エイミー・ワインハウスが歌ったあまりにもリアルな歌詞とその背景【映画公開記念連載第2回】

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Photo by Mishca Richter

エイミー・ワインハウス(Amy Winehouse)の伝記映画『Back to Black エイミーのすべて』が日本でも2024年11月22日に公開されることになった。これを記念して、映画の字幕監修を担当したライター/翻訳家の池城美菜子さんによる3回にわたる短期連載を掲載。

第2回は、今作の字幕監修、そして彼女が歌った中でリアルな歌詞を持つ3曲を紹介。

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言葉を紡ぐ仕事のなかでも、とくにセンスが必要とされるのが作詞だと思う。耳に残りやすいフレーズ、歌いやすい発音、メロディラインにはまるカデンス。それらテクニックを身につけたうえで、自らの生活感情、生き様を端的に伝えないといけないのだから。物心がついたときから、歌詞やライムをずっと書き続けてきたシンガー・ソングライターは、デビューするなり完成度の高い歌詞で世を驚かせる。エイミー・ワインハウスは、そのセンスに恵まれたアーティストのひとりだ。

エイミーは10歳のとき、兄からギターを習うようになり、ほぼ同時に曲を書き出した。ジャズが鳴り響く家庭で、TLCやソルト・ン・ペパも好んでいた彼女は、楽譜も自然に読めるようになったそうだから、天賦の才もあるだろう。父のミッチ・ワインハウスは、勉強がきらいでもノートにひたすら言葉を書きつけていたと証言している。12歳で学校の学芸会でアラニス・モリセットの「Ironic」を歌った際は、観客席が総立ちになった。

インタビューで遺された言葉もあるが、彼女の本音を伝えるのは歌詞である。鬱々とした気分にまた陥る様子を「Back To Black」、“惚れた方が負け”という恋愛の真理を「Love Is a Losing Game(恋愛って勝ち目のないゲーム)」と端的に表現する彼女は、詩人でもある。

彼女の詞はとてもパーソナルだ。実体験であるがため、比喩や変わった言い回しを用いて真意をぼかすことも。そのため、『Back to Black エイミーのすべて』で字幕監修をするにあたって、字幕を担当された稲田嵯裕里さんと歌詞の解釈の違いを巡って、試写室で議論を重ねる場面もあった。

本来、音楽ライター/評論家がミュージシャンのバイオピックの字幕監修をする場合、求められるのは史実に沿った訳になっているかどうか、である。2024年の5月に公開になった『ボブ・マーリー:ONE LOVE』はジャマイカの方言、パトワによる脚本だったため、より自然な会話に置き換える作業が監修のメインだった。

イギリス英語で話されるエイミーのバイオピックはその作業は不要であり、音楽系の映画の字幕を得意とする稲田さんに任せた方がいいと判断した場面も多々あり、私はユダヤ人の食材選びに基づいたベーグルの具材の特定など、マニアックな解読をした(それはそれで、とても楽しかった)。映画を観賞する際は、ロンドンの下町訛り全開であけすけに話すエイミーや、音楽一家のワインハウス家ならではウィット、今回の映画では憎めない設定になっている元夫ブレイクとのやり取りなど、会話にも注目してほしい。

3曲を例に出して、彼女のヒット曲の背景に迫ってみよう。

 

1. You Know I’ m No Good

2007年、アメリカでのデビューが決まったタイミングで日本盤もリリースされた。このとき、東京を経由して届いた歌詞を何度も読み返した記憶がある。言葉の選び方に、独特の感性が光っていた。単語ひとつひとつは難しくないのに、状況を読み取るのが難しい曲もあった。

もっとも悩んだのが『Back to Black』の2曲目、「You Know I’m No Good」だ。イギリス英語とアメリカ英語、ロンドンとニューヨークでは建物の作りが違い、歌詞に出てくる階がどうなっているか判然としないせいかと思ったが、彼女自身が陥っていた三角関係をひねった表現で歌っていため、その事情を知らないとピンと来なかったのが真相だ。理解するために、英語力よりも、人生経験のほうが必要なパターン。「私はダメ女だから」との自虐的なタイトル以上に、強烈な歌詞の一部をあらためて訳出してみよう。

[Verse 1]
Meet you downstairs in the bar and hurt
Your rolled up sleeves and your skull t-shirt
You say, “What did you do with him today?”
And sniffed me out like I was Tanqueray
‘Cause you’re my fella, my guy
Hand me your Stella and fly
By the time I’m out the door
You tear men down like Roger Moore
下のバーであなたに出くわしたのは痛かったな
あなたは袖を巻き上げて骸骨のTシャツを着て
「奴と今日、何をしてたの?」って
タンカレーのジンかなんかみたいに私を嗅ぎつける
私の仲間 彼氏だものね
ステラの瓶を私に手渡して飛び出して行った
私が外に出たら
あなたはロジャー・ムーアみたいに元カレを倒していた

