ビジネスマンの新常識。第一線で活躍する、あの人とクラシック【第1回:丸山珈琲社長 丸山健太郎】
ビジネスの最先端で活躍する企業のトップにしてクラシックをこよなく愛する方々から、クラシックの魅力やビジネスとクラシックの関係をお聞きするシリーズ。
日本クラシックソムリエ協会代表理事 田中 泰さんによる寄稿、その連載第1回。(第2回)
第1回目となる今回は、「株式会社丸山珈琲」代表取締役社長、丸山健太郎氏にお話を伺った。2020年のベートーヴェン生誕250年のメモリアルイヤーには、“毎朝必ず60粒のコーヒー豆を数え、それを自身で挽いてコーヒーを淹れていた”というベートーヴェンの逸話に触発され、『ベートーヴェン✕丸山珈琲 スペシャル・ブレンド(深煎り)』を世に送り出した丸山社長。
根っからのクラシック好きという噂は本当だった。クラシックの素晴らしさに目覚めた幼い日から現代に至るまでのクラシック遍歴は、今回のお題でもある『クラシック名曲百貨店』に居並ぶ名盤の数々を辿るが如し。カタログを見つめる眼差しは、さながら少年のような趣だ。
ピアノは小2から中3まで
小学校2年生のときにピアノを習い始めました。すでに妹がやっていて、僕はいやいややらされた感じでしたが、楽譜が読めるようになったので、小・中学校の音楽の授業は楽ちんでした。小学校3、4年の頃、同級生の男の子から「ベートーヴェンの交響曲いいよね」なんてことをいわれて興味をそそられ、自分でもLPを買ってきたのです。
最初の1枚は、シャルル・ミンシュが指揮したベートーヴェンの交響曲第5番『運命』でした。その後スメタナの『モルダウ』なども聴くようになって、徐々にクラシックに親しんでいったのです。
バッハを好きになった理由とは
“聴く”という意味では、20歳の時に体験したイギリスでの出来事が印象的でした。当時付き合っていたアメリカ人の彼女と現地で別れてしまったのです。僕自身ぼろぼろになってしまったのですが、そのまま日本に帰るのもしゃくで悶々としていたところ、押し入れの奥でクラシックの名曲ばかりを収めたカセットテープを見つけたのです。
この中に入っていたバッハに癒やされた経験は忘れられません。どん底のときに聴くバッハは最高ですね。それ以来バッハが好きになったのです。バッハの音楽は構造感が素晴らしいと思います。
腕の立つピアニストが弾くバッハを聴いていると、声部が浮き立つことで気分がハイになってきます。『パルティータ』などでは、サラバンドなどの舞踊のリズムからグルーヴ感が感じられます。脳内麻薬が出る感じでテンションが上がります。これが後になって効いてくるんですよね(笑)
クルマの中でもバッハ
仕事柄、軽井沢との往復が多いのでクルマの中で音楽を聴く機会も多いです。よく聴いているのはバッハの『ゴルトベルク変奏曲』かな。この曲を好きになるきっかけはご多分に漏れずグレン・グールドでした。その後ケンプやシフの演奏もよく聴いていましたし、バレンボイムのライヴ録音も好きです。
チェンバロでは、レオンハルトやスコット・ロスの演奏を聴いていました。変わったところでは、キース・ジャレットの演奏かな。チェンバロは好きなのですが、聴き続けていると音の華やかさに疲れることがありますね。その意味では、無駄をそぎ取ったピアノの演奏が好きです。ずっと聴き続けていられるというのはいいですね。
バッハの『パルティータ』は、アラウの晩年の演奏が心に沁みます。
奥さんと息子さんを相ついでなくした後のコンサートで、最後に弾いたのが『パルティータ第2番』だったように記憶しています。80歳代の演奏なので、危なっかしいところもありますが、心に染みるのです。以来、僕にとって『パルティータ第2番』は特別な曲になっています。クラシック音楽の楽しみは、作品もさることながら、演奏者の背景にある物語ですね。それを含めて聴くのが好きです。
クラシック音楽と珈琲の接点は
軽井沢の本店では、オープンしたときからずっと常にクラシックを流しています。珈琲を飲むときの気分や雰囲気は重要です。その場の空気感を作ってくれるのが音楽だと思うのです。
