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最高の音楽写真集、イラストやグラフィック・ノベル
陳腐な書き出しではあるが「一枚の写真が1,000の言葉よりも力を持つ」という古い格言は普遍的である。文学作品のことは別にして、人間の脳は画像を文字の60,000倍速く処理することができ、脳に伝達される情報の9割が画像であることは科学的に証明されている。
記事の多くは、だからこそ現代ではビデオや写真を多く扱うソーシャル・メディアが流行っているのだ、と議論を進めるだろう。しかしこの記事では、特に音楽作品に関係する美学的な要素についても議論していきたい。ひとえにアートワークの力や、目を引く写真のためにアルバムや本を売らないでいる、と断言できる人はどれだけいるのだろう。
芸術家や写真家は音楽界で重要な役割を果たし、ポピュラー文化は20世紀にかけて発展を遂げてきた。ノーマン・ロックウェル(サンデー・イヴニング・ポスト紙でアメリカ人の日常を描写した)や、『The Cat in the Hat』を作ったドクター・スースらのイラストレーターは、第二次世界大戦前後のアメリカで世間に広く知られる存在になった。一方で1937年、ピッツバーグ生まれのジャッキー・オームズは黒人女性で初めて連載漫画を生み出した人物になった。
ジャッキー・オームズの『Torchy Brown』はミシシッピの若者が、世界的に有名なニューヨークのコットン・クラブで演奏することになる姿をユーモラスに描いた作品だ。また、同じ革命的な時代を風変りな作風で振り返ったのがロベルト・ニッポルトの『Jazz: New York In The Roaring Twenties』である。同作は豪華な装丁の大型本で、ヨーロッパのアート・ブックを扱うタッシェン社から出版されている。印象的なインクのスケッチで、ルイ・アームストロングやデューク・エリントンら後世に名を残す大物たちの逸話を描いている。
だが、20年代や30年代のミュージシャンを描いた最も有名な作品は漫画家のロバート・クラムによるものだろう。彼は60年代後半にアンダーグラウンド・コミックとして初めて『ザップ・コミックス(Zap Comix)』を成功させ、フリッツ・ザ・キャットやミスター・ナチュラルなど長く愛されるカウンター・カルチャーのキャラクターを生んだことで有名だ。彼自身も20世紀前半の米フォーク・カルチャーを愛した腕のあるミュージシャンだったロバート・クラムのハードカバー本『Heroes Of Blues, Jazz & Country』では、ペンとインクで細かい陰影のついた見事な3セットのイラストが描かれている。それらのイラストはもともと、ロバート・クラムが80年代にトレーディング・カードとして個別に発表したものだった。
ラインハート・クライストの『Johnny Cash: I See A Darkness』やパブロ・パリシの『Coltrane』(ジャズの大家、ジョン・コルトレーンの複雑な人生をイラストで描いた意欲的な作品)など21世紀に入って成功を収めた作品は、グラフィック・ノベルが現在でも力を持ち、大衆に受け入れられることを証明した。だが、50年代にロックン・ロールが誕生して以来、写真がメディアの中心として使われるようになっていった。
アメリカで尊敬を集める写真の学術的権威、ゲイル・バックランドが編纂した『Who Shot Rock’n’Roll』は50年代、60年代を代表する人物たちの写真集だ。同作にはアルフレッド・ウェルトハイマーが撮影したサン・スタジオ時代のエルヴィス・プレスリーのリラックスした姿や、ドン・ハンスタインによるボブ・ディランとガールフレンドのスーズ・ロトロのオフ・ショット(『The Freewheelin’ Bob Dylan』のジャケットに使われ、不朽のものになった)などが収録されている。
ボブ・ディランの代表作のひとつ『The Are A-Changin’」のジャケットにも、その姿を捉えた画期的な写真が使用されている。これを撮ったのはハリウッドきっての売れっ子の写真家だったバリー・ファインスタインで、ボブ・ディランは議論を呼んだ1966年のヨーロッパ・ツアー、さらに1974年のツアーにも彼を招き、個人的に撮影を許している。この際に撮られた写真の一部は、ボブ・ディランの親しい友人ボビー・ニューワースが序文を寄せた魅力的な写真集『Real Moments』をより魅力的なものにしている。
