ビリー・アイリッシュ&フィニアスのグラミー受賞スピーチに隠された5つのストーリー

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Photo: Kenneth Cappello

先日の第62回グラミー賞授賞式にて主要4部門を制覇し、日本国内でも大きな話題を集めたビリー・アイリッシュとその兄フィニアス。この記事では受賞スピーチの中から、特に印象深い5つの言葉をピックアップ。各発言のバックグランドや、その裏に隠された数々のストーリーを、音楽ジャーナリストの高橋芳朗さんに紐解いていただいた。

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1. “私にとってこれは初めてのグラミー賞です。こんな事が私の人生の中で起きるなんて想像してませんでした”(ビリー)

——「年間最優秀楽曲/Song of the Year」受賞スピーチより

 

すでによく知られているように、ビリー・アイリッシュはロサンゼルスの芸能一家で生まれ育っている。家族構成は、端役ながらも映画『アイアンマン』(2008年)に出演したことがある俳優の父パトリック・オコネル。俳優/声優/脚本家/シンガーソングライターなど、多彩な才能を発揮する母マギー・ベアード。そして、俳優でありミュージシャンでもある兄フィニアス・オコネル。そんなバックグラウンドが関係しているのだろうか、ビリーは9歳のときに『グレッグのダメ日記』『ラモーナのおきて』『X-MEN』シリーズといった映画のアフレコ(声だけの出演)もしている。

こうして羅列していくと豪勢なハリウッドライフを謳歌するセレブファミリーを連想するかもしれないが、昨年12月放送のビリー出演回の『Carpool Karaoke』(米CBS『The Late Late Show with James Corden』の人気コーナー)でも紹介されたように、彼女の実家は1200平方フィート(約34坪)の土地に建ったごく普通のバンガローだったりする。ふたつある寝室はフィニアスとビリーに提供され、両親はリビングルームに布団を敷いて寝ているそうだが、そんなオコネル家の暮らしはどのようなものだったのか、ビリーのこんな発言からその一端がうかがえると思う。

「パパとママはいわゆる映画スターという感じではなかった。もっとまともな仕事をしてほしいって思っていたぐらい。言ってみれば、労働者みたいな俳優だった」

グラミー賞を手中にしたビリーの戸惑いは、(ハンソン「MMMBop」のヒットに感化された両親から音楽の英才教育を受けていたとはいえ)こんな出自のまだ18歳の自分にこんな奇跡が降りかかってこようとは、という率直なリアクションにすぎないのだろう。だがその一方、このスピーチの言外には兄フィニアスとのタッグでDIY精神を貫き通したことへの自負のようなもの、「やりたいようにやってきたら勝手に結果がついてきただけなんだよ」という含みも感じられる。以前ビリーは『The New York Times』のインタビューにおいて、自身の活動スタンスについて次のようにコメントしている。

「楽にやろうと思えばいくらでもできる。誰かに曲を書いてもらって、誰かにプロデュースしてもらって、私はそれに従うだけ。私がそう望んだほうがずっとシンプルにことが運ぶと思う。でも私はそういうタイプの人間じゃないし、そういうタイプのアーティストでもない。そんなふうになるのなら死んだほうがマシだと思ってる」


(最初は2019年12月のビリーの18歳の誕生日の前日に投稿された、幼少期のビリーを記録したホーム・ビデオと現在の姿を重ね合わせたムービー)

 

2. “僕たちはベッドルームで曲を作っています。今もそこで作っていてそれが許されているんだけど、ベッドルームで曲を作っている子供達、あなたも夢が叶いますよ”(フィニアス)

——「年間最優秀楽曲/Song of the Year」受賞スピーチより

以下は2012年開催の第54回グラミー賞授賞式当日の朝、計5部門のノミネートを受けてセレモニーに臨むスクリレックスのTwitterへの投稿だ。
「もし今日僕が受賞するようなことになったら、それはまだ見ぬベッドルームの天才たちが世界を制圧する日がすぐそこまでやって来ていることを意味している」

結果、スクリレックスは年間最優秀ダンス/エレクトロニカ・アルバムなど計3部門で受賞。そして予言通り、それから8年後のグラミー賞では自宅のベッドルームから曲を発信し続けたビリーとフィニアスのオコネル兄妹が世界の頂点に立つことになった。ちょっとできすぎた話だが、ビリーが初めて自分で曲を書いたのは彼女が11歳のとき。まさにスクリレックスが最初にグラミー賞を受賞した2012年のことだ。

そんなスクリレックスの予言ツイートに呼応するようなフィニアスのスピーチは、若い宅録ミュージシャンたちを鼓舞するエールとして今回授賞式の壇上から発せられた言葉のなかでも特にセンセーショナルに響いた印象があるが、おそらくこれには先述の『Carpool Karaoke』が少なからぬ影響を及ぼしているのではないだろうか。この番組中ではビリーのすべての作品を生み出してきたフィニアスの制作環境も公開されているのだが、それは拍子抜けしてしまうほどにありふれた、アメリカのごく一般的な家庭のベッドルームだったのだ。

