【対談】ブルース・リウ×Cocomi:Z世代の音楽家たちのライフスタイルに迫る
クラシック音楽の常識にとらわれない幅広い活動で国内外から注目を集めるフルート奏者のCocomiと、ショパン国際ピアノコンクールの優勝者として世界の檜舞台で活躍する若きスター、ブルース・リウ。ふたりは共演こそまだしていないが、親しい友人として国境を越えた交流を重ねている。リウがフランクフルト放送交響楽団のソリストとして来日したタイミングで、ふたりの初めての対談が実現した。
Cocomiの最新アルバム『Neos』(タイトルの「Neos」はギリシャ語で「新しい」を意味する)とリウの最新アルバム『チャイコフスキー:四季』の話題を中心に、Z世代の音楽家たちのライフスタイルに迫るインタビューとなった。ふたりの若き音楽家が見せるいつもとは違った表情とリラックスした対話をぜひ最後までお楽しみいただきたい。
――まずは、おふたりの出会いについて教えてください。おふたりは出会われてすぐに意気投合したとのことですが、どのようなきっかけで友人になられたのでしょう?
Cocomi:出会いの始まりはInstagramでのやりとりでした。ブルースさんの友人と私が写っている写真をストーリーにアップしたところ、ブルースさんが声をかけてくれて、メッセージのやりとりがスタートしました。
私が尊敬しているフルート奏者のエマニュエル・パユさんとブルースさんが共演した際にも、「君の憧れのスターと一緒に演奏したよ」と写真を送ってくれたり、少しずつ親しくなっていきました。
ブルース・リウ:Cocomiさんと初めて直接顔を合わせたのは、2年前のことです。東京で開催された私のリサイタルをCocomiさんが聴きに来てくれて、楽屋まで挨拶に来てくれたんです。私たちは年齢こそ少し違いますが、同じ牡牛座で、互いに英語を話すなど共通項もいろいろとあったので、親しくなるのに時間はかかりませんでした。
Cocomiさんと共演していてニュウニュウさんは、漢字では牛牛と書くので、彼こそ牡牛座にふさわしいのですが、彼は牡牛座なのかな(笑)
Cocomi:私たちにはもうひとつ、ゲーム好きという共通項があります。私たちはFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)というジャンルのゲームが好きで、ゲームにアクセスするとよくブルースさんがいるので、一緒にプレイしています。
ブルース・リウ:私たちにはいつも時差がありますが、日本の早朝でもCocomiさんがいることがあって、彼女は相当熱心なゲーマーだと思います(笑)
――Cocomiさんのサード・アルバム『Neos』は、カプースチンやマルティヌーの室内楽作品に、ジャズのスタンダード・ナンバーが挟まれたユニークなプログラムです。アルバムのコンセプトを教えてください。
Cocomi:まず初めに、カプースチンの《フルート、チェロとピアノのための三重奏曲》をレコーディングしたいというところから選曲がスタートしました。それからアルバムの最初と最後を室内楽の大曲で挟みたいと思い、カプースチンと釣り合う作品として、マルティヌーの《フルート、ヴァイオリンとピアノのためのソナタ》をアルバムの最後に置くことにしました。
マルティヌーの《ソナタ》は大学の室内楽の授業ですでに勉強したことのある作品です。そして最後に、ジャズにインスピレーションを得ているカプースチンと関連づけて、ジャズ・ナンバーを3曲、アルバムに入れることにしたんです。フルートとピアノへのアレンジは、作曲家の萩森英明さんにしていただきました。
――Cocomiさんは以前からジャズがお好きだったのですか?
