ラン・ラン最新インタビュー:ウォルト・ディズニー社100周年を記念した新作『ディズニー・ブック』について語る
2023年はウォルト・ディズニー社100周年のメモリアル・イヤーだ。それに先立ってリリースされたラン・ランの『ディズニー・ブック』は、ディズニー映画の数々の名曲が、ラン・ランの独奏のみならず、豪華なアーティストたちとのコラボレーションによって彩豊かに収録されている。グローバルな活躍の目覚ましいスーパー・スター、ラン・ランが届けるディズニー・アルバムに、彼はいったいどんな思いを込めたのだろうか。クラシック音楽ファシリテーター、飯田有抄さんによるインタビュー。
——ラン・ランさんとアニメーションといえば、子ども時代にご覧になった『トム&ジェリー』で、トムが弾く「ハンガリー狂詩曲第2番」にインスパイアされたというエピソードがよく知られています。ディズニー作品の中でも、とくに思い出深いものはありますか?
子どもの頃に初めて見たディズニー映画は『白雪姫』でした。音楽がもっとも印象深かったのは『ピノキオ』ですね。『ピノキオ』は、嘘をついたら鼻がどんどん高くなってしまうというお話も、子ども心にとても響きました。中国では日本のテレビ番組も放送されていて、『一休さん』や『ドラゴンボール』も見ていましたし、いろいろなアニメを見て育ちました。
今回のアルバムを制作するにあたって、当初はディズニー・アニメだけではなく、いろいろなアニメーションの音楽も視野に入れていたのですが、やはり一つのアルバムとしてまとめるにはテーマは必要だと考え、今回はディズニーでまとめることにしました。ディズニー映画はどの作品も、心温まる精神性の高いものばかりですね。
ところで、リストのハンガリー狂詩曲第2番は、僕の大好きな『トム&ジェリー』の作品だけでなく、ミッキーマウスの古いアニメでも登場しているんですよ。ミッキーとピアノ椅子との闘いみたいなお話で、あのラプソディが登場するんです。
ラン・ラン:『ディズニー・ブック』トレイラー映像
——ラン・ランさんは、13歳の時にコンクールで優勝されたご褒美として、東京ディズニーランドを訪れた思い出があるそうですね。
子ども時代の最高の思い出です!仙台で行われた「若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール」でした。優勝のご褒美は何がいい?と聞かれ、ディズニーランドに行くのが夢だと言ったら、コンクールの主催者の方がプレゼントしてくれたんです。僕だけでなく、両親やピアノの先生、そしてなんと僕の学校の校長先生まで招待してくださって、みんなで行くことができました。ピアノの先生は60代でいらしたけれど、僕とたくさんのアトラクションを回ってくれました。
ミッキーやグーフィーなどのキャラクターが目の前に現れて、握手したり一緒に写真を撮れてすごく嬉しかったですね。とても感動したのは、 あちこちに設置されていたスピーカーから、大好きだったディズニーの音楽が絶えず流れていたことです。『小さな世界』『メリー・ポピンズ』や『ピノキオ』など、ディズニー作品の中でもわりと古典的な曲がほとんでしたが、あの時に耳にした音楽に大きく心を動かされました。
ラン・ラン:「小さな世界」(『ニューヨーク・ワールドフェア』から)
——ディズニー作品の音楽はヴァラエティに富んでいますね。それぞれに何か共通する美学のようなものを感じることはありますか?
今回のアルバム作りに際して、ディズニーのライブラリアンの方にお話を伺いながら、ウォルト・ディズニー自身についてや、ディズニー映画の歴史についても調べてみました。ウォルト・ディズニーという人は、クラシック音楽を深く愛している人だったようです。とりわけ『ファンタジア』(1940年)という作品で、ストコフスキー指揮、フィラデルフィア管弦楽団とのコラボレーションでよく知られていますね。
このアルバムではしかし、ウォルトが使った既存のクラシック作品というよりも、ディズニーのオリジナル作品でまとめる方向で考えました。ディズニーの音楽に共通する特徴があるとすれば、非常に感情に満ち溢れているということ。センチメンタルだったり、メランコリックだったり、深い愛情に満ち溢れていたり、楽しさで輝いていたり。それはクラシック音楽のもつ精神性とも通ずるところだと思います。ショパンやリストやドビュッシーやガーシュウィンの音楽にも見出されるような精神性。それらを大切に表現していきたいと思いました。
ラン・ラン:「2ペンスを鳩に」(映画『メリー・ポピンズ』から)
——このアルバムでは、素敵な共演者の皆さんとのコラボレーションや、彩豊かなアレンジにより、ディズニーの音楽の素敵さが、また一段と広がっているように感じました!
