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J.コール『The Off-Season』全曲解説:プロバスケ・デビューとアルバム6作連続全米初登場1位の快挙
2021年5月4日にリリースを発表、その10日後の5月14日に配信された米ラッパー、J.コール(J. Cole)の6枚目のアルバム『The Off-Season』。このアルバムは大きな話題となり下記記録を打ち立てている。
・米Apple MusicのソングランキングのTOP10を独占
・全世界72か国のApple Musicのアルバムチャートで1位
・全米アルバムチャートでデビューから6作連続1位
・ソロ・ラッパーでデビューから6作連続1位は史上初の快挙
・テイラー・スウィフト『Fearless (
・初週ストリーミング再生数3.2億回は今年の最多
そんな大反響となっているこのアルバムでは何が歌われているのか? 収録アルバム全曲をライター/翻訳家である池城美菜子さんに解説いただきました。
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10数年かけてトップに登り詰め、アルバムを出すたびにチャートの1位になるのが当然になったとき、どう出るか。プロのバスケット・ボール選手になるという、もう一つの夢の追う決意をしたのがJ.コールだ。そして、5月16日、6作目『The Off-Season』をリリースした週末に、BAL (バスケットボール・アフリカ・リーグ)のルワンダ・チーム、パトリオットのシューティング・ガードとしてコートに立っていた。
J.コールこと、ジャーメイン・コールは観戦者ではなく、プレイヤーとしてことあるごとに強いバスケ愛を示していた。そして、一昨年に真剣にプロ入りを目指すと表明。189センチの彼でも、NBAの平均身長より9センチほど低い(おそろしい世界だ)。熱心なファンでもNBA入りは難しいと思っていた矢先、3年ぶりのアルバムとほぼ同時に、プロのバスケ選手としてコート・デビューを果たしたのだ。BALは、2019年にNBAと国際バスケット・ボール連盟がアフリカ各国のチャンピオン・チームを集めて発足させたリーグ。J.コールは、4枠しかない外国人選手のひとりとして試合に出場した。
J.コールにはバスケを引き合いに出したライムは多いが、アルバムのタイトルに入れたのはスタジオ・アルバム『The Cole World Side Line Story』(2011)以来10年ぶりだ(*Side Lineとはバスケットのコード上下の横のライン)。その前にミックステープの『The Come Up』(2007年)と『The Warm Up』(2009年)があり、深読みすると登場してウォームアップを始め、サイドラインで出番を待つ気持ちをデビュー作に込め、今回でオフシーズンの過ごし方を示したとも取れる。その間の4作が、本試合か。とはいえ、『The Off-Season』にはリラックスした雰囲気はほとんどない。それもそのはず、新作発売の直前にYouTubeで公開された12分半のドキュメンタリーで、「集中して練習する以外に成功の近道はない」と言い切っているのだ。偉業をやり遂げつつ、「いや、でもすごいがんばった結果だから」とすぐに手の内を明かしてしまうのが彼らしい。
各曲の聴きどころを解説しよう。
1. 9 5. S o u t h
曲名は、ニューヨークから故郷ノースカロライナ州ファイエットヴィルをつなぐ高速道路。ハーレム代表の先輩キャムロンがナレーションを入れ、ジェイ・Zの「U Don’t Know」のビートをサンプリングし、最後のフックはリル・ジョン&イースト・サイド・ボーイズの「Put Your Hood Up」を使用。00年代前半の空気感を拝借した、力強い幕開けだ。後半の火を吹くようなラップの一部を引用しよう。
All yo’ ni**as eatin’ off your wealth
All my ni**as feedin’ all they selves, and it feels swell
Krispy Kreme dreams, sometime my dawgs wanna kill 12 (Uh)
‘Cause they steady harassin’
We seen dilemmas like Nelly and Kelly that end in the deadliest fashion
お前らみんな手持ちの富で食っていける
俺の仲間はみんな自力で食わせている それ自体は気分いいけど
クリスピー・クリームの夢を見る 仲間は警官を殺したくなる(ああ)
ずっと嫌がらせをされているから
ネリーとケリーが歌ったジレンマみたいに最悪の形になるのはみんな目にしたから
働かずに富だけで食べている富裕層と、働き詰めの仲間を対比したあとで、黒人に嫌がらせをする警官への本音を入れる。クリスピー・クリームが出てくるのは、警官が好きな食べ物がドーナッツだから。「Dilemma」はネリーと元ディステニーズ・チャイルドのケリー・ローランドの2002年のヒットだ。
2. a m a r i
ティンバランドが作ったギターの音を入れたトラップ風のトラックは、J.コールがトゥイッチで見つけて本人に連絡したそう。黒人の人口が多いファイエットヴィルで育った大変さをラップしつつ、そこから抜け出た自分は「何かしら成し遂げたんだろうね」と締める。「想像力のおかげでホンダがロールスロイス・レイスになった」というラインは、実際に10代の頃、母親のお下がりのホンダ・シヴィックに乗っていたため。タイトルは、自身のレーベルであるドリームヴィルの仲間の息子の名前だ。その仲間たちが登場するビデオでは、珍しくスーツ姿のJ.コールが見られる。
3. m y l i f e (with 21 Savage & Morray)
客演を呼ばないことで有名なJ.コールが、今回は方針を変えている。この曲では21サヴェージと、同郷ファイエットヴィルのモーレイ(Morray)をフィーチャー。モーレイは「quicksand」をスマッシュヒットさせた注目株。ベテラン・プロデューサーのジェイク・ワンとWu10が作った、抑え目ながら緊迫感のあるトラックのうえで、J.コールと21サヴェージがそれぞれの半生を切り取ったライムを乗せている。
