セローン(Cerrone):フレンチ・ディスコのパイオニア4年ぶりの新作『DNA』とそこへ至る道
2020年2月7日にセローン(Cerrone)の最新アルバム『DNA』が発売となった。トータル・セールス3,000万枚、5度グラミー賞にノミネート&受賞歴のある、フレンチ・ディスコのパイオニアによる最新作は自身キャリア史上初となる全編インストゥルメンタルアルバムとなっている。そんなセローンのデビューから新作へと至る道程を、「bounce」の編集長である出嶌孝次さんに解説いただきました。
ダフト・パンク『Random Access Memories』(2013年)を大きな転機とする世界的なディスコ・リヴァイヴァルの波が定着して早数年。そのオリジネイターとして真っ先に名が挙がるのは、ドナ・サマーを手掛けたジョルジオ・モロダー、あるいはシックを率いるナイル・ロジャースといったレジェンドたちだろう。ただ、世間的な知名度では彼らに劣るとはいえ、享楽的にして流麗なダンス・ミュージックを追求し、以降のハウス~エレクトロにまで直接的な影響を与えてきたフランスの巨匠、セローン(Cerrone)のことを忘れてはならない。
近年はカイリー・ミノーグ「Stop Me From Falling」をリミックスしたり、ギャスパー・ノエ監督の映画『CLIMAX クライマックス』(2019年公開)に楽曲が使用されるという話題もあったセローンだが、昨年10月のシングル「The Impact」は文字通りのインパクトを与える内容だった。動物行動学者のジェーン・グドールによるスピーチをフィーチャーした同曲で彼が訴えるのは人類による環境破壊の問題。これは飢餓を背景にしたSF的な内容(作詞はリーナ・ラヴィッチ)で知られる往年のヒット曲「Supernature」(1977年)のメッセージを受け継ぐものである。そして、「“Supernature”から40年、賢い行動をとる必要があると強く思うようになった。今回のプロジェクトでは、この惑星を守る責任を伝え、希望を与えたいと思っている」という大きなテーマのもと、初めて全編インストでストイックに仕上げられたのが、今回のニュー・アルバム『DNA』だ。
そもそもイタリア系の移民をルーツに持つセローンことマーク・セローンは、1952年にパリ近郊のヴィトリー・シュル・セーヌで生まれている。12歳でドラムを始めた彼は、オーティス・レディングやジミ・ヘンドリックスなどアメリカの音楽に憧れて育ち、クラブでオーケストラのリーダーやスカウトを務めた後、20歳でコンガス(Kongas)なるバンドの一員としてバークレイからデビュー。このコンガスはファンクやラテンを内包したアフロ・ロック・バンドで、ここで彼はドラマーとしてのみならず作曲家としても世に出ることになる。バンドは「Jungle」(1972年)や「Anikana-O」(1973年)などのヒットを経てファースト・アルバム『Kongas』(1974年)を発表。それらの楽曲からまとめた編集盤『Anikana-O』(1978年)は後にサルソウルからUS発売されてもいるが、セローンはソロ転向し、自身の主宰レーベルとなるマリゲイターからデビュー作『Love In C Minor』(1976年)をリリースするに至る。
その表題曲となる16分超の「Love In C Minor」は、男女の乱交をテーマに掲げてエロティックな喘ぎ声がインサートされる組曲形式のディスコ・チューン。エレガントなオーケストラの意匠をダンス・グルーヴの躍動と結びつけたスタイルはアイザック・ヘイズからフィリー~サルソウルにまで至る最先端のUSサウンドに通ずるものだし、永続的なビートにセクシャルなムードを掛け合わせて長尺で昂揚を表現する手法はジョルジオ・モロダーの手掛けたドナ・サマー「Love To Love You Baby」(1975年)に影響されたものだろう。
そのように独自のディスコ流儀を開拓していくセローンにクロスオーヴァーな成功をもたらしたのは、全世界で800万枚のセールスを記録したサード・アルバム『Cerrone 3: Supernature』(1977年)だ。なかでもジョルジオ・モロダー×ドナ・サマー「I Feel Love」(1977年)を踏襲したミュンヘン・ディスコ調の表題曲「Supernature」は、冒頭でも触れたように、享楽的なだけではないセローンのシリアスな一面を世に知らしめることに成功した。
以降も、ドラマーらしい感性でサルソウル風のパーカッシヴな快楽を生み出した『Cerrone IV: The Golden Touch』(1978年)、ポール・ジャクソンJr.らLAの腕利きと録音した『Cerrone V』(1979年)、ジョセリン・ブラウンをリード・シンガーに据えたNY録音のガラージ名盤『Cerrone VII: You Are The One』(1980年)、AORタッチの『Cerrone 8: Back Track』(1982年)、ハイエナジー系のエレポップに転じた『Where Are You Now』(1983年)など、時流に応じて変化しながらコンスタントに作品を発表。ディスコ・ブームが去ってからも独自のダンス・ミュージックを開拓し、映画音楽などの分野へも手を広げていった。
その真価に改めてスポットが当たったのは、ボブ・サンクラーやディミトリ・フロム・パリ、ダフト・パンク、モジョら孫世代の面々がフレンチ・タッチの盛り上がりを創出した21世紀になってからだ。ダリダ「Laissez-Moi Danser」のリミックスが話題になったのと同じ2001年、ボブ・サンクラーが御大の足跡を現代的なクラブ目線でコンパイルした『Cerrone By Bob Sinclar』は、セローンを〈フレンチ・クラブ・ミュージックの開祖〉として再定義する一作となった。セローンもフィルター・ハウス以降の『Hysteria』(2002年)などで時代に照準を合わせつつ、マイペースに自身のスタイルを追求。珍しくナイル・ロジャースやアロー・ブラック、カイザ、トニー・アレンら多数のゲストを迎えた『Red Lips』(2016年)ではディスコ復権の空気に余裕で呼応してみせていた。
それ以来4年ぶりとなるのが今回の新作『DNA』というわけだ。イマジネーション豊かな全9曲は前作の雰囲気から一転し、硬質なシンセがシリアスなスケール感を奏でるエレクトロニックな意匠で統一されている。重厚なSF感を備えたオープニングの「Air Dreaming」からアンビエント調の「Close To The Sky」、エレクトロ「Let Me Feel」、緊迫感を煽るもう一つの先行カット「Resolution」に至るまで、大自然と文明の関係を描いた環境映画のサウンドトラックのようにも響く楽曲群は、アルバム全体に横たわるテーマを説明しなくても無言のメッセージを伝えてくるかのようだ。それと同時に、「ここ5年間、自分の過去作を中心にDJをしていたら、自分の音楽キャリアのDNAを探求すると同時に、制作意欲が増した」との言葉通り、自身の功績にインスパイアされて生まれたサウンドには、この希代のレジェンドならではのグルーヴが息づいている。
Written By 出嶌孝次(bounce)
セローン『DNA』
2020年2月7日発売
iTunes / Apple Music / Spotify
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