映画『BLUE GIANT』の魅力とは:上原ひろみが音楽を担当した“本物のジャズ”作品の見どころ
シリーズ累計920万部超の大人気ジャズ漫画「BLUE GIANT」(原作:石塚真一)が、2013年の連載開始から10年の時を経て、アニメーション映画化され2023年2月17日に公開となった。
“音が聞こえてくる漫画”として数々の口コミと共に高く評価されてきた「BLUE GIANT」だが、今回の映画で音楽を担当したのは世界的ピアニストの上原ひろみ。今回、主人公・宮本大たちが結成するトリオ“JASS”のオリジナル曲だけでなく、劇伴音楽をほぼ全曲書き下ろし、演奏及びサウンド・プロデュースを務めている。
「最大の音量、最高の音質で、本物のジャズを届けたい」というスタッフの情熱が込められた映画『BLUE GIANT』の魅力を、音楽評論家の原田和典さんが解説した原稿を掲載。
<関連記事>
・最高のブルーノート・アルバム50枚
・ブルーノート栄光の歴史:1939年創立、ジャズの最高峰レーベル
・なぜ、ジョン・コルトレーンはカリスマなのか? それを紐解く5つの事象
ここまで熱さ、率直さ、わかりやすさを表現した映像作品にはすっかり出会っていなかった気がして、無性に嬉しくなった。そして、登場人物のジャズへの思いに改めて心打たれた。
第62回小学館漫画賞一般向け部門を受賞した石塚真一・原作『BLUE GIANT』がついに映画化され、2月17日から全国公開された。主人公の宮本大は、世界一のジャズプレーヤーを目指すべくサックス片手に仙台から上京した熱血漢。先に上京していたサッカー好きの大学生・玉田俊二のアパートに同居しながら、肉体労働のアルバイトとサックス練習とジャズ・スポット詣でを繰り返している。
あるライヴに足を運んだとき、大きく心に訴えたのがピアニストの沢辺雪祈のプレイだった。ベテランぞろいのバンドのなか、ひとり異彩を放っていた大学生で、既にファンもいる。当初は「俺と組んでくれませんか」と気持ちを伝える大のことを始めは取り合わない雪祈だったが、ほどなくして大の圧倒的な演奏に才能を見出し二人は一緒に活動することに。さらに、楽器を持ったことすらない玉田までもが、大に共鳴してドラムを始め、いつしか彼らは3人組バンド“JASS”を結成した。目標は、10代のうちに日本最高峰のジャズクラブ「So Blue」に出演することだ。以下、この映画で筆者が感じた「味わいどころ」をまとめてみたい。
キャラクターの妙
猪突猛進型の大、気丈にふるまっていてもセンシティヴなところが隠せない雪祈、大の旧友でかなり穏やかな気質の持ち主ながらも闘志たっぷりに練習と努力を重ねる玉田。“JASS”を構成する3人のキャラクターは濃厚であり、彼らが心を通わせてゆくことによって演奏自体も長足の進歩をとげるあたりも映画『BLUE GIANT』の大きな見どころとなっている。
ここに絶妙な色合いを加えるのが、数少ない女性キャストの存在。「あなたたちがこうなるのはすべて最初の時点からお見通しだったのよ」的にも感じられなくもないジャズバー「TAKE TWO」の店主アキコ、おそらくジャズについては知らないだろうが大のことが大好きでたまらない妹・彩花、雪祈を「ユキちゃん」と呼んで応援する雪祈の母親のピアノ教室の生徒(雪祈がピアノを好きになるきっかけになった女の子)などの存在は、その生き生きした発声や表情と共に、作品の清涼剤にもなっている。
演奏の熱さ
音楽監督を務めた上原ひろみは雪祈のパートも手がけ、大のパートは馬場智章、玉田のパートは石若駿が担当した。つまりこの映画におけるJASSのパートは、「第一人者が、18歳のアマチュア・バンドに扮して演奏している」ことになる。大は上京前から数年間サックスを練習していたし(プロのミュージシャンに奏法を習っていたこともある)、雪祈に関しても子供の頃からピアノ少年だったものの、ジャズ・バンドは自分の演奏を一方的にぶちまけるための組織ではない。互いのプレイをよく聴いて反応しあい、音の会話=瞬間的作曲を繰り広げてゆくことが、新鮮なジャズを生む。
