ときめく365日のためのクラシックレシピ:夜空×クラシック【連載第2回】

Published on

21世紀。「名盤」を聴くのも楽しいけれど、それぞれが思い思いに自分の「スタイル」で、日常のちょっとしたエッセンス――でも、それを聴くだけで目の前の世界をまるっきり新しくしてくれる魔法のように、音楽を楽しみたい。

では、自分らしいスタイルって、何?

この連載では、そんなスタイルの作り方(レシピ)を、季節ごとのプレイリストや、音楽のエピソードとともにご紹介。ご一緒に、ときめきに満ちた365日を過ごしましょう。

コラムニスト高野麻衣さんによる寄稿、その連載第2回です。(第1回はこちら


枝の小鳥を夢へといざない、

大理石の水盤に姿よく立ちあがる

噴水の雫の梅雨を歓びの極みに悶え泣きさせる

かなしくも身にしみる月の光に溶け、消える。

「月の光(Clair de lune)」
ポール・ヴェルレーヌ(堀口大學 訳)

夏の夜って、魔法みたいです。

花火に祭礼。夕涼みしながら味わう桃や氷菓。盂蘭盆を過ぎ、少しずつ涼しくなる夜に感じるノスタルジーと、永遠のような静寂。いつかの旅先で見上げた星空が、ふいによぎることもある。少女時代の気持ちを思い出す夏の夜は、宝物のような時間です。

古今東西の音楽家も、きっと同じなんじゃあないか。そんなふうに考えるようになったのは、プラネタリウムの星空の下で味わう音楽イベント「LIVE in the DARK」との出会いがきっかけでした。3年半ほどライヴレポートの仕事を続けていますが、「暗闇(DARK)」のなかで星と音楽だけに包まれるという体験は、毎回奇跡みたいに新鮮な驚きを与えてくれます。

この夏には、新たに「LIVE in the DARK -CLASSIC- Nocturne music by F. Chopin」がスタート。星降る森で、ショパンの名曲たちを弦楽四重奏で味わい、新たな扉が開くのを感じました。

星空とともに揺蕩たゆたう《ノクターン第2番(Nocturne Op.9-2)》などの“夜想曲”たち。ドーム中に浮遊する水滴とともに、自らの内面を覗きこむような《雨だれ(Prelude Op.28-15)》。《別れの曲(Etude Op.10-3)》では、左右が反転し鏡映しのように響く中盤の重音がどれだけ現代的かを、4つの楽器の音と映像で立体的に発見できます。

原曲を知っていてもおもしろく、知らなくても心地いい星空の下での音楽。驚くほどに感覚が研ぎ澄まされるので、思いがけないフレーズで涙が止まらなくなったことも、少なくありません。

演奏のあいまに、アーティストたちは語ります。「星や月の歌をたくさん作ってきました。夜空を見上げながら作った曲もあります。夜空はいつも、音楽のインスピレーションをくれるのです」。その言葉の裏には、音楽家たちの葛藤や孤独が垣間見えることも多く、深く胸に響きます。

夜空が包み込むのは、幸福な思い出ばかりではありません。悩んだとき、苦しいときに、夜空を見上げたことのある人は多いでしょう。宇宙の大きさを考えると、悩みがちっぽけに思えることもある。星々や月は、陽光とは別のやさしさで私たちを癒し、夜明けを信じる希望をくれるのです。

よく晴れた夏の夜、そんな夜空を見上げてみましょう。部屋を暗くして、月の光を浴びてみる。月のない夜は、夏の星座を見つけるチャンスです。

はくちょう座のデネブと、わし座のアルタイル、こと座のベガ。

東京の空でも見つかる大きな三角形を探しながら――あるいは横になって自分自身をいたわりながら、「夜空×クラシック」の14曲を愉しんでいただければ幸いです。


1.ドビュッシー:《ベルガマスク組曲》より 第3曲:月の光

夜空のクラシックの大定番。タイトルにある「ベルガマスク」は17世紀頃、イタリア・ベルガモ地方で生まれた素朴な舞曲の名ですが、ドビュッシーはポール・ヴェルレーヌの詩「月の光」に登場する仮面舞踏をイメージして作曲した、と言われています。

