ビリー・アイリッシュ、変貌したヴィジュアルとそこに込めた思いとは
2021年7月30日にセカンド・アルバム『Happier Than Ever』を発売するビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)。2019年のデビュー・アルバムから2020年の間は青や、黒と緑のハイライトのヘアスタイルや、ダボダボの服を着ていることがその音楽とともに注目されていましたが、新作発売前にそのヴィジュアル・イメージを一新して、ブロンドの髪型とセクシーな衣装を披露しました。その思いについてライターの松永尚久さんに解説いただきました。
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音楽のみならず、政治や社会に対しても自身の考えを伝え、今では10代を中心とした世代に大きな影響力を与えるほどになった、ビリー・アイリッシュ。その知名度の高さゆえに、過去の無意識な言動が批判され謝罪する事態が起こったものの、「平等」や「多様」を重要視する今という時代を改めて考えさせられるきっかけを、多くの人に与えた出来事になったのではないだろうか。彼女の存在感の凄さも改めてわかったトピックにもなった。
すべての行動に注目が集まる時代のアイコンであることを示したビリーであるが、そのヴィジュアルの変化もまた話題を呼んでいる。彼女と言えば、ボーイッシュでワイドサイズのヒップホップ風な洋服を好んで着用している印象が強い。20年には体型を隠した洋服ばかり着ているのはなぜ?という一部の声をきっかけに「NOT MY RESPONSIBILITY」という動画を制作。「自分の着たい服をまとうことに何の問題があるの?」という姿勢を示すなど、そのスタイルに強いこだわりを持っているように感じた(*記事)。またヘアスタイルに関しても同様、黒髪に緑のハイライトを入れるというのが、すっかりアイコン化。結果、東京を含め彼女からインスパイアを受けたようなスタイルをする人が、世界中に溢れるほどになった。
しかし、その固定したスタイルに飽きてしまったようで(彼女だけではなくファンも)、2021年のドキュメンタリー映画『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』の完成直後にはヴィジュアルを変えることを宣言。そしてグラミー賞の出席を終えた3月18日のインスタグラムにて、彼女はイメージを大きく変化させたのだ。
黒髪をプラチナブロンドへとチェンジ(グラミー前から髪色変更をしていて、出演時にはウィッグをつけていたそう)。それに加えてファッションもフェミニンで体型がわかるコーディネートを披露するように。同年5月に刊行された英国版『VOGUE』の表紙では、コルセットをまとい、自身の身体を強調するコスチュームに挑戦。1年前の動画投稿から、ガラリと心境が変化した様子がうかがえた。
彼女はインスタグラムでこの表紙画像を投稿した際「どんなことでも、あなたがやりたいことを追求するべき。他のことはどうだっていい」とコメント。今まで作り上げてきたイメージなどに左右されず、自分は自分の好きな道(スタイル)を貫くという強い姿勢を表現して、多くの共感や刺激を与えたのだ。
自分らしい生き方を模索する過程で生まれた新曲
ビリーに大胆なヴィジュアルの変化をもたらした大きな理由。それは2作目となるオリジナル・アルバム『Happier Than Ever』の完成というトピックであることは明らかである。イメージを変えた翌月4月29日に自身のソーシャル・メディアで、アルバムの発売告知をする映像を公開。ヘアカラーと親和性のある、ベージュで統一させた空間で、ソファに座りこちらを見つめるビリー。その視線は挑発的でありながら、寂しさもにじませたアンニュイなもので、思わず引き込まれる。また同時に公開されたアルバム・ジャケットも、同じシチュエーションで撮影。そこでは、「今までに比べて幸せ」のはずなのに涙を浮かべながらこちらを見つめる姿が印象的だ。ちなみにこの涙にどんな思いが隠されているのかは、彼女は語っていない。
アルバム発売のアナウンスと同時に、ビリーは収録曲「Your Power」も公開。アコースティックギターの音色をメインにしたシンプルなサウンドにのせ、自分らしい生き方を選ぶことの尊さを綴っている。ミュージック・ビデオに関しても、自分をがんじがらめにしようとする存在をアナコンダにたとえ、束縛から解き放たれようともがく姿を表現する様子、また孤高のたたずまいを感じさせる仕上がりになっている。
