New Generation Pianists~クラシック界の新時代を代表する7人の若手ピアニスト

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世界的コンクールでの成績、カリスマ的な芸術性、独特なプログラミングなどを通して、若手ピアニストたちが多種多様に世界で活躍できる現代。そんな現代を代表する気鋭ピアニスト7人の代表作を網羅したアルバム『New Generation Pianists』が10月2日に発売となった。今作にピックアップされた世界的に活躍する20歳から30歳の若きヴィルトゥオージ7人は、ブルース・リウ、チョ・ソンジン、ニュウニュウ、ユリウス・アザル、イサタ・カネー=メイソン、ヤン・リシエツキ、そして、イム・ユンチャン。独自の表現を求めて挑戦し続ける、この7人の若手ピアニストたちの魅力とは?音楽ジャーナリスト、伊熊よし子さんによる寄稿。 


ブルース・リウ/Bruce Liu 

©Christoph Koestlin

 2021年第18回ショパン国際ピアノコンクールで優勝の栄冠に輝いたブルース・リウは、モントリオールでダン・タイ・ソンに師事しているが、この恩師も80年のショパンコンクールでアジア人初の優勝を果たしたことで知られる。それゆえ、先生と生徒がコンクールの覇者となったという、すばらしい結果を残すことになった。ダン・タイ・ソンは愛弟子ブルース・リウの音楽に対し、「太陽のような音楽」と称している。まさにブルース・リウの陽気でのびやかでスケールが大きく、豊かな歌を奏でるのにぴったりのことばだ。 

ブルース・リウは実に楽しそうにピアノと対峙し、からだ全体でショパンの音楽を表現する。もちろん、哀愁や慟哭や悲嘆にくれる表現も存分に示すが、その演奏は聴き手の心を高揚させる。現在は「バロック音楽にも興味があり、ハイドンやモーツァルトまでいろんな作品を弾いていきたい」と語る彼だが、録音ではJ.S.バッハやラモーが登場した。 

「僕はフランス生まれのためフランス音楽をぜひ収録したかった。ラモーは昔から大好きで、いい曲が多いため選曲は悩みました」

ブルース・リウはこうしたバロック音楽の場合チェンバロをかなり意識するそうだが、現代のピアノのよさを生かしたいと考える。 

「チェンバロ奏者で歴史に名を残すワンダ・ランドフスカとラルフ・カークパトリックが大好きで、昔から録音を聴いています。チェンバロは強弱表現が難しく、右手と左手を微妙にずらすなど独特の奏法が存在する。現代のピアノはより表現が豊かになり、自由です。僕はそれを存分に生かして演奏しています」  

ブルース・リーに似ているといわれ、自身でブルースと命名した。「でも、僕の方がハンサムでしょ」と笑う陽気で率直な性格。趣味も多い。それは「音楽と他のことをする時間のバランスをとることで、ピアノに向かったときに集中力が増すから」と明言する。チャイコフスキーも大好きという彼の新譜も注目だ。


チョ・ソンジン/Seong-Jin Cho 

©Stephan Rabold

2011年チャイコフスキー国際コンクール第3位入賞を果たしたチョ・ソンジンは、翌年からパリ音楽院でミシェル・ベロフに師事。このころから音楽は大きな変貌を遂げ、15年のショパン国際ピアノコンクールでは優勝の栄冠に輝いた。あれから9年、最近のチョ・ソンジンの活躍は目を見張る。24年6月の来日公演では、持ち前のクリアな美音と躍動するリズム、深々としたストーリー性を描き出す表現法、絶技巧を自然に奏でる技巧など、圧倒的なピアニズムを生み出した。24/25シーズンにはベルリン・フィルのアーティスト・イン・レジデンスにも就任している。 

デビュー当時のインタビューでは、シャイな表情を見せながらひたむきな答えを戻してくれたが、いまや堂々たる音楽家として作品の内奥に切り込み、聴き手の心に深い記憶を刻む音楽を奏でるピアニストに成長した。

