映画『BLUE GIANT』の劇中でジャズ・ファンをうならせる3つのこだわりポイント

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©2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会 / ©2013 石塚真一/小学館

シリーズ累計920万部超の大人気ジャズ漫画「BLUE GIANT」(原作:石塚真一)が、2013年の連載開始から10年の時を経て遂にアニメーション映画化され2023年2月17日から大ヒット上映中だ。

“音が聞こえてくる漫画”として数々の口コミと共に高く評価されてきた「BLUE GIANT」だが、今回音楽を担当したのは世界的ピアニストの上原ひろみ。今回、主人公・宮本大たちが結成するトリオ“JASS”のオリジナル曲だけでなく、劇伴音楽をほぼ全曲書き下ろし、演奏及びサウンド・プロデュースを務めている。また、映画と同日に発売されたサウンドトラックは、日本のiTunes Storeで総合アルバム・ランキング1位、オリコンデイリーアルバムランキングで2位を獲得している。

「最大の音量、最高の音質で、本物のジャズを届けたい」というスタッフの情熱が込められた映画『BLUE GIANT』。劇中に登場するジャズ・ファンをうならせるポイントを、音楽評論家の原田和典さんが解説する。

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迫真の“グラフィック・ノベル”、映画『BLUE GIANT』の公開から1週間が過ぎた。言うまでもなく大好評、低音もたっぷり出た劇場の音響装置で聴くジャズの快感に魅せられてリピーターも続出していると聞く。LPジャケットさながらと言っていいであろう劇場パンフレットの分厚さ・大きさも特筆ものだ。

今回は『BLUE GIANT』劇中の、いささかマニアックな描写について触れていきたい。徹底的な細部へのこだわりは、まさに「音が聞こえてくる漫画」の面目躍如である。

 

1. 超かっけえ、ソニー!

“世界一のジャズプレーヤーになる”という熱き志を持つ主人公・宮本大は上京間もなく、偶然見つけたジャズバー「TAKE TWO」に足を運ぶ。彼の口調や視線から尋常ではないジャズ愛を感じたのだろう、店主のアキコはおもむろに1枚のLPレコードをかける。

「超かっけえ、ソニー…」と声を漏らす大、「わかるの?」という感じで大の口調に耳を傾けるアキコ。ジャズ・サックスでソニーといっても、そこで流れているレコードの演奏者はソニー・ロリンズではなく、ソニー・スティットだ。もちろん大は、それがスティットのプレイであることを瞬時に聴きとった。

この場面、見ていて「うわー!」と声が出そうになった。よりによってスティットとは。彼はテナーとアルトの両刀使い、たぶん一生に一度もリードミスをすることなく華麗に楽器を吹ききった大名人だ。しかも、そのアルバムが『Low Flame』であるとは予想の斜め上を行っていた。

スティットはおそらくオスカー・ピーターソンやアート・ブレイキーと並ぶ多作家のミュージシャンで、リーダー・アルバムに限っても軽く100種は出ていそうというのが個人的な実感なのだが、名盤ガイドに載っている率の高い『Sonny Stitt/Bud Powell/J. J. Johnson』(ピアニストのバド・パウエルやトロンボーン奏者のJ.J.ジョンソンとの共演盤)や、レコードA面でアルト、B面でテナーを吹いた『Sonny Stitt Sits In With the Oscar Peterson Trio』(名前の“Stitt”と、飛び入りを示す“Sit(s) in”がダジャレになっている)あたりに比べたら、『Low Flame』を聴いたことがあるひとの確率はガクッと減るはずだからだ。第一、国内盤が出たことすらないのではないか。

このLPの原盤レーベルは“ジャズランド”。と言ってもノルウェーの鬼才ブッゲ・ヴェッセルトフトが90年代後半に設立した同名レーベルとは異なる。つまりアメリカ・ジャズランドのほうである。1960年、“リヴァーサイド”(セロニアス・モンクやビル・エヴァンスが名作を残す)の廉価部門としてスタートし、1963年ごろまで存続した。アメリカ・ジャズランドのカタログにはリヴァーサイド音源の別ジャケットによる再発もいくつか含まれているものの、この『Low Flame』はジャズランドのオリジナル・プロダクツである。

初回盤LPはラベル(曲目の書いてある部分)に大きな溝があるのだが、「TAKE TWO」が所有しているものは、溝がないことや文字のレイアウトから見て、90年代に再発された盤であると考えて相違ないはずだ。スティットのアルト&テナー・サックスのほか、ドン・パターソンのオルガン、ポール・ウィードゥンのギター、ビリー・ジェイムズのドラムスという、1962年当時のレギュラー・グループによるレコーディングで、内容はずばり、「いつものスティット節」。絶対的快調はここでも変わることなく、代わりの者など誰もいない語り口で(これを「手癖」と言われると淋しい)、歌うようにサックスを吹いている。

