing the victim to be listening to me when I say
“I wish that you would stay in my memories”
思い出になって欲しかったのに
今日になってやって来てすべてを台なしにする
過去にしてしまいたい トラウマになっているんだ
でも君はそうさせてくれなくて だって今夜
うちのキッチンで酔っ払って 体を丸めて蹲っている
被害者ぶるのに必死で こちらの言葉に耳を傾けない
「思い出になって欲しかったのに」
「playing victim(被害者ぶる)」は責められる前に自分を被害者側にしてしまう行為を指す。コナンはとことん甘く、酔っ払った相手を泊めたうえに、本とコート、喧嘩したときに相手が買ったコロンまで持っていってほしいと歌う。自分の持ち物にはそのコロンの香りがついてしまっていて、泣きたくなるから、と。恋人関係だったように読めるが、本人が恋愛未経験者と申告している以上、こちらが突っ込むところではないだろう。ただし、「Family Line」で本人が自分は嘘つきであるとも言っているのだが。
本稿では歌詞能力に絞ってコナン・グレイの魅力を紹介したが、伸びやかな歌声の持ち主で、ライヴに強いアーティストであるのも強調したい。ビルボード200(全米アルバムチャート)9位に登場した『Superache』、未聴の人はぜひ。それにしても、日本語で「彼/彼女」を排除して文章を書くのはひと苦労だ(正直)。
池城美菜子(ブログはこちら)
(編註:文中の歌詞対訳は筆者によるため、公式のものとは異なる箇所があります)
コナン・グレイ『Superache』
2022年6月24日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
1. Movies
2. People Watching
3. Disaster
4. Best Friend
5. Astronomy
6. Yours
7. Jigsaw
8. Family Line
9. Summer Child
10. Footnote
11. Memories
12. The Exit
13. Overdrive *日本盤CDボーナストラック
14. Telepath *日本盤CDボーナストラック
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