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【レビュー】『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』
U2のニュー・アルバム『Songs Of Surrender』にあわせて2023年3月17日にディズニープラスで配信されたドキュメンタリー『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』。
この作品について、元ロッキング・オン編集長であり、バンドを追い続けてきた宮嵜広司さんに寄稿いただきました。
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ディズニー公式配信サービス「Disney+(ディズニープラス)」にて3月17日より独占配信されている『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』。
U2のボーカル、ボノとギターのジ・エッジが故郷であるアイルランドはダブリンに25年来の親友であるアメリカの著名司会者デイヴ・レターマンを招待するという趣向のこの企画は、つまるところ、ひとつのバンドの成り立ちをその生まれた土地を訪ねることで追っていった、音楽ドキュメンタリーである。高視聴率を誇った名司会者レターマンが水先案内人となって、ボノ、ジ・エッジら本人たちをはじめ、ジャーナリストや地元ミュージシャン、大物プロデューサーには核心に迫る質問を、一方この街に生きるさまざまな人たちとはカジュアルな会話をしながら、バンドの実像のみならずそれを生んだダブリンという土地に宿るものに迫る様はさすがというほかない。
そういう意味では、この『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』は、これまで制作されてきた数々の優れた音楽ドキュメンタリーの系譜に新しい1ページを刻む素晴らしい作品だと言えるだろう。
しかし、従来の音楽ドキュメンタリーが結局のところ、バンド所縁の土地を訪ね、本人や関係者たちに取材をし、アーティストの偉大な足跡を(いくつかの新発見?も加えながら)あらためて紐解くというもの以上でも以下でもない(というかそうとしかなりようがない)のに対し、この『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』は、そうではない何か、あるいはそれ以上の何かを捉えることに成功している。実際、それは単に知識欲を満足させることに供されてきた幾多の音楽ドキュメンタリーを超えて、あたかもU2の作品に触れたかのような、受け手のエモーションを激しく揺さぶるものになっていたのである。
何故『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』ではそんなふうに感じることができたのか。
その理由は今作に収められたいくつかの見どころにあると思う。
1.これは単なる音楽ドキュメンタリーではない。二度と実現しない最新ライヴ映像作品である
ボノとジ・エッジが旧友デイヴ・レターマンを自分たちのふるさとであるダブリンに招いた理由は、もちろん、このドキュメンタリーのガイド役としてだったわけだが、それだけではなかった。ダブリンで行うスペシャル・ライヴのMC兼ゲストとして、わざわざこの地まで呼んだのである。
このスペシャル・ライヴで演奏したのは、U2のメンバーとしてはボノとジ・エッジのみ。その他は地元のミュージシャンと学生たちで構成された、まさにこの日のために集められたこの日だけしか成立しないものだ。
ライヴ・パフォーマンスの映像は、この作品中断続的に映し出されていく。あるときはチェロ奏者と、あるときは大勢のコーラス隊と、あるときは地元出身のグレン・ハンサードを加えてのフルセットで、最新作『Songs of Surrender』にも収められていたU2のベスト・オブ・ベストといえるセットリストが披露される。
元は病院だった(ボノはここで産まれたとMCしている)という会場は改装され、低いステージをぐるりと観客が囲むような造りになっていて、その中にはレターマンが街で出会ってそのまま招待してしまう(?)紳士服店の老店主や観光客相手にU2ツアーを案内している青年ガイドなんかも含まれていて、つまりは、いつものU2のライヴとはまったく違った空気なのがとにかく新鮮だ。
そんなミニマム・セットのパフォーマンスを観られるだけでも一見の価値ありだが、もちろんそれだけではない。本ドキュメンタリーが進むにつれその都度提起されるトピックに対し、あるときはまるで答えを示すかのように、またあるときはさらに問いを深めるかのように、ライヴの選曲が絶妙に練られていることに気づくはずである。したがって、途方も無いエネルギーをオーディエンスに向かって放射するいつものU2のパフォーマンスとはまるで印象が違うのは言うまでもない。それはあたかもU2があらたまって自己紹介でもしているような、自分たちはこんなふうに考えこんなふうに葛藤してきたのだと説明しているような、そんな観たことのないU2がそこにいるのである。
☝️ love, ☝️ life.
