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R.E.M.『Automatic For The People』のMV監督5人が当時を語る独占インタビュー

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Photo: Concord Records/Universal Music Group

R.E.M.の 8作目で数百万枚以上の売上を果たした『Automatic For The People』。このアルバムの発売25周年を記念してドルビー・アトモス・ミックスのデラックス4枚ディスク・リイシュー盤が発売された。1992年にこのアルバムが発売されて初めて、ジョージア州アセンズ出身のR.E.M.は地球上最も影響力のあるオルタナティヴ・ロック・バンドとなった。

ベーシストのマイク・ミルズが「私たちの最もまとまったアルバム」と呼んだこの超越的な作品は、今ではロック・アルバムの手本のひとつとして挙げられる。しかし7枚目のアルバム『Out Of Time』がそうであったように、当時のR.E.M.は新作『Automatic For The People』のプロモーションとしてツアーを行うことを拒み、その代わり非常に刺激的なプロモーション・ビデオを使ってアルバムを宣伝した。

『Automatic For The People』のキャンペーンとしてR.E.M.はシングル6枚すべてのビデオを制作し、ピーター・ケア、ケヴィン・カースレイク、ジェイク・スコット、ジェム・コーエンなどの革新的な監督たちとコラボレーションを行った。そして今回uDiscover MusicだけにR.E.M.とのコラボレーションについて監督たちが語ってくれた。


「Drive」(1992年10月/監督:ピーター・ケア)
『Automatic For The People』からの最初のシングル「Drive」と「Man On The Moon」のビデオをR.E.M.はピーター・ケアに依頼した。ピーター・ケアは他にもブルース・スプリングスティーン、トム・ペティ、デペッシュ・モード、キャバレー・ヴォルテールなどとも仕事をした経験がある。以前にもピーター・ケアはR.E.M.の『Out Of Time』からの4枚目となるシングル「Radio Song」でもコラボレーションを行っている。

ジョン・ポール・ジョーンズの素晴らしいストリングスのアレンジで更に質を高めた「Drive」の歌詞はデヴィッド・エセックスの1973年のヒット「Rock On」からインスピレーションを受けている。聴き取れるコーラスはないものの、この不安定だが非常にパワフルな曲は欧米でトップ30ヒットとなった。曲と同じく印象的なプロモーション・ビデオでは、ピーター・ケアがロサンゼルスのセパルべダ・ダムにてメンバーたちを白黒で撮影した。

「“史上最高のクラウド・サーフィングのミュージック・ビデオを作りたい。そしてピーター、マイク、そしてビルが登場し、60年代の公民権デモを再現して、勢いあるホースによって彼らが噴射されるんだ” と、マイケル・スタイプに言われました」と、監督は思い出しながら話す。

「白黒以外にもマイケルはレーザーやストロボの使用を希望しました...そしてカメラは常にクラウド・サーフィングを見下ろすアングルであることも」とピーター・ケアは詳細を語る。「ロケ地は純粋に現実的に考えて決めました。ファンたちが簡単にみつけられて、水はけができる場所を探しました。ビデオを見ただけではダムだとはわからないと思います。場所がわからないようにしたいと思い、代わりにそこにいる人たちに世界を定義してもらいたかったのです」。

荒涼とした白黒の映像ではあるものの、同時に救世主的なジギー・スターダスト調の特有な雰囲気が「Drive」の映像にはある。

「マイケルがシャツ無しで撮影するために胸の毛を剃ったと話した時、 ロック・スターやセックス・シンボル的な要素、そして召集するリフレインがあるので私は少しだけ露骨過ぎるかなと思いました」と、ピーター・ケアは話す。

「‘Drive’の打ち合わせを今振り返ってみると、彼のシャツ無しで撮影するアイディアを厚かましくも批判した自分に驚きます。マイケルは私のことをリスペクトしていたから話を聞いてくれましたけど。クラウド・サーフィングのアイディアを話してくれた時には、私はすぐにもっと“詩的”で“歴史的”な映像を想像し、白いシャツがきっと役立つだろうと思いました。古典絵画‘マラーの死’(シャツを着たまま浴槽で死んでいる絵)と‘ヘスペラス号の難破’(人々が嵐の中でボートにしがみつく詩)を思い出したんです。その他にも、白いシャツならストロボの光の中でより衝撃的な印象を与えるのではと考えました」


「Man On The Moon」(1992年11月/監督:ピーター・ケア)

故人となったアメリカ人コメディアンのアンディ・カウフマンがエルヴィス・プレスリーと天国で会う(歌詞の中で天国はトラック・ストップとなっている)という物語の「Man On The Moon」では、夢心地のカリプソ・スタイルの序奏部から、記憶に残る賛歌のようなコーラスへと変わっていく。今でも多くのファンたちのお気に入りの曲だ。

再び白黒で撮影したピーター・ケアは、カリフォルニア州パームデール近くの砂漠にてジョン・スタインベック調の映像で殆どを撮影した。そのロケ地を選んだのは、「美しくもあり醜くもある砂漠、電線の鉄塔、切妻屋根のトラック・ストップ、中で撮影できる営業中のバー、そしてビル・ベリーの18輪トラックのシーンに映る道路がある場所で、ロサンゼルスに一番近いところでした」