チョ・ソンジンは若いファンも多い。彼らは「ピアノがこんなにもカッコいいと思わなかった」「しびれる」「息もつけぬほど集中する」「興奮した」と口々に語る。まさしくチョ・ソンジンの演奏は自然体ゆえに人々の心をとらえ、しびれさせ、耳と心をくぎ付けにする。 

 チョ・ソンジンの演奏を初めて聴いたのは、2009年浜松国際ピアノコンクールで最年少優勝を果たしたとき。当時16歳でショパンもシューマンも非常にナチュラルな演奏で、解釈は古典的で伝統を備えたものだった。もっとも印象を受けたのは、いずれの作品も完全に手の内に入っていること。それゆえ、作為的な面がまったく見えず、難度の高い箇所も楽々と弾き進めていく。その才能を高く評価しているのがチョン・ミョンフン。何度も共演を重ね、新たな世界へと導いている。 

「僕は音が柔軟性に富んだ叙情的で美しい―その音ですぐ名前がわかるようなピアニストになりたいのです。サンソン・フランソワやラドゥ・ルプーのような…」

まさに彼の磨き抜かれた美音は個性的だ。 


ニュウニュウ/Niu Niu

©hungmc

ニュウニュウは国際コンクールの出身者ではない。上海音楽院を経てニューイングランド音楽院の奨学生として付属高校で通常の学科を学び、週に2回音楽院でピアノのレッスンを受けていた。やがてジュリアード音楽院に進み、このころから世界各地のオーケストラとの共演を重ねていく。10歳で旧EMIクラシックスと契約し、12歳でサントリーホールとシンフォニーホールで演奏し、2017年にユニバーサルと専属契約を結んだ。 

「高校のクラスで留学生はふたりだけ。すべて英語で授業が行われるため、これが一番大変。日常会話はすぐに大丈夫になったけど、宿題も山ほどあってパソコンで先生に提出しないといけないため猛特訓し、そのおかげで英語を書くのがすごく速くなりました」 

最近、日本語が流暢に話せるようになり、すでに書くこともでき、才能を発揮している。 

「17歳のときにプラハでビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィルとドヴォルザークのピアノ協奏曲で共演したとき、大きな感動を得ました。そのときビエロフラーヴェクは、“本物の音楽家とはどういうものか”という精神を伝授してくれたのです。僕は子どものころから大人のなかで育ち、甘やかされていましたが、これ以来エゴをきっぱり捨てました」 

そんな彼が新たな世界を求めて録音したのがベートーヴェンの「運命」と坂本龍一の「エナジー・フロー」である。 

 「僕のヒーローはベートーヴェンと坂本龍一さん。ベートーヴェンの《運命》(リスト編)の最後に坂本さんの曲を収録しました。いまは作曲家が何をいいたかったのかを楽譜から読み取り、自分の存在ではなく作品の内奥に迫りたいと思っています。“音楽家は一生勉強”といわれますが、まさに勉強あるのみということを肝に銘じています。聴いてくださる方を温かく大きく包み込むような演奏をしたい。僕の心臓の鼓動と共鳴してもらえるよう聴衆と一体になりたいんです」 


ユリウス・アザル/Julius Asal 

©Michael Reinicke

ブラームス国際コンクールをはじめ、さまざまな国際コンクールの受賞歴をもつドイツ・フランクフルト出身のユリウス・アザルは、真のピアノ好きに愛される逸材である。 

彼の演奏するスクリャービンとスカルラッティの録音を聴くと、最初の音から心をわしづかみにされるような感覚を抱く。その強烈なインパクトは、けっして強音で勝負するわけでも、疾走するスピードで聴き手の心に刺激を与えるわけでもなく、それらとはまったく逆の静謐で清涼で叙情的なピアニズムであり、幻想的で夢想的で異次元の世界へと聴き手をいざなう解釈と奏法である。

