佐藤晴真インタビュー:メンデルスゾーンの“自由さ”に満ちたサード・アルバム

Published on

2019年に行われたミュンヘン国際音楽コンクール(チェロ部門)にて日本人初の優勝を飾った若手チェリスト、佐藤晴真。
その翌年である2020年にドイツ・グラモフォンよりCDデビューしたことも記憶に新しいが、今年4月12日にサード・アルバムとなる『歌の翼に~メンデルスゾーン作品集』をリリースした。
デビュー・アルバムの『The Senses〜ブラームス作品集』、セカンド・アルバムの『SOUVENIR~ドビュッシー&フランク作品集』に続く本作を通して、彼が伝えたい想いとは。門岡明弥さんによるインタビュー。


統一感のある選曲の理由

──1作目はブラームス、2作目はドビュッシーとフランク、そして今回はメンデルスゾーンの曲に取り組まれています。今回の選曲について、お話を伺いたいです。

リサイタルの曲を組むときもそうなんですけれど、いつもプログラミングは相当悩みます。今弾ける曲を寄せ集めたプログラムには絶対したくなくて、全体を見たときにプログラムそのものに意味を成せるかというか、統一感のある曲を集められるかというか。そんなことを考えながら、CDであってもひとつの国や作曲家の作品にフォーカスすることを心がけていて。

たとえば、メンデルスゾーンの作品の中でチェロ・ソナタの第2番は有名でも、第1番はあんまり知られていないんですね。『無言歌』もピアノのために書かれた作品62 は有名ですが、チェロとピアノのために書かれた作品109は広く知られていません。そんな知られざる名曲を知っていただくという点でも、ひとつのテーマで選曲を行うことには意味があるんじゃないかなと思っています。

──今回のアルバム名。いままでの2枚と違って『歌の翼に』という“曲名”になっている点も印象的です。

やはりブラームスやドビュッシーと比べて、メンデルスゾーンは取り上げられる機会がそこまで多くない作曲家です。声楽曲の《歌の翼に》は日本で特に知られている作品なので、このアルバムが多くの方にメンデルスゾーンの魅力を知っていただくための入り口となったらいいな……という想いも込めて、このタイトリングにしました。

メンデルスゾーンの“自由さ”に気づいた瞬間

──レコーディングは3日間かけて行われたと思います。思い出に残っているエピソードなど伺いたいです。

いつも3日間かけてレコーディングを進めていくのですが、初日って1番難しいんですよね。特に今回は初めてのホールだったので、どんな音を出したらいい音が鳴るか、どういう位置関係で弾いたらバランスよく聴こえるか、試行錯誤しながら進めていきました。あとはマイクと奏者の距離感や、マイクとホールがなじむ時間も必要で。不思議なんですけれど、同じ立ち位置、同じマイクの位置で弾いても、1日目と2日目ではなぜか聴こえ方が違うこともあるんですよね。そんな“場の空気”に慣れるまでの時間が難しくもあり、面白いところでもあるなぁと。今回も、そんな部分が印象に残っています。

──初日はどこまで録音を終えられたのでしょうか。

1日目はソナタの第2番を録って、次の日に第2番の残りと第1番を。そして、3日目に残りの小品を録りました。3日間フルに使って、なんとかギリギリ終えられた感じです。ピアノも非常に技巧的な曲ばかりでしたし、なかなかハードなプログラムでした。

──ちなみに今回共演されたピアニストの久末航さんとはこれまでも共演されたことがあるのでしょうか。

そうですね。最初に共演したのは2019年で、久末くんとヴァイオリニストの北川千紗さんと一緒にメンデルスゾーンのピアノ・トリオ第1番を演奏しました。実はそのときから既にベルリン芸大で一緒だったんですけれど、まだベルリンでは会ったことがなかったんですね。なので、初共演は日本で実現した形になります。

