Classical Features
ランドル・グーズビー最新インタビュー:恩師イツァーク・パールマンの教えから芽生えた、自分だけの音楽
アフリカ系アメリカ人の父と、日本で育った韓国人の母の間に生まれた27歳のヴァイオリニスト、ランドル・グーズビー。世界的ヴァイオリニストであるイツァーク・パールマンの弟子として、13歳でニューヨーク・フィルハーモニックとクリーヴランド管弦楽団との共演を果たし2020年には名門デッカ・クラシックスと専属契約を結ぶ。
今作『ブルッフ&プライス:ヴァイオリン協奏曲 他』は、アフリカ系アメリカ人女性として初めてアメリカの一流オーケストラによって交響曲が演奏された作曲家、フローレンス・プライスとドイツ・ロマン派の作曲家、マックス・ブルッフによるヴァイオリン協奏曲を中心に収録。7月に初来日コンサートを果たしたグーズビーに、自身のアイデンティティを表現する音楽づくりについて語ってもらった。音楽ライター、高坂はる香さんによるインタビュー。
—7歳でヴァイオリンをはじめると、すぐのめり込んだそうですね。その後、音楽の道で生きようと思うようになったのはいつですか?
僕にヴァイオリンの才能があると気づいたのは、母でした。ヴァイオリンをはじめて1、2年後にはすでに確信していたようです。僕も一目惚れだったのだと思います。初めて触ったときからこれが自分の楽器だと感じたし、音も大好きでした。キャリアとして考えはじめたのは、14、15歳のときです。幸い周囲に才能ある音楽家がたくさんいたので、彼らから影響を受けるなか、その意識は固まっていきました。
—あなたの大切な師匠の一人にパールマンさんがいますが、彼から受けとった最も大きなものは何ですか?
それはすばらしい質問です!彼のもとで10年以上学び、多くの英知を授けてもらいました。そのなかで最も強く印象に残るのは、14歳の頃、最初のレッスンで言われたことです。
僕はその年、パールマンさんが毎夏行う若い音楽家のためのプログラムに参加していました。技術的に難しい作品を選んでいて、僕が彼にした質問といえば、どうするとシフトがスムーズにできるか、弓のストロークはどうするとよいかというようなことばかり。彼はそんな技術的な質問の連続にうんざりしたのでしょう、演奏をとめてこう言いました。
「まず教えてほしい。この音楽はあなたに何を感じさせますか? 何を思い浮かべますか?」
それをちゃんと考えたことのなかった僕は、答えられません。すると彼は、「自分の中に音楽的なアイデアがなければ、テクニックにはなんの意味もない」と続けました。まずやりたい音楽があって、そのためにどの技術が必要なのか、どう楽器にアプローチすべきかを考えてゆく。自分が教えるとすればそのことだ、と言われたのです。
これは僕にとって本当に価値のある教えでした。音楽で何を言いたいかを考えることが重要だと知ると、技術的なチャレンジもむしろ容易になります。今、自分が後輩にレッスンをするときにも、いつも彼のこの言葉を思い出します。
—なるほど。それはその時点でグーズビーさんの基本的なテクニックがしっかりしていたからこその、その先の技術についての助言なのでしょうね。
それはその通りだと思います。僕は当初から先生に恵まれていました。彼らは技術的に優れ、一つの考えに固執しないタイプだったので、僕は自分にとって心地よいやり方を見つける自由を与えられていました。そうして身につけた技術的基礎があったからこそ、パールマンさんのアドバイスを受け入れ、心に刻めたと思います。
—では、理想のヴァイオリンの音はどんなものですか?