ケンブリッジで教育を受けたシド・バレットの”侍者”ミック・ロックもまた、60年代後半以来、売れっ子の写真家としてきわめて多忙なキャリアを歩んだ。彼はかつて、グラム・ロックの時代を簡潔に‘メイクアップと鏡と両性具有’を表現したが、ミック・ロックが捉えたデヴィッド・ボウイ、ルー・リード、クイーン、イギー・ポップらの姿を記録した『Glam! An Eyewitness Account』は、その写真の普遍的な魅力ゆえに、今なおロックの分野における最も高名な写真集のひとつと見做されている。
空想と現実の境界を曖昧にした最初の書籍のひとつに挙げられる『Rock Dream』は1974年に出版され、やがて100部を突破するベスト・セラーを記録した。同書はのちにデヴィッド・ボウイのアルバム『Diamond Dogs(邦題:ダイアモンドの犬)』やザ・ローリング・ストーンズの『It’s Only Rock ‘N’ Roll』の議論を呼んだあのスリーヴ・デザインを手がけ、写真と見紛うようなリアルな描写を得意とするベルギーの画家/イラストレーター、ギイ・ペラートと、イギリスの作家/音楽評論家、ニック・コーンの共作で、彼らは、ロック、ポップ・ミュージック、ソウルの伝説的なミュージシャンたちを題材に、超現実的で幻想的な世界を創出していた。登場するミュージシャンの多くは、それぞれの代表曲の設定と組み合わせられている。たとえば、ドリフターズなら海岸沿いの板張りの遊歩道の下(”under the boardwalk”)を歩き、オーティス・レディングは波止場に腰かけている(”sitting on the dock of the bay”)という具合だ。
超現実的で無秩序で、なおかつ高い才能を感じさせるという点では故コリン・フルチャー(またの名をバーニー・バブルズ)の作品も同様だ。”サー”・テレンス・コンランの下でデザイナーとしてその輝かしいキャリアを歩み始めた彼は、その後”Oz”や”Friends”といったアンダーグラウンド系の雑誌にへの貢献、エルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズの『Armed Forces』をはじめとするアルバムのスリーヴ・デザインを手がけている。コリン・フルチャーは、1983年に自ら命を絶つという悲劇的な最期を迎えたが、その作品を纏めた『Reasons To Be Cheerful: The Life & Work Of Barney Bubbles』(雑誌”Music Week”のライター兼編集者として知られるポール・ゴーマンが編集と注釈を担当)は、刊行から歳月を経た現在も、60年代から70年代にかけてのイギリスのアート・シーンやレコードのスリーヴ・デザイン、グラフィック・デザインといったものに一通り以上の興味のある者なら持っておきたい1冊だ。
新世紀に入って、さまざまなジャンルのレコードのアートワークを集めた書籍が続々と発売されているが、それら一連の商品の中にあって見過ごせない秀作を残してきたのがロンドンのソウル・ジャズ・ブックスである。そして『Punk 45』と『Disco: An Encyclopaedic Guide To The Cover Art Of Disco Records』は、同社が出版した驚くべき研究書の一例である。大判/ハードカヴァーという豪華な作りのこれらの書籍では、ともに2,000点ほどのレコードのスリーヴ・デザインが紹介。併せて、それぞれのジャンルの歴史や関連アーティスト/グループのバイオグラフィ、最新のインタビューなどが掲載されている。また、ソウル・ジャズ・レコーズは情報の修正も怠らず、そうしたものを目の肥えたレコード・マニアのために絶え間なく発信し続けている。
このコラムを締め括るには、マニアックなレコード・コレクションに特化した、この上なく個性的な写真集を取り上げるのが適切だろう。60年代から90年代にかけてリリースされたロック・アルバムを対象にしたマイケル・オクス(シンガー・ソングライター、フィル・オクスの実弟)の『1,000 Record Covers』は、表面的にはソウル・ジャズ・ブックスから出ている一連の研究書に近いが、ここで紹介されているレコードのあまりの多様性には誰もが驚かされるはずだ。
The Los Angeles Times紙は、以前、マイケル・オクスを「アメリカが生んだ卓越したロックン・ロール・アーキビスト」と評したが、まったくその通りである。彼のコレクションを形成しているのは、成長期に”新作”として購入したさまざまなレコードと、やがて自身の仕事を通じ無償で手に入れるようになった数千点ものレコードで、『1,000 Record Covers』で取り上げられている入手困難なレコードや、徹底的に聴き込まれたお気に入りのシングル盤といったものは、そのごく一部である。セレクションには誰もが知るヒット作も含まれているが、一方で、マニア垂涎のカルト・アイテムも取り上げられている。『1,000 Record Covers』から感じられるオクスの熱意は同書を手に取った者を感化せずにはおかないし、手に取るたびに新たな発見をもたらしてくれるに違いない。
