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アメリカで唯一100万枚を売り上げたロキシー・ミュージックの『Avalon』
ロキシー・ミュージックは活動初期の頃から母国イギリスで彼らの優れたアート・ロックが絶賛されたことで国際的な評価と成功を得ていた。1972年にセルフ・タイトルのデビュー・アルバムをリリースしてから、彼らはイギリスだけでなく、アメリカでもツアーを行っていた。
デビュー・アルバムに続くアルバムが彼らのインパクトを高めると、バンドはヨーロッパ中で演奏を行った。そしてさらに北米、オーストラリアへと足を伸ばしていった。しかし彼らのアルバムの中でアメリカで売上枚数の認定を受けることができたのは一枚だけだった。そのアルバムとは『Avalon』。リリースから丸10年経った1992年12月2日にアメリカでプラチナ・アルバムの認定を受けている。
最初にロキシー・ミュージックは1975年の『Country Life』で初めて全米アルバム・チャートのトップ40入りを果たし、37位に食い込んだ。彼らが再びチャートに戻ったのは、1979年にリリースした『Manifesto』。イギリスではマイナーなリリースのひとつとして一般的に見なされたものの、アメリカではそれまでに最も高い23位を記録している。
1982年の『Avalon』はグループ最後のスタジオ・アルバムとなってしまったが、ご存知のとおり、彼らは後年に再結成ツアーを行い、大成功を収めている。彼らのスムーズで大人向けのサウンドは、ロキシーがエッジーだった原点からは程遠いが、優れたプロダクションの「More Than This(邦題: 夜に抱かれて)」や「Take A Chance On Me」、タイトル・トラックなどの曲は非常に人気が高かった。これらの楽曲が強烈なインパクトを与えたことで、イギリスでは首位を3週間キープ、オーストラリアとカナダでもチャートの一位に輝いた。
全米チャートで『Avalon』は最高位53位という結果であったが、全米チャートに27週間ランクインという彼ら歴代のアルバムの中で最も長くチャートに残り続けた一枚となった。『Avalon』のリリース以降、ロキシー・ミュージックはイギリスやヨーロッパでのライヴに重点を置き、1983年の4月と5月に8人のメンバーによるラインナップで彼らは北米でもツアーを行った。その後、グループは解散したが、アルバムはその後も名作として残った。
『Avalon』はリリースから4年半後の1986年12月にアメリカでロキシー・ミュージック初のゴールド・アルバムとなった。しかしその後もアルバムはセールスを伸ばし、リリースから10年半経ったあと、アメリカで100万枚の出荷を記録し、グループ唯一となるアメリカでのプラチナ・ディスクの認定を受けることになった。
Written by Paul Sexton
ロキシー・ミュージック『Avalon』
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