久末くんはベルリンで行われたメンデルスゾーン全ドイツ音楽大学コンクールで第1位を獲っていますし、彼自身メンデルスゾーンへの理解が本当に深いんですよね。彼のピアノを聴いたときに僕のメンデルスゾーンに対するイメージが全く変わったことも覚えていて、今回のアルバム制作が決まったときには「絶対に彼と弾きたい!」と思っていました。

──そうだったのですね。久末さんのピアノによって、晴真さんが持つメンデルスゾーンへのイメージがどのように変わったのか、気になります。

メンデルスゾーンは英才教育を受けて育ち、本当に頭の切れる人だったみたいなんですけれども、そんな頭の回転の速さや理路整然とした音が久末くんのピアノには滲み出ているんですね。でも、インテリジェンスな細やかさだけではなくて、発想の柔らかさも持ち合わせていて。

メンデルスゾーンの作品はフレーズのほとんどが4小節ごとのすっきりした構成になっているため、僕自身はかっちりしたイメージを持っていました。ただ、それでいてとにかく音数が多くて大変な曲ばかりなので、これまではピアニストの方に「もっとこういう風に弾いて欲しい」って要求しづらかった部分があったというか、気を使い過ぎて自由さを損なってしまっていたというか……。そんなこともあって、これまでメンデルスゾーンの曲を弾いていてしなやかさを感じたことがありませんでした。

でも、久末くんと演奏したときに「こんなに自由な曲なんだ!」って初めて気づけたんです。いろんな表現をして、遊んでもいいんだって。なので、今回のレコーディングでもアイデアを止めることなく、終始楽しく演奏できました。

佐藤晴真が思う、収録曲の聴きどころ

──今回録音した曲について、それぞれどんな部分がお好きかお聞きしたいです。曲の聴きどころなども含め、コメントをお願いいたします。

チェロ・ソナタ第1番 変ロ長調 Op.45

コンサートホールで弾くための作品というより、サロンで家族と楽しむような暖かさを感じられる作品です。
全3楽章構成でどれも美しい曲なのですが、特に第3楽章はきれいな水が流れるような美しさを感じられるというか。いちばん最後に第3楽章の最初のメロディが断片的に出てきて、しんみりしてしまうくらい美しく、そして暖かく曲を終える様子が特に気に入っています
チェロとピアノのためのソナタって大体華々しく終わることが多いので、この終わり方には深い意味を感じさせられますね。第1楽章も含め、美しいメロディばかりなのでぜひ聴いていただけたらなと思います。

無言歌 Op.109

この曲も最後は静かに終わるのですが、中間部のアジタートでは激しい曲調になるんですね。その二面性が面白いなと感じています。
ただ、アジタートの部分も全面的にアジタート!というよりも、内面がよりアジタートで。葛藤や焦燥感というか、心の奥底にある情緒が深く表れているように思っています。
メンデルスゾーンは裕福な家庭で育った人ではありますが、ユダヤ人の家系であったため、さまざまな葛藤や苦悩を持って生きてきました。彼の生き方と重なる部分がこの作品にはあると感じるんです。

歌の翼に Op.34-2

ファースト・アルバム、セカンド・アルバムにも歌曲を入れたこともあり、今回のアルバムにも同様に歌曲を取り入れました。やっぱりチェロという楽器は人の声に一番近いと言われますし、チェロは僕の声とほとんど同じ音域なので、この楽器で歌曲を演奏することはライフワークのようなものになっていますね。

──晴真さん、結構声が低いですよね。

そうですね。チェロと最低音が一緒です(笑)。

──そうなのですね。もはや、声を出すようにチェロを弾く……とでも言うのでしょうか。

やっぱり感覚的にはチェロの音で作品をイメージするというよりも、自分の声でイメージすることの方が多いですね。歌曲だと、なおさらです。
どういう風に弾けば人の声に近い音になるかとか、歌詞によってどんな単語や子音があって、どんな技術を使えばチェロでそれを再現できるのかとか。そんなことを考えて、どれだけ歌に寄せられるか研究しながら弾いています。

