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テイラー・スウィフト『folklore』解説:コロナ禍でどう生まれ、何が込められ、過去作と何が違うのか
2020年7月24日に事前予告なくサプライズで発売されたテイラー・スウィフトのアルバム『folklore』。アルバムとリード曲「cardigan」が史上初めて全米アルバムチャートとシングルチャートで初登場1位を記録し、批評家やリスナーからも大絶賛され、早くも来年のグラミー賞の本命という声も聞こえてきます。
そんなアルバムはどのようにして生まれたのか? テイラーはアルバムに何を込めたのか? 過去作との違いは何なのか? といったことについて、テイラー・スウィフトの過去ほとんどの国内盤CDでライナーノーツを担当してきたライターの服部のり子さんに解説いただきました。
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テイラー・スウィフトから新作『folklore』という思わぬギフトが突然届いた。初めて聴いた時、予想をはるかに超える、とんでもない音楽が来たという思いでいっぱいになった。カラフルで、ポップだった前作『Lover』とは大きく路線が異なる。カントリー・ミュージックの出身なので、アコースティック楽器の音楽は、彼女の中に全くないものではないが、でも、原点回帰ではない。
テイラーは、セルフ・プロデュースの能力に長けていて、未来図を明確に描くなかでアルバムを作り、ツアーを行ってきた。その彼女が初めて計画にはなかったアルバムを作った。それが新作を紹介するうえで、大前提となる。
では、どこからこの美しく、ほのかに幻想的な音楽は生まれたのか。3月からアメリカで始まった自粛生活が関係している。テイラーも全ての予定をキャンセルして、自宅にこもった。何も出来ない状態は、苦悩を伴うものだが、思わぬ時間だけは出来た。
テイラーは、アルバムのブックレットに寄せた<プロローグ>にあるように、その時間のなかで、「頭にさまざまな光景が浮かんできて、好奇心を刺激されたのが曲作りの始まり。アルバムが生まれたきっかけは、視覚的なイメージだった」と語っている。場所も時代も異なる、いくつものイメージから次第に主人公の顔や名前が定まっていき、それが歌の物語となっていった。
きっと空想の世界にいる自分を楽しみ、そこから曲に発展していく可能性に心躍ったに違いない。これまでのテイラーは、恋愛に限らず、自身の経験を歌にすることが多く、そこに宿るリアルな感情がリスナーの共感を呼んできた。16歳でデビューしてから現在まで公私ともに多忙を極めて、次から次へと新しい経験が押し寄せてくる環境で、作曲のインスピレーションに事欠かない日々を送ってきたと思う。
それがパンデミックの影響で、全てが止まり、自宅で過ごす静かな時間が無制限に続く。何も起こらない、平穏な日々のなかで、これまで通りポップ・ソングを書くことだって可能だったはずだ。でも、テイラーの場合は、「ペンを手に執るということが空想や歴史、思い出の中に逃避する手立てだった」と言うが、これまで働く必要のなかった“空想のスイッチ”が一気に入り、そこから“視覚的なイメージ”が溢れ流れてきたのだ。
ここまではある程度想像がつくが、ここからテイラーの長けたプロデュース能力が発揮される。これらの物語を作品に昇華させるにはどうしたらいいか。フォークロア(古く伝わる風習・伝承)をテーマにするのであれば、誰と組むのがいいのか。
テイラーは、ザ・ナショナルのメンバーであるアーロン・デスナーに、「リモートで一緒に曲作りをしませんか」と連絡をした。彼とは数年前にTV番組『サタデー・ナイト・ライヴ』で一緒になり、昨年テイラーが彼らのライヴに足を運んだことから交流が始まった。
バンド結成から20年を超えるザ・ナショナルは、日本ではあまり知られていないが、2017年に全米2位となったアルバム『Sleep Well Beast』でグラミー賞最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞を受賞している。そして、2019年に彼らのファンという映画監督マイク・ミルズからのオファーで、映画と音楽がリンクする作品『I Am Easy To Fine』を制作した。監督が制作した同名タイトルの30分にも満たないモノクロ短編映画ではセリフよりも多く、男女のヴォーカルが交錯する、彼らの音楽が全編で流れた。テイラーは、この音楽に共鳴し、どこか影響を受けたのではないか。