Cocomi:ジャズは高校生の頃から好きで、よく聴いていました。ピアニストのアーマッド・ジャマルの演奏が特にお気に入りです。アルバムにはゆったりとした曲調が魅力の《ライク・サムワン・イン・ラヴ》や、喜びと幸福に満ちた恋の始まりを感じさせる《レッツ・フォール・イン・ラヴ》のほか、とてもよく知られたジャズの名曲である《テイク・ファイヴ》も収められています。
5拍子の快活なリズムで知られている《テイク・ファイヴ》ですが、今回はメランコリーな雰囲気の演奏でお届けしています。今回の萩森さんのアレンジは、クラシック音楽の作曲家がジャズをアレンジしたらどんなものになるか、というのがテーマなので、クラシックのテクスチャを持ったジャズの演奏を楽しんでいただけたら嬉しいです。
――カプースチンとマルティヌーでは、すでに共演を重ねているチェロの佐藤晴真さんのほか、ヴァイオリンの東亮汰さん、ピアノの山中惇史さんなど、新しい世代の名手たちと共演されています。
Cocomi:チェロの佐藤さんは1枚目のアルバム『de l’amour』から共演させていただいていて、いつも先生のようにアドバイスをくださります。佐藤さんがカプースチンの《三重奏曲》で聴かせてくれるジャズのウッドベースのような、コントラバス顔負けの力強いピッチカートにぜひご注目ください。
ヴァイオリンの東さんは大学の室内楽の授業で1年間ともに勉強した仲間で、一緒にモーツァルトの《フルート四重奏曲》を演奏しました。マルティヌーの《ソナタ》は突拍子もないヘンテコなリズムが特徴で、そこを美しく聴かせるために、いろいろなテンポを試したり、東さんと山中さんと一緒に試行錯誤して、研究を重ねました。
ピアノの山中さんは、カプースチンをレコーディングするなら絶対に山中さんと一緒に演奏したい!とオファーさせていただき、今回の共演が実現しました。チェリストの宮田大さんのピアソラ・アルバムとアルバム発売を記念したコンサートを聴かせていただいたとき、宮田さんのチェロだけでなく、ピアノの山中さんの演奏に一目惚れしてしまい、それ以来、いつか山中さんと共演したいと願っていました。山中さんは素晴らしい作曲家、編曲家でもあるので、作曲家の目線から演奏にアドバイスをくださいます。山中さんのピアノはなにより即興のアイデアが凄いんです!
カプースチンはジャズのように聴こえても、音は全て楽譜に書かれているのですが、スウィングに対する山中さんの表現力には本当に驚きました。カプースチン本人による《三重奏曲》の録音も残っているので、それを聴いて、この作品のリズミカルな面白さをどう際立たせるか、山中さん、佐藤さんとディスカッションをしてからレコーディングに臨みました。
――Cocomiさんは最近とりわけ室内楽に力を入れているとのことですが、Cocomiさんが考える室内楽の魅力はどんなところにあるのでしょう?
Cocomi:室内楽は複数人の画家が集まってひとつの絵を完成させる感覚です。同じ作品でもメンバーが違えば全く別の演奏になりますし、同じメンバーであっても、演奏は日々変化します。そうした一期一会の面白さが室内楽の醍醐味だと思っています。これからも室内楽には積極的に取り組んでいきたいですね。
――リウさんもジャズがお好きで、アンコールでもジャズをしばしば演奏されると伺いました。パリで生まれ、モントリオールで育ったリウさんにとって、ジャズは子供の頃から身近な音楽だったのでしょう?
ブルース・リウ:ジャズは好きですが、私は即興演奏はしないので、本当のジャズマンとは違います。重厚なプログラムのあとにジャズ風の作品をアンコールで弾くのは、まるでコースの最後にデザートを食べているかのように気分が変わるので好きですね。
――Cocomiさんのアルバム『Neos』を聴かれて、いかがでしたか?
ブルース・リウ:アルバムだけでなく、《テイク・ファイヴ》のミュージック・ビデオも観させていただいたのですが、ヴィンテージ風でメランコリックなCocomiさんの演奏がとても印象に残りました。オリジナルの《テイク・ファイヴ》とは違うニュアンスを持った演奏で、とてもユニークだと思います。Cocomiさんのセカンド・アルバム《Mélancolie》との音楽的な繋がりも感じました。
Cocomi:ブルースさんにそう言っていただけて、とても嬉しいです! ありがとうございます。
――リウさんはすでにソロのアルバムを3枚リリースされていますが、今後は室内楽のレコーディングに取り組んでいくのでしょうか?
ブルース・リウ:もちろん室内楽やアンサンブルでの演奏にはとても興味があります。しかし、室内楽のレコーディングにはプロデューサーや共演者とのディスカッションと入念なリハーサルをしなければならないので、今はその時間を確保するのが難しいというのが実状です。
レコーディングで使用するピアノは必ず専属の調律師にチューニングをしてもらうので、録音はスケジュールの面で多くの調整が必要になります。ソロのレコーディングも、ツアーの合間になんとか時間を確保して取り組んでいる状況です。
――リウさんのディスコグラフィは、デビュー・アルバムのラモー、ラヴェル、アルカンに始まり、グランド・ピアノとアップライト・ピアノを弾き分けたサティや最新作のチャイコフスキーなど、とてもバラエティ豊かです。アルバムを作るとき、選曲に対してどのようなことを意識していらっしゃいますか?