だが出会って間もないころの大と雪祈は、まだその段階にまで至っていない。玉田はさらにそれ以前のゼロ地点にあり、ドラム教室にも通い始めたとはいえ、いきなり両手両足が思いのままに動かせるわけがなく、そもそもその前にジャズ体験がほとんどないためジャズになじむ必要があった。初ライヴでの演奏は、てんでばらばらだ。大と雪祈は知っている(自分が演奏できる)フレーズを力いっぱい演り、玉田は位置を見失う。しかし少ない観客の、そのまた少ない何割かは、しっかり心を動かされている。
2次元キャラが「未熟でありつつも、大きな将来性を感じさせる演奏をすること」、「未熟でありつつも、情熱だけは誰にも負けない的な演奏をすること」について、3次元のミュージシャン3人が何を話し合い、プレイを実践したのか筆者は知らない。が、大、雪祈、玉田はしっかりジャズのしもべとなってライヴを重ね、驚異的な向上のすえに鮮やかなクライマックス・シーンへとなだれ込む。
劇伴にも豪華気鋭メンバーが集結
「真に迫る」という形容がふさわしいJASSのライヴ場面が大きな見どころであることは言うまでもないが、いわゆる劇伴部分にも一切の抜かりがない。「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット」のメンバーや、井上銘、佐瀬悠輔、國田大輔、マーティ・ホロベックらが随所で快演し、曲によっては挾間美帆が指揮者に迎えられた。
なかでも大と玉田の睦まじいまでの親友ぶりが描かれるシーンで流れる「Omelet rice」は、シングルカットしてほしいほどの、かわいらしい旋律を持つ。こうしたタイプの曲が挿入されると、余計にJASSの放つ熱気が際立つ。映画公開と同日に発売されたオリジナル・サウンドトラックも、ひとつのジャズ・アルバムとして、十分な鑑賞に値することはいうまでもない。
すべて、インストゥルメンタル楽曲
ラストで「さあ、感動してください」といわんばかりに、歌手の熱唱するバラードが大音量で流れる――という展開はこの映画にはない。出てくる音楽はすべてインストゥルメンタル。楽器から放たれる音圧のすごさを、劇場ならではの大迫力の音響で味わえるのは快感のひとことに尽きる。
マニアをも唸らせる細かい描写
JASSの目標である日本一のジャズクラブ「So Blue」の内装、大が使っているマウスピース、玉田が所有するCD、ジャズ喫茶でかかるレコード等、「漫画はほとんど読まなくて」というジャズ好きにも「おっ、そう来るか!」的瞬間が多々あるはず。どこにどんな「ジャズ・マニアック・ポイント」が登場するか、スクリーンの隅から隅まで凝視いただきたい。
Written By 原田和典
<『BLUE GIANT』映画情報>
大ヒット上映中
原作:石塚真一「BLUE GIANT」(小学館「ビッグコミック」連載)
監督:立川譲 脚本:NUMBER 8
音楽:上原ひろみ
声の出演/演奏:宮本大 山田裕貴/馬場智章(サックス)
沢辺雪祈 間宮祥太朗/上原ひろみ(ピアノ)
玉田俊二 岡山天音/石若駿(ドラム)
アニメーション制作:NUT
製作:映画「BLUE GIANT」製作委員会
配給:東宝映像事業部
©2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会 ©2013 石塚真一/小学館
映画公式サイト: bluegiant-movie.jp
映画公式Twitterアカウント: @bluegiant_movie
2023年2月17日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music
- 上原ひろみ アーティスト・ページ
- 上原ひろみ オフィシャル・ページ
- 『カムカムエヴリバディ』で大注目、ルイ・アームストロングを知る5つの事実
- ルイ・アームストロング「What A Wonderful World」の舞台裏と歌にこめた意味
- ルイ・アームストロングの言葉20選
- ルイ・アームストロングの20曲
- 最高のジャズのライヴ・アルバム50選
- 音楽が起こした社会変革の歴史:ミュージシャンと勇気づけられた人々