ドラマ『コブラ会』で流れる80年代音楽の選曲とクイーンの「The Show Must Go On」が使われた意味
2018年にYouTubeのオリジナルドラマとして発表され、2020年8月にNETFLIXで配信が始まり、全世界で大ヒットとなっているドラマ『コブラ会』。80年代の名作映画『ベスト・キッド』と同じ俳優を使い、劇中の34年後を描いたこの作品には、当時の音楽も印象的に使用されています。(第1話、2話までYouTubeで無料公開中。字幕設定で日本語字幕設定あり)
このドラマ、そして使われている音楽の意図について、映画・音楽関連のライター業だけではなく小説も出版されるなど、幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに解説頂きました。
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(本記事には一部本編のネタバレがありますので、ご注意ください)
『ベスト・キッド』から34年後
2018年のロサンゼルス。高校時代に空手チャンピオンだった中年男ジョニー(ウィリアム・ザブカ)は、34年前に決勝戦で惨敗した経験がトラウマとなり、その後の人生を虚しく過ごしていた。飲酒癖が災いして仕事はどれも長続きせず、息子のロビー(タナー・ブキャナン)から冷たい目で見られ、それがまた彼を酒に走らせるという無限ループに陥っていたのだ。
そんなある日、隣に住む高校生ミゲル(ショロ・マリデュエナ)が乱暴されている現場を目撃したジョニーは不良グループを撃退。感激したミゲルから空手を教えてほしいと請われたことで、かつて通っていた空手道場「コブラ会」の再興を決心する。厳しい指導のもと、みるみる強くなっていったミゲルは、憧れの女子サマンサ(メアリー・モーサ)と付き合うように。しかしサマンサの父親こそ、34年前にジョニーの人生を滅茶苦茶にしたダニエル(ラルフ・マッチオ)、その人だったのだ……。
そんなストーリーとキャストから想像がつく通り、『コブラ会』は1980年代の人気ティーンムービー・シリーズ『ベスト・キッド』の正式な続編として製作されたテレビシリーズである。2年前からYouTube Red(現:YouTube Premium)で配信されていた同シリーズは、今年8月からNetflixで配信開始されたことをきっかけに人気が爆発。今や世界中のNetflixで最も観られている番組となった。
制作陣の経歴と選ばれた理由
製作、監督、脚本を手掛けたのは、ジョン・ハーウィッツとヘイデン・シュロスバーグ。それまで白人俳優が出演すると決まっていたスラッカー・コメディ(マリファナ好きのボンクラが珍騒動を繰り広げるコメディ)の主演に、韓国系のジョー・チョーとインド系のカル・ペンを配した『ハロルド&クマー』三部作(2004〜11)の脚本家として注目を浴びたコンビである。
本作にゴーサインを得たのは、監督と脚本を手掛けた『アメリカン・パイパイパイ! 完結編 俺たちの同騒会』(2012)の成功ゆえだろう。下ネタだらけの人気ティーンコメディ・シリーズの9年ぶりの続編として製作された同作は、オリジナル版のクリエイターが関与していなかったため、公開前はファンから仕上がりを危惧されていた。しかしハーウィッツ&シュロスバーグはオリジナル・キャストを全員再登場させ、それぞれに見せ場を用意することで文句のつけようがない快作を作りあげたのだ。
こうした離れ業が可能だったのも、彼らのオリジナル版へのリスペクトと愛が尋常ではなかったからだが、そんな彼らの才能が『コブラ会』ではネクスト・レベルに達している。そもそも本来の主人公ダニエルではなく、薄っぺらい敵役にすぎなかったジョニーの方をメインに据えようと考える人間が一体どこにいるだろうか?
