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メタリカが新作『72 Seasons』を引っさげた前代未聞のワールドツアー初日レポート
2023年4月14日にニュー・アルバム『72 Seasons』をリリースしたメタリカ(Metallica)。彼らがこのアルバムを引っさげて行っているワールドツアー「M72」の初日と二日目となったオランダ・アムステルダム公演を現地で見た音楽評論家の増田勇一さんに寄稿頂きました。
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「同じことを繰り返さない週末」
最新アルバム『72 Seasons』の発売から13日後にあたる4月27日、同作に伴うメタリカのツアー『M72 World Tour 2023/4』がオランダのアムステルダムで開幕を迎えた。
このツアーには『No Repeat Weekend』というサブタイトルが掲げられているが「同じことを繰り返さない週末」というその言葉が意味するのは「週末に2公演(原則的には金曜日と日曜日)が組まれ、各日とも共演者とセットリストが異なる」ということ。しかも演奏曲目についてはマイナーチェンジ程度の変更ではなく、2日間を通じて1曲も被らない選曲がなされるという。そして会場規模は、いわゆるアリーナではなくスタジアム。そんな前代未聞のツアーの第一夜と第二夜を、現地で目撃した。
先述のようにこのツアーでは金曜日と日曜日に公演が組まれているが、最初の公演地であるアムステルダムについては例外的に木曜日と土曜日という日程になっていた。それは初日である4月27日が、オランダのウィレム=アレクサンダー国王の誕生日で祝日にあたることと無関係ではないはずだ。
この日は毎年、街がオランダ王室の色であるオレンジの装飾に彩られ、お祭り騒ぎになるのだという。実際、繁華街では前日から飾り付けが進められていたし、街の広場に移動遊園地が設けられたりもしていた。しかもメタリカの最新ライヴをいち早く体験しようという熱心なファンが現地に集結しているため、街を歩いているだけで異様ともいえる頻度でメタリカのTシャツを目にする。また、公演の前々日から街の中心街にメタリカのポップ・アップ・ショップがオープンしていたこともあり、同店のショッピング・バッグを下げたファンの姿も目についた。
(編集註:以下はロンドンでのポップアップショップの様子)
We can’t get enough of London’s #72Seasons release day pop-up shop. Thanks to all of you who came out and made it such an awesome celebration! pic.twitter.com/v1okMatQC3
— Metallica (@Metallica) April 26, 2023
5万人以上を収容するスタジアム
公演会場であるヨハン・クライフ・アレナ(旧名はアムステルダム・アレナ)は、アヤックス・アムステルダムのホームにあたるサッカー・スタジアムで、5万人以上を収容する規模。その場にも、メタリカのTシャツを着用しつつオレンジ色のものを身に付けた来場者の姿が数多く見受けられた。そして、普段はサッカーの熱戦が繰り広げられているグラウンドの中央には、巨大な輪の形をしたステージが設えられている。円形ではなく輪であり、その輪の外側にも内側にも観客がひしめくことになる。
スネイクピットと呼ばれるこの“穴”の設けられたステージは、1991年発表の『Metallica』(通称ブラック・アルバム)のツアー当時から使用されてはいたが、当時のそれとはサイズ感がまるで違う。そしてそのステージを取り囲むように8つの鉄塔がそびえ、その上部は円筒状のスクリーンになっている。ちなみに27日の公演に限っては、そのスクリーンがオレンジ色に彩られていた。
この2公演を通じてのメタリカのトータル演奏時間は約4時間半、演奏曲数は32曲にも及んだ。そうした情報量の多さゆえ、その内容についてこの場に簡潔にまとめることには無理がある。演奏開始間近になると場内に流れるBGMがAC/DCの「It’s a Long Way to the Top (If You Wanna Rock ‘N’ Roll)」に切り替わり、それが終わると映画『The Good, The Bad And The Ugly(続・夕陽のガンマン)』の映像を伴いながら「Ecstasy Of Gold」が聴こえてくるというオープニングの流れはお馴染みのものだが、実際に4人の演奏が始まってからは驚きの連続だった。
驚きのセットリスト
なにしろ27日の公演に1曲目に演奏されたのは「Orion」。『Master Of Puppets』(1986年)に収録されているこのインストゥルメンタル曲が彼らのライヴの幕開けを飾ったのは、2011年12月以来のことだ。
それと対を成すように29日の公演で冒頭に据えられていたのは、やはりインストゥルメンタルの「The Call Of Ktulu」(1984年発表の『Ride The Lightning』に収録)だった。実際、各日の1曲目にインスト曲が配されていたこと自体に意図があったのかどうかはわからないが、いずれも故クリフ・バートン(1986年9月27日、欧州ツアー中の交通事故により他界)の影を強く感じさせる楽曲であるだけに、意味深長な匂いを感じずにはいられなかった。
そうした幕開けを経て繰り出されたのは、さまざまな時代の楽曲たち。最新作『72 Seasons』からの楽曲についても各日3曲ずつ演奏された。つまり2日間を通じて6曲の新曲が披露されたことになる。デビュー・アルバム『Kill ’Em All』(1983年)が世に出てから今年で40年になるが、彼らのように長い歴史と数多くの鉄板曲を持つバンドの場合、新作発表に伴うツアーを実施するにしても、新曲の披露は3~4曲程度にとどまるのが常だ。
ただ、今回のように「2日間を通じて1曲も被らないセットリスト」というお題目が伴っていると、自ずとその曲数も増やしやすくなる。こうしたコンセプトの裏側には当然ながら「どちらの日も見逃せないものにする」という狙いがあったはずだが、「充分な数の新曲を組み込む」というのも目的のひとつとしてあったのかもしれない。そして実際、『72 Seasons』からの楽曲群は、他の必殺曲やレア曲に負けない熱烈な反応を獲得していた。参考までにこの作品は、オランダのアルバム・チャートでも1位を獲得している。
