35年間、13作に及ぶスタジオ・アルバムを通じて重ねてきた、U2の長きに渡るレコーディングの冒険旅。その壮大な物語が、ここで現在に到達した。そして従来通り、その旅が目指す方向はただ一つ、前進あるのみである。
生涯の友人同士であるこの4人が『Songs of Innocence』で見せつけているのは、迸る無尽蔵のエネルギーだ。本作収録の新曲は活力と創意とに満ちており、そこには彼ら自身の人生について描かれたごく自伝的なものも含まれている。この新曲群も、そしてバンドも、ツアーに出る準備は万端で、この生まれたての息子や娘達を連れて、皆に愛されている素晴らしい旧作からの兄姉達と共に、U2は世界中を回る用意を整えていた。
本作の画期的なデジタル・リリース(*訳注:このアルバムはフィジカル・リリースに先駆け、発売発表後すぐに、世界中のiTunes Music Storeの顧客に対してAppleより5億DLが無料で提供された。)に向けられた果てしない注目の霧が晴れた今、ここで浮かび上がってきたのは、より重要な要素、つまりその中身から発せられる凄まじい生気である。これを一層際立たせたのが、2015年5月14日のバンクーバー公演を皮切りに開始されるiNNOCENCE + eXPERIENCEツアーに寄せられた、空前の期待と需要であった。
2ヵ月半かけて行われる北米ツアーは、77月下旬、なんと全8夜に渡って開催される、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン公演で最高潮に達することになる。その後、舞台はヨーロッパへ。2ヵ月以上に及ぶ全日程ソールド・アウトの欧州ツアーには、全6回のロンドン・O2アリーナ公演も含まれている。
他のバンドの多くが過去の栄光だけを売りにしている一方、オーディエンスにとっても自分達にとっても、常に新鮮かつ今日的な意義のある存在であり続けなければならないという欲求が、U2の活力源であった。ジ・エッジがローリング・ストーン誌に説明していた通り、それこそが、『Songs of Innocence』の楽曲と演奏において中心的な役割を果たしていた。
1ヵ月間に渡って行われたiTunes限定の先行デジタル配信を通じ、50億人に新作を無料配布した後、デジタル時代についてバンドが何を学んだのか、ジ・エッジは次のように述べている。「僕らは今、その(デジタル時代の)黎明期にいるんだよ」と。 「現代に暮らしていると忘れがちなことだけど、最新式のものが最新でいられるのは30秒程だけなんだ、今はそれがかつてないほど顕著だよね」。
「今回のことを数年後に振り返ったら、ちょうど今の僕らがVCRやダイヤル式の電話を振り返るような感じになるんだろう。ラジオが登場した時は、シートミュージックの音楽はもう終わりだと、誰もが思っていた。商業的な世界では、音楽の価値が引き下げられ、使い捨てにされてしまっていると思う。だけど音楽を愛する人達や、それを作る側にとっては違うと思うし、巨大テクノロジー企業の全てが必ずしもそうだというわけではない。アップルは、そしてU2も、アーティストに正当な報酬が支払われるよう、懸命に闘っているよ」。
「将来的に、テクノロジーは、音楽に奉仕するより良い奉仕者にならなくてはいけないんだよ、奴隷をこき使う主人ではなくてね。僕らはテクノロジーの利点を生かすこともできるし、実際僕らはそうしている。だけど僕らのように、音楽によって十分に報われている人々は、アーティストが創作を行いながら育っていく力が失われないよう、その方法を何とか見つけ出して、恩返しをしないといけないんだ」。
2009年の『No Line On The Horizon』と『Innocence of Songs』の間には、5年のギャップがあったかもしれないが、U2 360°ツアーが110公演目の最終日を迎えたのは、2011年7月のことであった。 様々なスタジオで進化を遂げた、この新作。そのプロデューサーに名を連ねているのは、デンジャー・マウス、ポール・エプワース、ライアン・テダー、ディクラン・ギャフニー、そしてフラッドだ。
この新たな経験のために用意されたスタジオは少なくとも7ヵ所に達し、エレクトリック・レディ・スタジオ、ザ・チャーチ、シャングリラ、ストラスモア・ハウス、プル・スタジオ、アソールト&バッテリー、そしてザ・ウッドシェッドでセッションが行われた。2014年9月にリリースされたアルバムは、このバンドが40年近くに渡る経験を通じて培ってきたキャリアの中で受けてきた、様々な時代の様々な影響の全てがふんだんに盛り込まれた統合体であると、数々のレビューで述べられている。
「U2は『Songs of Innocence』において、耳障りで、肌を刺すように鋭く、冴え冴えとしていた初期の自分達と、再び繋がり合っている」と記していたのは、MOJO誌のトム・ドイルだ。「それによって、私達だけでなく彼ら自身もまた、逆境と闘っていたデビュー当時のことを思い起こしているのだ。その結果完成した作品は、『Achtung Baby』以来の傑作かつテーマ的に最も完成度の高いアルバムとなった。過去と向き合うことで、U2は未来に帰る道を見出したのである」。
故郷に目を向けるというテーマ、そして彼らが育った1970年代のダブリンに目を向けるというテーマは、一度聴いたら病み付きになる、荒々しくも毅然としたオープニング曲「The Miracle (of Joey Ramone)」を聴けば明らかだ。この曲では、U2が音楽で身を立てることを選んだ理由の正に1つであった、ラモーンズのリード・ヴォーカリストに感謝の言葉を捧げている。「僕は若かったが、愚かではなかった/ひたすらあなたに、目が眩むほど心酔したかった」と、敬意を表してボノは歌った。「真新しい世界へと、僕らは巡礼の旅に出た」。
その他にも、若き日のU2の手本となったもう1つのバンド、ザ・クラッシュへの感謝が込められた曲がある。ジョー・ストラマーに捧げた「This Is Where You Can Reach Me Now」がそれだ。「Every Breaking Wave」では、「With Or Without You」同様、確信に満ちながらも自制を効かせた波が、岸辺に打ち寄せられている。一方「Volcano」は、ふつふつと泡立つ溶岩のようだ。
切なる思いが溢れるアンセム調の「Iris (Hold Me Close)」は、ボノがわずか14歳の時に亡くなった母親からインスピレーションを受けて書かれた曲で、その名前がタイトルとなっている。「The Troubles」には、スウェーデン音楽シーンをリードするリッキ・リーがゲスト・ヴォーカルで参加。一方「Cedarwood Road」は、ひとつの作品に参加している個々の人間が全員何か凄いことをやってのけている時に起きる、結束作用の典型例だ。この曲でも、歌詞では実際にあった個人的な出来事が言及されており、ボノが子供の頃に暮らしていたヒューソン家の隣の家の庭にあった、桜の木について触れられている。
「そもそも僕らはなぜバンドをやりたいと思ったのか、それを解き明かそうとしているんだ」と、ボノはアイリッシュ・タイムズ紙に語っていた。「バンドを取り巻く人間関係や、僕らの最初の旅 ―― 地理的な意味でも、精神的な意味でも、性的な意味でもね。それは辛く苦しい旅路で、何年もの歳月がかかった。 言い方を変えれば、厄介な問題が色々と蒸し返されてるってことさ」。
今回の一連のアルバム解説では、世界中を何十回となく巡り、前方に広がり続ける魅惑的な道を突き進んできた。『Songs of Innocence』収録の「Song For Someone」には、こんな一節がある。「光があるなら、消してしまわないで」と。U2が、これまで光を消したことはない。そしてこれからも、決して消すことはないだろう。
Written by Paul Sexton
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