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Classical Features

クラシックと「今」を接続するキーパーソン:ジャズ・ミュージシャン編

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主にヨーロッパを拠点に、何百年もの月日をかけて発展してきたクラシック。このジャンルに属する音楽に対して多くの人が連想するのは、「古典的」というイメージだろうか。

しかし、ジャンルや時代を問わず、「音楽」というものは地続きになっているものだ。聖なる音楽が気づけば庶民による俗の音楽に派生したり、ゴスペルやブルースがロックを生み出したり、その大元にはジャズがあったり……。一見ガラパゴスのような存在感を放つクラシックも、実は現代的な音楽の元ネタになっていたり、オルタナティヴで新しい世界を切り開くきっかけにもなっていたりする。

今回は、いわゆる「ジャズ」のシーンで活躍しているアーティストをピックアップ。クラシック音楽と「今」をリンクさせているキーマンを紹介したい。音楽ライター 桒田 萌さんによる寄稿。


山中千尋

ニューヨークを拠点に活動するジャズ・ピアニストの山中千尋。ジャズの世界で名を馳せる彼女は、高校・大学ではクラシック音楽を専門的に学んだのちに、バークリー音楽大学に進学し、ジャズに転向した。楽譜に忠実なクラシックと、コードという名のルールの元で即興性が問われるジャズ。一見正反対のジャンルだが、山中千尋はクラシックの「忠実さ」にリスペクトを払った上で、名作の素材を生かしてジャズにアレンジ/カヴァーをしている。山中千尋がアレンジしなくとも、それらの名作は原曲として素晴らしい。しかし、第三者によるアプローチによって、モチーフや素材というのはこれほどに表情を変えられるのか、と思わせてくれるのが、彼女の持つ魅力だ。

アルバム『ROSA』より ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第8番 第3楽章

《悲愴》と標題がつけられたピアノ・ソナタ第8番のうち第3楽章が、複数のラテン・リズムが取り入れられたボサノヴァ風にアレンジされている。原曲では、ドラマティックな展開が特別あるわけではない一方で、古典派ならではの洗練されたクリアな構成と音づかいが魅力的で、その隙間から憂いを漂わせていた。ボサノヴァ風の曲調になることで、作品はよりメランコリーな情緒を醸し出している。なおこのアルバムには、ベートーヴェンの交響曲第5番《運命》のアレンジも収録されている。

Piano Sonata No. 8 Third Movement

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第8番《悲愴》

Beethoven: Piano Sonata No. 8 in C Minor, Op. 13 "Pathétique" – 3. Rondo. Allegro

アルバム『ユートピア』より サン=サーンス:白鳥

チェロの息の長い歌心ある旋律が耳を離さない原曲からうって変わり、ビートの強い前進的な曲調にチェンジ。サン=サーンスが思い描いたのは、おそらく湖でゆったりと浮かび漂う白鳥ではないだろうか。そんな白鳥の固定概念を覆すかのような好戦的な鳥が、目に浮かぶ。

Le Cygne

サン=サーンス:組曲《動物の謝肉祭》より〈白鳥〉

Saint-Saëns: Le Carnaval des Animaux, R. 125 – 13. Le Cygne

アルバム『モルト・カンタービレ』より 山中千尋:ハノン・ツイスト

ピアノ学習者の多くが取り組む、ハノンのピアノ教本。同じ音形を繰り返す練習曲の数々に、多くの学習者が「つまらない」と感じてきたことだろう(しっかり取り組むと間違いなく鍛えられるのだが)。ハノンの機械的で「つまらない」モチーフが、山中千尋のアレンジでは「おもしろみ」となり、音楽全体をドライヴさせる推進力を兼ね備えるようになっているから不思議だ。

Hanon Twist

(c)Mari Amita

上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット

ピアニストの上原ひろみは、2021年に新日本フィルハーモニーのヴァイオリン奏者の西江辰郎を中心に、同じくヴァイオリン奏者のビルマン聡平、ヴィオラ奏者の中恵菜、チェロ奏者の向井航による弦楽四重奏団とコラボレーション・アルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』をリリースしている。コラボレーションのために書き下ろした表題の組曲や、自身のSNS企画「One Minute Portrait」で披露した楽曲など、すべて上原ひろみの作編曲によるものが収録されている。

弦楽四重奏といえば、クラシックではオーソドックスなスタイルだ。音と音の建築的な重なりで生み出す構築美や、伸びやかなハーモニー。そこに上原ひろみによる自由で戯れるようなピアノの音色が乗る。まったく違う要素が組み合わさったような編成なのに、そのサウンドからは不思議なことに何も違和感を感じない。そして楽曲たちから感じるのは、片方のジャンルが一方のジャンルに媚びない堅実な姿勢だ。このアルバムを「クラシックだ」「ジャズだ」と決めつけるのは、あまりにもナンセンスだ。

アルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』より アイソレーション、ジ・アンノウン、ドリフターズ、フォーティチュード

表題を冠した組曲(スイート)は、これら4つの楽曲で構成されている。コロナ禍の自粛期間に書き下ろされたもので、タイトルからは未来への希望や、光への切望がうかがえる。作品を印象付ける鮮烈なモチーフからはじまり、弦楽四重奏ならではの緻密な音構築とハーモニーはそのままに、上原ひろみによる即興的かつ刹那的なピアノの音色が共存する。ジャジーなピアノにチェロがジャズ・ベースのように添うシーンもあれば、各々の楽器によるバロック的なポリフォニーを感じる瞬間も。音楽の持つ多面的な表情が、一つの作品としてなだらかに昇華される。改めて「時代やジャンルを問わず、すべての音楽は地続きなのだ」と思わせられるのだ。

Hiromi – Isolation (Official Audio)

アルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』より リベラ・デル・ドゥエロ

スペインの民族舞曲を思わせるハイテンポな作品だ。同じスペインだからか、ヴァイオリン作品でのサラサーテの《ツィゴイネルワイゼン》も想起させる。作中、上原ひろみだけでなく、弦楽器奏者それぞれのソロ・パートも登場。それらの生々しさから、より「俗っぽさ」が浮き立つ。ピアノと弦楽器という編成にもマッチしている。

Hiromi – Ribera Del Duero (Official Audio)

サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン 作品20

Sarasate: Zigeunerweisen, Op. 20

石若 駿

ジャズ・ドラマーの石若駿は、ジャズに限らず、ポップス、ロック、パンクなど、あらゆるジャンルを横断して活動していて、「何かに縛られない」アーティストでもある。自らリーダーを務めてプロジェクトやグループを推進するだけでなく、国内アーティストからも厚い信頼を寄せられ、サポート・ミュージシャンとしても引くてあまた。テレビ番組や映像作品、CMなどの音楽でもクレジットを残しているため、「無意識のうちに彼の音を耳にしていた」ということもあるだろう。

中学時代に日野皓正から大きな影響を受けた一方で、東京芸術大学音楽学部附属音楽高校と東京芸術大学に進学し、クラシック・ジャンルでパーカッションを極めた。彼は過去のインタビューで、「クラシックや現代音楽を学ぶことは、自分にとって新しい音楽の価値観を知ることでもあった」と語っている(参考)。そこで学んだのは、作曲家と作品と向き合いリスペクトすること。ただ楽譜や音楽の流れを追うだけではない、再現芸術だからこそ得られる音楽へのアプローチの仕方。ある種「フリーダム」に見える石若駿のバックグラウンドには、自由からは少し離れたジャンルで学び培った価値観が根強くあるのだろう。まさにクラシックと「今」をリンクさせてくれるキーマンだと言える。

【公式】報道ステーション・新オープニング曲「Voices」by坂東祐大 feat. Richard Bona
【BEYOND THE STANDARD vol.3】バッティストーニ&東京フィル/上野耕平(sax) 山中惇史(pf) 石若駿(perc)「吉松隆:サイバーバード協奏曲」

アルバム『Dear Family』より Dear Family

ジャズ・ピアニストの桑原あいとのデュオ作品を収めたアルバム。報道番組『サタデーステーション』『サンデーステーション』(テレビ朝日系)のオープニング曲になっていた。ピアノとドラムという極限まで小さくしたアンサンブル形態で、アコースティックならではの細かな息遣いから、とてもデュオとは思えないダイナミックなセッションまで、飾り気のない起伏で演奏を繰り広げていく。桑原あいのカラフルな音色はもちろんのこと、石若駿のしなやかで伸縮性のあるサウンドが、音楽をより前進させていて心地良い。

桑原あい×石若駿「ディア・ファミリー」(TV Version)ショート・ヴァージョン

Written By 音楽ライター 桒田 萌


■作品情報

山中千尋『ローザ』
2020年6月24日発売
iTunes /Amazon Music / Apple Music / Spotify

山中千尋『ユートピア』
2018年6月20日発売
iTunes /Amazon Music / Apple Music / Spotify

山中千尋『モルト・カンタービレ』
2013年8月14日発売
iTunes /Amazon Music / Apple Music / Spotify

上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット『シルヴァー・ライニング・スイート』
2021年9月8日発売
iTunes /Amazon Music / Apple Music / Spotify

桑原あい×石若駿『Dear Family 』
2017年11月8日発売
iTunes /Amazon Music / Apple Music / Spotify


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