Classical Features
スピーカーで楽しむドルビーアトモスのすすめ:サウンドバーで踏み出すホームシアターの“第一歩”
Dolby Atmos®︎(ドルビーアトモス)をご存知だろうか。ドルビーアトモスとは、従来のステレオ方式と比べて高い没入感を得られるものとして、映画・音楽制作をはじめとしたさまざまな現場で用いられている立体音響技術だ。いわゆる、“空間オーディオ”と呼ばれる音響の一種である。
今回は第1回目のスタジオ取材編、第2回目のプレイリスト編に続く、第3回目。これまでの2回はイヤホン×スマートフォンを駆使したドルビーアトモスの楽しみ方をご紹介したが、今回はスピーカーを用いたドルビーアトモスの楽しみ方について、Dolby Japan株式会社の技術部(テクニカル・マネージャー)黒岩俊夫さん、ライセンス&エコシステム(ディレクター)鈴木克典さんにお話を伺った。
また、記事の後半では、ドルビーアトモス対応スピーカーで聴いてみたいクラシック作品をいくつかご紹介。ピアニスト・編集者・ライター門岡明弥さんによるインタビュー。
スピーカーで楽しむドルビーアトモス
──今回はスピーカーを用いたドルビーアトモスの楽しみ方を追求していきたい!ということで、お話を伺いたいです。
黒岩:まずはDolby Atmos(ドルビーアトモス)についておさらいです。これまではステレオ方式やサラウンド方式でミックスされた音を、最終的なコンテンツとしてスピーカーから届ける“チャンネルオーディオ”が主流でした。しかし、 “オブジェクトオーディオ”という音の扱い方が広まってきたことにより、音と位置情報(座標)をペアにしてひとつのコンテンツとして仕上げるオーディオの形が生まれたんですね。その中のひとつが、立体音響技術・ドルビーアトモスなんです。
──イヤホンで楽しむ場合と違って、スピーカーでドルビーアトモスを楽しむ際はやはり配置が大切になってくるのでしょうか。置き方のポイントなど、伺いたいです。
鈴木:スピーカー配置のバリエーションは多数存在するため、ある程度自由が効くような仕様にはなっています。スピーカー配置例は我々のサイトに載っていますし、購入した製品の説明書に記載してあると思いますので、それらを参考に配置していただけたらと思います。
黒岩:たとえば前方に2つのスピーカーを置いたり、天井に設置したり。あとはマルチチャンネルのスピーカー構成を備えている場合、天井に音を反射させて空間的な響きを得られるドルビーアトモス・イネーブルドスピーカーを追加したり……など、ひとことでドルビーアトモス対応スピーカーの置き方といっても機種によってさまざまな扱い方があるんです。
──天井スピーカーは必須なのかと感じていましたが、そんなことはないんですね。
黒岩:そうなんです。2つのスピーカーでもオブジェクトの位置をある程度再現できるような製品も販売されているため、数多くのスピーカーを用意せずともドルビーアトモスを自宅で楽しむことはできます。天井にスピーカーを設置するのはなかなかハードルが高く感じられる方もいらっしゃるので、まずはそのようなスピーカーを使うことでドルビーアトモスを楽しむ敷居は下がるのではないかと感じていますね。
あとはテレビの前に置くサウンドバー製品でも、ドルビーアトモスに対応した機種が増えてきています。サウンドバーの端っこに上向きのスピーカーが設置されていて、天井反射を利用して立体的な音響を楽しめる機種なんかもあるんですよ。また、サウンドバーとセットでワイヤレススピーカーが付いてきて、サラウンドの位置にワイヤレススピーカーを設置することで音を補強して聴かせるような製品も最近では出てきています。
コンサートホールにいるかのような空間的感覚を得られる
──多彩なスピーカーが登場する中で、多くの機材を用意せずともドルビーアトモスを楽しめるようになってきているのですね。ちなみに、スマートフォンやタブレットなどの内蔵スピーカーでもドルビーアトモスを楽しめると耳にしたことがありましたが。
黒岩:もちろん楽しめますが、よりよい音楽体験を得るためには、やはり多数のスピーカーを用いたホームシアターや、ドルビーアトモス対応のサウンドバーを導入する方がいいと思います。
鈴木:特にクラシック音楽は、ピアノ・ソロからオーケストラまでさまざまな編成の作品がありますよね。ドルビーアトモスでクラシックの作品を聴くと、コンサートホールの音響とあわさって繊細な響きや、複数の楽器が重なり合いながら生まれる立体感を感じられ、あたかもコンサートホールにいるかのような体験ができます。多くのスマホやタブレットの内蔵スピーカーもドルビーアトモスに対応していますので十分楽しめますが、実際にスピーカーを配置して頂ければ、より空間的な体感を得られると思います。
楽器そのものの音色や、空間の響きを大切にするクラシック音楽だからこそ、ドルビーアトモスで聴いたときの充実感は大きいように感じますね。
サウンドバーを使ったホームシアター
──実は僕自身、サウンドバーを購入しようと考えたことがあるのですが、ドルビーアトモスに対応したサウンドバーはいくらぐらいで購入できるのでしょうか。