1950年代に彼のライヴを体験した音楽評論家の牧芳雄が「チューブから太い歯磨きが出てくる感じ」と表現し、50年代後半の日本のトップ・テナー・サックス奏者だった松本英彦と宮沢昭が「(当時の気鋭)ソニー・ロリンズやジョン・コルトレーンもいいけれど、やっぱりスティットだなあ」と雑誌記事で口を揃えた、あのスティットの、リラックスした演奏が満喫できるのだ。この映画で彼を初めて知った方は、ぜひいろんな音源をチェックしていただきたい。あまりの多さにビビるかもしれないが、ジャズは一生ものの音楽なので、気長にスティット節の制覇を目指してもらえたらと思う。

 

2. 玉田の座右の一枚

宮本大の高校の同級生・玉田俊二はサッカー好きの大学生だったが、大の熱意にほだされて、ジャズ・ドラマーになるべく猛練習を始める。ドラム教室に通い始めた当初はおそらく、生徒中でもいちばんの劣等生だったに違いない。幼い女の子が先生に「ケンドリック・スコットみたいだね」とほめられて「私、キース・ムーンがいい」と言い返している間にも、玉田はなんとかドラムをものにしようと死に物狂いだ。

家に帰ってもスティックを握り続ける彼が(おそらく、なけなしの金で)購入したCDが、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの『Mosaic』である。録音は1961年、「メッセンジャーズのファンキー・ジャズ時代」を彩ったリー・モーガンやボビー・ティモンズが脱退し、ウェイン・ショーターのディレクションのもと、フレディ・ハバードやシダー・ウォルトンを迎えて、さらなる新たな一歩に踏み出そうとしていた時期の一作だ。

ブレイキーはハイハットで2拍4拍をしっかり踏み、ソリストを煽り、彼らのフレーズの合間に高速ドラム・ロール(その迫力は、ナイアガラの滝にたとえられた)を入れて演奏を白熱させる芸風の持ち主。「ジャズってすげえ迫力あるなあ」と思いながら、玉田はブレイキーのように顔を汗で濡らし、口をあけながら、ジャズのビートを体得したに違いないのだ。

 

3. フレッド・シルヴァーのモデル?

宮本大・沢辺雪祈・玉田俊二が結成した“JASS”の中で、いちばん汎用性のあるミュージシャンは誰か。それはもちろん雪祈である。JASS結成前から実力を認められていた彼は、人気サックス奏者のフレッド・シルヴァーがジャズクラブ「コットンズ」で開催したライヴにゲスト・ピアニストして参加し、見事な演奏を披露した。

筆者はフレッドの姿や優しい表情にケニー・ギャレットを連想してすっかり嬉しくなったのだが、そういえばギャレットも10代の時点でダニー・リッチモンドのバンドや、マーサー・エリントン指揮のデューク・エリントン・オーケストラに参加するという“ジャズ・フリーク少年”であった。

原作漫画では東京でJASSの活動にひとまず終止符を打つ。以降の展開は、続く『BLUE GIANT SUPREME』、『BLUE GIANT EXPLORER』(小学館「ビッグコミック」)でたどることができる。『BLUE GIANT SUPREME』にはドイツで知り合った演奏仲間が幼少時にセシル・テイラーのライヴに接して受けた感動を語るエピソードも出てきて、セシルの大ファンである自分のテンションは俄然高まった。『BLUE GIANT SUPREME』が映画化された暁にはいったいどうなるのか、せっかちな筆者は早くも期待で心をいっぱいにしている。

Written By 原田和典


<『BLUE GIANT』映画情報>


大ヒット上映中

原作:石塚真一「BLUE GIANT」(小学館「ビッグコミック」連載)
監督:立川譲 脚本:NUMBER 8
音楽:上原ひろみ
声の出演/演奏:宮本大 山田裕貴/馬場智章(サックス)
沢辺雪祈 間宮祥太朗/上原ひろみ(ピアノ)
玉田俊二 岡山天音/石若駿(ドラム)
アニメーション制作:NUT
製作:映画「BLUE GIANT」製作委員会
配給:東宝映像事業部
©2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会 ©2013 石塚真一/小学館
映画公式サイト: bluegiant-movie.jp
映画公式Twitterアカウント: @bluegiant_movie


『BLUE GIANT オリジナル・サウンドトラック』
2023年2月17日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music




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