チョ・ソンジンの最新インタビュー:新作『ショパン:ピアノ協奏曲第2番、スケルツォ』について語る
優勝したショパン国際ピアノ・コンクールのライヴ音源でDGデビュー。その後、2016年にチョ・ソンジンが初のスタジオレコーディングで録音したのは、ショパンのピアノ協奏曲第1番(ジャナンドレア・ノセダ指揮、ロンドン交響楽団)と、バラード全4曲だった。詩や歌を愛し、郷愁の念を胸にパリで没したショパンの繊細な心に寄り添う演奏は、ショパン・コンクールの覇者にふさわしいものだった。
その後、「“ショパン弾き”というラベルを貼られたくない」とあえてショパンを避け、ドビュッシー、モーツァルト、シューベルトなどを録音し、レパートリーを広げてきたチョ・ソンジンだが、今、5年ぶりにショパンを録音した。
コンクール優勝以後、世界で活躍するようになった彼が、近年のパンデミックの中で取り組んでいたこと、そしてショパンの音楽やアルバム収録作品について感じていることについて、お話を伺った。
—優勝以後、世界のコンサート・ホールを股にかけていた生活が、パンデミックにより一変してしまったと思います。演奏活動ができなかった間は、どのように過ごしていましたか?
パンデミック前は、年に4ヶ月も家にいられなかったのが、毎日毎日、1日中ずっと家にいたのですから、これは大きな変化でした。とはいえ、オンライン・コンサートをしたり、新しいレパートリーを勉強したり、録音の準備をしたりと何かと忙しかったですね。
コンサートで演奏する予定のないJ.S.バッハの作品を、自分の喜びのために弾くという時間もとることができました。ある日思いたって、パルティータを5時間かけて全部弾いてみたんです。それで次の日はフランス組曲を弾いてみたら、4時間かかりました。こんな時間がとれることはこれまでありませんでしたから、楽しかったですね。
—今回は久しぶりのオール・ショパンによるアルバムということで、ピアノ協奏曲第2番とスケルツォ全4曲を録音されました。選曲の理由は?
前回のショパンの録音以後、意識的にショパンを弾きすぎないようにしてきましたが、もう5年が経ったので、そろそろまた取り組んでみたいと感じたのです。
ノセダさん、ロンドン交響楽団という前回と同じ顔ぶれで、ショパンのピアノ協奏曲のサイクルを完成させたかったというのもあります。そこにスケルツォを合わせることで、バラードのアルバムとシンメトリーな内容にしたいと思いました。
—協奏曲を両方録音してみて、第1番と第2番、どちらがご自身の心に近いと感じましたか?
まず、第2番については第2楽章がとても好きですね。そして終楽章からは、ポーランドのダンス、マズルカの気分が強く感じられます。ただ、終楽章については1番のほうが好きかもしれない。第1楽章についてはどちらかを選ぶのは難しいかな。
—ソンジンさんの演奏する美しく切ない第2番の第2楽章を聴いていて、弾いているご本人は一体どんな気分でいるのだろうと思いました。自分で弾きながら感情移入して涙が出てくることなんてありますか?
ありませんよ(笑)。
—心はクールだけれど、ああいう風に弾けるということですか?
そもそも、最後に泣いたのがいつだったか思い出せません(笑)。
—悲しい映画を観たりしても?
泣きませんね。最後に泣いたのはいつだろう。もしかしたら、憧れているツィメルマンさんから初めてメールをもらったときが、泣きそうなほどうれしかった最近の出来事かもしれません。
あとは、以前コンサートでマーラーの交響曲第2番を聴いたとき、エンディングがとても感動的で、涙があふれ出しそうになりました。本当に泣いてはいないけれど。
—確かに普段、感情的になっている様子を見ることはあまりありませんが、一方で音楽表現は十分にエモーショナルです。ご自身で、自分の感情はどんなものだと思いますか。
私もロボットではないのでいろいろなことを感じているんですが(笑)、単にそれを言葉や態度、顔の表情で示すのが苦手なんです。たとえばすごく緊張していても、全然そうは見えないようですし。
ショパン・コンクールのときも、ステージの前は本当に緊張していました。3次予選のライヴ映像で、マズルカの最初の曲を演奏する前、しばらく顔を上に向けているところが映っているんですが、首元の脈の動きで、鼓動がどれだけ速くなっていたかがよくわかりますよ。
もしかすると、感情が顔に出ないことがマイナスになっていることもあるのではと思うこともあるんですけれど。たとえばものすごく幸せで喜んでいても誰にも伝わらないとか、すごく怒っていても気づいてもらえないとか。
—でも、音楽で伝えられるからいいのではありませんか。
……そうであるように、がんばっています(笑)。
—続いてスケルツオについてお聞きします。作品からどのような魅力を感じますか?