鈴木:各メーカーさんがさまざまなサウンドバーを発売されていますが、特に手頃なものですと3万円台の製品も販売されています。より多くのユーザの皆さんにお手軽にドルビーアトモスの音を楽しんで頂ければと思います。
──3万円台。もはやいいイヤホンを買うような金額感ですね。
鈴木:そうなんです。テレビの前にポンと置くだけでいいですし、コンパクトなタイプも販売されているため、複数個のスピーカーを設置するよりも導入しやすいところがポイントです。
黒岩:たとえば、先程申し上げたような上向きスピーカーが搭載されているものや、ワイヤレスのサラウンドスピーカーがセットで付いてくるサウンドバーは高価な部類に入ります。
しかし、そういったスピーカーが搭載されていなくても、ドルビーアトモス対応製品には天井スピーカーやサラウンドスピーカーがそこにあるかのような音響処理を施してくれる“バーチャライザー”が搭載されているため、複数のスピーカーが搭載されていないサウンドバーでも、手軽にドルビーアトモスを楽しめますよ。
──バーチャライザーによって天井スピーカーやサラウンドスピーカーが配置されているようなサウンドを楽しめる機種と、実際に複数のスピーカーが搭載されたサウンドバー。聴こえ方がどう変わるのかが気になります。
黒岩:やはり天井スピーカーやサラウンドスピーカーがその場にある方が、細かな音の成分が際立ちますし、バーチャライザーのサウンドよりも臨場感のある音楽体験を得られると感じます。高価ではありますが、そういった意味で複数のスピーカーを搭載したサウンドバーが販売されているんですね。
しかし、最初から多くのスピーカーを用意したり、高価なサウンドバーを購入するのは大変だと思うので、まずは手軽に楽しめる機種を購入し、その後スピーカー数を増やしたり天井にスピーカーを設置してみたり……といった形で少しずつホームシアター環境を整えていくのもオススメです。
スピーカーで聴きたいドルビーアトモス・クラシック
第1回目の記事ではユニバーサルミュージックのスタジオにてさまざまなドルビーアトモス音源を聴かせていただいたが、やはりスタジオで聴くのと自分の部屋にスピーカーを置いて聴くのとではまるで違った音楽体験になるだろう。しかし、あいにくまだ自室にドルビーアトモス対応スピーカーを設置できていないため、抑えきれないワクワクを込めて、ドルビーアトモス対応スピーカーで聴いてみたい作品を3曲ピックアップしてみた。
フランティシェク・ヤーノシュカ:Souvenir pour Elise(ベートーヴェン:《エリーゼのために》による)
“鍵盤の魔術師”と称される変幻自在なピアニスト、フランティシェク・ヤーノシュカによる作品。誰しもが聴いたことのあるベートーヴェンのフレーズに乗ってなめらかに曲が進んでいくかと思いきや、中盤の華々しい超絶技巧で度肝を抜かれるだろう。ドイツ音楽の構造的な美しさと、スパイシーな色彩を帯びたハーモニーのバランスがなんとも痛快な作品。同じく、ヤーノシュカ・アンサンブルによるJ.S.バッハの《2つのヴァイオリンのための協奏曲》もドルビーアトモス対応スピーカーで聴いてみたいところ。
シューマン:《子供の情景》より第7曲〈トロイメライ〉
シューマンの曲集《子供の情景》は、子供の学習用作品と誤解されることがあるが、本来は幼い頃を回想する大人のための作品である。どの曲もシューマンのロマンティシズムが遺憾なく発揮されており、特に第7曲〈トロイメライ〉は「夢」や「夢想」にふけることを意味する幻想的な空気が漂う作品だ。グラデーションのように、少しずつ空気に溶けていく響きの尊さを味わいたい。
サラサーテ:《カルメン幻想曲》より I. Moderato
オペラ《カルメン》に登場するメロディを用いて書かれた、オーケストラとヴァイオリンのための作品。カルメンのモチーフを使った作品は数多く存在するが、その中でも特に有名だ。正確無比な演奏技術と歌心あふれる音色を持つヒラリー・ハーンによる演奏は、まるで“歌”を聴いているかのような感動がある。余談だが、《カルメン幻想曲》を収録したアルバム『エクリプス』についてのインタビュー記事も読んでいただけたら嬉しい。
さらに拡がるドルビーアトモスの技術
取材の終わり際、気になる内容を耳にした。今回は自分の部屋でドルビーアトモスを楽しむ方法についてお話を伺ったが、なんと近頃は部屋の中に留まらず、車の中でもドルビーアトモスを楽しめると言うのだ。国内メーカーではドルビーアトモスのシステムを搭載した車は未発売とのことだが、既にメルセデス・ベンツや中国電気自動車メーカーのNIOがアメリカや中国で販売を開始しているそう。(ご参考)実際に乗ってみたいし、聴いてみたい。
イヤホンで楽しむか、部屋でスピーカーを使って楽しむか、はたまた車の中で楽しむか……。ドルビーアトモスの楽しみ方はさらなる拡がりを見せているが、それぞれのシチュエーションにあった楽しみ方をさらに追求していきたいものだ。
Interviewed & Written By 門岡明弥
※Dolby、ドルビー、Dolby AtmosおよびダブルD記号は、アメリカ合衆国とまたはその他の国におけるドルビーラボラトリーズの商標または登録商標です。