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本や小説を基にした洋楽のベスト・ソング・リスト
文明の夜明けにまでさかのぼると、物語というのはそもそも歌だった。ホメロスの有名な叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』はもともとリュートの演奏に合わせて歌われ、口伝えの伝承の土台となっていた。これらが文字に記録され、新たに発明された“本”というメディアに印刷されるようになるのはずっとあとのこと。そのころになると、歌を作る人たち(ソングライター)は守備範囲を広げていた。歌のテーマは宗教的な神話から離れ、民話や最新ニュースになっていき、 時には新聞の見出しをそのまま歌にした作品さえあった。
ロック・ミュージックが発達すると作り手の野望も大きくなり、文学の壮大なテーマがレコードの壮大なテーマに影響を与えるようになった。ザ・ビートルズの画期的なアルバム『Revolver』の最後には「Tomorrow Never Knows」が収められているが、この曲を録音したときのジョン・レノンはティモシー・リアリー、リチャード・アルパート、ラルフ・メツナーの共著『チベットの死者の書 ―― サイケデリック・バージョン』から影響を受けていた。この本が読者に勧めていたのは、「心を無にして、リラックスして、流れに身を任せる」こと。それから7年後の1973年、4枚目のソロ・スタジオ・アルバムをレコーディングしていたジョン・レノンは、また別の自己啓発書、ロバート・マスターズとジーン・ヒューストンの共著『Mind Games: The Guide To Inner Space』を手にしていた。この本をヒントにして、ジョン・レノンはアルバムに『Mind Games』という題名を付けることになった。
同じ年、デヴィッド・ボウイはジョージ・オーウェルの小説『1984年』を舞台にするという野心的な構想を抱いていた。結局この計画はジョージ・オーウェルの遺族から許可をもらえなかったが、アイデアの一部はデヴィッド・ボウイの1974年のアルバム『Diamond Dogs』に流用された。そうしたアイデアが特に表に出てきたのがオリジナルLPのB面で、ここには「We Are the Dead」「1984」「Big Brother」といった曲が並んでいた。
実のところ、ジョージ・オーウェルの小説に関して言えば、『1984年』よりも前の1945年に書かれた『動物農場』のほうが、より多くの曲に直接的な影響を与えている(その例としては、R.E.M.の「Disturbance At The Heron House」、ヘイゼル・オコナーの「Animal Farm」、ピンク・フロイドの1977年のアルバム『Animals』などが挙げられる)。とはいえ『1984年』で描かれた悪夢のような未来世界は、さまざまなジャンルのミュージシャンの想像力と共鳴していた。たとえばゲイリー・ニューマンは、フィリップ・K・ディックのSF小説(特に『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』)に傾倒し、ニュー・ウェイヴ/テクノ・ポップの名曲「Are “Friends” Electric?」を作っている。またニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルの大物バンド、アイアン・メイデンは、オルダス・ハクスリーの『Brave New World』を6分間の大曲に仕立て上げ、同名のアルバムでリリースしていた。
文学と最初から相性が良さそうに思えるジャンルがプログレッシヴ・ロックだ。この分野のミュージシャンは、文学の高尚なテーマを野心的な作品作りの中に巧みに反映させている。たとえばラッシュの1976年の斬新なアルバム『2112』はオリジナルLPのA面全体をアルバム・タイトル曲が占めているが、この曲はアイン・ランドの『アンセム』を題材としていた(アルバムの解説では、アイン・ランドの「天才的な才能」に対する謝辞が述べられている)。この曲は小説のような構成の陰鬱なコンセプト作品で、全世界が「シリンクス寺院の司祭たち」に支配されているという設定になっていた。一方ジェントル・ジャイアントは、1971年のアルバム『Acquiring The Taste』の冒頭1曲目「Pantagruel’s Nativity」で、さらに知名度の低い作品に目を向けている。ここで題材になったのは、フランソワ・ラブレーの大著『ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語』だった。ジェントル・ジャイアントは、この書物にちなんだ曲をその後も作っている。
しかし、もしアルバム全体を自由に使えるのなら、LPの片面どころかA面・B面の両方にまたがる大作を作ってもいいのではないだろうか? さらに言えば、ジェフ・ウェインのような人なら、2枚組に挑戦したくなるかもしれない。ジェフ・ウェインは、H・G・ウェルズの小説『宇宙戦争』を2枚組LPの大作アルバムに仕立て上げている。
