雨の日に聴きたいクラシック音楽10選:ショパンの《雨だれ》やドビュッシーの〈雨の庭〉など
爽やかで過ごしやすい春の季節を終えたら、次に訪れるのは梅雨の季節。雨の日にぴったりの音楽に身を委ねることで、いつもと違う気分になれるかもしれない。クラシック音楽には、「雨」にまつわる作品がたくさんある。しとしと降ったり、ザーザー降りだったり、時には嵐がやって来たり……。今回は、いろんな「雨」を表現した音楽をセレクト。雨模様の日こそ、音楽で描かれた「雨」にも耳を傾けてみたい。音楽ライター 桒田 萌さんによる寄稿。
1. ショパン:前奏曲 第15番《雨だれ》
「雨だれ」の通称で有名な作品。24あるすべての調性を網羅した《前奏曲集》の15番目を飾る。ショパンの恋人であったジョルジュ・サンドの自叙伝に、二人が療養と逃避のために訪れたマジョルカ島で、ある雨の日、体調不良を極めていたショパンが朦朧としながら《雨だれ》を演奏していた様子が語られている。
多くの人が知る美しい旋律はもちろんのこと、1曲の中に穏やかなメジャーと重く暗いマイナーの対比も見事。A♭(G♯)の音が淡々と繰り返されるが、長調と短調の切り替わりによって、同じ音にもかかわらず聴き手に与える印象をガラリと変える。愛する人との幸福な逃避行、一方で衰弱していく身体。喜びと悲しみの狭間で、ショパンはいかに窓の外の雨を見つめたのだろうか。《雨だれ》を聴きながら、思いを馳せたい。
2. ドビュッシー:《版画》より〈雨の庭〉
ピアノ曲集《版画》に収録されている1曲。ドビュッシーはのちに《映像》《前奏曲集》とフランス印象主義の金字塔的な曲集を残しており、《版画》はそれらに先駆けて書かれている。
すばやく微細なアルペジオは、まるで庭に強く打ち付ける芯の鋭い雨を連想させる。日本では雨が降ると、湿度の高さからじめっとした空気が流れるが、この作品ではそんな湿っぽさを感じさせない。幻想的で、どこかドライだ。
3. ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番《雨の歌》
この作品は、ブラームス自身の歌曲《雨の歌》の旋律がそのまま第3楽章に引用されていることから、同じタイトルが通称とされてきた。歌曲《雨の歌》は、ドイツの詩人・グロートの詩が歌われる。雨に喜ぶ幼少期を思い出しては「雨よ降れ」と歌い、かつての情景を思い起こす、ポエティックな作品だ。同じ歌曲集に収録されている《余韻》にも同じ旋律が登場し、こちらでは雨を涙に喩えた情緒的な詩が歌われている。
ヴァイオリン・ソナタ第1番は、ブラームスが深い交流を続けてきたクララ・シューマン(ロベルト・シューマンの妻)の息子が亡くなる直前に書かれた。第2楽章は彼への見舞いの意を込め、葬送行進曲になっている。そして第3楽章に、懐かしさと悲しみを込めた《雨の歌》と《余韻》の旋律を挿入することで、彼やクララを見舞おうとしたのかもしれない――クララはこの作品を聴き、大変喜んだそうだ。
4. ベートーヴェン:交響曲 第6番《田園》より第4楽章〈雷雨、嵐〉
田園の風景を想起させる5つの楽章からなるある交響曲第6番《田園》。楽章ごとに、その町の人々の様子や小川の姿など、朗らかな風景を連想させる副題がついているが、第4楽章〈雷雨、嵐〉は非常に激しい曲調。
他の楽章にはないティンパニやトロンボーン、ピッコロといったインパクトあるサウンドを鳴らす楽器が加わり、自然の厳しさを訴えるように目まぐるしく音楽は展開していく。その後の第5楽章〈牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち〉とセットで聴くと、晴れの日が恋しくなるかもしれない。
5. 武満徹:雨の樹素描Ⅱ―オリヴィエ・メシアンの追憶に―
武満徹は雨や水にまつわる作品を多く書いており、《雨の樹素描Ⅱ》もその一つ。武満が敬愛したメシアンへの追悼の意が込められていると同時に、大江健三郎の小説『頭のいい雨の木』からインスピレーションを得て書かれている。
