【ライヴ・レポート】シベリウス・プログラムで起きた「マケラ・マジック」とは?
27歳の若さにして、パリ管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団など世界中の名門オーケストラから熱烈なオファーが殺到する注目の若手指揮者、クラウス・マケラ。
昨年のパリ管弦楽団とのツアーに続き、24歳で首席指揮者に就任したオスロ・フィルハーモニー管弦楽団とともに全国6公演(東京・静岡・愛知・大阪・熊本)の日本ツアーを実施した。
10月24日(火)サントリーホールで行われたプログラムについて、音楽評論家・木幡一誠さんによる公演レポート。
「凄いものを聴いちゃったなあ……」と語る声が耳に入った。2023年10月24日のコンサートの終演後、サントリーホールを後にして夜のアークヒルズに足を踏み入れたときのこと。筆者にとっては見ず知らずの方々だけど、しかし彼らが感激を分かちあっているその場所が「カラヤン広場」という名前を抱いているのも、次代を担う偉才クラウス・マケラにとっては象徴的な話だったと思う。
プログラムはシベリウスの交響曲第2番と第5番。2020年から首席指揮者をつとめるオスロ・フィルとのデビュー・レコーディングとして、シベリウスの交響曲全集に取り組んだマケラにとっても、このオーケストラと果たす初来日とくれば期するところ大に違いない。そして実際、彼の母国フィンランドが生んだ交響曲作家が我々の想像以上に“凄い”存在であることまで伝わる快演だった。
高い解像度と自然な音楽的呼吸
マケラとのインタビューでシベリウスの解釈に話題が向いた際、同胞のフィンランド人指揮者の間でもアプローチにかなりの幅があることを彼は指摘し、理由のひとつとして「背景の声部にまで音符が多いこと」を挙げていた。
それをどう扱うかで、確かに演奏の印象は変わる。特に弦楽器セクションは、同音を細かく刻む音型や、「ミレドレミレ……」などと旋律の芽を宿した細胞のような動機を急速に(そして少しずつ姿を変えながら)反復するパッセージが頻発。それを克明に、ほとんどグラフィックな解像度の高さまで感じさせる形でマケラは処理しながら、旋律パートとの音楽的な呼吸感を自然な美しさで整えていく。複数の構成要素が併置され、それが互いを導き合い、場面転換の機微を担うような場面になればなるほど「マケラ・マジック」は本領発揮。
それゆえ第2番の第1楽章が、刻々と風景を変化させるロードムービーさながらに鳴り響き、なおかつ(たとえは悪いが)パソコンやスマホの上の動画のような趣にとどまらず、北欧風の叙情味や田園情緒まで存分にふりまいてみせるのだ。
続く第2楽章へマケラはあまり間を置かずに進んだ。沈着かつ克明な音楽運びのもと、叙事的な音の流れと内面的な感情の起伏が、テーマが回帰するつど深度を増すような演奏設計。いわば先行楽章と対をなす形で、そこで展開されていた事象の背景をなす、ある種の神話性まで備えた精神世界が浮かびあがる。
そしてそんなアプローチに、共感に満ちた演奏で応えるオーケストラ。隅々まで統率のとれた、ボウイングの動きひとつとっても本気度が半端でない弦楽器セクション(どこか骨太な面も備わるサウンドが、シベリウスによく似合う)。自発性に富む表情が随所で魅惑を放つ木管セクション。カッチリとした響きで喨々たるハーモニーを堪能させる金管セクション。そしてときに大胆なまでの強打を駆使しながら、その存在感が決して過度に映らないティンパニ……。
後半の2楽章でも、蜜月状態にある指揮者と楽団の姿が胸に迫った。最後のニ長調のコードが輝かしくも温かくホールの空間を満たした直後に、幾人かの首席奏者が浮かべていた、本当に達成感のある笑顔が忘れられない。
交響楽作家としての進境、そして原点。
休憩をはさんだ後は第5番。曲の長さや知名度の高さからすれば第2番を後に置くプログラムが普通かもしれない。白状すれば筆者も当日までその形を予期していた。しかし演奏に接して納得。シンフォニストとしてのシベリウスがいかなる進境を刻み、音楽が深化を遂げているか、自らの演奏でおのずと解き明かされるとマケラは信じていたのだ。この順番で聴いてこそ意味がある、と。
第1楽章の前半は、木管とホルンで始まる導入部こそメロディアスな美観に富んでいるが、その後はテーマを形成する素材がかなりのところ断片的で(第2番と比べれば、息の長い旋律線で耳にとまる場面が少ない)、そこに前述のような音符の多い背景声部がからむ。
けっこう難解な書式だが、持ち前の解析力と合奏統合術にモノをいわせ、それを三次元的バランスでマケラは整えていく。なおかつ人工建造物的な冷たさに陥りもしない。やがてファゴットが奏でる独白調の謎めいたソロに対して、弦楽器の反復動機がまるで樹木の小さな葉が風に震えるような風情で背景音を添える場面は、一夜のコンサートでも際立って記憶に残ったものだ。そこに続く推移句から音楽が躍動感と実体感を増し、楽章後半のスケルツォの動機が晴れやかに導かれる過程の、なんという見通しの良さ……。
変奏曲として書かれた第2楽章は、テーマの周囲に立ち込める持続音の温度感や空気感への目配りが行き届き、その変化が刻々と季節の移ろいまで描き出していく。弦楽器と木管楽器が交わす麗しい交歓の図式は終楽章でも大いに魅力をふりまき、金管楽器を主体に導かれるクライマックスも、表面的な効果を狙わないがゆえに効果絶大に響くという言葉の見本である。
鳴りやまぬ拍手に応えたアンコールが「レンミンカイネンの帰郷」。シベリウスの原点ともいえる初期作品をここまで痛快に鳴らし切ってくれれば文句なし。そしてこの曲に、書式こそ粗いが魅力的な音素材と、同じ作曲家の後期作品に再登場を果たすような語法の両方が備わっていることまでマケラは教えてくれた。作曲家シベリウスの再認識を迫る内容のコンサートである一方、聴取体験としてはひたすら楽しい。こんな指揮者の時代がやってきたのだ。
Written by 木幡一誠
■リリース情報
2022年10月5日発売
CD / Apple Music / Spotify /Amazon Music / YouTube Music
クラウス・マケラ『ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》《火の鳥》』
2023年 3月 24日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify /Amazon Music
■アーティスト情報
クラウス・マケラ
1996年フィンランド生まれ。12歳からシベリウス・アカデミーにてチェロと指揮を学ぶ。若くしてスウェーデン放送交響楽団の首席客指揮者に就任したほか、これまでにフィンランド放送響、ヘルシンキ・フィル、ライプツィヒ放送響など、一流オーケストラと共演し、「数十年に一度の天才指揮者の登場」とも評される大成功を収める。
2020年、24歳の若さでノルウェーのオスロ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任、北欧を代表するオーケストラが24歳の指揮者をシェフに選んだことはクラシック界で大きな話題を集めたが、そのポストに加え、翌2021年のシーズンからは、数多くの名指揮者の薫陶を受けた名門パリ管弦楽団の音楽監督にも就任。
さらに、2027年のシーズンからオランダの名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者への就任が発表されている。指揮者としてはほぼ前例がない若干20代前半での一流オーケストラからの高評価と重要ポストのオファーに世界中の音楽ファンから驚嘆と賞賛の声があがっている。
- クラウス・マケラ アーティスト・ページ
- クラウス・マケラ オフィシャル・ページ
- 若手指揮者、クラウス・マケラとパリ管によるアルバム『ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》《火の鳥》』3月24日リリース
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