ブルース・リウ:レコーディングの計画や内容は、もちろん私自身の希望や好みも反映したものですが、ツアーで弾くプログラムとの兼ね合いもあります。最初のアルバムのフレンチ・プログラムは、パリに生まれた私のアイデンティティと結びついたものでした。
サティもフランス音楽ですが、これは少し違ったアプローチのアルバムで、《グノシエンヌ》をグランド・ピアノとアップライト・ピアノを両方用いてレコーディングをするなど実験的な要素がありました。サティは白いものしか食べないなど、かなり変わった人だったようですが、時代を先取りする実験精神を持った芸術家でした。なにか新しいことにチャレンジするには、サティがぴったりだと思ったんです。
サティのレコーディングはEPからスタートして、最終的に1枚のアルバムになりました。《グノシエンヌ》をアップライト・ピアノでも弾いてみることにした理由は、サティの音楽はカジュアルに聴いて欲しかったからです。アップライト・ピアノの響きには作品を身近に感じさせる力があります。プロデューサーの自宅にあるアップライト・ピアノを用いたレコーディングは、とても楽しい時間になりました。
チャイコフスキーの《四季》は、自分のダイアリーのようなアルバムです。12の月からなるこの作品を、自分のための日記をつけるような気持ちで弾いています。《四季》を弾いていると、忙しいスケジュールのなかでも生活を楽しみ、自分の時間を持つ大切さを思い出すことできます。
――リウさんのベートーヴェンやショパンのアルバムを期待する人も多いかと思いますが、フランス音楽やロシア音楽のアルバムのあとには、そうした計画もあるのでしょうか?
ブルース・リウ:ショパン国際ピアノコンクールのあと、ショパンのレコーディングには少し間を置きたかったんです。少し離れてから、新たな気持ちでレコーディングした方が、ショパンのアルバムも良いものになると思っています。
ベートーヴェンはすでに数多の名盤が存在していますからね。良い時期が来たらベートーヴェンもレコーディングしたいと思っていますが、今はまだそのタイミングではありません。あまり盛りだくさんにしてもいけないですし、私自身のタイミングと周りの状況をみて、今なにを取り上げるべきか考えています。
――Cocomiさんはご自身のアルバムでもフランス音楽を度々取り上げていらっしゃいますし、フランスとの結びつきが強いアーティストです。今回リウさんのフランス音楽の録音を聴かれて、どんな印象を持たれましたか?
Cocomi:リウさんの初めてのスタジオ・アルバム『ウェイブス〜フランス作品集』のなかに収められたラヴェルの《鏡》には、とても大きな刺激を受けました。フランス音楽における光は油彩画よりも水彩画を思わせますが、リウさんの演奏もそうした光の扱い方が洗練されていて、とても鮮やかです。
ラモーの作品もとても印象的で、リウさんの演奏を聴きながらラモーについていろいろと勉強しました。リウさんのアルバムを聴いていてなにより感じるのは、フランス語が話せる人のフランス音楽の演奏はやはり違うということです。それはドイツ語とドイツ音楽の関係にも当てはまります。演奏者の話す言語は演奏にも必ず表れることを、今回リウさんのフレンチ・アルバムを聴いて再認識しました。
ブルース・リウ:私のアルバムを丁寧に聴いてくださり、ありがとうございます。Cocomiさんはフランス語も勉強されていますよね? 今度は英語だけでなく、フランス語でもお話ししましょう!
――インタビューの冒頭で、おふたりはゲーム仲間だと伺いましたが、ゲームのほかに、オフの時間はどのように過ごされていますか?
Cocomi:私はゲームとアニメが好きで、休みの日にゲームをしたり、アニメを観たりするのはとても幸せな時間です。
ブルース・リウ:私は車が好きなので、ツアーで訪れるさまざまな国でカーレーシングを楽しんでいます。この前は日本の富士スピードウェイも訪れました。パンデミックで家のなかにいたときには料理にもチャレンジしましたが、今はあまりしていません。
Cocomi:ブルースさんはアニメを観たり、漫画を読んだりすることはないのですか?
ブルース・リウ:アニメを観たり、漫画を読んだりすることはあまりないですね。でも、子供の頃は『ドラゴンボール』などのアニメを観ていましたよ。『ドラゴンボール』は子供への良いメッセージを持った作品だと思います。悟空の姿は、まるでショパン国際ピアノコンクールに挑む自分のようです。そのほかにも、私は車が好きなので『頭文字D』は知っています。主人公の藤原拓海の乗るトヨタAE86のカーモデルを持っていますし、『頭文字D』のゲームをプレイしたこともあります。
――最後に、10年後、20年後にどうなっていると思うか、おふたりのビジョンを教えてください。
Cocomi:私はずっと25歳で結婚したいと思ってきました。25歳まであまり時間はありませんが、早く子供を産んで、音楽家のキャリアに戻りたいんです。まだまだ勉強したいですし、学び続ける母でありたいと思っています。
ブルース・リウ:私は今すぐというわけでありませんが、父親にはなってみたいですね。未来についての質問は答えるのがとても難しいですね(笑)
Cocomi:ブルースさんは指揮をしてみたいとは思わないんですか?
