角野隼斗、ヴィキングル・オラフソンにインタビュー。音楽表現に影響を与えたその背景、魅力、未来を紐解く
2019年英グラモフォン賞「アーティスト・オブ・ジ・イヤー」、2020年ドイツ「オーパス・クラシック賞」器楽録音(ピアノ)部門など世界的な音楽賞を受賞し、現在ストリーミング総再生回数5億回越えを記録する、現代を代表するピアニスト、ヴィキングル・オラフソン。そのヴィキングル・オラフソンとピアニスト角野隼斗の対談が実現した。
ピアニスト角野隼斗はクラシック音楽を、自身による編曲やリコンポーズで再構築する表現するスタイルで、現在開催中の全国コンサートツアー“Reimagine”では、ステージ上にグランド・ピアノともう一台、アイディアと工夫を凝らしたアップライト・ピアノを用意、その音楽表現は多くの聴衆を驚かせ感動させている。その角野隼斗の方向性、音楽性に多大な影響を与えたのがヴィキングル・オラフソンだ。
『BBC Proms JAPAN』のリーディングナビゲーターを務めた角野隼斗は昨年8月に取材で英国ロンドンを訪問。その足でスコットランドにて開催中のエジンバラ・フェスティバル会場も訪れ、ヴィキングルとの初対面を果たした。
“ポスト・クラシカル”と呼ばれる音楽世界に、ファンとして、また自身もピアニスト、表現者として興味津々の角野隼斗が、ヴィキングル・オラフソンのルーツやバックグラウンド、魅力、未来を問うインタビュー。
角野:こんにちは、初めまして!オラフソンさんのことを、音楽やアートワークの印象からクールな人かと思っていたのですが、温かい人で安心しました(笑)
ヴィキングル:初めまして、ありがとうございます。“ヴァイキング”を連想させる“ヴィキングル”という名前や、荒涼としたアイスランドの風景が写ったジャケットのせいかもしれませんね!
角野:今日はファンとして、そしてもちろんピアニスト・音楽家として尊敬するオラフソンさんにお話しを伺いに来たのです。オラフソンさんは、伝統的なものと新しいもの、その両方に取り組んでいますが、そのモチベーションはどこから来てるのでしょうか?
ヴィキングル:伝統を基にそこに新しいものを加えることは、昔からバッハやモーツァルトが即興演奏を通じてやっていたこと。しかし今ではなぜか、演奏家と作曲家が分かれてしまい、それがやられなくなってしまった。大好きなピアニストのグレン・グールドが言ったように、“クラシック音楽の悲劇”は、演奏家が作曲家でもある努力をしなくなってしまったこと。
大作曲家のラフマニノフが演奏する大作曲家ショパンの曲は“まったくのオリジナル”になるので素晴らしいですよね!?自分がやりたいことを自由にやるべき、やりたくなければやらなければいいだけのこと。自分の情熱に従うことなのです。
角野:そのオラフソンさんの、子どもの頃からの音楽的な影響とバックグラウンドについて教えていただけますか?