自粛期間をニューヨークで過ごしていたアーロンもやはり自宅スタジオで、目的もなく曲作りをしていた。だから、テイラーから連絡を受けた段階で、彼の手元に新しい曲の断片とか、アイディアが結構あった。それを受け取るにあたって、テイラーが彼に伝えたのは「アーロンのアイディアを極力壊さずに生かす」ということだった。それが今までにないメロディーの理由だ。そして、わずか数時間後、彼女の携帯からヴォイス・メモが送られてきて、そこにはフル・ヴァージョンの歌が録音されていたという。アーロンのアイディアにインスパイアされて、曲が溢れ出てくるテイラーの姿が浮かぶ。そこからリモートによる曲作りが始まった。
最初に完成したのがアルバムからのリードトラック「cardigan」だという。「20年経っても、喪失感の残り香が消えないカーディガン」というイメージから発展した曲だが、ストーリーテリングな歌詞には古代ギリシア時代の哲学者アリストテレスの言葉が引用されていたり、ピーター・パンとウエンディが比喩で使われたりしている。
この曲に代表されるように、これまで以上にストーリーテリングな歌詞が素晴らしく、彼女と視覚的イメージを共有することも出来る。なので、ぜひ歌詞対訳をしっかり見てもらいたい。彼女がいかに優れたストーリーテラーか、どれほど表現豊かな言葉を持ち合わせているか。それが強く感じられる(国内盤CDには歌詞対訳が収録)。
CDのボーナストラック「the lake」を含めた17曲の歌詞を前に思い出されたのが2011年の『Speak Now』ツアーでのこと。ボブ・ディランをはじめとするシンガー・ソングライター達の歌詞の一節がテイラーの腕に書かれていた。それが毎回異なることでも話題になったが、ファッションではなく、その頃21歳のテイラーは、彼らの音楽と真剣に対峙していたのだろう。そういう努力の結果が新作に結集されている。
レコーディングもリモートで行われた。ボーナス・トラックを含む17曲中11曲をアーロン・デスナー、残りの6曲をアルバム『1989』以来の付き合いになるジャック・アントノフがプロデュースしている。ピアノやギターなど曲中で印象的に流れる演奏をはじめ、ほとんどの楽器を2人がそれぞれ演奏している。それ以外は、こんな時期なので、自ずと2人の親しい人が参加していて、その極めつけというか、テイラーの熱望から実現したのが4曲目「exile」でのBon Iverとの共演だ。2人のヴォーカルが交錯する歌に、男と女の独特の距離感が醸し出されていて、回想シーンのような映像が浮かんでくる。聴きどころはたくさんあるが、個人的にはアルバムのハイライトになる曲だと思う。
前述したようにテイラーは、自ら描いた未来図を持っている。セカンド・アルバム『Fearless』でグラミー賞最優秀アルバム賞を当時最年少の20歳にて受賞した後、3作目の『Speak Now』でのインタビューで、すぐにポップスに転向するかと思ったと尋ねると、「もう1枚カントリー・アルバムを作るべきだと考えていたから」と答えた。その言葉どおり、4作目以降はポップ・アルバムが続き、ワーツド・ツアーの会場はスタジアムになり、それに耐えうるサウンド作りがされてきた。
アルバムは全て大ヒットし、私生活でも恋人ジョー・アルウィンとの関係は順調で、結婚も視野に入っていると言われている。そのなかで前作『Lover』を聴きながら、これからテイラーはどこに向かうのかと、漠然と思ったことがある。今後どうなるかわからないが、彼女のなかにまだまだ才能が隠されていること、既存のジャンルとか業界の常識の枠には収まりきれないことがあらためて示された。
30歳になって初めてのアルバム『folklore』。これまで彼女にも見えていなかった、新たな未来図が広がったのではないだろうか。
Written by 服部のり子 / All Photo by Beth Garrabrant
テイラー・スウィフト『folklore』
2020年7月24日発売 / 国内盤CD 8月7日発売
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