──歌曲に限らず、普段の練習時に自分の声で歌ってみることもあるのでしょうか。

歌曲以外でも、普段からそれはやっていますね。弓が足りなかったり、返さないといけなかったり、ある種の“楽器の都合”を越えてどんな音楽を表現したいか。それを頭でイメージすることがいちばん大切だと思っています。なので、まずは自分の声でイメージを作ってから、チェロでどう表現するか試行錯誤するようにしています。

協奏的変奏曲 ニ長調 Op.17

この作品はあまり知られていない曲ではないでしょうか。僕もチェロの作品を調べている中で見つけた作品だったので……。
いままで演奏会で聴いたこともありませんでしたし、録音している方もそこまで多くなかったので、せっかくメンデルスゾーン作品集を作るならこれも入れたいなぁと思って選曲しました。バリエーションなので基本となるメロディは同じなんですけれども、複雑に変奏されていく様子が面白い作品です。
メンデルスゾーンの作風自体はシンプルですが、彼の作品が持つ気品やメロディ性はこの作品にも同様に備わっていると感じます。

チェロ・ソナタ 第2番 ニ長調 Op.58

メンデルスゾーンの交響曲第4番《イタリア》と通じる勢いを持つ作品だと感じます。でも、それでいて勢いだけでもないし、メロディの美しさだけでもないというか。一見、勢いと美しさは全く別物だと思うのですが、なんだかそれらがうまく調和しているんですよね。
よく考えると不思議な曲調だなぁと思っています。メロディが持つ息の長さと、伴奏系の細やかさがここまでマッチするんですもの。

──確かに、この音数でありながらもメロディと伴奏系がお互いを邪魔していないというか。

本当にそうなんですよ。僕が特に好きなのは、第4楽章です。
第3楽章が静かに終わって、第4楽章の冒頭で一気に激しさを帯びるんですね。その後に現れる主題を弾いているときに、ものすごく幸せで楽しい感情になります。

第1番のピアノ・トリオを弾いたときも、最終楽章の終わり方に別れを惜しむような感情を覚えたんですよね。かといって、悲しさだけではないし、新しい環境に対してのワクワク感もあって……。なんだろう、メンデルスゾーンの曲の最終楽章を弾くときは、複雑な気持ちになりますね。

たとえば、アメリカの卒業式って日本の卒業式と違って、帽子を投げるじゃないですか。そういう、寂しさはありつつもみんなでお祝いするようなフェスティバル感って言うんですかね。う〜ん、パッと言葉で説明するのが難しいんですけれども。

──単なる“寂しさ”でもないと言いますか。

そうですね。日本の卒業式はみんなしんみりして、『旅立ちの日に』を歌って涙する……みたいな感じだと思うのですが(笑)。
そういう感じとは違って、いろんな気持ちが入り混じった“別れ”とでも言うんですかね。

──今お話を伺っていて、少なくともこう……。後ろ向きな別れではなく、前を向いた“別れ”というニュアンスが近いようにも思えます。

悲しさだけを見せない。それだけを見せるのではなくて、一緒に頑張っていこうねとか。自分にもエネルギーをもらったりとか、逆にみんなにもあげたりとか。特にこのチェロ・ソナタ第2番の最終楽章には、いろんな“愛”を感じるなって。そんな感覚がいちばんしっくり来るかもしれません。

──晴真さんが伝えたいこと、ひしひしと伝わってきます。でも、言葉にするのが難しいこの感じ。

難しいですね。言葉にできないからこそ、音楽で表現する部分もあるというか……。

──だからこそ、このアルバムをみなさんにも聴いていただきたいですね。

そうですね(笑)。だからこそ、僕は音で表現しているんだって。言葉で説明できたら、これはこういう音楽ですよって説明していると思うので。それができない次元の気持ちを音で表現しているんだなと、感じます。

