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ブライアン・イーノの集大成『Music For Installations』とは何か?

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2018年5月4日(日本盤は5月11日)に発売となったブライアン・イーノ『Music For Installations』。ブライアン・イーノの作品の中で今までに発表してきたものや未発表の音源を収録したこの作品の発売に合わせて、音楽・映画ジャーナリストの宇野維正さんに寄稿していただきました。


 

初期ロキシー・ミュージックの主要メンバー。デヴィッド・ボウイのベルリン三部作のコラボレーター。トーキング・ヘッズ、U2、コールドプレイと、それぞれの時代をリードしてきたバンドの名プロデューサー。世界中で数億人が毎日のように耳にしてきた、あのWindows95起動音の作曲者。そしてもちろん、ソロ・アーティストとして残してきた名作の数々。ブライアン・イーノが音楽、そしてアートの領域における天才であることは疑いようがない事実だが、彼は言葉の天才でもある。近年は思想家、活動家としての発言にも世界的な注目が集まっているイーノだが、1978年の『Ambient 1: Music for Airports』のセルフ・ライナーノーツの中で彼が初めて提唱した「アンビエント・ミュージック」という言葉=概念は、今ではすっかり一つのジャンルの名前となって、のちにアンビエント・ハウス、アンビエント・テクノなど派生ジャンルを生むことにもなった。1990年にマイ・ブラッディ・ヴァレンタインがEP「Glider」をリリースした際、イーノは「これは新しい時代のポップのスタンダードだ」と評した。今ではケヴィン・シールズ(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)も彼の重要なコラボレーターの一人となっているが、その発端にはあの時に誰よりも早く彼らの音楽を歴史の中で正確に位置づけてみせたイーノの「言葉」があった。

「アンビエント・ミュージック」がエリック・サティの「家具の音楽(Musique d’Ameublement)」のインスピレーションから生まれた言葉であり、自身のソロ作品やコラボ作と平行してハロルド・バッド、ジョン・ケージ、ペンギン・カフェ・オーケストラ、マイケル・ナイマンらの作品を自身の設立したレーベルから送り出してきたことからもわかるように、イーノは発明者のように振る舞うことなく、既にそこにあるものを「言葉」で名付けて、それをソフトウェアのオープンソースのように世に「リリース」してきた。イーノのTwitterアカウントをフォローしていると、自身が関わってきたミュージシャンとの過去の音源や写真と同じように、マイルス・デイヴィスやルー・リードやプリンスの貴重な音源をいつもシェアしていて、最初はそれが不思議に思えたが、少なくともアートの領域において、イーノにはもはや自己と他者の境界線など存在しないのかもしれない。

イーノにとって自身のコンピレーション作品としては13年ぶりの作品となる6枚組のボックスセット『Music for Installations』に収められているのは、そのタイトルの通り、イーノが世界各地でおこなってきたインスタレーション(≒空間芸術)のために制作してきた音源だ。美術館での展覧会から、歴史的建造物、さらには商業施設(その中には1990年から2013年まで池袋にあったトヨタのショールーム、アムラックスでの展示も)でおこなわれた展示まで、本作に収められているのは1986年から現在(最後の1枚『Music For Future Installations』は未来のインスタレーションのための音楽なので「未来」も含む)に至るまでの作品だが、イーノが初めてインスタレーションの一部として音楽を発表したのは1978年のニューヨークでの展示までさかのぼる。つまり、イーノにとって「アンビエント・ミュージック」と「ミュージック・フォー・インスタレーションズ」は、コインの裏表のような存在として、ほぼ同時期に発想されたものだったのだ。

イーノが長年にわたって継続的に制作してきた「ミュージック・フォー・インスタレーションズ」が、「アンビエント・ミュージック」ほどは言葉として広く認知されていない理由としては、その一般名詞を組み合わせただけのシンプルなネーミングのせいで、イーノの初期アンビエント作品、『Ambient 1: Music for Airports』や『Music for Films』や『Music for Films Volume.2』と並列のアンビエント・ミュージックの一形態としてとらえられがちだったこと。そして、そこで鳴らされている音楽が旧来の「アルバム」、つまり再生芸術のフォーマットには則していなかったことが挙げられる。イーノがインスタレーションのために制作した音楽を初めて「アルバム」のフォーマットに落とし込んだのは、彼がインスタレーション・アートに目覚めてから約20年も経ってから、1997年にリリースされた『Extracts from Music for White Cube, London 1997』だったが、同作もタイトルに「Extracts」(=抜粋)とあるように、あくまでもインスタレーションで使用された音楽の一部でしかないことが強調されていた。

イーノの「ミュージック・フォー・インスタレーションズ」についてより深く理解するためには、「アンビエント・ミュージック」と並ぶ彼の造語であるもう一つの概念、「ジェネラティヴ・ミュージック」について簡単な説明をする必要があるだろう。これまでイーノが制作してきたインスタレーションでは、複数のチャンネルで、会場に配置された各スピーカーから異なる音源が鳴らされてきた。そこでは、それぞれ長さの異なる音源がループ再生されることによって、常に音楽が新しく生成(=generate)されてきたのだ。おそらくはイーノが過去にリリースしてきたアンビエント作品の中には同様の手法を用いてレコーディングされたものもあるはずなので、リスナーからすると「アンビエント・ミュージック」と「ミュージック・フォー・インスタレーションズ」には現象面としては重なる部分もあるわけだが、それが作品として繰り返し再生が可能になった時点で、厳密な意味では「ミュージック・フォー・インスタレーションズ」ではないということになる。

それでは、なぜイーノはこのタイミングでこれまでインスタレーションのために制作してきた音楽を、集大成のように6枚組のボックスセットとしてリリースしようと思ったのか? セルフ・ライナーノーツではその矛盾について「つかの間のものとして作られ、人が耳を傾ける端から消えていく楽曲は、繰り返し聴かれると聴く度に他の姿を現すことになるのだ」と、まるで禅問答のような説明が本人の言葉によって綴られている(つまり、音が発生する側ではなく受容する側である我々の耳と脳もまた、その音を受容する度に新しく生成されるということなのだろう)が、おそらくは現在、CDという再生フォーマットが終焉に向かっていることと無縁ではないだろう。

思えば、ビッグデータやディープラーニングによる高度なアルゴリズムのなすがままに、世界中でこの瞬間も数えきれないほどの人がストリーミング再生している音楽は、言葉本来の意味で「アンビエント」にして「ジェネラティヴ」なものとも言えるだろう。「人が耳を傾ける端から消えていく」かのように音楽が消費されるようになった現在、再生可能な固有の「作品」としてここに捕獲された『Music for Installations』は、我々リスナーに新たな視点と気づきを与えてくれるはずだ。

Written By 宇野維正


ブライアン・イーノ『Music For Installations』

輸入盤/ダウンロード5月4日発売、国内盤は5月11日発売

   


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