ユリウス・アザルは、メナヘム・プレスラーが「唯一無二の美しい音色、比類ない音の響かせ方」と称賛した稀有なピアニスト。音楽素一家に生まれたアザルは、幼いころから独学でピアノと即興演奏を行い、やがてエルダー・ネボルシンに学び、現在はアンドラーシュ・シフに師事している。ドイツ・グラモフォンのデビュー・アルパムであるスクリャービンとスカルラッティは、まさしくプレスラーのことばを思わせる馨しい美音が全編を覆っている。 

アザルの弾く2種のスタインウェイのピアノは、1台が豊かでほの暗い響きを有しており、もう1台は透明感に満ちた明瞭な響きが特徴。いずれも19世紀から20世紀初頭の巨匠ピアニストがゆったりと奏ででいるような、えもいわれぬ懐かしさと哀愁に彩られ、夢の世界へと導かれていくよう。ピアノを聴く歓びに全身が満たされる。 

 2022年春、アザルは自身で編曲したプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」の録音をBISクラシカルからリリースしたが、23年にはドイツ・グラモフォンと専属契約を結んだ。 「ホロヴィッツが好き」と語る彼は、この巨匠が得意としたスクリャービンとスカルラッティで、新たな世界を築いている。最近では、「アルコン・トリオ」を結成し、室内楽の分野にも力を入れている。 


イサタ・カネー=メイソン/Isata Kanneh-Mason 

©Karolina Wielocha

イサタ・カネー=メイソンは、イギリスのカネー=メイソン7兄弟姉妹の長女である。弟のシェク・カネー=メイソンはチェリストとして名が知られ、ふたりは2023年12月に来日公演を行ったことも記憶に新しい。 

イサタはハイドン、モーツァルトからショパン、ブラームス、ガーシュインまで幅広いレパートリーの持ち主だが、ファニー・メンデルスゾーン、クララ・シューマン、エイミー・ビーチをはじめとする女性の作曲家に焦点を当て、独自のスタンスで彼女たちの作品に光を灯している「新時代のピアニスト」でもある。 

現在は欧米各地のオーケストラ、音楽祭に招待され、著名な指揮者との共演を重ねているが、その演奏は輝かしく斬新でひとつひとつの作品に新たな命を吹き込むもの。22年から23年にかけて、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団のアーティスト・イン・レジデンスも務めるという栄誉にも浴した。

2019年のアルバム「ロマンス/クララ・シューマンのピアノ音楽」はイギリスのクラシック・チャートで第1位を獲得し、グラモフォン誌はこの録音を「もっとも魅力的なデビュー作のひとつ」と絶賛している。これはイサタのデッカ・デビュー・アルバムで、生誕200年のクララ・シューマンに焦点を当てている。クララはイサタによれば「私の音楽におけるヒロインともいうべき存在」とのこと。物語性に富む特有のピアニズムを披露している。 

一方、ビーチの「バイ・ザ・スティル・ウォーターズ」のような録音には不思議な静けさが宿り、聴き手の想像力を喚起する。この「静けさ」こそ、イサタ・カネー=メイソンの特質が現われたもの。現代人は、一日中さまざまな音に耳がさらされ疲弊しているが、イサタの奏でるピアノの音はそうした耳を癒し、休ませてくれるもの。さらに柔軟性に富む音色の奥に潜む、作品のすばらしさ、作曲家の意図に気づくことの大切さを示唆する。これこそ、イサタのビアノを聴く歓びであり、醍醐味もある。


ヤン・リシエツキ/Jan Lisiecki 

©Stefano Galuzzi

ショパンを得意とする若手ピアニストは数多く存在するが、子どものころからショパンに親しんできたヤン・リシエツキはなかでも傑出している。彼のショパンはやわらかく美しい特有の響きを特徴とし、情感の豊かさが聴き手をショパンの世界へといざなう。しかし、作品によっては若々しいエネルギーが爆発、確固たる構成を備えた思慮深いピアノがショパンの内なる感情をリアルに表現する。  