一方リック・ウェイクマンは、1974年にロンドン交響楽団との共演でアルバム『Journey To The Centre Of The Earth(邦題:地底探検)』をリリース。これはジュール・ヴェルヌが1864年に出版した小説を原作としていた。その翌年には、キャメルがポール・ギャリコの1941年の小説『The Snow Goose』をもとにしてインストゥルメンタル・ナンバーから成るアルバムをレコーディングしている。
キャメルが小説を題材として採り上げたのは、前作『Mirage(邦題:蜃気楼)』に続いてのことだった。その『Mirage』には、J・R・R・トールキンの『指輪物語』にヒントを得た「Nimrodel/The Procession/The White Rider」という組曲が収録されていた。とはいえ、このトールキンのファンタジー小説をもとにして曲を作ったのはキャメルが最初ではない。レッド・ツェッペリンは、1969年のアルバム『II』で『The Lord Of The Rings』の主人公フロドの冒険を「Ramble On」という曲に仕立て上げている。またその後のアルバム『IV』の「The Battle Of Evermore(邦題:限りなき戦い)」も、『指輪物語』に影響を受けた曲だった。
プログレ系の他の作品では、ジェネシスの1976年のアルバム『A Trick Of The Tail』も良い例だろう。このアルバムのタイトル曲はトニー・バンクスが作った曲だが、これはウィリアム・ゴールディングの1955年の小説『後継者たち』を題材としていた。ウィリアム・ゴールディングの小説から影響を受けた曲は、これだけではない。たとえばU2が2009年の『No Line On The Horizon』に収録した曲「White As Snow」は、彼の小説『Pincher Martin』にヒントを受けていた。また、やはりU2の1980年のデビュー・アルバム『Boy』に収められていた「Shadows And Tall Trees」は、『蝿の王』の章のタイトルを曲名にしている。
『指輪物語』しかり、『蠅の王』しかり……こうしたカルト的人気を誇る名作は、何世代にも渡って若者に愛読されてきた。それゆえ、そうした小説がロック界を代表するスターの脳裏にずっと焼き付いていたとしても何の不思議もない。『時計じかけのオレンジ』は、デヴィッド・ボウイからロブ・ゾンビに至るまでありとあらゆるアーティストに影響を与えてきた。この小説で使われている架空の若者言葉「ナッドサット」は、デヴィッド・ボウイの「Suffragette City」にもロブ・ゾンビの「Never Gonna Stop (The Red Red Krovvy)」にも登場している。またポリスの「Don’t Stand So Close To Me(高校教師)」では、スティングが「ナボコフの本に出てきた老人」と歌っていた。この「老人」とは、ナボコフの小説『Lolita』に登場したハンバート・ハンバートのこと。さらにザ・キュアーはデビュー・シングル「Killing An Arab」で物議を醸したが、これはアルベール・カミュの『異邦人』で描かれた実存主義的な苦悩からヒントを受けた曲だった。
多くのソングライターにとって、短編小説は3~4分の曲の素材として打ってつけだ。特に短編ホラー小説は、曲にするのにちょうどいい。メタリカは、H・P・ラヴクラフトからかなりの影響を受けている。P・ラヴクラフトの「クトゥルー神話」は、初期スラッシュ・メタルの名曲の数々(「The Call Of Ktulu」や「The Thing That Should Not Be」など)にヒントを与えた。
やはりホラーや短編小説のパイオニアであるエドガー・アラン・ポーの作品も、さまざまなかたちで音楽作品になっている。アラン・パーソンズ・プロジェクトの1976年のデビュー・アルバム『Tales Of Mystery And Imagination(邦題:怪奇と幻想の物語 ~ エドガー・アラン・ポーの世界)』は、エドガー・アラン・ポーの小説や詩を音楽化していた。ルー・リードの2002年の2枚組アルバム『The Raven』も、エドガー・アラン・ポーの詩をもとにした作品だ。ルー・リードは、昔から人生の暗黒面に惹かれていた。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1967年のデビュー・アルバムで、彼はSMをテーマにした曲「Venus In Furs(邦題:毛皮のヴィーナス)」を歌っていたが、これはオーストリアの作家レーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホが書いた同名の本をヒントにした曲だった。
ソングライターの中には、詩人として扱われる人もたくさんいる。そうしたソングライターが、自分と考え方の似ている作家に惹かれるのはごく当たり前のことだ。ライアン・アダムスは、敬愛するアメリカの詩人シルヴィア・プラスの名前にちなんで「Sylvia Plath」という曲を作った。彼はその中で、「自分の中にシルヴィア・プラスのような人がいてくれればいいのに」と歌っている。またザ・スミスの「Cemetery Gates」では、モリッシーが‘狂おしい恋人オスカー・ワイルド’に忠誠を誓い、ジョン・キーツやW・B・イェーツを好む人間と一線を画している。