作品が求めるものによって変わるので、一言で答えるのは難しいですね。チョコレートのようなリッチでクリーミーで甘美なサウンドが欲しい時もあれば、脆さが欲しい時、やわらかく親密なものが欲しい時もあります。すべての音楽が、それぞれ異なる種類の音と声を必要としています。演奏とは、常に新しい音や演奏方法を探求する旅のようなものです。
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1楽章:Vorspiel. Allegro moderato
—セカンドアルバムでは、ヴァイオリン協奏曲のマスターピースであるブルッフと、あなたにとって特別なフローレンス・プライスを収録されました。
どちらも同じように僕の心に近い、でもそれぞれ違った理由により身近に感じる作品です。
まずブルッフは、僕がヴァイオリンと音楽を本当に好きだと思うきっかけとなった重要な作品の一つです。ヴァイオリンをはじめて1年ほどの頃、僕と同じくらいヴァオイリン音楽に魅了されていた母は、偉大な演奏家のあらゆるCDを集めてくれて、そのなかにブルッフの協奏曲がありました。
12歳で初めて習った協奏曲でもありますが、一通り把握するまでに1年のレッスンを要しました。時には信じられないほど退屈な練習を繰り返さねばならないこともありました。でも改めてこの音楽が内包する多様な感情、質感を思うと、それを全て引き出すにはあの大変な作業が必要だったと実感します。
それから15年近く、時間をあけながらこの作品に立ち戻っています。以前と今では作品から感じることも演奏も、歴然と違っています。
—一方のプライスは、どんな存在ですか?
プライスに出会ったのはもっとずっと後のことになります。黒人の女性作曲家としてアメリカで学びキャリアを築くことは、間違いなく非常に困難だったはずです。彼女が乗り越えた苦難、芸術的な声のユニークさを知ることは本当に刺激的で、その人生に共感を覚えます。
—グーズビーさんのような共感を持つヴァイオリニストに演奏してもらえて、プライスさんも喜んでいるでしょうね。
そうだと良いのですけれどね!彼女の作品の多くは最近まで発見されていなかったので、アメリカでも実はそれほど知られていません。彼女は1953年に亡くなり、その後、何百ページもの楽譜はシカゴ郊外の自宅だった場所で眠っていました。ここを改築しようとした人がいて、楽譜や日記などを発見したのです。
僕は、2009年に発見された彼女のヴァイオリン協奏曲の存在を知っていましたが、勉強する機会がありませんでした。今回の録音の話をいただき、断る選択肢はもちろんありませんでしたね。ネゼ=セガンとフィラデルフィア管弦楽団は、数年前からプライスの管弦楽作品を演奏、録音するプロジェクトを行っています。彼らが情熱と信念を持って彼女の作品に向き合っていることが伝わってきたので、お互い聴き合いながら録音に臨むことができ、本当に楽しかったです。音源からも伝わるのではないかと思います。
フローレンス・プライス:《崇拝》パフォーマンス映像
—プライスの作品の魅力をどこに感じますか?
彼女の作曲家としての声とスタイルはとてもユニークで、後期ロマン派の形式とアメリカ音楽のソウルフルな歌が対になっています。教会の黒人霊歌や賛美歌に触れて生きる中で得た魂や精神がヨーロッパの伝統と合わさることで、特別な音楽風景が生まれのたのだと思います。
ただ、ヴァイオリン協奏曲第1番に初めて取り組もうとしたとき、彼女がこれらの異なる影響をどう組み合わせているのかを音楽的に理解するには、僕には少し時間が必要でした。彼女の音楽は驚きに満ち、みずみずしくロマンティックですが、同時にとてもエキサイティングでヴィルトゥオーゾ的でもあります。つまりすべての要素を併せ持っているのです。
いつか世界中の聴衆から親しまれるようになってほしいです。
—ところで、グーズビーさんのキャリアにとって重要な役割を果たしてきたお母さまは日本の大阪育ちだそうですね。その影響で知っている日本の文化はありますか?
一番は食べ物です。母は家でいつも日本の食事を作っていましたから。朝ごはんには毎日卵かけご飯を食べていましたよ(笑)。
—なにが一番好きですか?(注:日本語で聞きました)
カツカレー!あとはオムライス。お好み焼きも好きでした。日本食は世界の料理で一番好きなので、僕は毎日でも食べられます!