R.E.M.にとっては珍しく、曲内のイメージがそのままプロモーション・ビデオで表現されており、それは同時にピーター・ケアの作品でも珍しいことである。「キャリアの中で、歌詞を基にミュージック・ビデオを作ることは一度もしたことがありませんでした」と監督は話す。「タイトルをインスピレーションに使うことはあるかも知れないけど、殆どの場合は音楽の全体的な感じと雰囲気、そしてバンド又はアーティストの芸術対商業を基にしたニーズに沿って作っています」

「歌詞をそのまま映像にするのは平凡すぎるといつも思っていました。ですからマイケルと会い、彼が色々と具体的なアイディアを話してくれた時(木の杖を持って歩く、蛇をまたぐ、等)、すぐに文字通りにすべての歌詞を表現しなければと思いました。しかし撮影の時にマイケルはアイディアの幾つかを考え直しました。例えば、撮影中のセットと編集中に変更になった部分として、杖を持って歩く彼が月の上を歩く宇宙飛行士の映像のものと差し替えられました」

そして、言うまでもなく、トラック・ストップでは歌詞に合わせて口を動かす人たちが登場する。R.E.M.の元々のアイディアを基に、彼らエキストラは皆ロサンゼルスでキャスティングされ、撮影のために日帰りのバスでロケ地まで連れてこられた。「私たちは中西部出身で善良な見た目の人たちを選びました。生まれながらの“R.E.M.っぽさ”を持ち合わせた人たちです」と、ピーター・ケアは言う。

「それぞれの俳優に、どれだけ大切な役割をビデオの中で果たすのかを伝える必要がありました。撮影の数日前にコーラスの入ったカセットを渡して歌詞を必ず覚えるように伝え、ただ口パクをするのではなくて、ちゃんと歌うように伝えました。みんなちゃんとやってくれました。砂漠にある小さな町のバーは何度も繰り返されるコーラスで満たされ、順に一人ずつを撮影した時にはその雰囲気と仲間意識が明らかにその場を包み込んでいました」

「私にとってそれはとても感情的で、映像を作ってきたキャリアの中で非常にユニークな瞬間となりました」と監督は最後に話す。


「The Sidewinder Sleeps Tonite」(1993年2月/監督:ケヴィン・カースレイク)
ジョーン・ジェットのドキュメンタリー映画が完成間近である監督ケヴィン・カースレイクは、ボブ・モールド、ライド、マジー・スターなど多くのオルタナティヴ・ロック界を代表するミュージシャン、そしてその他にもスーパースターのプリンスニルヴァーナなどともコラボレーションを行ってきた。監督が今回uDiscover Musicに語ってくれたことによると、R.E.M.とはワーナー・ブラザーズのビデオ担当のランディー・スキナーによって紹介されたそうだ。「ある晴れた日に食事を一緒にし、そこからすぐにトントン拍子で事が運びました」

「The Sidewinder Sleeps Tonite」は『Automatic For The People』の中で最もポップなトラックであることは間違いなく、シングルでリリースされたことに驚くことはない。カースレイク監督によると、ビデオの大半はロサンゼルスにある古いサウンドステージにて撮影されたが、機械はロサンゼルスから離れたトパンガ・キャニオンに住むアーティストのジョナサン・ボロフスキーの裏庭にて撮影された。

R.E.M.と仕事をしたことがあるすべての映像作家の気持ちを代弁するかのようにケヴィン・カースレイクは、マイケル・スタイプとバンド・メンバーたちはビデオの製作に積極的に加わったと打ち明ける。

「The Sidewinder Sleeps Tonite」では、マイケルのきめ細かな映像センスがそのパフォーマンスを通じて表現されています」と監督は話す。「メンバーたちは回転する巨大な輪の下に分けられたそれぞれが季節を表す4つの仕切りの中におり、ビデオが撮影された場所はシンプルで小さかったのですが、マイケルのカメラに対する意識と空間を自由に使う能力はきっと魔法のような結果をもたらすだろうとすぐに分かりました。それぞれのメンバーがいる場所を順に4つの季節で表現しました。どの季節だろうがマイケルは遊び心と支配力でその空間を我が物にし、私はそれを果てしなく魅力的だと思いました」


「Everybody Hurts」(1993年4月/監督:ジェイク・スコット)
『Automatic For The People』の中で世界的に有名なヒット曲であるソウルフルなバラード「Everybody Hurts」の素晴らしいプロモーション・ビデオは、ジェイク・スコットが監督し、テキサス州サンアントニオの郊外で撮影した。『ブレードランナー』の監督リドリー・スコットの息子であるジェイク・スコットは、ザ・ローリング・ストーンズ、レディオヘッド、サウンドガーデントーリ・エイモスなどの優れたアーティストとのコラボレーションでも知られる。

ビデオ制作を依頼された時にジェイク・スコットがロサンゼルスに住んでいたことが影響し、ビデオの中でのR.E.M.のメンバー4人は渋滞にはまっている車に乗っている。

「ロサンゼルスで暮らしていると車の中で過ごす時間が長くなります」とジェイク・スコットは言う。「曲の惨めな切望する感じとテンポが、渋滞の中でのゆっくりとした動きを暗示しており、もしかすると渋滞というシチュエーションでは人間らしさが交わされるかも知れません。フェデリコ・フェリーニの映画『8½』からインスピレーションを得ました。この名作を参考にすることは、巨匠の作品か盗用するのではなくて、敬意を表することが目的でした。きっと上手くできたと思っています!