一見楽しそうだけれど、仮面の下に、悲しみや郷愁を秘めた道化師たちの夜。アリス=紗良・オットのアプローチで、より深い詩の世界へ。

2ダスティン・オハロラン:Opus 56

アメリカのコンポーザー・ピアニスト、オハロランのアルバム『Silfur』は、この夏のお気に入り。「パンデミックによって自らの歩みと過去の作品を振り返った」という彼の楽曲の中でも、最も純粋で浄化を感じる作品です。アルバムのタイトルは、アイスランドで出会った透き通った鉱石の名だそう。

3.シューベルト:《美しき水車小屋の娘》より 第10曲:涙の雨

シューベルトの分身のような若者は、片想いの娘と月星の下、川の水面に映る夜空を眺めています。「僕は月なんか見ていなかった 星の光も見ていなかった 僕は水に映る彼女の姿を 彼女の瞳ばかりを見ていた」。涙が水面を揺らし、娘は「雨だわ」と帰ってしまう。なんて美しい夜の恋。

 4 ルドヴィコ・エイナウディ:Full Moon (Arr. Lewin for Guitar)

暗い森にくっきりと陰影をおとす、満月の光のようなギター。ミロシュのアルバム『The Moon & The Forest』からの1曲です。原曲は、イタリアの音楽家エイナウディ。ベリオに師事したクラシック系コンポーザーでありつつ、ビートルズを愛し、映画音楽でも注目の人物。

アカデミー賞3冠の『ノマドランド』クロエ・ジャオ監督が、雄大な映像に合う音楽はないかとYouTubeを漁って彼の音楽に出会い、サントラをオファーしたというエピソードも話題になりました。

5シューベルト:夕星

再びシューベルト。登場する「星」は、きらめく一団の星たちから離れ、ひとり静かに輝いています。「私は愛の誠の星です みんなが愛から遠ざかってしまったのです」。愛ならばみんなのところへ行けよ、となじる詩人に、ひとり留まりつづける星。シューベルトの歌曲には夜空に思いを託すものが多く、人の孤独について、深く考えさせられます。

6.バッハ:われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ(Arr. Anders Hillborg for Violin Solo and Strings)

ヴァイオリニスト、リサ・バティアシュヴィリが、人生にとって重要な都市にまつわる11の曲を自伝的に奏でたアルバム『シティ・ライツ』の1曲。

ミュンヘンをテーマにしたバッハのコラール(讃美歌)ですが、オレンジの街灯に照らされたバロックの街を車窓から眺めるような、現代的な印象のアレンジです。チャーリー・チャップリンの『街の灯』をテーマにしたアルバムPVは、まるで映画のよう。

7.モーツァルト:交響曲第41番《ジュピター》より 第2楽章

壮大なスケール感ゆえにギリシャ神話の最高神ジュピター(ゼウス/木星)の名が付けられた、モーツァルト最後の交響曲。演奏するオーロラ管弦楽団は、クリエイティヴな手法で新しい音楽体験を提供する、いま大注目のオーケストラの一つです。

この曲が収録されたアルバム『天球の音楽』は、惑星の動きが宇宙の調和(ハーモニー)を生み出すという古代ギリシャの数学がテーマに。

8.シューマン:《こどもの情景》より 第7曲:トロイメライ(夢)

マルタ・アルゲリッチの名盤より、シューマンの名曲を。「いつだったか君はこう書いた。“あなたは時々こどもみたい”。その言葉の余韻のなかで作曲し、『こどもの情景』と名付けたんだ」。

クララにあてた手紙で述懐するように、小さい頃から内気で、空想が大好きだったシューマンはファンタジーの人。現実とのはざまで揺れるようなメロディが、聴く人を夢へと誘います。

9. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番《月光》より 第1楽章

エミール・ギレリスの名盤より、「月光」と呼ばれる永遠の名曲を。

10.サティ:グノシエンヌ 第3番

アリス=紗良・オットのアルバム『ナイトフォール』より、グラニテ(箸休めの氷菓)のような1曲。

11.ショパン/アルナルズ:ノクターン No.20 (feat. Mari Samuelsen)

12.ショパン/アルナルズ:レミニセンス

作曲家オーラヴル・アルナルズとアリス=紗良・オットによる『ショパン・プロジェクト』からの2曲。原曲は、ショパンの死後に発表された名曲《ノクターン第20番》。2002年、第二次世界大戦下のワルシャワを舞台にした映画『戦場のピアニスト』で演奏され、一躍有名になりました。

アリスが弾くピアノに、オーラヴルがストリングスなどを重ね、ショパンに新たな光を見つける『ショパン・プロジェクト』。1曲目の《ノクターン No.20》は、“ピアノの詩人”ショパンの音楽をあえて無伴奏ヴァイオリンで。2曲目《レミニセンス》では、その音の余韻を強く反芻していく音楽体験を味わえます。

原曲を知らずともアンビエントで美しく、原曲のショパンの面影を探しつつ聴いても興味深い。既成概念を忘れて、新しいショパンの世界に飛び込んでみて。

13.モービー:ザ・ロンリー・ナイト (feat. Mark Lanegan & クリス・クリストファーソン) [Reprise Version]

エレクトロニック・ダンス・ミュージックのパイオニアにしてシンガー・ソングライター、DJ、キュレーター、そして作家のモービー。2021年のクラシック・ニュースの一つは、彼が名門ドイツ・グラモフォンからリリースした『リプライズ』に決まりです。

アルバムが教えてくれるのは、彼の音楽が持つ根源的な美しさ。夜明けに向かっていくエネルギーを感じる1曲です。

14.星に願いを

ディズニーを象徴するこの名曲は、1940年公開の映画『ピノキオ』でジミニー・クリケットが歌った挿入歌でした。寒い夜、ジュゼッペじいさんの家にもぐりこみピノキオと出会ったジミニーは、流れ者のコオロギ。酸いも甘いも知る彼は、やがてピノキオの保護者のような存在になり、過ちを犯した彼にこんなふうに歌うのです。

「人は 誰もひとり 哀しい夜を過ごしてる」

リア充的イメージが注目されがちなディズニーだけど、けっしてそれだけではありません。人は誰もがひとり。闇を知っているからこそ、輝く星を信じられるのです。

夜も昼も、輝く星と同じように、音楽は照らしてくれます。羽田健太郎さんの名曲カヴァーで、みなさまの心が、安らかに満たされますように。

Written by 高野麻衣

Profile/文筆家。上智大学文学部史学科卒業。音楽雑誌編集を経て、2009年より現職。
クラシック音楽とマンガ・アニメを中心に、カルチャーと歴史、人物について執筆・講演。書籍やメディア作品の原作・企画構成・監修を多数手がける。

著書に『フランス的クラシック生活』(ルネ・マルタンと共著/PHP新書)、『マンガと音楽の甘い関係』(太田出版)、コンピレーション企画に『クラシックの森』(ユニバーサル ミュージック)など。

HP /Twitter /Instagram


■公演情報

プラネタリウムでショパンの名曲を生演奏
『LIVE in the DARK CLASSIC Nocturne music by F. Chopin』

日時:毎週土曜、日曜、祝日に上演

【8月】:7日(土)・13日(金)・14日(土)・21日(土)・28日(土)

※上映はいずれの日程も『15時55分の回』の1公演のみです。
※2021年9月以降の予定は追ってスケジュールページにてお知らせします。

上演場所:コニカミノルタプラネタリウム天空 in 東京スカイツリータウン(R)





 

Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了