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「こんなザ・キラーズを待っていた!」コロナ禍での最新作『Imploding the Mirage』の魅力とは
2020年8月21日に発売されたアルバム『Imploding the Mirage(インプローディング・ザ・ミラージュ)』にて、英国外のバンドとしては史上初のデビューから6作連続全英1位を獲得したザ・キラーズ(The Killers)。このアルバムについて、『rockin’ on』5代目編集長、現在は音楽ライター/ジャーナリストとして活躍されている粉川しのさんに寄稿いただきました
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こんなザ・キラーズを待っていた!そう快哉を叫ばずにはいられない待望のニュー・アルバムが『Imploding the Mirage』だ。
ここにはキラーズの全てがあると言っていいだろう。ボーカルに匹敵する饒舌さでメロディを担いながら、何度も畳み掛けるようにスパークするシンセが。軽やかなアルペジオとダイナミックなリフを巧みに折り重ねながら、前へ前へと突き進むギターが。ヌケ感のある広大な空間設計と、必要とあらば瞬く間にそこを埋め尽くしていくゴージャスなコーラスが。それら全てが余すことなく詰め込まれているのだ。
ポップ・アルバムとしての強度は『Hot Fuss』と比肩するが、グロッシーな夜のイメージが強かった同作とは対照的に、本作は暖かな陽光を感じさせる日向のアルバムだ。ブルース・スプリングスティーンに通じるロックンロールのリリシズムの面では『Sam’s Town』を彷彿させるが、本作はより洗練されたサウンド・プロダクションで2020年ときっちり向き合ったアルバムに仕上がっている。そして何よりも強く感じるのは、この『Imploding the Mirage』は「明日に向かう音楽」だということだ。
キラーズはこれまでも常に走り続けてきたバンドだった。砂漠の中に突如現れるネオンと享楽の街ラスベガスに生まれた彼らは、その虚構の世界からのエクソダスを大きなテーマのひとつとしてきたバンドでもあった。ただし、向かう先ははっきりしていなかった。それが本作に至って、彼らは初めて目的地を明確に定めたのではないか。
ちなみにブランドンは本作のレコーディングを機に、実際にラスベガスを離れてユタに移り住んでいる。「大胆にやってみよう、今夜は変化の風がワイルドに自由に吹いている」「この街から出なくては。最後には僕が燃やしてしまうかもしれない。だから大胆にいこう」と歌う「Caution」はまさに彼がラスベガスに決別を告げるナンバーだが、同曲を筆頭として、今日より良い明日を信じて突っ走る楽観性のようなものが『Imploding the Mirage』を力強く躍動させているのだ。
かくも開放感に満ちた『Imploding the Mirage』だが、リリースに至るまでには紆余曲折もあった。ロサンゼルス、ラスベガス、ユタ州のパーク・シティなど、各地でレコーディングが進められた本作はもともと今年5月のリリースが決定しており、それに伴い大規模なUK&アイルランド・ツアーも夏に始まる予定だった。しかし多くのアーティストの多くの作品がそうだったように、『Imploding the Mirage』も新型コロナ・ウィルスの影響を受けて8月にリリース延期となり、ツアーも今のところ2021年5月以降でリスケジュールされている。
『Imploding the Mirage』のレコーディングでは、バンド内の力学にも大きな変化があった。最大の変化はギタリストのデヴィッド・キューニングが同作のレコーディングに参加しなかったことだろう。デイヴとマーク・ストーマー(B)は「家族との時間を大事にしたい」との理由で前作『Wonderful Wonderful』のツアーにも参加しておらず、ここ数年は変則的なフォーマットでの活動が続いていたキラーズだが、レコーディングにメンバー全員が揃わなかったのは今回が初めてのことだ。
ちなみにデイヴは正式に脱退したわけではなく、現在でもキラーズはブランドン、デイヴ、マーク、そしてロニー・ヴァヌッチィ(Dr)の4ピースであり続けている。脱退はしないけれどレコーディングに参加しないメンバー、ツアーに参加しないメンバーがいる彼らの活動方針は、普通のロック・バンドであれば途端に空中分解しそうだし、無理やりアルバムを作ったところでアイデンティティを喪失してロクなものに仕上がらない予感しかしない。でも驚くべきことに、『Imploding the Mirage』においてはむしろサウンドの一体感、メッセージの求心力が前作以上に増しているのだ。
発売が8月にずれ込んだのも、結果的にジャストのタイミングになったのではないか。本作のサウンドが単純に夏に似合うのに加え、半年以上に及ぶパンデミックがもたらした閉塞感を打ち破る号令のようにすら聴こえるアルバムに仕上がっているからだ。彼らが本作でデビューから6作連続全英1位、6作連続ビルボード・トップ10入りという大記録を達成したのも納得だろう。
熱にうなされ上擦るようなブランドンの歌声といい、タイトに絡まり合いながら天に突き抜けていくギター・リフとシンセ・リフといい、オープナーの「My Own Soul’s Warning」から早くもクライマックスに到達してしまう本作のメイン・プロデューサーは、西海岸のインディ・サイケ・シーンを牽引するフォクシジェンのジョナサン・ラド、ケイシー・マスグレイヴスやアラバマ・シェイクスとの仕事で知られるショーン・エヴェレットで、2人共にキラーズとは初タッグとなる。
