ビリー・アイリッシュが新曲「Therefore I Am」に込めたものとは?

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2020年11月に発表されたビリー・アイリッシュの新曲「Therefore I Am」。今年2月の007シリーズ最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌「no time to die」、そして7月に発表されたシングル「my future」に続くこの新曲について彼女が何をこめたのか? ライターの松永尚久さんに解説いただきました。

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2020年とビリー・アイリッシュ

「第62回グラミー賞」の主要4部門を最年少で独占からスタートし、ミュージック・ビデオの再生回数が10億回を突破した「bad guy」のロング・ヒット、さらにはユニクロや(グラミー の授賞式で全身コーディネートし、また先日開催されたオンラインフェスに参加した)グッチといったファッション・ブランドなどとのコラボレーション・プロジェクトなど、2020年はさまざまな話題を振りまき「時代の顔」となった、ビリー・アイリッシュ。

彼女はその抜群の知名度を生かして、政治や社会問題に関心のない世代に対して積極的なメッセージを発信していることでも知られ、アメリカの大統領選挙の事前投票が開始された2020年10月には、自身初のオンライン・ライヴを敢行。最先端のXR技術などを駆使し、日常のグルーム(憂鬱)な部分だけでなくフィーチャー(未来)も感じさせるパフォーマンスで世界を魅了させたと同時に、「NO MUSIC ON A DEAD PLANET (死んだ惑星に音楽は存在しない)」というメッセージを強く発信し、多くの人が幸福を共有できる世界を創造するために、ひとりひとりが「今できることは何か」を考えるきっかけを与えた。

その後、選挙が終わり、(未だゴタゴタしているものの)アメリカの今後の輪郭が見えてきた11月8日、彼女のインスタグラムには喜びの叫びと共に、以下のメッセージを投稿した。

「信じられない。本当に嬉しい。天井知らず。自分の考えを変えて、外に出て投票してくれた全員にありがとうと言いたい。もし投票したのが初めてだったりとかしてもね。あなたの声なんて大事じゃないなんて言わせちゃダメ。これも私たちが勝つんだということを信じて、成し遂げてくれたみんなのおかげ。気候問題、女性の権利、社会の正義、この状況を生き延びることについて気を払ってくれたことに感謝するね」

 

新曲「Therefore I Am」に込めたもの

心から湧き上がる喜びを噛み締めるなか、10日には同じくインスタグラムにて、真っ赤な背景のなかで、白い物体(ミケランジェロのダビデ像を3D彫刻で再現したものと思われる)が破裂する瞬間をとらえたヴィジュアルと共に、「12日に新曲 “Therefore I Am (ゆえに我あり)” を発表するよ。この楽曲をみんなに届けることができて本当に興奮している」と報告したのだった。

Therefore I Am ジャケット写真

フランスの哲学者であるデカルトによる『方法序説(Discours de la méthode)』の中で提唱した有名な命題からとられたと思われるタイトル。今回も、実兄フィニアスとタッグを組んで制作された楽曲は、ビリーらしい、ダークで毒々しさを感じるビートと、どこかメランコリックで脱力的なヴォーカルでありながらも、ヒップホップ的なバウンシーなビートが絡むと不思議な高揚感を与える仕上がりだ。この楽曲について海外のインタビューに応じた彼女は以下のように語る。

「レコーディングはとても楽しかった。自分で好きなことを、いろいろふざけながらも試していて『アタシ、何やってるんだろ?』っていう気分になったこともあったけど、それがリアルだったから。自然に堅くなりすぎずに完成したの」

肩の力を抜いて制作したという楽曲だそうだが、歌詞に目を向けて見ると「自分たちの都合のいい尺度で私を勝手に解釈しないでほしい」など、瞬く間に世界中が彼女のことを注目したことによって生まれたジレンマ、フラストレーションが聴き取れる内容になっている。彼女は歌詞に関しては以下のように語る。

「確かに、そうとらえられる部分もある歌詞なのかもしれない。でも、リスナーひとりひとりで感じることって異なると思うから、みんなの想像にお任せしたいかなって」

ただ、ここ最近のビリーを取り巻く環境(日々パパラッチに追われることなど)に対しては辟易とすることもあったのだとか。

「数ヶ月、ビリー・アイリッシュの『見た目』に囚われていた時期があった。今でも時々は感じるけど。すごくナーバスになっていた頃があったんだ。無意識にその時の心境が曲作りに影響を与えている部分があると思う。でも、今はとてもいい環境にいる。だって、好きな音楽を作り続けることができるからね」