「このアルバムは私たちが育った実家のベッドルームでつくったんだ。だから、本当になんだって可能だってことなんだよ」——第62回グラミー賞授賞式後の記者会見でのビリーの発言より

芸能一家に育ったオコネル兄妹には、もしかしたらそれ相応のアドバンテージがあったのかもしれない。だが彼らの成功にいかなる背景が存在していたにせよ、あのベッドルームの絵面にフィニアスのスピーチが結びついたインパクトはまちがいなく今後の音楽シーンに計り知れない影響を及ぼすことになる。この地球上に点在している「まだ見ぬベッドルームの天才たち」は、そこが世界に直結している現実を改めて強く意識したのではないだろうか。

 

 

3. “主にファンがこれらの賞を受賞するべきだと思います。みんなこのグラミー賞でファンのことについて語ることってなかなかないと思うんだけど、ここにいるどんな人もファンのおかげでここにいるから。だからファンのみんなありがとう”(ビリー)

——「最優秀新人賞/Best New Artist受賞スピーチ」より

最優秀楽曲賞の受賞スピーチで率直に驚きと戸惑いを表現したビリーだが、そんな彼女が続く最優秀新人賞の受賞後、登壇して真っ先に述べたのは自分をサポートし続けてきたファンに対する謝辞であった。

ビリー自身が言及している通り、確かにグラミー賞のスピーチで受賞者がファンについて語るケースはめずらしい。だが、この局面であえてファンとの結びつきを再確認した彼女の態度が圧倒的な説得力を有していたのは、我々がこの一年を通じてジャスティン・ビーバーの熱烈なファンである「ビリーバー」(ジャスティンのファンの総称)としてのビリーの姿を目の当たりにしてきたからだろう。

『エレンの部屋』出演時のジャスティンのサプライズ出演どっきり(実際にはジャスティン本人は出てこなかった)、『Coachella Festival 2019』での初対面、そして「bad guy」リミックス・ヴァージョンでのコラボ実現。その都度ひとりの熱狂的なファンと化して身悶し狼狽するビリーの素の表情を、彼女のファンダムがどう受け止めているかは想像に難くないーー「ビリーも私たちと同じファンガールなのだ。きっと彼女は私たちの良き理解者でいてくれるだろう」

そんな暗黙の信頼関係があらかじめ成立していたからこそ、今回ビリーが大舞台から発したメッセージは途轍もなく大きな意味を持つ。先日ニュー・アルバム『Changes』をリリースしたばかりのジャスティン・ビーバーはApple Musicの『Beats 1』のインタビューでビリーについて触れ、「若くしてデビューした自分にとって右も左もよくわからない音楽業界にいるのは本当につらいことだった。ビリーには僕と同じような経験をしてほしくない。ビリーが望めば僕はいつだって彼女の助けになる」と涙ながらに吐露したが、きっとビリーのファンの多くはこのふたりの絆にある種の理想や希望を見出しているのではないだろうか。

 

4. “アリアナがこの賞を受賞するべきだと思うんだけど、どうです?”(ビリー)

——「年間最優秀アルバム/Album Of The Year受賞スピーチ」より

ジャスティン・ビーバーと同じく弱冠15歳で芸能界デビューしたアリアナ・グランデには自身の境遇を重ね合わせることも多いのだろうか、ビリーは以前から機会あるごとに彼女へのリスペクトを表明している。
「アリアナはまさに王様のような存在。彼女が成し遂げたことは本当に素晴らしいと思う。正直言って、アリアナほどリスペクトしている人が他にいるかどうかわからないぐらい」

ビリーは昨年末に『Billboard』主催のウーマン・オブ・ザ・イヤーを受賞した際も前年の同賞受賞者であるアリアナに触れて「もしも誰かと人生を交換できるのならアリアナがいい。自分の口からあんなすごい声が出てきたら……想像できる?」と興奮気味にコメントしていたほどだ。

そんなビリーはグラミー賞のノミネート発表直後の昨年11月、イギリスのラジオ番組でのインタビューにおいて今回のグラミー賞授賞式でのスピーチの布石になる発言を残している。彼女は主要4部門にノミネートされただけで光栄に思っていること、自分が受賞できるとは思っていないことを述べると、近年のアリアナの活動に最大級の賛辞を贈ったのだ。

「今度のグラミー賞ではアリアナがたくさん受賞してほしい。あれだけのつらい出来事(自身のコンサートを襲った爆破テロ、元恋人マック・ミラーの死、ピート・デヴィッドソンとの婚約解消)を経験したにも関わらず、それを乗り越えてステージに立つなんて私には想像もできない。しかも短期間で2枚もアルバムをつくって、それが両方とも最高の仕上がりなんだから。本当に彼女はすごい」

こうした経緯からも明らかだが、年間最優秀アルバムはアリアナの『thank u, next』こそふさわしいのでは、と会場に問い掛けたビリーのスピーチは別に照れ隠しから出た巧言のようなものではまったくない。その思いはきっと、やや困惑気味のビリーに大きな投げキッスで応えたアリアナ自身がしっかりと受け止めたはずだ。