キラーズらしい壮大なサウンドスケープの中でスライド・ギターとハモニカがアメリカーナの風を吹かせる「Blowback」はラドの采配を感じるナンバーだ。一方、「Dying Breed」にクラウト・ロックのカルト・ヒーローCanとNeu!のループを搭載するというトリッキーなアイデアはエヴェレットのものだったそうだが、エクスペリメンタルなループがロニーのドラム・ブレイクを合図に華麗なフル・バンド・サウンドに雪崩込む構成は見事!としか言いようがない。「Dying Breed」に限らず、本作のナンバーはどんな憂鬱なメロディで始まろうとも、メランコリーに深く沈む中盤があろうとも、最後には必ず気分を昂揚させるブレイクスルーが、希望の端緒が待ち構えているのが感動的なのだ。
先行シングルとしてリリースされ、ファンの期待を最大値まで引き上げた「Caution」には元フリートウッド・マックのリンジー・バッキンガムが参加している。 「Caution」は全編がサビと言っても過言ではないポップ・チューンだが、中でも最大の聴きどころはバッキンガムのギター、特にアウトロのソロだろう。美しい流線型の残像を引き離しながら疾走する彼のギターは、「風と嵐のダンス(Dance of the Wind and Storm)」と題されたアルバム・ジャケットのアートワークを想起させるものだ。
『Imploding the Mirage』にはバッキンガムの他にも多くのアーティストがゲスト・プレイヤー、コラボレーターとして参加している。デイヴのレコーディング不参加、マークのツアー離脱によってもはや4ピース・バンドの体を成していないキラーズだが、その代わり現在の彼らは集合知の極致のようなフォーマットを持つプロジェクトになった、と言えるかもしれない。
プロデューサーとして全体を采配しつつ、演奏面でもマルチ・プレイヤーの面目躍如な大活躍を見せているラドを筆頭に、ウォー・オン・ドラッグスのアダム・グランデュシエル(「Blowback」)、レモン・ツイッグスのダダリオ兄弟の兄ブライアン(「My Own Soul’s Warning」)、ワイズ・ブラッドことナタリー・メーリング(「My God」「Blowback」他)ら、本作のコラボレーターはプロデューサーも含めて通好みなインディ・ロックのアーティストが大きな存在感を示している。10年以上にわたってモダン・ロックの旗手、若手を代表するスタジアム・ロック・バンドとしてシーンに君臨してきたキラーズが、2020年代の幕開けに相応しいフレッシュな感覚を本作で獲得した一要因として、彼らとのコラボレーションがあったことは想像に難くない。
また「Lightning Fields」にはカナダが生んだカントリー・ポップのレジェンド、k.d.ラングが参加、ブランドンとの豪華デュエットが実現している。「Lightning Fields」はブランドンの両親の思い出をテーマにした曲で、ラングの歌声に2010年にがんで亡くなった彼の母上を重ねて二人のデュエットを聴くと、「愛に終わりはない」というメッセージも含めて胸にくるものがある。「Fire in Born」は本作中ではレアなディスコ・ポップ・チューンで、シンセの凝ったレイヤーが他の曲と一線を画しているが、それも同作のクレジットにお馴染みのスチュワート・プライスの名前を見つけて納得がいくはず。
80年代のU2を彷彿させる「Running Towards a Place」や、ブランドンのボーカルにザ・キュアーのロバート・スミスが乗り移っている「Imploding the Mirage」など、後半は彼らのルーツであるニューウェイヴ色の強いナンバーが目白押しだ。特に「Imploding the Mirage」はピアノ、マリンバ、ビブラフォンが乱れ跳ねるカラフルなビートが楽しすぎるナンバーで、これほどポジティヴなムードに包まれてエンディングを迎えるキラーズのアルバムは珍しいのではないか。
前述のように「Dance of the Wind and Storm」と題されたペインティングをフィーチャーしたアルバム・ジャケット、さらには「Caution」「Fire in Bone」他シングルのジャケットも含めて、本作関連のアートワークには全てテキサス生まれのアフリカ系アメリカ人画家、Thomas Blackshearの作品がフィーチャーされている。ブランドンは彼の作品そのものから本作の大きなインスピレーションを得たこと、「Blackshearのペインティングはアルバム作りにおいてメンバーの一員のようだった」ことを証言している。
たしかに自然と人間、スピリチュアルな世界と私たちの生きる世界が暖かな色彩の中で力強く融合している一連のアートワークは、『Imploding the Mirage』のテーマを何よりも体現していると言えるのではないか。先の見えない困難な日々が続く2020年にあってなお、それは眩しく輝いているのだ。
Written By 粉川しの
ザ・キラーズ『Imploding The Mirage』
2020年8月21日発売
CD / iTunes/ Apple Music / Spotify
- ザ・キラーズ アーティスト・ページ
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