バラードがより複雑な構造なのに対して、スケルツオは基本的にシンプルなABAの構造で書かれています。Aの部分が激しく、Bの中間部は美しくゆったりしていて、常にコントラストが感じられます。でも、演奏によってはつまらなくなる可能性もあり、技術的にはもちろん音楽的にも難しい作品です。
今回私は、大きな建築や彫刻、絵画のようなイメージでスケルツォの音楽をつくっていこうと心がけました。あるテーマがもう一度出てくるときには少しずつ表現を変えていく。そのため、ペダルの踏み方、ルバートやダイナミクス、アーティキュレーションを変化させるなどさまざまな手法を試し、解釈をまとめていきました。
—シューマンがショパンのスケルツォ第1番について、そのあまりの深刻さに「もし冗談が黒い服を着て歩くなら、まじめは何を着たらよいというのか」と評したことが知られていますが、これについてはどう思いますか? ソンジンさんとしては、ショパンなりのユーモアを感じます?
シューマンは言葉の表現がおもしろい、さすがの才能の持ち主ですよね。実際ショパンがどんなつもりでこの作品を書いたのかは、本人に聞くことができないのでわかりませんけれど。1、2、3番はみんな短調で書かれていて中間部が長調という構成で、4番だけがその逆になっていますね。
私としては、1番のスケルツォからはある種の怖さを感じながらも、深刻さや暴力性はそれほどでもないという印象。4番にも、ウィットやユーモアが感じられますね。ただ3番については、痛烈な皮肉、悪魔的な何かを感じます。ただ、ここにも彼なりのジョークは込められているのかもしれません。
—スケルツォのような作品を聴いていると、こういうものを書いているときのショパンの精神的な状態はどういうものだったのだろうと思わずにいられません。とてもユニークで、普通でない感じがしますよね。
スケルツォは、ショパンの前の時代までは、ベートーヴェンが交響曲の中で用いるなど、大きな曲の中の短い楽章として存在していました。でもショパンは、これを独立した一つの作品に変容させたのです。
4曲のスケルツォはいずれも、内容が充実し、情熱的でドラマティックです。例えば前述の第3番のスケルツォは、(ショパンが恋人のジョルジュ・サンドと滞在していた)マヨルカ島で書かれています。この時、彼の健康状態は芳しくなく、精神的にも苛立っていたでしょう。
私も実際マヨルカを訪れ、ショパンが滞在していたヴァルデモッサの古い修道院を見て、何かその気持ちがわかる気がしました。寒くて冷たい建物に寝泊まりしているなか、天候も荒れていて、十分な暖房もない。その状況で音楽を書いて、ユーモラスでチャーミングなものが生まれるはずありません。
—ショパンの音楽の核心、大切なものはなんだと思いますか?
一般的に、ショパンの音楽はロマンティックだといわれますが、一番大事なのは、ロマンティシズムとクラシシズムのバランスだと私は思っています。ショパンはバッハやモーツァルトの音楽を好んでいて、自分をロマン派の作曲家だとは思っていなかったはずです。
ドラマティックでロマンティック。それと同時に、常にノーブルさを保っていることが大切だと思っています。
Interviewed & Written By 高坂はる香(音楽ライター)
2021年8月27日発売
チョ・ソンジン『ショパン:ピアノ協奏曲第2番、スケルツォ』
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