ヴィキングル:私の生まれ育ったアイスランドには、日本と同じように美しい火山そして噴火さえ現在もあります。大きな島なのですが人口は少ないのです。そこでは音楽のマーケットやその業界も小さいのですがその密度はとても濃いと思います。17世紀以来、この厳しい風土の中でアイスランド人は歌ったり一緒に音楽をつくったりしてきたのですが、いわゆるクラシック音楽に親しむようになったのはたかだかここ100年のことです。
私自身は3歳からピアノに触れ始めたのですが、10代の頃はジャズ・バンドで演奏し、あらゆる種類の音楽を聞いて育ちました。アイスランドは人が少ないため皆で協力(音楽でも)し合わなければならないんですよ。ある日は交響楽団で演奏し、別の日はロック・コンサートで演奏するといった具合に自由な行き来があるんです。
そして5歳からピアノのレッスンを始めました。私の母はピアノ教師、父は建築家で作曲家、ですので家には音楽が溢れていました。居間にはグランド・ピアノ、寝室には古いアップライト・ピアノがあり、そのサウンドがとてもソフトで親しみがあって大好きでした。私が即興演奏やリワークで演奏しているピアノにちょっと似ている気がします。外国には数えるほどしか行ったことがなかったのですが、18歳でニューヨークのジュリアード音楽院へ入り、それから6年間を過ごしました。カーネギーホールやメトロポリタン歌劇場、ニューヨーク・フィルの演奏会に通ったのは素晴らしい経験です。
そうそう思い出しました。当時はお金がなかったので、メトロポリタン歌劇場にただで入る方法を考案したのです(笑)。お金持ちのお年寄りは第1幕が終わると決まって帰るので、出てきたところを見計らって近づき頼んで券を譲ってもらっていたんです。だからオペラのエンディングは全部観られた!いい思い出です(笑)。
その後、5歳からずっと続けてきたピアノ・レッスンをやめました。3年間はコンサートもほとんど開かず“独学”で自分の音楽に取り組むことに。その間は独り家で、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンを練習しました。そうやって自分を分析し、自分で録音をし、自分の長所・短所を理解し、自分を向上させることに努めてきたのです。
頻繁に演奏するようになったのはドイツ・グラモフォンと契約してからです。人からは若いように思われますが、もう38歳で長い時間がかかっているのです。私の実際のキャリアは30歳からで、先ほどの通り、それ以前は長いオフ期間、集中的な独習・自己研鑽の期間だったのです。
角野:現在、アップライト・ピアノの音に惚れて、僕もレコーディングやコンサートで多く演奏しています。オラフソンさんがアップライト・ピアノのサウンドを用いるようになったきっかけはなんでしょうか?そして経緯は?
ヴィキングル:アップライト・ピアノは子供心に深く刻まれています。居間のグランド・ピアノは母が指導に使っていたので、私は自分の寝室にあるアップライトを弾かざるをえなかったのですが、とてもソフトな音がしていました。
アップライトが好きなのは、マイクを近づけられるし、音の幅をよく出せるからです。ピアニッシシモから力強い音まで。とりわけ、とてもソフトな音を探るのが面白い!
ピアノの魅力は、どれだけ多くのバラエティあるソフトな音を出せるかにあると思います、大きな音でずっと弾き続けていると飽きてしまうから。偉大なピアニストは、大きな音を含めてどれだけバラエティのある音を出せるかを心得ているのです。アップライト・ピアノは、グランド・ピアノの魅力を理解する助けにもなっているのです。
角野:あなたのアップライトのサウンドはとても美しいと思うのですが、そうしたサウンドをどうやって創り上げているか少し教えてくださいますか?
ヴィキングル:3つあります。まずは使うピアノ、次に指先での弾き方。そしてマイクの使い方。マイクはむき出しのピアノにできるだけ近づけるのですが、マイクを1センチ右か左に動かすだけで音が全く変わってくる。あらかじめ計画はできないので、実験をしながらレコーディングをしていくのです。
角野:そのアップライト・ピアノも使用した最新のアルバム『フロム・アファー』についても伺いたいと思います。
ヴィキングル・オラフソン―カルダロン:アヴェ・マリア(オラフソン編)
ヴィキングル:私の最もパーソナルなアルバムです。子供時代のアイスランドの歌から、バッハ、モーツァルト、バルトーク、シューマン、ブラームスまで盛り沢山。 カルダロンの「アヴェ・マリア」など(私が編曲した)美しい素晴らしい曲も。そうした曲を妻と連弾で楽しむこともあるんですよ。
さらに、ハンガリーの97歳の素晴らしい音楽家クルターグとの出会いをきっかけにした曲があります。彼は私にとって音楽上の神様です!