音楽写真集の傑作~番外編
■『50 Years Of Rock’n’Roll Photography』(ゲレッド・マンコヴィッツ著)
1963年に自身の写真スタジオを開業したゲレッド・マンコヴィッツは、60年代の”スインギング・ロンドン”を語る際に欠かすことのできない写真家である。およそ半世紀のあいだに彼が撮影した、多くのロック・ミュージシャンの写真は今もその価値を失っていない。『50 Years Of Rock’n’Roll Photography』は、そんな彼の代表的な写真で構成された1冊で、ザ・ローリング・ストーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ケイト・ブッシュ、オアシスらのすばらしい写真を楽しむことができる。
■『American Roots Music』(ロバート・スタンテリ、ホリー・ジョージ・ウォレン、ジム・ブラウン著)
カントリー、ブルース、フォーク、ケイジャン・ミュージック等々に関する、きわめて貴重な写真資料が掲載された秀逸な1冊。それらの写真は、見る者を遠い昔に誘ってくれる。
■『Bob Marley & The Golden Age Of Reggae』(キム・ゴットリーブ・ウォーカー著)
レゲエ界のスーパースター、ボブ・マーリーのパフォーマンス・ショットやポートレート、オフのボブ・マーリーを捉えたプライベート・ショットなどで構成。キャメロン・クロウ、ロジャー・ステファンスら、レゲエに通じた著名人から寄せられたコメントも併せて掲載されている。
■『Factory Records: The Complete Graphic Album』(マシュー・ロバートソン著)
シーンに大きな影響を残したイギリスはマンチェスターのインディペンデント・レーベル、ファクトリー・レコードを知る上で、おそらく最も重要な1冊で、同社とはきってもきれない関係にあるピーター・サヴィルがデザインを担当したレコード・ジャケット、ポスター、チケット等の写真も掲載されている。序文はファクリーの創設者、故アンソニー・H・ウィルソンによるもの。カタログ・ナンバー(FAC461)も、ファクトリーのそれが流用されている。
■『Hipgnosis Portraits』(オーブリー・パウエル著)
長きに亘って傑出したアルバム・カヴァーを残し、圧倒的な評価を受けてきたヒプノシスの、見過ごされがちな”写真作品”に焦点を当てた1冊。どのページに掲載された写真も、ヒプノシスが、この分野でも画期的な仕事をしてきたことをあらためて印象付ける。
■『Motown: The Sound Of Young America』(アダム・ホワイト、バニー・アレス著)
当時を知る人たちの証言と、貴重な写真を通じ、最盛期のモータウン・レーベルが当時の世界に与えた計り知れない影響力を伝える、示唆に富んだ1冊。
■『Rock Seen』(ボブ・グルーエン著)
この本を見ると、かつてジョン・レノンのパーソナル・フォトグラファーを務めていたことで知られるボブ・グルーエンは、ロックの歴史の重要な場面に必ず立ち会っていたのではないかとさえ思えてくる。アメリカ・ツアーの最中のザ・クラッシュ、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・フーの姿からパンクの最盛期のCBGBまで、ボブ・グルーエンが撮影した歴史的な写真の多くがこの1冊に収録されている。序文はブロンディのデビー・ハリー。
■『ザ・ローリング・ストーンズ 50』(ザ・ローリング・ストーンズ)
ザ・ローリング・ストーンズの結成50周年を祝して出版されたこの大判の豪華本は、彼らなくしてはあり得なかった、ロックン・ロールの動乱の50年を祝福する1冊にもなっている。
■『Verve: The Sound Of America』 (Richard Havers)
ジャズを代表するレーベル、ヴァーヴのあゆみを伝える1冊。ただし、単なるレーベル・ヒストリーに留まらず、ジャズの歴史にも言及。また、ヴァーヴ、その前身に当たるクレフ/ノーガン・レーベルに残されたアルバムの魅力的なアルバム・カヴァーなど、さまざまな写真資料も併せて掲載されており、その数は800点を超える。
Written by Tim Peacock