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『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』公開にあわせて、“美しかった”彼を振り返る
ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第45回。
今回は、ドキュメンタリー映画『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』が2024年3月1日に日本劇場公開されることを記念してリトル・リチャードについて。
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ミゲル・A・ヌーニェスJr.(Miguel A. Núñez Jr.)という俳優がいる。
あの忘れ難い1994年実写版『ストリートファイター』でディージェイ(Dee Jay)を演じた役者である……と言えば通じるだろうか? 悪の集団中のコミックリリーフ的な設定で、わたしは「ゲーム版と比べて、やけに綺麗な男だ」と思った記憶がある。
綺麗なのも道理で、90年代のマーティン・ローレンス主演シットコム『Martin』では主人公マーティンの高校時代の同級生で、顔の良さゆえに「プリティ・リッキー」と呼ばれているリッキー・フォンテインの役。2002年には「素行が悪くてリーグを追放されたNBA選手が見事に女装してWNBAでプレイする」という、やはり「美貌ありき」な主演作『プリティ・ダンク』(原題:Juwanna Mann)もあった。
そして彼は、1998年の映画『ホワイ・ドゥ・フールズ・フォール・イン・ラブ』で主人公フランキー・ライモンの急激なライズ&フォールを目撃する生き証人としての若きリトル・リチャードを演じたのだ。
代表曲「Tutti Frutti」の意味
そんなことを思い出したのは、映画『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』中に、リチャードの若い頃を振り返って「彼は美しかった」と語る人物が登場するから。その人の名はドロシー・ラボストリー(Dorothy LaBostrie)。かの「Tutti Frutti」のオリジナル歌詞を改め、皆にとって安全でクリーンなものに変えた作詞家である。
この歌詞改変事件は、わたしにとって個人的にとても思い出深いものだ。というのも大学時代、たまたま英語学という授業をとっていたわたしは、その関係で読んだ資料の中に(なぜか)「Tutti Frutti」秘話が載っていたため、この曲が本来は男性と男性の同性間アレコレに関するものだということを10代にして学んだので。
そもそも本来の「ロックンロール」とはセックスの隠語、音楽ジャンルの呼称ではなかった。90年代以降のR&Bにおける「バンプ&グラインド」と同じニュアンスだ。しかし、そのロックンロールの誕生地点にごくごく近い「Tutti Frutti」は、ヒットのために真の姿を歪められた曲。そう考えれば、「リトル・リチャードの人生とは受難の歴史でもあった」とも思えてくる。
生まれる時代が違ったら
人は、生まれる時代も場所も選べない。だがわたしが時折り夢想するのは、「20世紀の音楽史を彩ったアーティストたちが別のタイミングでこの世に生を受けていたら」というwhat ifだ。
マイケル・ジャクソンが1958年ではなく1968年に生まれていたら(彼の苦悩は軽減したのではないか)。ミリ・ヴァニリが1980年代末ではなく、せめて1990年代末にデビューしていたら(いろいろな点で有利になる)。あるいはモトリー・クルーのトミー・リーが1960年代初頭ではなく1970年代半ばに生まれていたら(Blink-182のトラヴィス・バーカーの先を行っていただろう)。そしてリトル・リチャードが、もっと後の時代に生まれていたら。
とはいえリチャードに限っては、その苦しみから解放されるためには、かなり後世に生まれねばならなかったかもしれない。ブラック・ミュージック界に関して言えば、風当たりと風向きが変わったのはオバマ政権時代に入ってから、と感じられるから。
ドラマ『Empire 成功の代償』の主人公たちのうち、ゲイのR&Bシンガーである次男ジャマル——いろいろあって途中からフェイドアウトしたが——のことも思い出す。「ドレスを着て化粧した幼少期のジャマルが、激昂した父親によってダストボックスに投げ込まれる」という酷いシーンが、同性愛傾向ゆえに父親から疎まれ、放逐・勘当までされたリトル・リチャードの人生と重なって見えるのだ。