ブルース・リウ:指揮にも興味はありますが、内から湧き上がってくるものがなければ指揮はできないですよね。指揮は簡単そうに見えるけど、実際にはとても難しい仕事です。でも、いつか指揮をしたいと思う日が来る可能性はあると思います。
――楽しい対談をありがとうございました。おふたりのこれからのご活躍と近い日の共演を楽しみにしております!
Interviewed & Written by 八木宏之
■ブルース・リウ リリース情報
ブルース・リウ『チャイコフスキー:四季』
2024年10月9日 発売
CD / Apple Music / Spotify / Amazon Music / iTunes
2024年10月9日 発売
CD / Apple Music / Spotify / Amazon Music / iTunes
■Cocomi リリース情報
2024年10月18日(金)発売
CD / Apple Music / Spotify /Amazon Music / iTunes
■プロフィール
ブルース・リウ(ピアノ)
2021年第18回ショパン国際ピアノコンクールで、カナダ人として初めて優勝を果たす。 これまでに、ロサンゼルス・フィル、サンフランシスコ響、フィラデルフィア管、モントリオール響、フィルハーモニア管、NHK響などの主要オーケストラと共演を果たす。リサイタルでは、ウィグモアホール、フィルハーモニー・ド・パリ、東京オペラシティなどに出演。
2024/25年シーズンには、カーネギーホール、シャンゼリゼ劇場、アムステルダム・コンセルトヘボウなどで再演するほか、ウィーン楽友協会、ミュンヘン・プリンツレーゲンテン劇場でデビュー予定。 2022年3月に世界最古のクラシック・レーベル、ドイツ・グラモフォンと専属録音契約を結ぶ。同レーベルからリリースしたショパン・コンクールでのライヴ・アルバムは英・グラモフォン誌の「2021年ベスト・クラシック・アルバム」をはじめ、国際的な評価を得た。翌年にリリースした初のスタジオ・アルバム『ウェイブス~フランス作品集』では独・オーパス・クラシックの「ヤング・タレント・オブ・ザ・イヤー」賞(2024年)を受賞するなど、新世代で最も注目を浴びている若手ピアニストとしての評判を確立している。
Cocomi(フルート)
3歳からヴァイオリン、そして11歳にフルートを始める。
ヴラディーミル・アシュケナージ、エマニュエル・パユのマスタークラスを修了。これまでに、ヤマノジュニアフルートコンクール優秀賞3回、最優秀賞1回並びに特別賞受賞。2019年には、日本奏楽コンクールで最高位を受賞。管楽器部門第1位とともにフランス近代音楽賞受賞。2021年1月、東京フィルハーモニー交響楽団の「ニューイヤーコンサート2021」にソリストとして出演。同年、京都の西本願寺で無観客で収録された「音舞台」への出演も果たす。
2022年4月デビュー・アルバム『de l’amour』をリリース。12月に東京・紀尾井ホールで行われたデビュー・リサイタルを成功裡に終える。2023年2月には、ニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで開催されたピアニスト、ラン・ランのコンサートにゲスト出演。公演での世界デビューを果たす。同年3月、桐朋学園大学音楽学部 カレッジ・ディプロマ・コースを修了。
10月、ヴィオリニスト、デイヴィッド・ギャレットの来日公演にゲスト出演。11月には2ndアルバム『Mélancolie』をリリースし、東京・紀尾井ホールで自身2度目となるリサイタルを開催。
現在同大学ソリストディプロマコースに在籍中。フルートを泉真由氏、NHK交響楽団首席フルート奏者である神田寛明氏に師事している。
■ 公演情報
Cocomiリサイタル『Neos』
【大阪公演】
日時: 2024年12月9日(月)18:30 開場/19:00 開演
会場:住友生命いずみホール
共演者: 東亮汰(ヴァイオリン)、山中惇史(ピアノ) ほか
入場料: 全席指定 5,500 円
公演の詳細はこちら
【東京公演】
日時: 2024年12月10日(火)18:30 開場/19:00 開演
会場: 紀尾井ホール
共演者: 東亮汰(ヴァイオリン)、山中惇史(ピアノ) ほか
入場料: 全席指定 6,000 円
公演の詳細はこちら
- ブルース・リウ オフィシャル・サイト
- Cocomi アーティスト・ページ
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