“ピアノ界の神童” の今: 24歳の世界的ピアニスト、ニュウニュウが語るこれまでの軌跡と新たな挑戦
6歳にしてリサイタル・デビュー、弱冠11歳にしてCDデビューを果たし、ピアノ界の神童として世界に名を轟かせたピアニスト、ニュウニュウ。日本では、人気漫画原作のテレビアニメ『ピアノの森』に登場する天才中国人ピアニスト=パン・ウェイの演奏を担当したことでも大きな話題を呼んだ。24歳になった今、ベートーヴェン作品と自身の作曲を結び付けたアルバム『ベートーヴェン:フェイト&ホープ』をリリースした彼に音楽ライター、高坂はる香さんがインタビュー。
—12歳での初来日から12年。来日のたびにいろいろな意味で成長した姿を見せてくれますが、今回は『ベートーヴェン:フェイト&ホープ』と題したアルバムでまた新たな一面を見せてくださいました。
この新しいアルバムは、僕にとって大きな意味があります。2020年からパンデミックにより人類は困難を経験していますが、同時に、心を落ち着けて考えるチャンスも与えられました。これまでの僕のアルバムは、1作目が『牛牛 プレイズ・モーツァルト』、2作目は『牛牛 プレイズ・ショパン』という感じでしたけれど(笑)、今回は特別なタイトルをつけました。そこには、人々を勇気づけたい、より良い明日のために、困難から学び、インスピレーションを得て発展していこうという想いがこめられています。
—子供の頃から注目され、10代後半で音楽をする意味に悩んだ時期もあるけれど、学びながら考え続け、今では迷いはなくなったそうですね。
はい、でもその探求には終わりがありません。人生が異なるステージに入るたび、外からの影響を受け、成長していけたらと思っています。子供の頃から注目していただけたことには、今もとても感謝しています。日本のお客さまの多くが、12年前から僕の演奏を聴いてくれている。人生における音楽の旅を一緒に過ごしているような、すてきな感覚があります。
—アルバムに込めたという人を勇気づけたいという想いは、以前からお持ちだったのですか?
収録されている《HOPE》を作曲した時には、その想いを強く抱いていました。2020年前半は次々とコンサートがキャンセルになり、何かを失ったかのような感覚がありました。でもそのとき、今こそ曲を書こうと思ったのです。作曲は子供の頃からの大切な趣味で、自分の音楽を分かち合うひとつの方法です。ジュリアード音楽院では作曲の勉強もしました。落ち込む気持ちや暗い時期を乗り越え、明るい未来に向かった自分の経験を生かし、若い人たちにパワーを届けたいと思いました。
▼「即興曲 第1番《HOPE(希望)》」
—ベートーヴェンの作品とあわせて自作を収録するのは、刺激的な経験でしたか?
あぁ…最初に曲を書いた時には、そんなこと考えてもいなかったんですよ(笑)。携帯で録音してYouTubeにのせたら、ユニバーサルの方が聴いて、アルバムに入れてはどうかと提案してくれたんです。ベートーヴェンの横によく自分の作品を置けるねという方もいますけれど(笑)、並べているつもりはないんです。
ベートーヴェンの音楽は、去年僕に最も大きな力を与えてくれました。彼は、家族の問題や病など多くの困難を経験しました。それでも音楽は、生涯を通じてどんどんすばらしくなっていった。痛みを感じるほどに、作品は偉大になっていく。一体どうしたらそんなことが可能なのか…そのインスピレーションを多くの方と共有したかった。困難はときに、私たちにより良い未来を与えてくれるのかもしれません。
—確かにベートーヴェンの作品の進歩の仕方は特殊かもしれませんね。もちろんどんな作曲家でも、晩年にはそのときならではの味わいが感じられますが。
そうなんです。例えば、交響曲第5番のピアノ編曲をしているリストの作品の変遷と比べても、違いますよね。ベートーヴェンの交響曲をこのレベルで編曲できるのは、優れたピアニストでもあったリスト以外にいません。「運命」のピアノ編曲版では、二人のレジェンドが結びつき、おもしろいものが生まれています。
▼「ベートーヴェン/リスト編曲:交響曲 第5番 ハ短調 作品67《運命》」
—5番の交響曲はこれまでにもオーケストラで聴いていたと思いますが、ピアノで弾いたことで新たに感じた魅力はありますか?