My family tree got a history of users that struggle with demons
Not really the hustler instincts
Therefore, often, my pockets was empty
So while some of my
my partners was servin’ up rocks on the corners, the project assemblies
Me, I was startin’ to envy, wanna be on the top where it’s plenty
俺の家系図は悪魔に取り憑かれた中毒者だらけ
ハスラーの嗅覚はないんだ
だから俺のポケットは空っぽで
友達はドラッグの塊を街角で売って プロジェクト(*)の人を集めて
俺は嫉妬するようになって 裕福な世界のトップに行きたくなった
(*低所得者用の公共住宅)
過去にドラッグを売って派手にやっていたと吹聴するラッパーは多いが、コールは正直に自分の家族は酒やドラッグの餌食になった側だとラップする。一方、ギャング上がりの21サヴェージは親友を銃撃で亡くしたのをきっかけに、自分は銃を置いた話をしている(このとき、彼自身も6発撃たれた)。コーラスはザ・ロックスのスタイル・Pとファロア・モンチのクラシック「The Life」(2002年)の歌い直しである。この曲を聴いたスタイル・Pがモンチに電話して、「J.コールに曲を使ってもらえるなんて、俺たちクールな中年じゃね?」と言った、というエピソードがいい。
4. a p p l y i n g . p r e s s u r e
「金と人生」と切り口にした曲。「給料ギリギリで生活するのは何も悪いことじゃないよ だってほとんどの人がそうだし(俺もわかるよ)」とのさりげないラインが心に残る。
Envy keep your pockets empty, so just focus on you
If you broke and clownin’ a millionaire, the joke is on you
Money ain’t everything, I never say that (Never)
嫉妬している間は ポケットは空っぽのままだよ 自分自身に集中しないと
文なしのくせに億万長者をバカにしたら嗤い者になるのはお前の方だ
金がすべてじゃないけどさ それは絶対に違うから(絶対に)
「妬んでいる暇があったら、やるべきことをやれ」は、「本日の金言」として心に刻もう。激しいギャングスタ・ラップで人気急上昇のデイヴィッド・イーストに目配せしたり、「俺はリック・ロスというより、小島秀夫の(ゲーム『メタルギアシリーズ』に出てくる)ビッグ・ボス」と言ったりと、ユーモアも忘れない。最後は、マーティン・ルーサー・キングがワシントン行進前に行ったスピーチで締める。
5. p u n c h i n’ . t h e . c l o c k
冒頭のコメントは、NBAのポートランド・トレイルブレイザーズのダミアン・リラードが昨夏、1試合で61得点を入れたときのもの。「望んだ通りにチャンスをもらったからやるべきことをやるまでだ」と言い放っていて痺れる。J.コールはいまの成功ぶりと、目の前で人が絞殺されたり、おもちゃのように拳銃を手渡されたりした禍々しい少年時代をラップしている。ミニマムなトラックと、切羽つまった感情のコントラストがいい。
6. 100 . m i l’ (with Bas)
以前、マンブル・ラップをバカにしたJ.コールが、引きずるようなコーラスに少しだけ取り入れていておもしろい。エグゼクティヴ・プロデューサーに名を連ねているT-マイナスによるメロディアスなトラックに、歌うようなラップが乗っている。「100ミリオン(100億円以上)を稼いだけど、まだ必死だよ」とのコーラスは、ヒップホップらしく盛っているかと思ったら、計算方法によっては36才の彼はそれくらい稼いだ可能性があるとか。ドリームヴィル所属のスーダン系アメリカ人、Basをフィーチャー。
7. p r i d e . i s . t h e . d e v i l (with Lil Baby)
このトラックは、実はT-マイナスがポートランドのラッパー、アミーネに作った「Can’t Decide」とほぼ同じである。「プライド」は誇りや自尊心と訳すとポジティヴだが、高慢や沽券(体面)のネガティヴな意味合いもある。自分の体面にこだわり過ぎると命を落としかねない状況になると警告している。名誉を大事にしがちなラップの歌詞にしては珍しい視点だ。J.コールの叩き込むような早口ラップに合わせて、リル・ベイビーも気を吐いている。
8. l e t . g o . m y . h a n d (with Bas & 6LACK)
ヒットメーカーのDJダヒとフランク・デュークス、Wu10とJ.コール自身が作ったメローなトラックに、ドリームヴィル所属のブラック(6Lack)とBasをフィーチャー。「時を経てやっとわかることもある」がテーマ。タイトルは幼い息子に「(自分で歩きたいから)手を離して」と言われたときセリフだ。
2013年に話題になった、ディディとの喧嘩をふり返っているラインが話題になった。これは、ケンドリック・ラマーがビッグ・ショーンの「Control」で「I’m Makaveli’s offspring, I’m the king of New York / 俺はマキャベリの(2パック)の血を引いている ニューヨークのキングだ」とラップしてニューヨークで反感を買い、MTVアワードのアフター・パーティーで酔ったディディに絡まれたときのこと。J.コールが間に入ったら、今度はディディの側近らともみ合いになったのが大げさに伝わった。後日、両者は和解している。
My last scrap was with Puff Daddy, who would’ve thought it?