Bono & The Edge: A Sort of Homecoming with Dave Letterman, an Original documentary special, is streaming TOMORROW on #DisneyPlus. pic.twitter.com/JBSxN8riQG
— Disney+ (@DisneyPlus) March 16, 2023
2.これは単に故郷を振り返るロード・ムービーではない。もうひとつの『Songs of Surrender』である
本作の配信開始日と時を同じくしてリリースされた最新作『Songs of Surrender』。これまで発表してきた曲の中から40曲を厳選して、今現在の視点から「reimagined」したこのアルバムは、過去の自分たちを振り返り、そこにあった本質を取り出し、未完成だったところに手を入れ、今であればこうするとあらためて創造しなおした、異色の作品だった。
新型コロナによる世界的なロックダウンで文字通り「世界が立ち止まった」2020年以降のタイミングで、まさに世界が「これまでにあった世界は何だったのか」を半ば強制的に見つめ直したように、U2もこの空白期間を使って、自らの長いキャリアを見つめ直したことになる。
この『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』が当然ながら『Songs of Surrender』構想の一環であることは論をまたないわけだが、アルバムが音楽でキャリアを振り返ったのに対し、言葉でキャリアを振り返ったと言えるのがこの『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』となるだろう。デイヴ・レターマンは、ボノとジ・エッジそれぞれと、2人合わせての合計3度のインタビューをここで行っている。
旧知の知人による取材ということも、このインタビューが率直な言葉で満たされたことに奏功したと言えるだろうが、加えて言えば、デイヴ・レターマンがいわゆる音楽ジャーナリストでもアカデミック畑の知識人でもなく、ストレートな言葉でダイレクトに訊くタイプのテレビ司会者であったことが、ボノやジ・エッジからいつも以上に赤裸々なコメントを引き出せた背景にあったのではと思う。
レターマンのある種遠慮のない質問によって、ボノ、そしてジ・エッジがそのときの自分たちを振り返り、今の言葉でU2を語っていく様はスリリングですらある(その中にはバンド内での拭えない軋轢や反発、バンドを辞めそうになったことまである)。それはまさに『Songs of Surrender』で体感したものと同じ興奮を誘ってくる。
Dave walks the walk with @U2’s Bono and The Edge. Stream Bono & The Edge: A Sort of Homecoming with Dave Letterman on #DisneyPlus. pic.twitter.com/8GQJ6qCbfX
— David Letterman (@Letterman) March 18, 2023
3.これは単なるバンドの歴史書ではない。世界最大のロック・バンドのメカニズムがわかる解体新書である
「アイルランドにいた頃未来は常に遠かった」「ダブリンには過去も未来も現在さえも存在しない気がしていた」
今作『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』は、ボノによるこんなモノローグではじまる。そして本作は、かつてそんなふうに嫌っていたアイルランドのダブリンで、「ダブリンはルーツだ。曲に組み込まれてる」と語るボノを捉えている。
悶々としていた10代のボノ少年が数十年経ってそう言えるまでに何があったのか。このドキュメンタリーはこの間にあった、それぞれが魅惑的で感動的なエピソードの数々を実に見事に伝えてくれる。
中でも特筆すべきなのは、「Sunday Bloody Sunday」が生まれたときのエピソードで、ある意味、U2の核心をついたものであり、もっと言ってしまえば、ロック・バンドというものが何を負って何を表現しているか、その大原則をも示した話として興味深い。
詳しくはもちろん本作を観てほしいが、簡単に言えば、ロックが常に現実の矛盾、摩擦から怒りをともなって生まれるものだとすれば、「Sunday Bloody Sunday」をいっきに書き上げた当時のジ・エッジがまさにそうだったことが語られている。そして、そんなジ・エッジに対して、ボノがそのときどう感じたかの話もまた、U2が本当の意味で誕生した瞬間を捉えたものとして意味深かった。
さて、前述したライヴ・パフォーマンスでは「Invisible」が演奏されている。「見えない存在」として軽んじられていた僕が、そうじゃないと、あなたが思っているより大きな存在なんだと主張するこの曲は、少年が自らの果たした成長を示さんとする曲だ。ダブリンを飛び出した少年たちが隣国イギリスで成功し、さらにはアメリカも制して、世界最大のロック・バンドとなる——あたかもそんなU2の比類なきサクセス・ストーリーをなぞるかのようだが、このパフォーマンスが伝えるのはそんなエゴマニアックな姿とは真逆のものだ。
繰り返される「there is no them. There’s only us.」というフレーズ。ここには、かつて「疎外」を感じていた少年はいない。そうではなくて、いまでは同じ場所でともに「当事者」となった自分たちがいるだけだ。「ダブリンには過去も未来も現在さえも存在しない気がしていた」少年がいま、まさにダブリンで「ここにいる」と言えていること——。
何か、このフレーズを確かめるために、『Songs of Surrender』、そしてこの『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』があったような気がしてならない。
Written By 宮嵜 広司
『ボノ & ジ・エッジ – A SORT OF HOMECOMING with デイヴ・レターマン』
U2『Songs Of Surrender』
2023年3月17日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music
① 4CDスーパー・デラックス・コレクターズ・エディション
40曲収録/輸入国内盤仕様/完全生産限定盤
② 1CD初回限定デラックス盤 20曲収録
③ 1CD通常盤 17曲収録
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