1994年にグラミー賞にノミネートされた「Everybody Hurts」のビデオは、ロサンゼルスからフロリダ州ジャクソンヴィルまで続く1-10のインターチェンジ近くで撮影された。撮影には多数のエキストラが出演。ジェイク・スコットは今でも懐かしく思い出す。

「建築はロサンゼルスの高速道路の構造を連想させます。コンクリートの溝があって、そこを閉鎖して撮影することができました」と彼は言う。

「地元の自治体は非常に協力的でした。街中でスカウトした人と地元の俳優たちをキャスティングしました。私は一人一人と話し、“傷付いたこと”とそれがどのような意味を持つのか尋ねました。何度も話し合いをした結果、カラーで撮影することになりました。その方がリアルなのと、青い空や様々な色の車を背景にした灰色の組み合わせが良かったのでそうしました 。今でもお気に入りのあのビデオを作っていた時に多くのことを学びました」


「Nightswimming」(1993年7月/監督: ジェム・コーエン)
長年のR.E.M.のコラボレーターであるジェム・コーエンは、「Talk About The Passion」や『Out Of Time』の「Country Feedback」など、当時の時点で既にバンドと幾つかの映像を制作している。都市景観の観察的描写やSuper 8や16mmフィルムなどの小型フォーマットの使用で評価され、ニューヨーク市を拠点に活躍する監督は、「Nightswimming」でも似たアプローチで撮影を行った。それは優雅でピアノを主に使用した、夜に裸で泳ぐことについてのバラードだ。

「ファースト・シングル‘Radio Free Europe’の時からR.E.M.の音楽は好きで、早い時期にコネチカット州ニュー・ヘイブンにある小さなクラブでザ・ベンチャーズの前座をした時に観に行きました」とジェム・コーエンは言う。「R.E.M.の美術や映像制作に対する明らかな積極的な興味と、初期のビデオでの自由で非常に型破りなアプローチをすごいなと思っていました。特にマイケル・スタイプが監督したものや、ジェームズ・ハーバート(マイケル・スタイプのジョージア大学での美術の教授)が制作した非凡な初期作品には驚かされました」。

「どれも非常に未加工で、映画や音楽業界から外れた小型式の制作法でしたが、「Nightswimming」の頃には私自身も16mmを使用していました」とジェム・コーエンは言う。「私は自分が作りたいように「Nightswimming」を作り、完成したものをマイケルに渡し、それがそのまま使用されました」


「Find The River」(1993年10月/監督:ジョディ・ウィリー)
R.E.M.とコラボレーションを行ってから、ロサンゼルス在住の映像作家ジョディ・ウィリーは長編映画監督ローランド・ジョフィ(代表作『キリング・フィールド』、『ミッション』)のアシスタント&開発コンサルタントとして勤め、2012年に初の長編ドキュメンタリー『The Source Family』を制作し、サウス・バイ・サウスウエスト映画祭でのプレミア上映は完売となった。

しかし、彼女が手掛けた『Automatic For The People』の優雅な最終シングル「Find The River」のビデオは、実は彼女にとって初めてのギャラが支払われた仕事だった。R.E.M.のビデオ・コレクション『Parallel』に含まれていたものの、今回紹介しているビデオの中では一番知られていないプロモーション・ビデオであるが、そのシンプルな白黒映像は(その殆どがアセンズのクレイトン・ストリートにあるリハーサル・スタジオにてR.E.M.がパフォーマンスを行う映像)、バンドの優れた数々の曲を完璧に補足している。

「私もそうなのですが、R.E.M.は同じことを2回することや、想定内のことをすることを嫌がります」とピーター・ケアはR.E.M.との経験を振り返りながら話す。「彼らは実験することを促し、因習に疑問を持ちます。思い返すと、彼らとビデオ7作品を作れたことに大変満足感を感じているし、計り知れないほどのプライドを持っています 」。

「R.E.M.は監督としての私を形作ってくれました」と断言するジェイク・スコットは、アセンズ出身のバンドは『Automatic For The People』を通じて特別な瞬間をとらえたと言う 。「絶頂期にいた彼らの作品は最高傑作であり、それを目の前で目撃し、その一部になれたことは本当にすごいことです」と彼は話す。「 R.E.M.はユニークなロック・バンドであったし、今もそれは変わりなく、その定義は複雑で、素晴らしく感情的で、そしてリスクを恐れないバンドです」。

Written by Tim Peacock



R.E.M.『AUTOMATIC FOR THE PEOPLE』25周年記念盤 2017.11.10発売!
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