また、この曲は彼女を取り巻く社会や政治的な問題に対しての痛烈なメッセージも聴きとることもできた。実はビリー、政治的なメッセージを積極的に発信するようになったことをきっかけに、2020年現在のアメリカ政権(=トランプ政権)から「アメリカの良識や道徳を弱体化させるグループ」のリストに挙がったと報道されたのだ。彼女はその「噂」について「それが真実かどうかは知らないけど、もし真実だとしたら一国を担うリーダーが10代の女の子に対してムキになるなんて。それってとても恥ずかしいことだと思う」と笑い飛ばした。

さらにこの楽曲では、無人のショッピングモールを舞台にそこを縦横無尽に走り回り、手当たり次第にある食べ物をさらっていく内容のミュージック・ビデオも製作した。

「これは早朝4時に撮影。でも、決してこのビデオと同じこと(ダンス・チャレンジ)をしてはいけない」

とインスタグラムにコメントを残しているが、(特にこのロックダウンや行動規制が続く現代において)誰もが一度はやってみたいと思うけどけど絶対にできないことを彼女がやってくれているという爽快感を味わえると同時に、2020年5月には彼女の体型に対して意見を述べる人々に対して「NOT MY RESPONSIBILITY(私の責任ではない)」という映像を製作して抗議していたが、この作品においてもそういう考えを持つ人に対して舌を出しているような姿勢も感じ取れた。

だが、この楽曲はただ彼女を取り巻く政治や社会に対して文句を言っているだけではない。外野の「声」などに惑わされることなく、自由に自分のアート・音楽を追求したいという彼女の強い眼差しを感じることができたのだ。実際、彼女も「今の自分はとてもいい位置(状況)にいると思う」と語り、その充実した環境や心境のなかで、現在は2ndアルバム完成に向けて制作が進行しているという。

 

空白時間と新作アルバム

「早くみんなに聴いてもらいたいくらい自信作なんだ。これまでと変わらないサウンドなのかもしれないけど、とても成長している。前作も大好きなんだけど、改めて聴くと声に幼さを感じるんだよね」

ロックダウンによって発生してしまった思わぬ「空白時間」が、彼女に新たなクリエイティビティをもたらした様子である。

「5年音楽活動してきて、こんなに自由時間ができたのは初めてだった。多分、ツアーなど以前に予定されていた活動をしていたら、完成はもっと先になっていたのかもしれないし、完成したとしてもまったく違うサウンドになっていたと思う。まぁ、みんなと同じで大変な時期だったことは確かだけど、いい音楽が生まれてラッキーだったと考えるようにしているよ。それを早くみんなに届けたい!」

気になるアルバムの中身は「遮断」がテーマになっている様子。それは、社会、世代、人生観……何を示すものかわからないし、「遮断」の先に何を提示してくれるのか? 楽しみなところであるが、アルバム発表の前、彼女の19回目のバースデーとなる12月18日には、初CD化となる「everything i wanted」も収録され、さらにミュージック・ヴィデオが収録されたブルーレイもパッケージされたデビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO』、また18年発表のEP『dont smile at me +5』(こちらもミュージック・ヴィデオ収録のブルーレイ付き)の完全盤が日本限定で同時リリース。

年が明けたら、1月には「everything i wanted」において年間最優秀レコード、年間最優秀楽曲、最優秀ポップ・パフォーマンス(ソロ)、および映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌である「No Time To Die」で最優秀映像作品楽曲でノミネートされている「第63回グラミー賞」の発表。さらにドキュメンタリー作品『Billie Eilish: The World’s A Little Blurry (ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている)』の公開も控えているなど、楽曲発表以外にも注目すべきトピックが数多く控えているビリー。2021年は、より強くなった発信力を駆使しながら、世界に「ゆえに我(ビリー)あり」と唸らせる自由で圧倒的な音楽やアートを生み出してくれるに違いない。

Written by 松永尚久



ビリー・アイリッシュ「Therefore I Am」
2020年11月13日配信
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music


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