そしてこのアルバムは自分のこれまで発表した中で最も美しいアルバム。“サウンド(音源)・アルバム”のようなもので、収録したサウンドのカラーが豊かです。グランド・ピアノとアップライトの両方で録音されているのです。私がどちらで演奏するかを選ぶのではなく聴き手が好きな方を選んで聞いてくれればいいのです。
聴き手の反応が楽しみです。アップライトの方は、ヘッドフォンで聴くとまるで耳元で秘密を囁かれているような気がするという声も届きました(笑)今後このアルバムのコンサートでは、グランド・ピアノとアップライトの両方で弾き分けることもありえますね。
角野:ここでもう一度オラフソンさんの故郷であるアイスランドについて伺いたいと思います。まず、何度も来日されていますが、アイスランドと比べた日本の印象について。またその経験からによる文化や環境があなたの音楽面に与えた影響は他にもありますか?
ヴィキングル:最近5年間で5回来日しています!日本から木を全部取り除けばアイスランドみたいになるのでは?(笑)日本は緑が溢れているが、アイスランドは緑が少なく夏も色彩に乏しいので。でも“自然とつながっている感じ“は共通しています。欧州の他の地域では感じられない何かです。日本の都会には空間がないですが都会から離れた広々とした空間では自然が身近に感じられますよね。都会の込み入った空間も実は好きなのです。
自分は建築の大ファンで日本の建築も大好きです。日本は、空間の各所にいろいろな機能を持たせて空間そのものを演出する。モダンな建築は、空港や待合室など、だだっ広いスペースがあるだけでどこに物を置いたらいいかわからない!日本の建築は細部まで気配りがされているところがいいですよね。
音楽面でも建築からインスピレーションを得ています。音楽創りは素晴らしい家を造るようなもの。その細部すべてに意味がある。建築は素晴らしい芸術形式であり哲学形式。素晴らしい家はどう生きたいかを見つける助けになります。音楽も素晴らしい建築の精神をもって演奏すれば、聴く人に音楽というものを容易に理解させて音楽好きにさせる助けになるのです。
角野:昨年(インタビューは2022年)“BBCプロムス”で演奏されていますよね?いかがでしたか?
ヴィキングル:ロックダウン明けで生活が少しノーマルに戻った頃でした。2年近くコンサートがなかった中での開催。満員の観客に囲まれての演奏は感無量でした。観客の熱狂ぶりも譬えようがないものでした。
バッハとモーツァルトの協奏曲を演奏することを自分に選ばせてくれました。共演はフィルハーモニア管弦楽団、指揮者はN響でもおなじみのパーヴォ・ヤルヴィ。待望していた素晴らしい機会で雰囲気も最高でした。角野さんが出演するBBCプロムスJAPANでもその再現を願っています!
角野:最後の質問です。“ポスト・クラシカル”は今後どうなっていくのでしょう?“ポスト・クラシカル”のオーディエンスと、伝統的なクラシック音楽のオーディエンスとの違いなども考察しながらお聞かせください。
ヴィキングル:コロナ禍では、ほぼすべてのコンサートが中止になりました。その中で起きたことは、クラシック音楽を含めた“ストリーミング”の拡大です。かえって音楽を聴く人が増大したのです。例えば国が資金を出してこういう音楽をやれという時代から聴く人が聴きたいものを自由に選ぶ時代にさらに向かっています。その意味で自分はとても楽観しているのです。
コロナ禍を音楽の死と悲観的に捉えている人もいるのですが、この世のすべてのものは死と再生を繰り返すもの。だから心配はせず、受け入れています。
若い世代は、伝統的なクラシック音楽も新しいものもオープンに受け入れます。古い世代は伝統的なものにこだわるかもしれないが、結局のところ、演奏家が自分のやりたいことをやるのと同じように、リスナーも自分の趣味に合ったもの選んで聞けばいいのです。
2022年8月 エジンバラにて
Interviewed by 角野隼斗
■コンサート情報
角野隼斗 全国ツアー 2023 “Reimagine”
千秋楽、 3/10(金)東京オペラシティコンサートホール公演をStreaming+にて生配信
https://hayatosum.com/archives/2837
特設サイト
3/10 (金) 東京:東京オペラシティ コンサートホール
■リリース情報
ヴィキングル・オラフソン『フロム・アファー』
2022年10月7日発売
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