2日間を通じての全体的な演奏曲目を眺めてみると、『72 Seasons』『Ride The Lightning』『Metallica』の3作からそれぞれ6曲、『Master Of Puppets』から5曲がセレクトされており、それが演奏プログラムの軸を成しているようにも感じられる。
『Load』(1996年)や『Reload』(1997年)、『Death Magnetic』(2008年)や『Hardwired…To Self-Destruct』(2016年)からの楽曲も組み込まれているのに対して、この両日に限っては『St. Anger』(2003年)から1曲も選曲されていなかったが、これから訪れていく各都市で毎回違った演奏内容のショウを重ねていくことになるだけに、もっと意外性の高い曲が飛び出すことになるのではないかとも想像できる。
360度対応のステージ演出
そうした演奏曲目の面だけでも新鮮な驚きに満ちているうえに、演出面も当然のように充実していた。興味深かったのは、結果的に日本上陸が叶わなかった『Hardwired…To Self-Destruct』に伴うツアーの際には超巨大サイズのLEDスクリーンが使用されていたのに対し、今回はサイズ的にはそこまで大きくない円筒型スクリーンが随所に配置されていたこと。筆者は前作のツアー初日公演を韓国で目撃しているが、その際には、まさしく怪物のようなサイズでスクリーンに映し出されるメンバーたちの姿に圧倒されたものだった。
それに対して今回は、彼らの姿がことさら大きく見えるわけではないが、照明や火炎といった演出要素とシンクロしながらステージ全体の様相が変化していくさまを、より立体的に目で楽しめるものになっていたように思う。ただ、そうした大掛かりなステージでありながらも、メタリカの4人が何か特殊なことをするわけではなく、彼らはそこで演奏を繰り広げるだけ。
しかもスタンド席が360度対応であるばかりでなく、前述のようなスネイクピットを擁するセンター・ステージという設定であるだけに、どの角度から観てもバンドの背景に広がるのは大観衆という構図になる。そうした光景から感じられる“人”のパワーがあまりにも圧倒的で、長く続いたコロナ禍で失われていたものが完全に取り戻されつつあることを実感させられもした。
スペシャル・ゲスト
今回のツアーにおけるもうひとつの特色は、各日とも異なったスペシャル・ゲストが登場すること。アムステルダム公演の場合、27日にはウルフギャング・ヴァン・ヘイレン率いるマンモスWVHと、英国のメタルコア・バンド、アーキテクツが登場。29日にはホラー・テイストを特徴とするアイス・ナイン・キルズと、ナイトウィッシュのシンガーであるフロール・ヤンセンが花を添えた。
元々、29日にはファイヴ・フィンガー・デス・パンチが出演予定だったが、ヘルニアの手術を経ているフロントマンのアイヴァン・ムーディの回復が当初の見通しよりも遅れてドクターストップがかかったため出演不能となり(5月17日のパリ公演からは合流の予定)、急遽ピンチヒッターとして起用されたのがオランダ出身のフロールだった。母国語でのMCをふんだんに交えながらナイトウィッシュとはひと味違うステージを楽しませてくれた彼女をはじめ、スペシャル・ゲストのステージもそれぞれ充実度の高いものだった。
日本のファンのことはいつだって俺たちの頭の中にある
この『M72 World Tour 2023/4』は、2024年9月まで続くものだが、残念ながら今のところ日本公演の日程はそこに含まれていない。ただ、2013年の『Summer Sonic』出演時以来となる日本上陸の可能性はゼロではなく、ラーズ・ウルリッヒは筆者が3月末に行なったインタビューの中で次のように語っている。
「メタリカのメンバーはみんな、日本のファンに会えずにいるのを悲しく思っている。日本のファンのことはいつだって俺たちの頭の中にある。今のところヨーロッパと北米の日程だけが発表されているけど、それだけでは終わらない。日本、オーストラリア、中南米といった、俺たちと素晴らしい関係にある国々を廻らないといけないからね。できるだけ早く行けるようにするよ。それは約束する!」
こちらの記事は、ロバート・トゥルヒーヨのインタビューと共に現在発売中のBURRN!誌6月号に掲載されているので、是非お読みいただきたい。そして6月5日発売の同誌7月号では、今回のアムステルダム公演のより詳細なレポートをお届けする予定だ。
Written By 増田勇一
4/27 セットリスト
1. Orion
2. Foe Whom The Bell Tolls
3. Holier Than Thou
4. King Nothing
5. Lux Æterna
6. Screaming Suicide
7. Fade To Black
8. Sleepwalk My Life Away
9. Nothing Else Matters
10. Sad But True
11. The Day That Never Comes
12. Ride The Lightning
13. Battery
14. Fuel
15. Seek & Destroy
16. Master Of Puppets
4/29 セットリスト
1. The Call Of Ktulu
2. Creeping Death
3. Leper Messiah
4. Until It Sleeps
5. 72 Seasons
6. If Darkness Had A Son
7. Welcome Home(Sanitarium)
8. You Must Burn!
9. The Unforgiven
10. Wherever I May Roam
11. Harvester Of Sorrow
12. Moth Into Flame
13. Fight Fire With Fire
14. Whiskey In The Jar
15. One
16. Enter Sandman
メタリカ『72 Seasons』
2023年4月14日発売
CD / 限定2LP / 2LP / カセット / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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