I bought that ni**a album in seventh grade and played it so much
You would’ve thought my favorite rapper was Puff
Back then I ain’t know shit, now I know too much
最後の小競り合いの相手はパフ・ダディだった びっくりだろ?
奴のアルバムなら7年生の時に買って死ぬほど聴いた
俺のお気に入りのラッパーがパフだと思われるくらいに
昔の俺は何も知らなかった 今の俺は知りすぎている
「無知だったから、パフィなんかを夢中で聴いていた」とも取れるが、最後に元パフ・ダディことディディ本人が出てきて、神に祈りつつ「強い父親になるために どう導いたらいいか どう愛したらいいか教えてください」と言って、曲を締めているので、問題ないのだろう。
9. i n t e r l u d e
話題になったセカンド・シングル。ブルージィーな短いトラックに、思いの丈をぶつけるようにラップするJ.コールは王者の風格だ。ストリートの暴力を憂慮する、いままでも何度か語ってきたテーマで、ラストのぶつ切りが最悪の結果になることを示唆している。
10. t h e . c l i m b . b a c k
昨夏、ノーネームとやり合って炎上した「Snow On Tha Bluff」の次にリリースした曲。人生が巡っていくこと、ドラッグディールに手を染めた人が簡単に命を落とすことなどを、巧みなワードプレイで紡いでいる。ジェイ・Zの「Song Cry」を思い出すトラックで、アルバム全体に漂う懐古ムードを濃くしている。
11. c l o s e
ストーリーテラーとしてのJ.コールの本領が存分に発揮されている曲。家族ぐるみのつき合いがある幼なじみがドラッグの売買に手を染め、一方のコールは東海岸で貧乏なまま夢を追っている。彼の死に様が夢に出てきて、目を覚ますとそれは現実の出来事だったという筋書き。昨年、亡くなったMF ドゥームの「Valerian Root」と、ザ・ニュー・バースの「Do It Again」をサンプリングしているらしいが、細かく分解していてわかりづらい。
12. h u n g e r. o n. h i l l s i d e (with Bas)
ボーイ・ワンダ、DrtWrk、ドン・ミルズと3人のカナダ人プロデューサーによる弦楽器の音色を使ったトラックに、最後まで手を抜かずメタファーを詰め込み、さまざまなフロウをきかせる模範演技のようなラップだ。
I ain’t doin’ no dirt no more, I stopped creepin’ six years ago
Fun fuckin’ them hoes until you realize that you is the ho
背徳的なことはもうしない 6年前に浮気をやめたんだ
あばずれを相手にして楽しいのは 自分こそあばずれだって悟るまでだ
最後に2児の父親らしい言葉を引用して、曲解説を終えたい。
前述したドキュメンタリー「Applying Pressure The Off-Season Documentary」にはなぜか字幕がない。すべてを説明する文字数がないので、冒頭で21サヴェージに語る「Off-Season」と名付けた理由だけ。21~22才の時に、曲を書き溜めてチャンスが巡ってくるのをのんびり待っていたら友人たちに叱られて目が覚めたそう。バスケの選手がオフシーズンでもがっちり練習するように、朝起きてヴァースを書き、ビートを作る生活に切り替えたところ、道が開いたとふり返っている。12分半にわたって、J.コールの成功法則が語られるので、へたな自己啓発本よりもためになる。6作目のアルバムとプロバスケ選デビューは、そのルーティンを36才まで続けた成果なのだ。ラジオ向きの華やかな曲がなかったり、客演のゲストを「フィーチャリング」ではなく「ウィズ」と表記したり、曲名を半角開けにしたり、すべてJ.コールのこだわりだろう。作りたい曲を作り、バスケット・ボールのコートでも気が済むまで夢とボールを追いかける。それが、2021年のJ.コールなのだ。
Written by 池城美菜子(ブログはこちら)
J.コール『The Off-Season』
2021年5月14日発売
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music
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