[Chorus]
I cheated myself
Like I knew I would
I told you I was trouble
You know that I’m no good
またやっちゃった
自分で予想していた通り
私は問題児だって言ったよね
ダメな女だってわかってるでしょ

[Verse 2]
Upstairs in bed with my ex-boy
He’s in the place, but I can’t get joy
Thinkin’ on you in the final throes
This is when my buzzer goes
Run out to meet ya, chips and pita
You say, “When we married”
‘Cause you’re not bitter
“There’ll be none of him no more”
I cried for you on the kitchen floor
2階で元カレとまたヤってたんだ
彼は気持ち良さそうだったけど 私は全然
しまいにはあなたを思いながら果てた
そのとき家のブザーが鳴って
あなたの元へと飛び出して ピタのスナックを片手に
「俺たちいつ結婚するの?」だって
気にしていないんだね
「そうすれば奴はもう関係ないだろ」って
申し訳なくてキッチンの床で泣き崩れたの

セカンド・アルバム『Back To Black』が、ブレイクが前の彼女の元へと戻ってしまった時期を切り取った作品であるのは、広く知られる。だが、エイミーの方も負けずと奔放だったのだ。この曲では、ブレイクとつき合っていながら、元カレともズルズル会い続けている様子が赤裸々に歌われる。駆け引きと呼ぶにはあまりにも激しい展開で、想像では書けない歌詞だ。

浮気を知りながら、平然と結婚を口にするブレイク。その彼は、3つめのヴァースに出てくる仲直りの海外旅行でエイミーの脚に情事の痕跡があっても見て見ぬふりまでする。お似合いのふたりだといえるし、イギリスですでに有名なシンガーだったエイミーにたいして、ブレイクが固執していたとも取れる。ちなみに、エイミーは定職についていなかった彼を本気で身の回りを世話するマネージャーにしようとした時期があり、家族やマネージメントが全力で止めたそうだ。

 

2. Valerie

音楽に造詣が深いエイミーは、カヴァー曲の選び方も秀逸。トリニダード・トバゴの血を引き、レゲエのバックグラウンドをもつサラーム・レミとはその点でも気が合い、スカをベースにした2トーンのグループ、スペシャルズの「Monkey Man」もカヴァーしている。

ファンの間でとくに人気が高いのが「Valerie」だろう。2007年、エイミーと『Back To Black』を制作している間、マーク・ロンソンも自身のセカンド・アルバム『Version』をレコーディングしていた。彼はプロデューサーであるため、選曲とアレンジを担当し、仲のいいシンガーたちにカヴァーしてもらう構成だった。

「Valerie」は、エイミーが「最近、気に入っている曲」と提案したという2006年のイギリスのインディー・ロック・バンド、ザ・ズートンズのヒット曲。ローカル・ヒットしたオリジナルも、実際の出来事に基づいている。リード・シンガーのデイヴィッド・マッケイブから、飲酒運転で捕まったメーク・アーティストの女友達、ヴァレリーに向けた曲なのだ。冒頭を訳出してみる。

Well, sometimes I go out by myself
And I look across the water
And I think of all the things, what you’re doin’
And in my head, I paint a picture
たまに1人で出かけて
川の向こう岸を眺めるんだ
いろんな想像をしながらね 君が何をしているのかなって
頭の中で描きながら

Since I’ve come on home
Well, my body’s been a mess
And I’ve missed your ginger hair
And the way you like to dress
Won’t you come on over?
Stop makin’ a fool out of me
Why don’t you come on over, Valerie?
Valerie, yeah
家に戻って以来
ああ 俺の体調はぐちゃぐちゃ
君の赤毛が恋しいし
服の着こなし方とかも
うちに遊びに来てくれないかな?
俺をからかうのはいい加減にして
うちに来てよ ヴァレリー
ヴァレリー ねぇ

Did you have to go to jail?
Put your house on up for sale?
Did you get a good lawyer?
I hope you didn’t catch a tan
I hope you’ll find the right man
Who’ll fix it for you
刑務所に入る羽目になったの?
家も売りに出しちゃった?
腕のいい弁護士は雇ったかな?
日焼けしていないといいんだけど
いい男を見つけられるといいよね
すべてを解決してくれるような