フィラデルフィアで育った子供の頃通っていた日本語補習校には、日本人の友達や先生がたくさんいました。だから6、7歳の頃は、流暢に日本語を話せていたんですよ。その後引っ越して日本語を使わなくなったから、ほとんど覚えていませんが。
最後に日本に行ったのは3、4歳の頃です。この7月には本当に久しぶりに日本に行くのでものすごく楽しみにしています。日本語の記憶がよみがえるといいのですけれど!リアルな日本食も食べたいですね。
—あとはゴルフがご趣味だとか。
はい!熱心なゴルファーです。母や兄も大のゴルフ好きで、日本でプレーする予定があるので、今、旅行にむけてクラブの調整と修理をしてもらっています(笑)。
—ご自身のアイデンティティは、音楽づくりに影響を与えていますか?
もちろんそう思います。幸か不幸か、近年、人種による機会の違い、待遇の違いに焦点を当てた対話が増えました。黒人と白人の問題に焦点が当てられることが多いですが、現実には、あらゆる人種や文化に及ぶ話題です。
これまでアフリカ系アメリカ人をはじめとする黒人は、クラシック音楽の世界から切り離されてきました。しかし今や、クラシック音楽史に名を連ねるにふさわしい、すばらしい黒人作曲家がいることも明らかになりました。
しかし長らく白人やヨーロッパ人以外はアウトサイダーとして扱われてきたクラシック界において、黒人作曲家をその中に引き入れるには、まだやるべきことがあります。
一方で、アメリカにおけるクラシック音楽や文化や考え方の変化は、私の意識に影響を与えています。黒人の問題は、氷山の一角にすぎません。あらゆる人種、文化の作曲家にすばらしい人がいるのです。特に私のアイデンティティに関わりのある日本や韓国の作品に魅了されることは、多々あります。
私はアメリカでアフリカ系アメリカ人として育ったので、黒人の作曲家は身近な存在でした。そのためまずデビュー・アルバムとして、その側面から自分のストーリーを語りました。これによって、自分の別のアイデンティティに焦点を当てた次のプロジェクトのあ可能性が拓けたと思っています。
コンセルトヘボウ・セッションズ
—音楽家として社会のためにやりたいことはありますか?
もちろんあります。まず、クラシック音楽に触れる機会が少ない地域で、特に子ども中心に音楽に触れる機会を提供したいです。
特にここアメリカでは、クラシック音楽は特権階級や年配の人が楽しむもので、堅苦しくクールでない印象があるようです。僕はそれを変えたい。そして、クラシック音楽が持つ愛とエネルギーと情熱を若い人たちと分かちあいたいのです。
音楽がそばにあること、音楽を学ぶことによって、人とのつながりや機会が増えていき、より多くのコミュニティが良い場所になると、僕は信じています。資金やリソースが無い地域でも、子どもが簡単に無料で楽器を学べる教育プログラムを作りたいと考えています。
僕自身、ヴァイオリンだけをやってきたわけではなく、普通の子供が好きな遊びもしながらこうして演奏家になりました。ゲームやバスケットボールやゴルフが好きでも、ヴァイオリニストになれるんだと思ってもらえる機会をつくっていきたいですね。
—では最後の質問です。社会には、人種や国籍などによるさまざまな分断がありますが、そのなかで音楽はしばしば、人々をつなぐもの、つまり分断を解消するものだといわれます。この考えについてどう思われますか?本当にそうなのでしょうか。それとも難しいのでしょうか。
僕が演奏することを愛する一番の理由は、それが人とつながる機会だからです。
演奏とは、作曲家の経験を物語るということ。モーツァルトにしてもプライスにしても、彼らが作品を書いたときどう暮らし、何を考えていたかを知ろうとし、演奏上のアプローチを見つけ出します。それによって、聴き手を誰かの体験に近づける。そこで生まれる共感が、他者の視点を理解することになる、つまり人をつなぐと思います。
それはこれまでにも行われてきたことですが、今はそんな他者の視点や経験を知ることが、これまで以上に重要になる時代だと、僕は思っています。
Writtern & Interviewed by 音楽ライター 高坂はる香
■リリース情報
ランドル・グーズビー『ブルッフ&プライス:ヴァイオリン協奏曲 他』
2023年5月19日発売
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- ランドル・グーズビー アーティスト・ページ
- ランドル・グーズビー オフィシャル・サイト
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