リフレッシュにはサウナとゲーム

──お忙しい日々が続いているかと思います。アルバムのお話から外れてしまうのですが、いつも本番前はどのように調整を行っているのでしょうか。愚問ですが、緊張とかされますか。

もちろんしますよ(笑)ただ、緊張したときは1回寝てリセットします。寝ると緊張がほぐれるんですよ。

──今度真似してみようかな……。でも、寝ると体が固まっちゃいませんか。

弾く楽器によってその辺りの感じ方は違うと思うんですけれども、僕は大丈夫ですね。あとはお腹すいたまま舞台に立たないとか、そんなことを意識しています。お腹が空いた状態で弾いた本番にはいい思い出がないので、ウィダーインゼリーはいつも持っていくようにしています。

──そうなんですね。また、休日はどのように過ごして調子を整えているのでしょうか。趣味などについても伺いたいです。

最近はよくゲームをしています。コールオブデューティとか、主にFPS系のゲームをやっていますね。

──まさかのCODですか、なんだか意外です。じゃあどこかの誰かは、画面の向こうにいる相手が晴真さんと知らずにオンラインで戦っていた……なんてこともあったわけですね。

そうなります、結構ガチでやっていますよ(笑)。
あとはグーグルマップを見るのが好きなので、素敵なカフェや温泉宿を調べることも多いかな。あ、あと最近サウナにもハマっているんですよね。

──サウナ!僕もよく行きます。

個室サウナが家の近くにあるんです。自転車で10分くらいのところにあるので、1時間とか1時間半のコースで籠もっています。疲れたな〜と思うときに行って、水風呂も入って、リフレッシュしていますね。ユニバーサルミュージックの近くにも個室サウナがあるので、今度ここで打ち合わせしたあとに行ってみようとも思っています(笑)。

前まではマッサージに通っていたのですが、やっぱり施術していただく人の腕によるところもあるし、10,000円近くかかってしまうので……。個室サウナなら1時間半で5,000円もしませんし、自分のペースでゆっくりできるから、芯からリラックスできるなぁと感じています。

いつか通る道にJ.S.バッハが

──最後に、今後チャレンジしていきたい内容について教えてください。

J.S.バッハの《無伴奏チェロ組曲》のアルバム制作にはいつか挑戦したいです。リサイタルの最初にバッハを弾くことでしか取り組んだことがなかったので、いつかはオール・バッハ・プログラムの演奏会を開くときが来るんじゃないかとも思っていますね。

あとは、現在リサイタルやコンチェルト、室内楽のお話をいただいているんですけれども、今後室内楽に取り組む際、弦楽四重奏の作品も入れていきたいなと感じています。弦楽四重奏は、ソナタや独奏曲などのジャンルと比べて全く違う世界なんですよね。たとえばベートーヴェンですと、彼の人生を全て映し出しているかのような変遷も見られますし、そんな世界もこれからどんどん勉強していきたいです。

Interviewed & Written By 門岡明弥


■リリース情報

佐藤晴真『歌の翼に~メンデルスゾーン作品集』
2023年4月12日発売
CD / iTunes /Amazon Music / Apple Music / Spotify

■アーティスト情報

佐藤晴真

2019年、ミュンヘン国際音楽コンクール チェロ部門において日本人として初めて優勝して一躍国際的に注目を集めた。18年にはルトスワフスキ国際チェロ・コンクール第1位および特別賞を受賞。第83回日本音楽コンクール チェロ部門第1位および徳永賞・黒柳賞など受賞多数。バイエルン放送響はじめ国内外の主要なオーケストラと共演しており、リサイタル、室内楽でも好評を博している。20年には名門ドイツ・グラモフォンよりCDデビューし、現在2枚リリース。齋藤秀雄メモリアル基金賞、出光音楽賞、日本製鉄音楽賞受賞。文化庁長官表彰(国際芸術部門)。現在、ベルリン芸術大学在学中。使用楽器は宗次コレクション貸与のE. ロッカ1903年。



 

Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了