ショパン国際ピアノコンクール本大会まもなく開幕。優勝から6年、チョ・ソンジンが当時の記憶を語る
優勝したショパン国際ピアノ・コンクールのライヴ音源でDGデビュー。その後、2016年にチョ・ソンジンが初のスタジオレコーディングで録音したのは、ショパンのピアノ協奏曲第1番(ジャナンドレア・ノセダ指揮、ロンドン交響楽団)と、バラード全4曲だった。詩や歌を愛し、郷愁の念を胸にパリで没したショパンの繊細な心に寄り添う演奏は、ショパン・コンクールの覇者にふさわしいものだった。
コンクールでの成功は、音楽家にとって有利なスタート地点を手に入れただけにすぎず、そこからの日々の活動こそが、音楽人生の旅の本番だ。とはいえやはり、一夜にして運命の流れを変えるコンクールでの出来事は、ピアニストにとって忘れがたい経験といえる。
チョ・ソンジンのショパン国際ピアノ・コンクール優勝から6年。この10月には次のコンクールが開催される今、改めて、当時の記憶とそれからの活動について伺った。
—ショパン・コンクールから、もう6年が経ちましたね。
本当に、「ヤバイ」ですね(笑)! 時間は飛ぶように過ぎていきます。私も“ライジング・スター”には入れてもらえない年齢になってしまいました。
—優勝以後、演奏会が増え、ソンジンさんの音楽は多くの人々に届くようになりました。注目されることによって、さまざまな目に晒されるようになった部分もあると思います。こうした経験を経て、ご自身で精神的に強くなったと思いますか? ……もともと強かったのかもしれませんけれど。
そう思いますか(笑)?
—そうですね、浜松国際ピアノ・コンクールを受けていた15歳の頃から、内面的な強さは感じていましたが。
……確かに、私は前から強かったかもしれないですね。自分が成し遂げたいことはなんなのかが、はっきりわかっていましたから。
そしてコンクール優勝以後のこの6年間で、さらに多くの新しい経験をし、学びました。まさかこんなにたくさんの契約にサインしないといけない人生がくるとは、想像もしていませんでした(笑)。決断をするということが、人生において極めて重要だということも知りました。
とはいえそもそも、私は自分がそれほど成功した人間だとは思っていないのです。もちろん、ショパン・コンクールに優勝したことはキャリアの大きな助けになりました。一部の人は、私が悪くないスムーズな道筋をたどっていると思うかもしれません。でもこれは、コンクールのずっと前から、「自分はヨーロッパ、アメリカ、アジアでキャリアを築いて、コンサート・ピアニストになるんだ」という目標のため、入念に準備をしてきた結果です。
もちろん、コンクールに優勝できたことで、もともと共演経験のあった優れた指揮者の皆さんが、より一層サポートしてくださるようになり、キャリアを後押ししてくださいました。これは本当にラッキーでした。
—ご自身では、ショパン・コンクールの時の演奏をどんなふうに記憶されているのですか?
少し前に、また自分の演奏を観かえしたのですが、やはり普段とは少し違う演奏だと思いました。どちらがいいのかは、自分でもわかりません。人によってはあの演奏が良かったというかもしれませんし、今のほうが良いというかもしれません。
これはおそらく、俳優の演技と似ているのではないかと思います。たとえばある人は、ディカプリオは若い頃のほうが美しくてすばらしかったというかもしれないし、ある人は今の方がよりカリスマ性を感じるというかもしれない。どちらが良いかを決めることはできませんよね。
—あの頃よりも確実にいろいろ学び、経験を積んでいるけど、それでも、若かったコンクールの時の演奏には何か別の魅力があっただろうと感じると。
そうですね。それには、コンクールだからこその環境も影響しています。参加者はみんなそうだったと思いますが、私もとても緊張していました。あの種類のストレスは、皮肉にも、特別な瞬間をもたらしてくれるものです。
—コンクール以後、多くの音楽家と交流する機会が増えたと思いますが、なかでもツィメルマンさんからの影響は大きいそうですね。
そうですね、ツィメルマンさんのことは、まず音楽家としてすばらしいと思っているのはもちろん、人としても尊敬しています。初めて個人的にお会いした場所は、日本でした。私は事前に聞かされていませんでしたが、リサイタルに来てくださっていたのです。
当時はまだ、ジェネラル・マネジメントとも、レコード会社とも契約をしていませんでしたが、ツィメルマンさんはそんな私に、これからすべきこと、避けるべきことを教えてくださいました。以来、何か迷うことがあったらツィメルマンさんにメッセージを送って相談するようになったんです。まるで父親のように、いろいろなことをアドバイスしてくださいます。
—ひとつ意見をお聞きしたいことがあります。ショパンの音楽には、他国に支配された祖国への想いが表れているといわれます。演奏家はそんな、なかなか実体験できない感情を表現しなくてはならないわけですが、それはどうやって実現しているのでしょうか?現代でも紛争を経験したピアニストもいて、彼らの中には、それによってよりショパンに共感できるとおっしゃっている方もいます。
全ての悲劇的な感情を経験することになるとしたら、その人はとても不幸ですよね……。ベートーヴェンの聴覚を失う苦しみ、シューベルトのような貧しさなど、人生にはいろいろな種類の辛い経験がありますから。そして逆にいうと、紛争を経験したピアニストなら、必ずショパンの音楽を理解できるわけでもないのは明らかです。
作曲家の全ての経験を、実際に追体験することはできません。彼らが考えたことを100%理解することも不可能です。ただ、作曲家たちの置かれた環境や視点をできるかぎりわかろうとすることは、可能です。
私にとって、その鍵になるのはやはり楽譜です。紙に音符を書き、フレージングやダイナミクスを記すということが、彼らにとって自分の考えを伝えるための一番の方法だったのですから。紛争はじめ実体験しえない多くのことがあっても、楽譜を読み込んで中に入っていくこと、作曲家の人生を一生懸命学ぶことで、音楽を理解することができます。それが私にとって「経験する」ということだと思います。
—では、作曲家の意図を汲み、自分を作曲家の前に出してしまうことはせずに、オリジナルな自分の音楽を見つけるにはどうしたらいいのでしょうか?もしかしたら、これも楽譜を読むだけだとおっしゃるかもしれませんけれど。
難しいけれど、自分としては、そもそもオリジナルになろうとしたことはないんですよね。それは人の声のようなもので、ピアニストにもそれぞれに自分の音があります。その音で、自分で解釈した音楽を演奏するわけですが、そのなかでなにかを模倣しようとしたり、エキセントリックなことをしようとすることは、私はまずありません。
例えばグレン・グールドの音楽はオリジナリティがあって特別だけれど、彼にとって、単にそれが自分の音楽を伝えるために自然だったから、あの表現をしただけなんだと思います。もし私が彼のように演奏したら、それはもう不自然でしかありません。それは、ホロヴィッツでもルービンシュタインでも同じこと。みんな、オリジナルな演奏をしようとしていたわけではなく、自分の中にもともとあるものを出しただけだと思います。
だから、オリジナルな表現をしたいとか、特別な音楽を作りたいと考える必要すらありません。自分の中にある音楽は、何もしなくてもすでにオリジナルなのです。やるべきことは、シンプルに、作品を正しく自分の方法で理解しようとすることです。
Interviewed & Written By 高坂はる香(音楽ライター)
2021年8月27日発売
チョ・ソンジン『ショパン:ピアノ協奏曲第2番、スケルツォ』
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