 

5. “このアルバムは悲しみや自殺の考えや気候の変動やバッド・ガイでいる事とかのことについて書きました。そしてここに今、戸惑いながら、感謝をして立っています”(フィニアス)

——「年間最優秀アルバム/Album Of The Year受賞スピーチ」より

ビリーがデビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』で主題としていたこと、特にフィニアスが年間最優秀アルバム受賞時のスピーチで触れたようなことは、この一年のビリーの社会活動などを通してより広く伝わっていった印象がある。

まず昨年5月、ビリーはメンタルヘルスで悩む人々をサポートする団体『Seize The Awkward』の公共広告に出演。自身のうつ病体験を赤裸々に語ったが、これはまさに自らのうつ病との闘いを題材にしたアルバム収録曲「listen before i go」の歌詞に基づくものだ。

「『心の健康を大切にしよう』と言われると、周りの人々はすでにそう対処してるものだと思ってしまう。でも、それは大きなまちがい。私の場合にしても、まだ自分が大丈夫でいられるかを模索している途中なんだから。あと、助けが必要だからといっても決してあなたは弱いわけじゃない。誰かに助けを求めることは弱さとは関係ない。必要なときは『助けて』って言えるほうがいいし、誰かが助けを求めているなら手を差し伸べてあげてほしい。別にいきなり神妙な面持ちで切り出さなくてもいい。ただ普通に『最近調子どう? 大丈夫?』って話しかけるだけでもいいと思う」

こうしたテーマは「listen before i go」に限らず、たとえば自己嫌悪と向き合う「bury a friend」、抗不安剤の名前をタイトルに冠した「xanny」とも関連してくる話であり、ゴールデンゲートブリッジから投身自殺する夢に着想を得た昨年11月リリースのアルバム未収録のシングル「everything i wanted」もまた然りだろう。ビリーは「listen before i go」について「これはうつ病と、それに伴うあまり良くない結果について歌った曲。でも、この曲を聴いて落ち込んでほしくない。私からの精神的なハグになったらいいと思ってる」とコメントしていたことがあるが、これは彼女がApple Musicの『Beats 1』のインタビューで語ったアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』全体を覆うコンセプトにも通底している。

「若いリスナーにとっての私の曲はハグだと思ってる。落ち込んだり死にたくなったり、自暴自棄になったりするのは悪いことだって言う大人もいる。でも、自分と同じくらい最悪の気分になってる人間がいることがわかるだけでもだいぶ慰められるんじゃないかな。なんか癒されるんだよね」

また、ビリーは環境問題にも積極的に取り組んでいて、ワールド・ツアーでは気候変動への問題意識をうながすブース『Billie Eilish Eco-Village』をすべての会場に設置。加えて非営利団体の『Global Citizen』とパートナーシップを結び、運動に参加することでコンサートに無料で招待するキャンペーンを行うプランも発表している。

そんなビリーが地球温暖化について歌ったメッセージ・ソングが「all the good girls go to hell」だ。この曲のミュージック・ビデオは天使(?)と化したビリーが石油の流出で汚染された街に落下するシーンから始まるショッキングな内容になっているが、これを彼女は昨年9月23日の国連気候行動サミット開催に合わせて発表。同時に彼女はスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリが呼び掛けた気候変動のためのストライキへの賛同を自身のInstagramを通じて表明している。

この件について、ビリーは『NME』のインタビューで「年寄りはいずれ死ぬから世界がどうなろうと知ったこっちゃないんだろうけど、私たちはまだ死にたくない」とコメント。さらに次のように続けている。

「SNSを見ていると『なんで飛行機を利用してる奴が環境問題についてあれこれ言えるんだ?』みたいな投稿をよく目にするけど、『私が黙っていれば満足? 誰もなにもしなくてそれでいいの?』って思っちゃう。私がやっていることは完璧とはいえないし、私には変えられないことだってある。でもだからこそ、多くの人々にメッセージを伝えたい。私はできる限りのことをしたいし、みんなもできる限りのことをしてほしい」

ビリーが『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』に託した数々の訴えは、こうしてアルバムリリース以降の活動によって強調されていったようなところがあるが、そういえばグラミー賞年間最優秀楽曲に輝いた「bad guy」も思わぬ場で使われてその威力を存分に発揮している。

それは、シャーリーズ・セロン、ニコール・キッドマン、マーゴット・ロビーが主演を務める映画『スキャンダル』の予告編。FOXニュースの創立者で元CEOのロジャー・エイルズのセクシャル・ハラスメントに対する女性職員の告発を描いた映画の内容を踏まえると、タフガイを気取って女性を支配しようとする男をあざ笑う「bad guy」の引用は実に痛快だ。アンセムというものは、こうしてつくられていくのだろう。

「心地がいいの あなたに支配されている関係が 私はあなたのものじゃないって たとえあなたが気づいても その役を演じさせてあげる」——「bad guy」より

Written By 高橋芳朗



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