多くの方は、大編成のオーケストラのエネルギーを、どうしたら88の鍵盤で再現できるのかと思われるかもしれません。実際、最大のチャレンジは、普通のピアノ作品を凌駕する強いエネルギーを表現することでした。技術的に難しいうえ、肉体の強さ、スタミナも求められます。
一方で、ピアノにはオーケストラにない表現ができるのも真実です。一人だからこそ、80人の演奏家が集まった状態では難しい幅広い表現ができる。オーケストラの音楽をいかにピアノに移すかでなく、例えば第2楽章では、ピアノだからこそできる親密な表現を目指しました。
ベートーヴェンは優れたピアニストでしたから、彼が交響曲をピアノで弾いたらどうなっていたかを考えました。私たちの耳はオーケストラの響きになじみすぎていますが、ピアノではまた違った形で、しかし同等のインパクトを生み出すことができます。そしてそのインパクトは、コンサートホールで聴いたらまた印象が違うでしょう。
—では準備するにあたっては、オーケストラの演奏にインスピレーションを求めるというよりは、ピアノ編曲版の楽譜からイメージを作っていったのでしょうか。
いえ、もちろんオーケストラからのインスピレーショは第一歩として必要でした。はじめに観たのは、カラヤンが指揮する様子を収めた1980年代のドキュメンタリー映像です。彼がどう作品を解釈し指揮をしたかは、多くのインスピレーションを与えてくれました。とはいえ、それをただピアノでコピーしようとしていたら、これではオーケストラには及ばないと感じ続け、途中で行き詰まっていたでしょう。
そこでとった別のアプローチが、ピアニストの視点を大切にすることです。多様なアングルから作品を見直すことで、解釈もより有機的なものになったと思います。
—あわせて録音されているのは、ベートーヴェンの2つのピアノソナタ、《悲愴》と《月光》です。
どちらもベートーヴェンの異なる時期のキャラクターを示しています。《悲愴》の1楽章には若い怒りを感じたので、直接的な表現をしました。人間が感じる困難は、年齢によって変わっていきます。彼がこれを書いた頃、どのように困難を乗り越えたのかを考えました。
一方の《月光》には、よくあるロマンティックな解釈とは全く違うものを見出しました。リハーサルで1楽章を聴いていたマネージャーが、暗い思い出が蘇って落ち込んだといっていたのですが(笑)、まさにそれは僕が表現していたことです。この曲は、人と分かちあうことのできない、心の奥を探求する音楽だと思っています。…月光の下で湖のほとりを歩く情景の音楽だとは思っていません。
音楽にセンチメンタルなものが必要なときもありますが、時にそういった感情は、より重要な何かを覆い隠してしまうことになります。
—二つのソナタでも全く違う音を操っていますが、音色はどのようにコントロールしているのでしょうか?
簡単なことではありませんが、音は解釈の一つの要素として、最も重要なものだと思っています。例えばショパンを弾く時など特に大切です。なぜなら、ショパンがそこを重視していたと思うから。彼はパーカッション的、機械的な音を嫌い、弟子たちに、常にカンタービレで弾くように言っていました。作曲家ごとに求められる音は違いますが、そういう音の問題は、ピアニストとして私がいつも探究していることです。基本的には、通りがよく、丸く美しい音が好みです。
—今後の目標はありますか?
これからも、ピアニストとしてメッセージを届けるということを大切にしていきたいですね。重要なのは、音楽を感じてもらうこと。以前ヨーヨー・マさんが「音楽は、何かを誇示するためにあるのではない。聴衆はみな、あなたが自宅のディナーに招いたゲストのようなもの。彼らはあなたの料理を批評しに来るのではなく、一緒に過ごす時間を楽しむために来るのです」とおっしゃっていて、とても印象に残っています。
それまでの僕は、聴衆の心に何かを残さなくてはと思っているところがありましたが、重要なのはそこではないと気づきました。みなさんと時間を一緒に過ごすことを大切に、これからも活動を続けていきたいです。
Interviewed & Written By 高坂はる香
■公演情報
2022年1月16日(日)ニュウニュウ ピアノ・リサイタル2022
会場:文化パルク城陽 開演 14:00
2022年1月21日(金)& 22(土) すみだクラシックへの扉 #04
会場:すみだトリフォニーホール 開演 14:00
2022年1月23日(日) ニュウニュウ ピアノ・リサイタル2022
会場:琉球新報ホール 開演 14:00
2021年11月3日発売
ニュウニュウ(牛牛)『ベートーヴェン:フェイト&ホープ』
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