ただし、ジャマルの場合は、ラッパー改めレーベル社長である父親の古式ゆかしきヒップホップ系マッチズモが最大の敵だったが、リトル・リチャードの事情はさらに複雑だ。この映画で詳細に描かれる通り、リチャードの中では常に「LGBTQである自分」と「信仰心厚いクリスチャンとしての自分」がせめぎ合っていたから。
若かりし日のリチャードはプリンセス・ラヴォン(Princess LaVonne)名義のドラァグ・アーティストとしても活動したし、後年に至っても「アメリカでホモセクシュアリティを公言した初のアーティスト」と誇らしげに宣言することがあった。
その一方で、「同性愛者は天国に行けるだろうか?」と自問も他問もし、「神がアダムに与えた相手はEveであってSteveではない」とも言い切ったことがある。
酷いのは、「ジーザスが俺の同性愛傾向を治療してくれた」という言い草だ。「自分はかつてゲイだったが、美しい女性たちのおかげで”治った”」と主張したフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領の如し! しかし、その裏切り者のような発言も、リチャードがいかに苦しんできたかを示唆するものでもあって。
リトル・リチャードの本心
1988年のグラミー賞で、リトル・リチャードはバスター・ポインデクスターことデイヴィッド・ヨハンセン(ニューヨーク・ドールズ)と共に新人賞のプレゼンターを務めた。「務めた」と書いたが、彼をキャストした裏舞台裏の皆さんたちにとっては、頭が痛くなる展開だったかもしれない。
というのも、リトル・リチャードはバスター・ポインデクスターと妙に息が合った漫才(と呼びたいくらいの掛け合い)をひとしきり繰り広げては「今年のグラミー最優秀新人賞は……私だ!」と宣言、さらに「何年も歌ってきたのに、何の賞ももらったことがない」「私はロックンロールのアーキテクトなのに!」と会場のオーディエンスをアジテートしたのだ。
そんな場面を漫才として成立させていたあたりは、彼一流のエンタテイナー精神の発露と思えた……が、その主張自体は心の底からの叫びだったという事実。それは本作から痛いほど伝わってくる。1997年のアメリカン・ミュージック・アワードで功労賞を受け取った時のリトル・リチャードが表現した本気の感激ぶりを見ると。
リトル・リチャードは言う。「俺はイノヴェイターだ。俺はオリジネイターだ。俺はエマンシペイター(解放者)だ。俺はロックンロールのアーキテクトだ」と。
彼がイノヴェイターであること、オリジネイターであること、ロックンロールのアーキテクトであることに関して、誰が異論を唱えられようか。この映画でも、彼がアメリカ音楽ヒストリーにおいて先駆者として果たした役割は充分に触れられる。
でも、「俺はエマンシペイター(解放者)だ」の部分だけは、どうにも引っかかって仕方ないのだ。
リトル・リチャードは美しい
ドロシー・ラボストリーが言った通り、リトル・リチャードは美しい。本作の終盤で見られる晩年の姿も。もはや頭髪を失い、それを覆い隠すウィッグや派手なメイキャップをまとわずとも、その素顔は気高く気品に満ちているように見えた。
しかし、そんな晩年のリトル・リチャードが唱えたのは「ロックンロールはキリストの一部ではない」という極端に保守・反動的な主張であり、知り合いに電話しては「週末の日は近い。神と和解せよ」と説いていたという。
とはいえ、人生最後のギリギリ、いまわの際でリチャード・ペニマンがどう考え何を思ったかはもちろんわからないから、わたしとしては、彼が真の自分との折り合いをつけられたことを願っている。それがこの世であれあの世であれ、彼の魂が最終的に解放されたことを心から祈りたいものだ。
Written By 丸屋九兵衛
『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』サウンドトラック
2024年3月1日発売
CD / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
映画情報
『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』
2024年3月1日公開
製作・監督:リサ・コルテス(『プレシャス』製作総指揮)
出演:リトル・リチャード、ミック・ジャガー、トム・ジョーンズ、ナイル・ロジャーズ、ノーナ・ヘンドリックス、ビリー・ポーター、ジョン・ウォーターズ
2023年/アメリカ/101分/カラー/ビスタ/5.1ch/DCP
原題:LITTLE RICHARD:I AM EVERYTHING
字幕:堀上香/字幕監修:ピーター・バラカン
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