「僕は子どものころから論理的なものが好きで、もっとも得意な科目は数学です。両親の話では、生後7カ月ころから歩き始め、話し始め、エネルギーが余っていて興奮して眠れないような子だったようです。そこで親の友人がアップライトピアノを貸してくれ、5歳でピアノを始めたらエネルギーが全部ピアノに向かうようになった。ずっと練習しているので上達も早く、学校の勉強にもエネルギーを注いでいたので飛び級してしまった(笑)」 

そんなリシエツキは13歳のころからしばしばワルシャワを訪れ、ショパンの作品を演奏し、さまざまなイヴェントにも参加。ショパンに対する思いを深めていく。2011年、15歳の若さでドイツ・グラモフォンと録音契約を結び、13年には『ショパン:練習曲 作品10&25』をリリースしている。

「以前、ワルシャワでエラールのピアノを弾いたことがあるのですが、ショパンの時代の楽器で弾くと楽に演奏できることに驚きました。きっとショパンは大きな音量や派手さを要求したのではなく、シンプルな美しさを追求したのでしょう。それを目指したいですね」  

リシエツキはメンデルスゾーンに関しても、その内奥へと迫っていく。「無言歌集」の録音ではハーモニーの微妙な移ろい、旋律の明快な存在感、繊細で流麗なタッチなどがメンデルスゾーンの特質を現し、作曲家が絵画を愛したことにつながる面を示す。そうした音楽と美術がリンクしていることに着目し、古典的でロマンの薫りにあふれる美しさを披露している。


イム・ユンチャン/Yunchan Lim 

©James Hole

近年、国際ピアノコンクールにおいて、韓国の若きピアニストの台頭が著しい。2022年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールにおいて、史上最年少の18歳で優勝したイム・ユンチャンもそのひとり。彼はコンクール後に何度か来日し、リサイタルでショパンの「練習曲」を披露したり、ミハイル・プレトニョフ指揮東京フィルのソリストとしてベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を演奏している。そのときの会場の熱狂がすさまじい。韓国から聴きに訪れるファンも多く、ホールは拍手喝采と「ブラヴォー」の声にあふれ、まさに「ユンチャン劇場」が展開される。しかし、当の本人は演奏にひたすら集中し、表情はクールで落ち着いている。 

ユンチャンの演奏はショパンもベートーヴェンも非常に情熱的でドラマティックだが、その奥に楽譜をていねいに読み込んだ真摯な目が備わり、ひとつひとつの音が彼のことばとなり、語りとなり、静けさのなかに雄弁さが潜み、聴き手の心にゆっくり浸透してくる。 

「僕は古い時代の音楽家の演奏を好んで聴いています。とりわけ好きでずっと聴き続けているのは、イグナーツ・フリードマンのショパンの録音です」 

好みを聞いているととても渋く、真のピアノ好きに愛好される人の名が次々に登場する。「歴史に名を残す名ピアニストとしては、ワルター・ギーゼキング、ウラディーミル・ソフロニツキー、アルフレッド・コルトーの演奏も大好きです。夢は、彼らのような聴き手の心に深い印象を残すインパクトの強いピアニストになることです」 

イム・ユンチャンは韓国国立芸術大学を経て現在はニューイングランド音楽院において、13歳のときから師事しているソン・ミンスのもとでさらなる研鑽を積んでいる。ヴァン・クライバーン・コンクール優勝後は、欧米各地でさまざまなオーケストラとも共演。「深い音楽性」と称された音楽に磨きをかけている。 

Written by 伊熊よし子(音楽ジャーナリスト) 


■リリース情報
New Generation Pianists
2024年10月2日 発売 
CD / Apple Music / SpotifyAmazon Music /  iTunes 


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