ここで一番多く流しているのが、ブラームスの『間奏曲集』です。アファナシエフによるゆったりとしたテンポ感のアルバムがBGMに最高なんです。友達同士の楽しげなグループが入ってきたときにはモーツァルトの「ヴァイオリン協奏曲」とかですね。
Barのように、お客様に合わせて音楽を変えたりするのが楽しみです。たまたま窓際のカウンター席に座られた方のためにマーラーの『アダージェット』を流したときには「この曲、久しぶりに聴きました。いやあ、困りましたねえ…」なんて涙ぐまれていたことがありました。軽井沢にはさまざまな想いを持って来られる方が多いようです。
30の変奏曲を珈琲で表現してみたい
珈琲とバッハのコラボも楽しそうですね。例えば『ゴルトベルク変奏曲』の第1変奏から第30変奏までをテーマにした珈琲を作ったら面白いかもしれません。かなりマニアックですけど、統一的なテーマの豆に30のヴァリエーションを加える感じです。
僕にとって無人島に持っていく1曲が『ゴルトベルク変奏曲』なのです。この曲にはバッハの様々な要素が含まれていますよね。悲しい変奏もあれば快活な変奏もある。いろいろな表情が楽しめるので飽きが来ないのも珈琲とのコラボにぴったりかもしれません。
コンクールにも通じる珈琲の審査とは
今年はショパン・コンクールの年ですが、コンクールでは毎回騒ぎがありますね。僕も珈琲の品評会で審査をします。審査というのは、結局どこから見ても隙のないものが選ばれるのです。
私の妻はバレエ教師で、次男もバレエの道に進みましたが、バレエのコンテストも同じです。本来、バレエは1つの作品、数時間の幕ものを演じる中で観客を満足させなければいけないのですが、コンテストの場合は数分です。
そこで「あなたは才能があるから伸ばしましょう」という考えなのでしょうけれど。それが全てではありません。長い年月が経ってどうなるかはわかりません。珈琲の審査も同様で失敗が許されないわけです。欠点や癖が出てしまうと平均点が下がってしまい、間違いのないものが残るわけです。
でも、良いものは荒削りだったり、間違いだってあるじゃないですか。マーケティングやブランディング、さらには多くの人に知ってもらうという意味においてコンクールや審査は重要だと思いますけれど、そこが問題ですね。
日本は、クラシックも珈琲も世界有数
その昔大橋巨泉が「クラシックは、みんなが同じものを演奏するわけだからどれでも同じでしょう」と言ったのを聞いて、それは違うと思ったことがあります。中米の珈琲の生産地に行った時のことですが、朝昼晩似たような食事が出てくるのです。
とうもろこしのトルティーヤと肉と芋か野菜ですね。僕は、作る人や家によって味も違うと思って楽しんでいたのですが、ある日本人が「こっちは毎日3食同じ食事でげんなりする」というのを聞いてびっくりした記憶があります。
クラシックも同じで、曲は同じでも演奏者の考えや個性が反映されていますからね。それを楽しむということです。味覚と聴覚というのは意外に似ているのではないかと思っています。そして日本は、クラシックも珈琲も世界有数の大国ですね。
歴史や文化への造詣が深いと思うとなんとなく見直してしまう
最後にクラシック音楽を嗜むことによるビジネス上のメリットについて聞いてみた。
相手もクラシック音楽が好きなことがわかると急に近しくなったりしますね。個人的には、すごくイケイケでヘヴィメタ好きかなくらいに思っていた社長さんに「ドビュッシーが好きなんです」なんて言われるとギャップ萌えしてしまいます(笑)。とのこと。
珈琲とクラシック音楽に関する丸山社長の今後の展開が楽しみでならない。
Written and Interviewed by 田中 泰
■「クラシック百貨店」からのおすすめの1枚
カール・リヒター『J.S.バッハ: ゴルトベルク変奏曲』
2021年6月23日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify
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