歌い手は明らかに友情以上の気持ちをヴァレリーに抱いているけれど、パクられたばかりの彼女はおそらくこの男友達をほとんど気にしていない。ロック・ミュージシャンなのに、友達のヴァレリーのほうがぶっ飛んでいるのは笑える。切ない歌詞だけれど、ザ・ズートンズの軽快なロック・ヴァージョンも、マーク・ロントンとエイミーのレトロなソウル風味のヴァージョンもやけに明るい。エイミーは、ブルックリンのダップトーン・レコーズでダップ・キングスの面々と実際に演奏しながら歌って録音した。

マーク・ロンソンが、ザ・ローリング・ストーンズのロン・ウッドのインタビュー番組でこの曲ができた背景を語る映像があるので、興味がある人はぜひ。エイミーがこの曲を好んだ理由は明らかで、歌に出てくるヴァレリーと、赤毛で刑務所に出たり入ったりしていたブレイクが重なるため、感情移入しやすかったのだろう。語弊を恐れずに書くと、エイミーの歌唱に漂う「場末感」に向う見ずな若さが伴って、名作の青春映画のような色褪せない輝きを放っている。

 

3. Fuck Me Pumps

00年代前半は、ショービズやスポーツで名を挙げた有名人と、彼らのライフスタイルをまねする「ワナビー」が交錯するセレブ文化が爆発した。持ち物から遊びに行く場所まで、有名人のライフスタイルの情報収集は当たり前で、リアリティ・テレビに出演したり、有名人と交際したりとさまざまな「有名になり方」が広がった。また、そういった行動を嘲笑う姿勢もこの文化とセットだった。

キツい歌詞がウケやすいヒップホップ・カルチャーでは、“ワナビー”や“チキンヘッド”と呼ばれる追っかけをコケにするリリックはとても多かった。エイミーのファースト・アルバム『Frank』に収められている「Fuck Me Pumps」は、じつはサラーム・レミが土台を書いた曲だ。彼はマイアミに生息する、ある種の女性たちを歌詞にし、それを読んだエイミーがおもしろがって仕上げたとサラーム本人がインタビューで話している。ロンドンにもこういうタイプはいるな、とエイミーも思ったのかもしれない。冒頭の部分を訳出してみよう。

When you walk in the bar
And you’re dressed like a star
Rockin’ your “fuxx me” pumps
And a man notice you with your Gucci bag crew
Can’t tell who he’s looking to
‘Cause you all look the same, everyone knows your name
And that’s your whole claim to fame
Never miss a night, ‘cause your dream in life
Is to be a footballer’s wife
バーに来る女たち
スター気取りのファッションで
「ヤってよ」パンプスを履きながら
男たちも全員グッチのバッグの一団に気づくけど
誰が目当てかわからない
だってみんな同じなんだもの 名前だけは知られていて
それで自分は有名なんだって
一晩も欠かさずやってくる だって夢は
サッカー選手の妻になること

You don’t like players
That’s what you say
But you really wouldn’t mind a millionaire
You don’t like ballers
They don’t do nothing for ya
But you’d love a rich man six-foot-two or taller
浮気者は嫌いなのって
そう口では言うけれど
億万長者なら気にしない
遊び人は好みじゃないって
何にも感じないって言うけれど
185センチ以上の金持ちは大好きだよね

ずいぶんと意地悪な歌詞だが、おどけた調子でエイミーが歌うと時代を切り取る諷刺の曲となる。映画の中でこの曲を歌う場面は、有名になる前の彼女の様子が想像できておもしろい。

映画の公開後、本国イギリスやアメリカでは、まず主演のマリサ・アベラの演技が絶賛された。マリサ自身、歌は得意ではなかったのだが、監督のサム・テイラー=ジョンソンの要望に応え、実際に歌って歌のパートを演じている。4ヶ月ものあいだ、ヴォーカルとギター、そして動作と方言のコーチについて役作りに励んだ結果を、ぜひ映画館で観てほしい。

エイミーの歌は、彼女の魂が震える音であり、ときには悲鳴にも似た叫びになる。3曲を例に出して解説したように、実際の出来事とその時代の感情を鮮やかに歌詞に移し換えている。マリアは、これらの曲を自分の声で歌うことで彼女なりの「エイミー像」を作り上げることに成功したのだ。

Written By 池城 美菜子



『Back To Black: Songs from the Original Motion Picture』
2024年4月12日配信
日本盤CD:11月15日発売
CD / LP /Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



エイミー・ワインハウス『Back To Black』
2006年10月27日発売
CD /Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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