ピアノならではのクリアな響きが活かされ、大小さまざまな透き通った雨粒が「雨の木」の葉に滴る様子が思い浮かぶ。静かに雨の日を堪能したい時に聴きたくなる1曲だ。
6. プーランク:歌曲集《カリグラム》より〈雨が降る〉
詩人・アポリネールの詩集『カリグラム』は、詩の言葉が連なっているだけでなく、その文字が絵画のように配置されるという独特の表現がなされていて、文学と他ジャンルの芸術が融合したアート作品だといえる。そこに収録されている「雨が降る」も同じく絵画のように表現されており、言葉が窓に滴る水のように配置されているのがおもしろい。
プーランクはこの詩を採用した。気まぐれな雨のような短い序奏から始まり、雨が降り出したり、さらに暗雲が立ち込めたりするかのように、音楽は豊かな広がりをみせていく。「聞いてごらん、雨が降っているのを。後悔と蔑みが古い音楽に涙をこぼす間に」――雨にまつわる情景や比喩に、憂鬱さが漂っている。
7. ヴィヴァルディ:フルート協奏曲 第1番《海の嵐》
嵐の日の海を想像してみてほしい。強い風に荒れ狂う波を想像する人が多いのではないかと思うが、それが雅に表現されたのがこの作品だ。上下を激しく行き交うフルートのパッセージから、海上が激しくしける様子が思い浮かぶ。その明るい作風から、むしろ嵐に動揺する海を軽々と乗りこなす優雅さすらも感じさせる。弦楽器や管楽器などのコンツェルトを多く書いてきたヴィヴァルディの本領の見せどころとも言える、華やかな作品だ。
8. グローフェ:組曲《グランド・キャニオン》より第5曲〈豪雨〉
世界遺産に登録されているアメリカの大峡谷、グランド・キャニオン。この壮大な姿をグローフェは鮮やかな描写で表現した。第1曲〈日の出〉に始まり、第2曲〈赤い砂漠〉、第3曲〈山道を行く〉、第4曲〈日没〉と続き、最後は第5曲〈豪雨〉で締められる。
轟くような激しいティンパニとシンバルの音、新たな地割れをもよおしそうな強い金管楽器の叫び、生き物たちが怯え右往左往しているような弦楽器や木管楽器の高音、効果的に用いられているウインド・マシーン。自然の恐ろしさが、多様な音の重層で表現されている。梅雨の時期に聴くには荒々しいかもしれないが、日常生活では味わえない自然の迫力を感じられることだろう。
9. シューベルト:歌曲集《美しき水車小屋の娘》より第10曲〈涙の雨〉
さすらう若者が、旅をして訪れた町の水車小屋の美しい娘に一目惚れするものの、狩人に奪われ自ら命を絶つ――歌曲集《美しき水車小屋の娘》は、全20曲を通して悲劇的な物語が歌われる。
第10曲〈涙の雨〉は、若者と彼女が二人きりで過ごすひとときが歌われる。彼女を目前にして、若者は口を開くことができず、小川に映る彼女を見つめるばかり。そんな彼に小川は「こっちにおいで」と呼びかけ、彼はなぜか小川に涙をこぼす。彼女はそれを見て「あら、雨が降ってきたわ。家に帰ります」と口を開く――。
曲の終盤、それまで穏やかだった曲調は突如陰影をみせる。小川からの意味深な呼びかけと、ふとこぼれる涙(=雨)。歌曲集全体を通して、悲しい雨の行方を追いながら、この後の展開に想像を巡らせてみてはいかが。
10. チャイコフスキー:幻想序曲《テンペスト》
「テンペスト」は「嵐」を意味する。シェイクスピアが書いた『テンペスト』は、魔術で嵐を生じさせることで復習を目論むミラノ大公プロスペロー、そして彼を国から追い出し復讐を狙われている弟・アントニオとナポリ王アロンゾーたちの物語。チャイコフスキーは、この作品を元にロマンチックかつ劇的な作風で音楽を書いた。
曲の中盤に、嵐の描写が登場する。大きく振りかぶるような風を表現するような弦楽器や、それに乗じて急かされるような木管楽器、恐ろしさを象徴するような印象的な旋律を服金管楽器。さまざまなモチーフが絡み合うことで、海上に巻き起こる嵐の激しさは一層増している。ドラマチックな雰囲気を味わいながら雨を堪能したい時に聴きたい作品だ。
Written By 音楽ライター 桒田 萌