一転、翌月に発表された「Lost Cause」では、異なる世界を表現した。ダラダラと続いていた恋人との関係が、非建設的なものだったと気づき、見切りをつけて次へと進もうとする心境をヒップホップ的なグルーヴで描いた楽曲。自らがディレクションしたミュージック・ビデオでは、たくさんの友人を誘ってホーム・パーティをしているシチュエーションのものを制作。アンダーウェアで肌や身体のラインを大胆に露出させダンスをする姿など、これまでにない「弾けた」様子を見せ、多くのファンを驚かせた。
ふたつの楽曲で異なる表情をみせたビリー。続いてアルバム・リリース直前に発表された「NDA」は、イントロのノイジーなギターと、加工したヴォーカルが鮮烈に響くダーク・ポップ。「機密保持契約書(Non-disclosure agreement)」をタイトルにし、たった1枚のアルバムで一躍世界から脚光を集めるようになってしまった自身の戸惑いやフラストレーションを表現している。この楽曲のミュージック・ビデオでは、暗闇のなか孤独と怒りを滲ませたような視線で歩くビリー。そこに何台ものクルマが取り囲み、彼女の行く先を阻んでいるような状態が浮かぶ仕上がり。このクルマはおそらく想像以上の期待や好奇を注ぐ周囲の目を表現したものと思われ、その視線から解き放たれたい彼女の切実な思いが伝わってくる。
「楽しいことはない」最新アルバム
これら先行トラックを経てまもなくリリースされるアルバム『Happier Than Ever』。前年にリリースされた「my future」と「Therefore I Am」なども含む全16曲が収録される。全貌に関しては不明であるが、彼女はアルバムについて「楽しいこと(曲)はほとんど収録されていない」と米ローリングストーン誌のインタビューで語っている。
「私のことを“bad guy”や“Therefore I Am”のような曲を作るミュージシャンというイメージを持っている人もいるだろうけど、それはあくまで一部分。聴いた人が『あぁこういう感じね』と解釈されてしまうようなものを収録したくはなかった」
世界がロックダウンで動きを止めるなかで、兄のフィニアスとスタジオに籠り、何の制限なく制作されたというアルバムは、フィクションでありながらも前作『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』よりも自身の感情が正直に表現されているという。過去に受けたひどい仕打ちを元に描こうとし、その制作途中には休憩しなくてはいけないほどダークな(泣きたい)気持ちになったと語るオープニング・ソング「Getting Older」。パパラッチに連日追われることが日常になってしまったことにうんざりした気分を表現しているという「Billie Bossa Nova」。またラストの「Male Fantasy」はポルノ映像に没頭する男性の様子を描いたものなど、実にさまざまなトピックがアルバムに広がっているのだとか。
「でも、歌詞に関してはあまり真剣にとらえないでください。これはあくまで自分のアート表現のひとつであって、みなさんに深く掘り下げて感じて欲しいものではありません」
つまり、自身の個人的な感情からスタートしているが、リスナーひとりひとりが、楽曲を通じて自由に想像の翼を広げられるような深みのあるアルバムになっているということなのだ。
「楽曲が完成した時点で、それは自分のものではなくなっている気がする。これってすごく不思議な感覚なんだけど、リスナーそれぞれが自由な解釈をして自分の音楽を楽しんで、進化させている様子を知るのが大好きなんです。それがあるから、音楽を続けていられる」
変貌したヴィジュアル同様に、我々を刺激する何かが最新アルバム『Happier Than Ever』に潜んでいるのかもしれない。きっと、これまで体感したことのない「多幸感」が待っているはずだ。
Written By 松永尚久
2021年7月30日発売
国内盤CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
映画『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』
2021年6月25日より新宿ピカデリー他、全国で随時ロード―ショー(IMAX®でも限定上映)
オフィシャルHP:https://www.universal-music.co.jp/billieeilish-theworldsalittleblurry/
劇場リストHP:http://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=BillieEilish
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