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革新的ギタリスト 、アラン・ホールズワースが70歳で死去
アラン・ホールズワース、ソフト・マシーンや数多くのジャズ・ロック、プログレシッヴ・バンドとの作品で知られるロック・ジャズ・ギタリストの大家、が4月15日に亡くなった。享年70歳、カリフォルニア、ヴィスタの自宅で息を引き取った。死因は明らかにされていない。
アラン・ホールズワースの死去にあたり、彼に敬意を表し、ピーター・フランプトン、ジョー・サトリアーニ、スティーヴ・ルカサー、二ール・ショーン、ヴァーノン・リードら彼の仲間のミュージシャン達からソーシャル・メディアを通じ、様々なコメントが寄せられた。ピーター・フランプトンは、彼を「最高かつ、唯一無二のギター・マスター・プレイヤー」と表し、一方、ジョー・サトリアーニは、「あなたは多大なるインスピレーションを僕に与え続けている。あなたの美しい音楽は永遠に生き続ける」と記した。
革新的なギター・テクニックと入り組んだ拍子記号の使用に敬意を表されていたアラン・ホールズワースはイギリス、ブラッドフォードで生まれた。彼はジャズ・ロック・バンド、イギンボトムでアルバム・デビューを飾る。イギンボトムの1969年のアルバム 『Igginbottom’s Wrench』 はデラムからリリース、後にモット・ザ・フープルとなるモーガン・フィッシャーが共同プロデュースしている。1970年代初期は、ニュークリアス、テンペストなど数々のプログレッシヴ・バンドで活躍し、1975年のソフト・マシーンのアルバム『Bundles』でも演奏した。
その翌年、彼は自身の初のソロ・アルバム『Velvet Darkness』をクリード・テイラーのCTIレーベルからリリース。後のヒット・メイカーであり、プロデューサーのナラダ・マイケル・ウォルデンがドラムでフィーチャーされている。アラン・ホールズワースはイエスのオリジナル・ドラマー、ビル・ブルーフォードの初のソロ・アルバム 『Feels Good To Me』にも参加し、バンドU.K.のエディ・ジョブソンやジョン・ウェットンらとともに演奏した。
その後何十年にわたり、クロークスからレベル42まで数々のアーティストとのコラボレーションが続いた。これらのコラボレーションは、1980年を通じて定期的にリリースされていたソロ・レコーディングと交互に行われた、また1980年代までには彼はカリフォルニアに移住した。1986年のソロ作『Atavachron』で、アラン・ホールズワースはギターに似た形のキーボードMIDI、シンタックスを紹介した。
この事柄、そして彼の代表的なギターにおいて、アラン・ホールズワースのとてつもなく画期的なギター・テクニックは彼の同輩たちから尊敬を集め続けている。1989年には、ギター・ワールド・マガジンが、彼のことを「チャック・ベリー、ジミ・ヘンドリックス、エディ・ヴァン・ヘイレンと並び影響力のある人」と評している。彼の最後のソロ・アルバム『Tales From The Vault』 は2015年にリリースされた。
一貫して控えめでありながら、音楽的な探究心を持ち続けたアラン・ホールズワースは1990年にロサンゼルス・タイムズ紙にこのように語った。「音楽を愛してるんだ。それが僕がしていることの理由だよ。だが、自分の作品は自分にとって決してうまくはいかない。いつも何かおかしなところがあって、何か変えたいところがある。だけど、それも好ましいんだ、少なくとも、僕はいつでも改善すべきポイントと探し続けることができるからね、たくさんあるときもあるけど」。