多様性を大事にしたいと考え、さまざまなアレンジで演奏しています。クラシック音楽との結びつきでいうと、『アナと雪の女王』の「レット・イット・ゴー」はまるでリストのピアノ協奏曲なアレンジですし、『マペット・ムービー』の「レインボー・コレクション」はショパンやサティのワルツ風に仕上げています。また『メリー・ポピンズ・ファンタジー』は、まさにリストのハンガリー狂詩曲第2番のような、しかもホロヴィッツ編曲版風に超絶技巧バリバリで演奏しています。
テノールのボチェッリさんは『ターザン』の「ユール・ビー・イン・マイ・ハート」をイタリア語で歌ってくれました。オペラのような世界が広がります。『ダンボ』の「ベイビー・マイン」はドビュッシー風に、淡く美しい印象派風にしました。『ライオン・キング』はところどころでラフマニノフのピアノ協奏曲のような響きを感じていただけると思います。
全体に甘すぎる雰囲気に偏らせたくはなかったので、ラテン風の音楽や異国風の香りも入れたいと思い、『ミラベルと魔法だらけの家』の「秘密のブルーノ」はピリッとしたスパイスを効かせたアレンジですし、セバスチャン・ヤトラが歌う「2匹のオルギータス」も、ある種のラテンのリズムを感じさせてくれます。
ジョン・バティステがヴォーカルで参加してくれた『ソウルフル・ワールド』の「イッツ・オールライト」は、ニューオーリンズのジャズ風に仕上げています。「リメンバー・ミー」はミロシュのギターとの共演ですが、まるでスペイン語で語るような演奏です。またオリエンタルな響きも取り入れたいと思い、僕の友人であるグォ・ガンの歌うような二胡とコラボして『ムーラン』の「リフレクション」を演奏しました。
ラン・ラン:「レインボー・コネクション」(映画『マペット・ムービー』から)
——今回はラン・ランさんの妻であるピアニストのジーナ・アリスさんも、ヴォーカルで参加されていますね。魅力的な声と表現力に驚かされました!
息子が誕生したばかりでしたので、若い人たちの未来に向けた願いをこめて、この作品を収録しました。実はアリスは『アナと雪の女王2』の中国語吹き替え版の歌で参加しておりまして、ディズニーとのコラボレーションは二度目なのです。今回の録音も私たちにとって挑戦でしたが、彼女の歌は素晴らしい!とみなさんが驚いてくれて嬉しいです。
——ジョン・バティステさんとセバスチャン・ヤトラさんは、映画の原作でも歌っているミュージシャンですね。ラン・ランさんとのコラボレーションで、また新しい作品の一面が感じられました。
ジョン・バティステさんとは、2018年のアルバム『ピアノ・ブック』の頃に知り合いました。彼は当時、今ほどは忙しくなかったので、モーツァルトの「きらきら星変奏曲」の2台ピアノバージョンをニューヨークで共演したこともありました。その後彼は、まさに『ソウルフル・ワールド』の劇中歌とエンドソングで一躍有名になりましたが、今回のアルバムに声をかけたところ、ぜひやろう!と言ってくれました。でもせっかくなら、何か新しい特徴を持たせようという話になり、二人でニューヨークでセッションをして今回のバージョンに仕上げました。
セバスチャン・ヤトラさんも、今やラテン・アメリカで大人気のミュージシャンですが、ピアノとの共演は初めてということで、今回のコラボレーションとその成果をとても喜んでくれました。
——ロバート・ジーグラー指揮、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との共演はいかがでしたか?
ジーグラーさんとは初めての共演でしたが、映画音楽の経験が豊かな方なので、素晴らしい体験となりました。オーケストラも、リハーサルから集中度が高く、繊細さの行き届いた演奏をしてくれました。きっとオーケストラの皆さんもそれぞれに、ディズニー作品への思い出や、そこから受けた感動などがあったのかもしれませんね。通常のピアノ協奏曲の演奏と同じくらいに壮大で真摯な演奏をしてくれました。
ラン・ラン:「美女と野獣」(映画『美女と野獣』から)
——最後に、リスナーの皆様へのメッセージをお願いいたします。
このアルバムを通じて、より多くの方にクラシック音楽のスタイルに親しんでいただきたいですね。皆さんのよく知るディズニー音楽との掛け合わせによって、クラシック音楽のもつ繊細さや奥深さへの橋渡しをしたいという思いも込めています。ヴァリエーションに富んだ作品が入っていますが、これらの音楽が皆様の思い出とリンクしたり、新しいインスピレーションや勇気の源になってくれたら嬉しく思います。
Written By クラシック音楽ファシリテーター 飯田有抄
■リリース情報
ラン・ラン『ディズニー・ブック』
2022年9月16日
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