劇中で流れる音楽
こうした“ジョニー推し”のアイデアは、音楽そのものをギャグとして機能させる効果をも生み出した。過去の栄光にすがるジョニーは、いまだに青春時代を過ごした70年代末から80年代にかけてのヒット曲を愛聴し続けている設定。そんな彼のライフスタイルや心情を反映して、劇中では時代錯誤なアリーナロックがやたらと流れるのだ。
ヒップホップ的なループを基調としたポップスが幅をきかす現在の感覚からすると、ディストーションギターやシンセサイザーがイントロや間奏で唸りを上げ、サビメロではリードヴォーカルが感情表現を爆発させるアリーナロックは野暮ったいことこの上ない。でも今のヒット曲にはない、聴き手のハートを鷲掴みにするようなパワフルさがあることも確かだ。『コブラ会』の視聴者は、ジョニーの時代錯誤な言動と背後に流れるアリーナロックによって、恥ずかしさと感動の間を激しく揺さぶられ続けるのだ。
こうした選曲が意図的であることは、現在も普通にカッコいいロックバンドと認識されているボン・ジョヴィやガンズ・アンド・ローゼズの楽曲がスルーされていることに明らか。ハーウィッツ&シュロスバーグはあの時代だからこそ光り輝いていたバンドにスポットを当てている。
たとえばシーズン1第1話でジョニーが車のエンジンをかけるのと同時に流れるのは、ヘアメタル(グラムロック的な髪型やメイクで注目を浴びたヘヴィメタルバンド)の旗手ポイズンのヒット曲「Nothin’ But a Good Time」(1988年最高6位)。夜のドライブでジョニーが過去に想いを巡らせるシーンに使われているのは、今をときめくスーパー・プロデューサー、マーク・ロンソンの義父ミック・ジョーンズが率いたフォリナー「Head Games」(1979年最高14位)といった具合だ。
そんなジョニーのアリーナロック愛は、コブラ会の弟子たちに伝染していく。まずジョニーに心酔するミゲルが、LAメタルの代表的バンド、ラットにハマって「Round and Round」(1984年最高12位)を着うたに設定。そしてコブラ会の合同練習シーンでは『レディ・プレイヤー1』(2018)で使用されたことも記憶に新しいトゥイステッド・シスター「We’re Not Gonna Take It」(1984年最高21位)が高らかに鳴り響くのだ。
一方、ダニエルは自動車販売店のオーナーとして成功しているせいか、序盤ではジョニーのような音楽趣味は描かれない。それでもひょんなことからジョニーと同乗した車でカーステからREOスピードワゴン「Take It On the Run」(1981年最高5位)が流れると大興奮。ジョニーに「お前もREOスピードワゴンが好きか?」と訊かれて「嫌いな奴なんかいるのか?」と即答する。ダニエルも心の奥底では十代の炎が燃えていたのだ。事実、『コブラ会』のシーズン1は、ダニエルがミヤギ道空手の再興を決意するシーンで終わる。
コブラ会とミヤギ道の対立が激化するシーズン2では。ロビーとサマンサが接近する第8話で『ベスト・キッド2』の主題歌だった元シカゴのピーター・セテラによる壮大なラブ・バラード「Glory Of Love」(1985年・1位)が大フィーチャーされるなど、選曲による演出は一層大胆になっている。
クイーン「The Show Must Go On」を使った意味
そんな中、ひときわ心に残る楽曲は、第6話で使用されるクイーン「The Show Must Go On」だ。この回でジョニーは、オリジナル版『ベスト・キッド』に登場するコブラ会のOBたち(演じているのもオリジナル版の面々)と再会する。目的は、仲間のひとりで重い病に侵されているトミーを励ますこと。そう、ダニエルとジョニーが対決するオリジナル版クライマックスで「遺体袋を用意してやれ!」とヤジを飛ばしていたアイツである。
トミーの提案でコブラ会の面々は久々にバイク・ツーリングの旅をする。その旅は、単なる暴走族まがいだったオリジナル版とは異なる青春の想い出をかみしめるようなものだ。そして焚き火の前でジョニーに感謝の言葉を捧げたトミーは翌朝、安らかに息を引きとり、かつて用意しろと提案していた遺体袋に入れられる。
これは単なるブラックなギャグ演出ではない。劇中のトミーはかなりやつれた顔をしているのだが、実際にトミー役のロブ・ギャリソンは重い病に侵されており、2019年9月に59歳の若さで亡くなっている。つまりこの回のストーリーはロブの病を前提に作られたものなのだ。
「The Show Must Go On」が使われた理由がこれでわかったはず。フレディ・マーキュリー生前最後のアルバムとなった『Innuendo』のラストを飾るこの曲の歌詞は「俺はもうじき曲がり角を曲がる」「あの日の物語は永遠に語られるのさ」と明らかにフレディ の死を前提にしたもの。ギタリストのブライアン・メイは愛とリスペクトを込めて敢えてこの歌詞のアイデアをフレディ にぶつけ、それにフレディは最後の力を振り絞った絶唱で応えたという。この回のギャリソンも長い間俳優の仕事をしていなかったとは信じがたい迫真の演技を披露している。まさか『ベスト・キッド』のトミーに泣かされる日が来るとは。
そんなコブラ会は、2021年1月にシーズン3の配信が決定。オリジナル版のヒロイン、アリ役としてエリザベス・シューの再登場が噂されている。いまだに流れていないオリジナル版の主題歌だったサバイバー「The Moment of Truth」がいつどんなタイミングで流れるのか。それも楽しみにしながら待ちたいものだ。
Written by 長谷川 町蔵
『コブラ会』
Netflixオリジナルシリーズ『コブラ会』シーズン1~2独占配信中
配信ページはこちら
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