ミュシャとクラシック音楽:スメタナの《わが祖国》などおすすめのクラシック音楽作品14選

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《スラヴ叙事詩 原故郷のスラヴ民族》1912年 ©Prague City Gallery

19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパを中心に開花した美術運動である「アール・ヌーヴォー(新しい芸術)」。それを代表する画家の一人が、現在のチェコ共和国生まれのアルフォンス・ミュシャ(1860-1939)である。パリで活躍した彼は、絵画はもちろん、舞台のポスターや装飾パネルなども手掛けており、幅広い分野で活躍した芸術家であった。

1894年に手掛けた舞台女優サラ・ベルナール(1844-1923)のポスターによって一躍注目を集める存在となり、1910年からは全20作におよぶ連作絵画作品『スラヴ叙事詩』の創作を手掛け、1928年に完成させている。これはミュシャの最も重要な作品といっても過言ではない。

温度や香りまで感じさせるような多彩な色彩、繊細なタッチと曲線を多用したミュシャのデザインは、今もなお多くの人々を惹きつけているが、彼の創作の源泉にはクラシック音楽も大きく関わっていることはご存じだろうか。ミュシャは声楽にヴァイオリン、ハルモニウムを学んでいたことから音楽に造詣が深く、音楽作品を聴いたことから生まれた作品も存在する。そこで本記事では、実際に関わりのあった作曲家、そしてその作品の紹介と共に、ミュシャの作品を鑑賞しながらお聴き頂きたいおすすめの楽曲をご紹介していきたい。



フォーレ:ノクターン 第5番 変ロ長調 作品37

最初に挙げるのは、今回挙げる作曲家の中で唯一のフランス人作曲家、ガブリエル・フォーレの作品である。彼の音楽はアール・ヌーヴォーのもつ装飾性やコントラスト、曲線のなめらかさといったところと共通項があるとされている。実際に彼の作品の楽譜を見てみると、繊細な曲線が絡み合うように描かれており、美しい絵画作品を思わせるところがある。

今回選曲したこのノクターンは音楽的にもやわらかな色彩やきらめき、そして穏やかさを感じて頂けるもので、連作『四つの時』の「夜のやすらぎ」をご覧頂きながら聴いて頂くと、どこか共通する世界観を感じて頂けるかもしれない。

夜のやすらぎ(1899年)© Mucha Museum / Mucha Trust

スメタナ:連作交響詩《わが祖国》~第2曲:モルダウ

スメタナ:弦楽四重奏曲 第1番 ホ短調《わが生涯より》~第3楽章

チェコ出身のミュシャは外国生活が長く、それは祖国への想いを非常に強くさせていた。そんな彼は1900年のパリ万国博覧会で「ボスニア・ヘルツェゴヴィナ館」のデザインを担当したことをきっかけにスラヴ民族の歴史や文化を調査するようになるなど、よりスラヴ民族に対する敬愛を深めていくこととなる。

やがて1904年から1909年にかけて度々招かれていたアメリカで、母国チェコの作曲家であるベトルジハ・スメタナの連作交響詩《わが祖国》を聴き、作品に描かれたスラヴ民族の誇りに大きな感銘を受けることとなった。そしてそれが大作であり代表作、『スラヴ叙事詩』の創作へと至る。創作にあたってはプラハから西に約60km離れたズビロフ城にアトリエを構えて全20作を書き上げたという。

《スラヴ叙事詩 原故郷のスラヴ民族》1912年 ©Prague City Gallery

スメタナが《わが祖国》で描いた民族の誇りに不屈の精神と、祖国の独立と平和への祈りが込められたミュシャの作品は強い結びつきが感じられる。全6曲の中でも特に輝かしい〈モルダウ〉を聴きながら『スラヴ叙事詩』をご覧頂きたい。

また、スメタナの自叙伝的作品である弦楽四重奏曲《わが生涯より》も、聴力を失うという音楽家にとって絶望的な状況に陥ってもなお不屈の精神で立ち向かう作曲家の誇りが感じられ、あわせてお聴き頂きたい作品だ。とりわけ第3楽章の美しい響きはミュシャの作品の色彩感と通じるところがある。

スメタナ:歌劇《売られた花嫁》~序曲

ミュシャといえば美しい女性を描く天才であり、作品に描かれた一人一人が圧倒的な美を放っている。そしてスメタナのオペラ《売られた花嫁》ではヒロインのマジェンカが恋人イェニークと結ばれるまでの様々な騒動が描かれており、そのヒロインに与えた音楽の美しさはオペラの中で強い存在感がある。

繊細な心を持ちながらも強さと愛に生きる女性像を丁寧に描いたオペラの序曲をお聴きいただきながら、ミュシャが描いたポスター『ジスモンダ』、『椿姫』などをご覧いただくと、どこか通じるものを感じて頂けるかもしれない。

ジスモンダ(1894-5年)

ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 《新世界より》作品95 B.178~第2楽章

ミュシャと同時期に活躍していた母国の作曲家として、アントニン・ドヴォルザークも挙げることができる。スメタナと同じく「ボヘミア楽派」(民族性と西欧の音楽を融合させた作曲家たちの総称)に属したドヴォルザークの作品もまた、スラヴ民族の誇りと強さ、愛国心を感じさせるものである。特にそれが反映されているのは交響曲第9番《新世界より》であろう。ナショナル音楽院長として迎えられ、ニューヨークに滞在中に書かれたこの作品は、黒人霊歌やネイティヴ・アメリカン民謡に感銘を受けて生まれたものであり、ドヴォルザークにとっての「新世界」であるアメリカから、「祖国への愛をあらわしたチェコ人の音楽」を書くことで、故郷に向けての想いを綴ったのである。

一方、ミュシャも1904年から1920年代にかけてアメリカとヨーロッパを行き来する生活を行い、アメリカを拠点とする「アメリカ時代」と呼ばれる時期もあった。ちょうどこのころのミュシャは転換期を迎えた頃であり、『クオ・ヴァディス』、『百合の聖母』に『ハーモニー』などが描かれている。《新世界より》の第2楽章と共にこれらの幻想的かつあたたかな温度を感じさせる作品を味わってほしい。

《百合の聖母》1905年

ドヴォルザーク:弦楽四重奏のための《糸杉》B.152~

第1曲:私は甘い憧れに浸ることを知っている

第3曲:お前の優しい眼差しに魅せられて

第5曲:私は愛しいお前の手紙に見入って

第6曲:おお、美しい金の薔薇よ

第9曲:おお、ただ一人の愛しい人よ

ドヴォルザーク:歌劇《ルサルカ》~白銀の月よ

今回、ドヴォルザークの同名の歌曲集を編曲した弦楽四重奏曲である《糸杉》、そしてオペラ《ルサルカ》からは愛に満ちた作品、美しい花や月をイメージさせる作品も選んだ。ドヴォルザークの甘美な和声、そしてなめらかに描かれた旋律線は今回挙げた作曲家の中でも最もミュシャの作風と近いものを感じさせる。

ギリシア神話との関連がある《糸杉》、そして人魚姫の物語を思わせる、水の精が主人公のオペラ《ルサルカ》のアリアをお楽しみ頂きながら、『花と果物』や『四つの花』、『四つの星』などをご覧頂きたい。

『花と果物』 1897年

ドヴォルザーク(クライスラー編):ユモレスク

ドヴォルザークは鉄道マニアとしても知られており、この《ユモレスク》は、汽車に揺られながら着想を得て書かれたといわれている。そしてミュシャは鉄道マニアではなかったものの、鉄道に纏わる作品を遺している。それが『モナコ・モンテカルロ』である。パリ・リヨン・地中海鉄道会社によるモナコのモンテ・カルロへの観光客誘致のために制作されたポスターでありながらも、単純に「モンテ・カルロへ行こう!」というメッセージだけではない。

ミュシャの作品らしくやはり女性がメインとなり、期待や不安に満ちた表情が描かれている。ドヴォルザークの《ユモレスク》も軽やかなリズムの中に切なさやノスタルジーなど様々な表情が見え隠れする。それぞれの芸術家が描く“鉄道”に注目して味わってみてはいかがだろう。今回《ユモレスク》はヴァイオリンとピアノのデュオ版を選んだが、原曲は《8つのユモレスク》というピアノ曲集の第7曲。ピアノ版よりもヴァイオリンで奏でられる旋律の方がミュシャの作品の曲線のなめらかさにより近いと感じ、今回は編曲版を選んだ。

『モナコ・モンテカルロ(Monaco・Monte-Carlo)』1897年

ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第2番《内緒の手紙》~第2楽章

ヤナーチェク:《霧の中で》~第1曲:アンダンテ

ミュシャと同時代を生きた作曲家としてレオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)も忘れてはならない存在である。実は最もミュシャと近しかったのはヤナーチェクであった。二人はチェコのモラヴィア地方の出身であり、1922年7月には実際に会い写真も撮っているのだ。さらに、1919年にプラハでミュシャの『スラヴ叙事詩』が部分公開された際、ヤナーチェクはそれを観にいっていたという。

ヤナーチェクも祖国愛に溢れた作曲家であり、スラヴ民族文化、特に民謡を研究し、それを自作品に取り入れたことで知られる。チェコスロヴァキア共和国が建国された際には、国民の勝利を讃えるために管弦楽曲《シンフォニエッタ》を書いており、祖国愛という点でこの曲をプレイリストに挙げることもできたのだが、今回はあえて楽曲の色彩感を味わいながらミュシャの作品をご覧いただきたいというところから別の2曲を選んだ。

ヤナーチェクが長年にわたり愛した女性への想いが込められた弦楽四重奏曲第2番《内緒の手紙》と、娘を失い、作曲家としても苦境に立たされていた頃に生まれたピアノ曲《霧の中で》である。どちらの曲も、美しさの中に常に影がつきまとい、苦悩が見える。しかしその中にはわずかながら希望の光が射し込んでいる。

そしてミュシャも「闇を通り抜けて光へ」というテーマで挿画本『主の祈り』を描いていた。これは人気絶頂の中、自らの芸術家としての在り方に悩んでいた時期に生まれた作品であり、神に捧げる祈りの言葉を通して答えを見つけ出した彼の心境が吐露されている。ヤナーチェクとミュシャの作品の間には直接の関連性はないが、苦悩とその先の救済を描いた二人の作品から魅惑的な光と影を見出して頂くことができるはずだ。

Written by 音楽ライター 長井進之介


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