その他の例に目を向けると、究極の‘ロック詩人’ボブ・ディランの時代には、プロテスト・シンガーのフィル・オクスのような人が既存の詩を音楽に結びつけていた(アルフレッド・ノイズの「The Highwayman」)。また、1960年代の人気グループ、デイヴ・ディー、ドジー、ビーキー、ミック&ティッチ(デイヴ・ディー・グループ)は、サミュエル・テイラー・コールリッジの「Kubla Khan」をもとにした「The Legend Of Xanadu(邦題:キサナドゥーの伝説)」をリリース。この曲は1968年にイギリスのシングル・チャートで1位になっている。
これまでの歴史の中で戦争詩はたくさん書かれてきたが、このジャンルに手を付けたミュージシャンは比較的少ない(ただし最近のPJハーヴェイは、ウィルフレッド・オーエンなどの戦争詩を作品作りに生かしている。また彼女は、フラナリー・オコナーの短編小説『The River』をもとにした曲を1998年に録音していた)。とはいえ、戦争小説を題材にした曲は豊富にある。その例としては、センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド(「Dogs Of War」はフレデリック・フォーサイスの同名小説『戦争の犬たち』がヒントになっている)やメタリカが挙げられる。メタリカは、第一次世界大戦を描いたダルトン・トランボの小説『ジョニーは戦場へ行った』から着想を得て、「One」の歌詞を書き上げた。さらには、スペイン市民戦争を描いたヘミングウェイの名作『誰がために鐘は鳴る(For Whom The Bell Tolls)』をもとにして、同名の曲を作り出している。
ここまでで挙げた例を見ていくと、メタリカは曲作りで何よりも小説をヒントにしているバンドと言えるかもしれない。たとえば『Ride The Lightning』のアルバム・タイトル曲は、スティーヴン・キングの傑作『ザ・スタンド』の死刑囚をモチーフにした歌詞になっている。この『ザ・スタンド』は、驚いたことにポップス界の伝説的なグループ、アバも曲の題材にしていた。アルバム『Super Trouper』の「The Piper」は、『ザ・スタンド』に登場するファシスト指導者をモデルにした作品だ。邪悪なリーダーといえば、ミハイル・ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』にも登場する。この小説は、もし悪魔がソ連を訪れたらどうなるのか……という物語。少なくとも、ここからはザ・ローリング・ストーンズの「Sympathy For The Devil」が生まれている。ミック・ジャガーは、マリアンヌ・フェイスフルからこの小説の単行本を受け取り、それをもとにして「Sympathy For The Devil」の歌詞を書き上げた。
その2年前には、やはりブルースに影響を受けたイギリスのロック・グループ、クリームも文学に手を出していた。アルバム『Disraeli Gears』に収められた「Tales Of Brave Ulysses(邦題:英雄ユリシーズ)」である。これは、ホメロスの『オデュッセイア』をヒントにした曲だった。というわけで、話は上手い具合に出発点に戻ってきた。実のところ、ホメロスのこの大叙事詩は近代文明の土台のひとつであり、影響を受けたアーティストはたくさんいる。その一例としては、スティーリー・ダンも挙げられるだろう。彼らの「Home At Last」は、これまた『オデュッセイア』をテーマとした曲だった。
もっと間接的なかたちだが、『オデュッセイア』はケイト・ブッシュの1989年のシングル「The Sensual World」にも影響を与えている。この曲では、もともとジェイムズ・ジョイスの斬新な近代小説『ユリシーズ』が引用される予定だった。この『ユリシーズ』が、『オデュッセイア』と同じ構成で組み立てられた作品だったのである。ケイト・ブッシュはモリー・ブルームの朗読で『ユリシーズ』を引用するつもりだったが、当初ジェイムズ・ジョイスの遺族は許可を与えなかった。しかし2011年、ケイト・ブッシュはこの曲を「Flower Of The Mountain」という題名で再録音し、『ユリシーズ』の一部を歌詞に盛り込んでいる。
言うまでもなく、ケイト・ブッシュが有名な小説に登場する女性の声に惹かれたのはこれが初めてではなかった。1978年に彼女が弱冠19歳でリリースしたデビュー・シングル「Wuthering Heights(邦題:嵐が丘)」は、エミリー・ブロンテの1847年の小説をわずか4分半で要約した曲だった。一度見たら忘れられないプロモ・ビデオのおかげもあって、このシングルは全英チャートの首位に易々と登り詰めた。ケイト・ブッシュの風変わりな才能と独特な世界観を世に知らしめた「Wuthering Heights」は、おそらく今でも‘文学作品を題材とした歌’の筆頭に挙げられるだろう。